新たな生を受けて15年とちょっと。
最初は戸惑いこそしたものの、今はそれも受け入れて人生を謳歌している最中だ。
勉強、運動、容姿と学生としてのステータスは全て平均以上なのではないかと自分では思ってる。
前世では奥手な方だったから、それを改善しようと努力した結果が今になって活きてきた。
人って頑張れば変われるんだな、と若干感動していたがそれを前世で分かっていれば……。
でも過ぎたことをくよくよ考えてもしょうがない。
今やりたいこと、今しかできないことを精一杯こなす方が楽しいに決まってる。
とはいえ人生そこそこが良いかな。
頑張り過ぎて自分に分不相応なことをしても疲れるだけだし、何より目立つのは得意ではない。
自分のペースで、自分に合ったことをやっていきたいのだ。
親しい友人を作って、嫌だなと思いつつも学校に行って、そんくらい普通の学生として生きていきたい。
前世の記憶を使って画期的な発明したり英雄になったりする? そういうのは最近流行りの小説にでも任せて於けばいい。
平凡で平和な生活ができればそれでいいじゃないか。
変わらない日常。変わらない風景。
ずっとこのままだったら良いのになあ。
……そう、思っていたのに。
「──安心して明日葉ちゃん。何も怖いことないからね!」
「そんな血走った目で迫られて怖くないは無理があるでしょ!」
「大丈夫! こう見えてわたし、ハジメテの人には優しくする自信があるから」
「それでボクは何を安心すれば良いの!?」
「明日葉ちゃんが天井の染み数えてる間に終わらせるから大丈夫!」
「それ女の子が言っちゃいけないやつー!!」
どうしてこんなことに?
□
カーテンの隙間から光が差し込み、まぶしさに反射的に顔を背ける。
徐々に意識が覚醒していき、ゆっくりと瞼を開けた。
冬が過ぎ去ったばかりのこの季節、なかなかベッドの上から出たくはないが、気合で毛布を払い床に足を落とす。
東側についた窓の傍まで歩くと、そこから見えるのは雲ひとつない晴れ晴れとした空であった。
ロックを外して開けてあげればまだまだ冷たい風が部屋へ差し込んでくる。
それを身に受けグッと背筋を伸ばすと。
「ふわぁあ……」
思わず口からあくびが出てしまい、咄嗟に手で覆う。
こんな時間に誰かに見られるということもないだろうけど、淑女たるもの上品な振る舞いを常に意識しなければならない。
爽やかな外気を十分に浴びてから窓を閉めると、着替えに取り掛かる。
白いブラウスに赤いスカーフ、薄茶色のブリーツスカート。
まあ割とどこにでもありふれている女子高生の姿だろう。
おかしなところがないか姿見の前に立ってくるりと回ってみた。そんなことをしていたら下の階からボクを呼ぶ声がする。
「
「はーい、今行くよー」
ボクは部屋を出る前に再度鏡を見た。
邪気のないまん丸い目。
短すぎない程度に切った髪はショートボブに。
試しに笑顔を作ってみるといかにも快活そうに見える。
これがボク。
今のボク――
ボクには前世の記憶らしきものがある。
一般的な家庭に生まれ、早くに両親を亡くし、周囲と打ち解けられずにボッチ街道をまっしぐらに突き進んで、結婚どころか成人しても恋人すら作れずに死んだ、という男の記憶が。
我ながら何ともつまらない人生だった。
めちゃくちゃ無理をして明るく振る舞っていたら少しは変わったのかもしれないが、それも後の祭りだろう。
閑話休題
死ぬ間際に段々と意識が遠のいていくとこまでは覚えているのだが、次の瞬間にはすでに赤ん坊として今世の両親の腕の中にいた。
最初の内はおぼろげに前世のことを覚えている程度であったが、成長するにつれてハッキリと思い出していき、最終的には前世でやったことの全ての出来事がボクの中にインプットされている。
目覚めた当初は夢なのかなとも思った。死に際に意識をなくして、自分が自分でなくなる前に見ている最後の夢だと。
しかし、夢にしてはずいぶんと体が自由に動くし、何年経っても夢から覚めることがなかったからこれが現実の出来事であると認めざるを得なかった。
もしかしたら二十代で死ぬことになったボクに対して、神様がもう一度くれたチャンスなのかもしれない、そう考えるようになってからはまあ気楽なもので、折角の二度目の人生だし楽しもうと思うようになった。
ただ前と違うのは自分が『女』として生まれたこと。
このせいで幼少期はなかなかに大変であった。
髪は伸ばさないといけないし、着るものは当然スカート。更には同性の幼児と遊ばなければいけなかった。
おままごととか、ごっこ遊びとか、人形遊びとかとかとか。
成人男性の精神を持っているボクがそんなことをしていたなんて、客観的に見ると正気の沙汰ではない。
だが耐えた。
男子の友人には恵まれなかったし、ここを耐えねばまたボッチになりかねなかったからだ。
おかげで親友と呼べる友達もできたし、女の子の所作に慣れることができたのだから結果オーライと言えるかもしれない。
おかげで岸波明日葉は15歳の女子高生として学校に溶け込めている。
前世の記憶を持っていることもあって、勉強をあまりせずとも授業に遅れることはない。
その分他のことに時間を使えるのだからお得なのだろう。
おしゃれに無頓着なのも不味いのでそのことに時間を使ったり、今年からはバイトも始めたいなあと漠然と考えてはいる。
仕事の経験はあるし働くには一応問題ない筈。
さて、そろそろ1階に降りねばお母さんに怒られてしまう。
ボクは姿見の前を離れて自室のドアを出る。
トントンと軽快に階段を下っていくと、香ばしい匂いがボクを出迎えてくれた。
居間には見慣れた2人の姿がある。
「おはようお母さん、お父さん」
「うむ、おはよう明日葉」
「はいおはよう。顔を洗ってきなさい」
「はーい」
言われるままに洗面所に向かい、洗顔してバッチリ決めてから居間に戻る。
ボクが席に着くと3人で「いただきます」と挨拶をし、朝食に手を付けた。
今日は焼き魚にライス、そしてみそ汁という見事なまでの和食。やっぱり朝はこうでなくっちゃ。
焼き鮭に箸でほぐして口に運びながらテレビを見た。
ここからそう離れていない場所の映像が映し出されていて、リポーターが何やら焦りを滲ませながら現場の様子を伝えている。
「道路の中央に大きな穴だってさ。陥没でもしたのかな」
道路のコンクリート部分に大きさ1メートル程度の穴が開いていた。ちょっとさそっとの衝撃じゃこうはならないだろう。
「新手のテロか?」なんてテロップも流れている。
「怖いわねえ。ここの近くじゃない。最近は何が起きるかも分からないし、もっと用心してた方が良いのかしら」
「確かにな。明日葉も怪しい人影を見かけたら絶対に近付いちゃ駄目だぞ。知らない人についていくのは以ての外だ」
「いやいや、ボクももう高校生だよ? そんなことするわけないじゃん」
「そういう油断が危ないんだ。自分は大丈夫だと思っているといつのまにか事件や事故に巻き込まれる」
「うーん。ボクは気を付けてる方だと思うけどなあ」
モグモグとご飯に手を付けながらお父さんの方を見た。
お父さんはいたって真剣な目でボクに視線を合わせている。
「そうやって何かあってからじゃ遅いんだ。大体明日葉はいつも――」
「もう、お父さんったら。そんなにくどくど言わなくても明日葉は分かってますよ。あまりしつこすぎると『パパ嫌い』なんて言われるかもしれませんよ」
「え"……そ、そんなことないよな、明日葉?」
「……」
お母さんに乗っかってわざと無言でニッコリと笑みだけ浮かべる。
そしたらお父さんの顔がみるみる青ざめていった。
「う、嘘だ……。嘘だと言ってくれあすはー!」
「そんなに騒いだら近所迷惑よ、お父さん」
「無情! 無情すぎるぞ母さんや!」
岸波家でのいつもの掛け合いに自然と笑みがこぼれる。
こうやって夫婦漫才を繰り広げるくらいだから、まだ熱々なんだろうね。前世で恋人がいなかったボクからすれば羨ましい限りだ。
でもまあ、こういう仲の良い両親がいてくれるだけでもボクは心から嬉しく思う。
もっと目の前の光景を見ていたいけど、そろそろ時間がやばい。
「ごちそうさまー。ボク学校行ってくるね」
「あら、もうそんな時間かしら。行ってらっしゃい明日葉。気を付けていくのよ」
「はーい」
「ま、待つんだ明日葉。まだ話は……」
「ほらほら。お父さんも会社に行く準備しないと遅れるわよ」
「2人とも最近、父さんに冷たくないか……?」
首をガックリ落としているお父さんを尻目に歯磨きと髪型のセットを終えて、ボクは自室に鞄を取りに行くと玄関を出た。
歩いて10分程すると、一軒の家が見えてくる。
その家のインターホンを押すと、すぐに「はーい」という返事がマイクから届いた。
1分も待たずに玄関が開く。目の前の女性はボクを見るとニッコリ笑い掛けてくる。
「あら明日葉ちゃん、おはよう」
「おはようございます。
「ちょっと待ってね。せりー! 明日葉ちゃん来たわよー」
女性が家の中に呼びかけると、「今行きまーす」と返ってきた。
談笑しながら待つこともう1分。
中から制服を着た女の子が出てくる。
「お待たせ、明日葉ちゃん!」
「芹、寝ぐせ付いてるよ」
女の子の髪を指差すと、慌てて押さえた。
「うわわ、ほんとだ。 ちょ、ちょっと待ってー!」
彼女はすぐに引き返して廊下の奥の横部屋に入ると、ドライヤーの音が聞こえてくる。
「全くあの娘ったら。ごめんなさいね明日葉ちゃん」
「いえいえ、ボクは気にしてませんよ」
「明日葉ちゃんは本当にしっかりしてるわねえ。うちのももっと大人になってくれたらいいのに」
「あはは……」
本当は中身大人なんです、なんてことは口が裂けても言えない。
今寝ぐせを直している女の子の名前は
幼少期からずっと一緒にいた、いわゆる幼馴染というやつだ。
幼稚園も一緒、小中も一緒とそれはもう付き合いが長い。
これで高校までずっと同じクラスだというのだからなんだか特別な縁を感じてしまう。
芹の方がとびっきり美人ではあるからボクの方が霞んでしまうけど。
肩まで掛かった髪をサイドテールにし、顔は可愛い系で笑顔を浮かべるとふんわりとした印象を抱く。
……ちょっと抜けてるところが玉に瑕かな。
とはいえそういったところが魅力的に感じる男子も多いことだろう。これで彼氏がいないのだから不思議なものである。
ちょっとすると芹が洗面所から出てくる。今度はバッチリなようだ。
「お、おまたせ~。ごめんね明日葉ちゃん……」
「大丈夫。時間にはまだ余裕があるから。それじゃあ行ってきます」
「行ってくるね、お母さん」
「はい、二人ともいってらっしゃい」
せりの母親に挨拶をして、初霜家を後にする。
学校まではここから20分程。ゆっくり雑談をしながら歩く。
なのだが隣の芹はいつもよりポワポワしているようにボクの目には映った。
「芹、なんか眠そうじゃない?」
「え。そ、そうかな? あすはちゃんの気のせいだと思うよ……!」
ギョッと目を見開いてしどろもどろになっている。
こういう時の彼女は大体なんか隠しているのをボクは知っていた。
「芹って嘘つく時分かりやすいよね~」
「うぐっ」
「あれでしょ、深夜ドラマとか見てたんじゃないの?」
「ふぇ? ……う、うん。そうなんだよね。ついハマっちゃって!」
「ふーん。誰かカッコいい俳優でもいた?」
「そんなんじゃないから! わたしは明日葉ちゃん一筋だよ!」
「うんうん、そうだね~」
「う~明日葉ちゃんが冷たい……」
「あは、ごめんごめん」
芹も冗談言えるんだなー、と心の中で考えつつ笑う。
こういうなんでもないような会話が心地いい。生まれ変われてホント良かったなあなんて思ってしまう。
ボッチだった頃には考えられないことだ。
しかし15年間女として生きてきたが、未だに振る舞いはこれで良いのかと考えてしまう。
女の子の会話もこれで合ってるのかは分からないが、不審がられたこともないし問題ないのだろう。
メイビー、多分、きっと。
そんなこんなで他愛のない話をしていると、坂道のてっぺんに学校が見え始めた。
ここでボクは普通の学生と同じように、普通に授業を受けることとなる。
それが当たり前のことだと思ってた。
□
でも、考えておくべきだったのかもしれない。
ボクが何故『男』だった時の記憶を持ったまま生まれ変わったのか。
ボクは普通ではなかった。
これから、ボクは『彼女達』をどういった目で見れば良いのだろう。
岸波明日葉の普通ではない日常が、今始まる。