ぼんやりとした頭を抱えながら初霜家から帰ってきたボクは、湯船に浸かりながら天井を仰ぐ。
ぬるめのお湯に体を
高校生になっても一向に成長しない胸をモニモニ掴みながらボヤいた。
「なんてこった……」
それ以外の言葉が浮かんでこない。
原因は夕方の芹の発言。
思い出すだけで顔が真っ赤になってくる。
『明日葉ちゃんのこと一番好きなのはわたしだもん! 誰だからと言って絶対に許さないよ!』
その言葉に一度思考が停止したボクだったが、なんとか即座に再起動して彼女に問いかけた。
『す、すき、って……』
『え? ……あ』
芹はハッと我に返り、ボクから目をそらした。
それだけで、芹がどういう意味で「好き」と発したのか察してしまう。
『『…………』』
お互い無言になって、静寂で包み込まれた部屋の中でどう動けばいいか分からなくなっていた。
このままでは何も始まらないと思い、どうにか声を絞り上げるボク。
『好きって、友達として……?』
『……恋愛的な意味で、だよ』
自分の願望も入った問いかけであったけれど、芹の回答によって見事に打ち砕かれた。
再び無言になるボク達。
それを見かねてディナが提案を出してくれた。
『……ふーむ、話し合いの雰囲気ではなくなってしまったネ。今日はこれでお開きにした方が良いんじゃないかナ? 明日葉も、魔法さえ使わなければきっと大丈夫だから。もし幽界に迷い込むことになってもこれを持ってれば大丈夫サ』
そう言ってディナはボクにある物を手渡した。
透明な石のようなもので、手の上に置かれると密かに温かい。
『これは?』
『魔結晶と呼ばれるものでね。明日葉が別世界に転移した時に魔力反応があった場合、ワタシが持っている方の結晶に通知が来る仕組みなんだ。今日のところはこれを身に着けていてくれ』
要は偶然かうっかりで幽界に行ってしまったら、ディナと芹が助けに来てくれるということなんだろう。
何から何まで申し訳ない。
一先ずこれ以上伝えてくることが無いようなので、ボクはベッドから腰を上げた。
『……じゃあ、ボクはこの辺で』
『あ、送るよ?』
芹がボクに着いてきそうになったけど、何を話せば良いか分からなくなりそうで、やんわりと制止することにした。
『大丈夫。そう心配なことも起きないだろうし、何かあったらディナに連絡が行くでしょ?』
『……そ、そっか』
『また明日も会えるからさ。その時お話しよ?』
『分かった……。また明日ね』
『うん。バイバイ』
部屋の中でお別れしたボクは、そのまま振り返ることなく芹の家を出た。
マナの実のことなど一切頭から抜け落ちたまま、自分の家に帰ってきて今に至る。
「なんてこった……」
同じ言葉を再度ぼやく。
しかしそんなことをしたって何も変わらない。
ボクにできることといえば、どうしてこうなってしまったのか考えるくらいか。
分かっているのは芹はボクに告白まがいのことをしてきたということ。
しかも反応を見る限りガチのやつ。
「好き、か……」
口に出してみる。
それによって何か変わるかも、と思ったがそんなことは全然なかった。
だって、ボクは人を好きになったことも、好かれたこともないのだから。
前世でボクは絶えず1人だった。
両親のいないボクを、周りの人達全員が遠ざけたのだ。
それはもうボッチもボッチで、でもボクはなんでか強がっちゃって、「好きで1人でいるんだ」という態度を崩さなかった。
それがボクの孤独っぷりを加速させていって、結局学校生活の中で友達は1人もおらず、取り柄といえば勉強ばかり。
そんな中でも、1人くらいは手を差し伸べてくれる人が現れるだろうという妄想が日課となっていた。
ボクは本心では癒やしてくれる隣人を求めていたのだ。
でも素直になれないボクが周りに相談できる筈もなく、社会人になってもボッチのままだった。
結局、自分が動かなければ周りは手を差し伸べてくれないと分かったのは、死ぬ間際になってからのこと。
人間、行くとこまで行かないと自分を省みないと言うのはいつの時代でも変わらない。
「来世があればもっとうまくやりたいな」と思いながら孤独死を迎えたボクであったが、まさか本当に来世があるとは……。
前世のトラウマもあってか、ボクは今度はと友達作りに尽力した。
今回は両親がいてくれたし、同性代の子供に会う機会には恵まれていたから、それはもう頑張った。
おかげで親友もできたし、ボクの努力は報われたのだろう。
その親友から好意を向けられているとは思わなかったけどね!
でも孤独を絶えず嫌悪していたことでここまで来れたとはいえ、15歳になっても『好き』の意味はわからなかった。
いやまあ、世間一般的な『好き』はなんとなく分かるよ?
要は男と女が惹かれ合う的なことを言うんだろうけど、それがどうにもピンとこない。
ボクが特殊なせいもあるのかも。
体は女だけど、心は男の部分も無くはない。
今でも女の子の裸に若干緊張するのがその証拠だろう。
肉体的には、男の人と付き合ったり結婚したりするのが無難なんだろうけど、それに不快感を持つ自分がいる。
かといって女同士で恋愛をする? それは世間一般的な常識から外れることに……。
どっちも駄目じゃん……。
独り身でいるというのも手だろうが、それはつまり一生を孤独に過ごさないといけない訳で、トラウマが蘇ってくる。
――もう独りは嫌だ。前世のボクには戻りたくない。
その想いでここまで来たのに、戻ったら全てが水の泡になる。
なんだかいよいよがんじがらめになってしまった。
このままではのぼせてしまうので、早急に風呂場から退出することに。
両親と夕食を食べ、自室で1人考えても結局結論が出ることはなかった。
□
あれからウンウンと考えてたらあまり眠れずに朝を迎えてしまった。
なんだか最近ずっと寝不足気味な気がする。
それでも割りと元気なのは若い証拠ということだろう。
このまま体調不良ということで休むのも手なのだろうが、そうすると一つ問題が残る。
男女の恋愛についてはもういい。ボクがボクである以上、永遠に答えは見つからない気がするからだ。
そんなことよりもボクは、芹に対してどう返事をすれば良いのだろう。
芹とは親友同士だと思ってた。これまでもずっと一緒だったし、これからも裏切られることのない関係が続くだろうと信じて疑っていなかった。
そこで芹の告白紛いの発言である。
芹のことは大事だし、できれば変わらずにいたいと思うのはボクの我儘だろうか。
でも現実はそう上手くは行かず、ボクは選択肢を2つから選ばなければいけない。
即ち芹を振って彼女を傷つけるか、芹を受け入れて恋人になるか。
前者はちょっと選びたくない。
芹の告白を断れば、絶対にギクシャクとした関係になる。
それはもう元の仲良しには戻れないだろう。
かと言って恋人同士になると言うのも……。
現時点でボクには芹を『好き』という感情は持てない。
それなのに、彼女を受け入れればボクは彼女を騙すことになる。
昨日は何とか防げたけど、いつかはキスをしたり『そういうこと』もしなきゃいけないだろう。
その時に、ボクは彼女を受け入れることができるのだろうか?
ひょっとしたら、それが芹を一番傷つけるのかもしれない。
「……これ、割りと詰んでない?」
家を出て外を歩きながら独り言を呟いた。
嫌と言っても芹の家はどんどん近付いており、もう玄関前まで来てしまっている。
意を決してインターホンを鳴らそうとしたのだが、先に扉がガチャリと開いた。
そこには芹が身を乗り出して立っている。
「せ、芹……?」
「おはよう明日葉ちゃん……!」
「どうしたのせり、急に飛び出して……って明日葉ちゃんじゃない」
「あ、どうもおばさま」
肩で息をする芹を挟んで、とりあえず彼女の母親に挨拶した。
その母親は自分の娘のことを不思議そうな目で見ている。
「一体どうしたのかと思ったわ。チャイムも鳴ってないのに急に椅子から立ち上がるし」
母親の言葉に、芹はギクリというのがピッタリな表情になる。
「え、えっと、ほら、いっつもこれくらいに明日葉ちゃん来るのかなって思って……。わたしも高校生だし、そろそろしっかりしないと!」
「あんた、今日の朝『まだ起きたくなーい……』って寝返り打ってたのにどういう風の吹き回しなの?」
「うっ……と、とにかく明日葉ちゃん来てるから! お母さん行ってきます!」
母親の返事を待たないまま、芹はボクの体をグイグイと押して玄関を閉める。
敷地から道路に出るまで芹は無言だったが、こちらにぎこちない笑みを向けてきた。
「明日葉ちゃん! 今日はとってもいい天気だね!」
「思いっきり曇り空だけど……」
「……あ」
芹は今初めて上空の状態に気が付いたように声を上げる。
「い、いやあ冗談だよぉ! 初霜ジョークぅ……」
「芹、そんなキャラじゃないよね……」
「……ハイ」
力ない返事をした後、芹はうなだれてしまった。
歩みは止めないが、お互いの間に会話が無い時間が続く。
めっちゃ気まずい。
昨日の今日だからしょうがないんだけど、芹がめちゃめちゃ緊張してるというのがよくわかった。
でもこのままという訳にはいかない。
「芹はさ、なんでボクのことが好きなの?」
「え……」
彼女はこちらに驚いたような表情を向けてきた。
いきなり不躾だっただろうか。とはいえ自然と口を出てしまったのだからしょうがない。
本当は断るつもりだった。
断った上で「芹のことは大事だよ。だからこれからも一生にいよう」と言おうかと思っていたのだ。
それが一番無難な回答ではないだろうか?
身勝手かもしれないが、芹のショックを一番少なく抑えるのにはこれしかない、筈だった。
でもそれは逃げだ。
ボクが勝手にそれが一番だと決めつけているだけなのだろう。
芹の悲しむ顔は見たくない。芹の悩む姿は見たくない。
芹が本心をさらけ出したのなら、ボクもそれ相応に悩むべきだ。
彼女は考える素振りをしていて、やがて結論が出たみたい。
「うーん……ずっと明日葉ちゃんを見てきたからなんだけどね。何にでも全力で、わたしの見てないところでも人助けとかしてるの知ってるし、みんなから好かれようと努力してるよね。そんないつも頑張ってる明日葉ちゃんの支えとか癒やしになれればな、って最近考えるようになったの。それでわたしは明日葉ちゃんのこと好きなんだなって思えて」
「それが、『好き』ってこと?」
ボクのボンヤリとした恋愛の概念とはずいぶん違うみたいだった。
その人の為に何かしてあげたいっていうのも、それもまた『好き』ってことなのかな。
なんだか勉強になるなあ。
ボクなんかよりも芹の方がずっと大人なんじゃないだろうか。
「話してくれてありがとう」
「明日葉ちゃんのこと悩ませちゃってるよね……?」
「うーん、悩んでるといえば悩んでる、かなあ」
ボクは一拍置いてから答える。
「親友からの告白で悩まない人いないと思うし」
「うぐっ」
芹は下を向いてしまった。
多分彼女も同じこと考えていたのだろう。
友達から恋人になるのはままあるけど、相手に断られたらそりゃあ気まずい。
下手すれば二度と元の関係に戻れない可能性だってあり得る。
「でも芹はそれ込みで気持ちを打ち明けてくれたんでしょ?」
「う~、違うの……。本当はもっとちゃんとした場で言うつもりだったの……。でも明日葉ちゃんが他の男の人に取られたらって思ったら勝手に口を出ちゃって……」
「ああ、それねぇ……」
ディナが言うには、ボクが元の体に戻るには男の魔法使いと性交しなきゃいけないらしい。
誰が好き好んで知らない人間と致したいと思うのだろうか。
「ボクもそれは嫌だし、何か別の方法あれば良いんだけどね」
「でしょでしょ? だったらわたしと付き合ってからでも――」
「いや、それとこれとは話が別じゃない……?」
「うぐぅ……」
芹が露骨に落ち込んでしまった。
しかし彼女の言いたいこともわかる。
もしボクが逆の立場だったとして、同じようなことを思うだろうからだ。
それに芹に魅力を感じていないわけでもない。
とびっきりの美人だし、それでいて優しくて親切だし、ボクの学校の中で彼女にしたいランキングでは間違いなく上位に入っていることだろう。ボクのひいき目を抜きにしても
「やっぱり、わたしが女だから駄目なのかな?」
「え。うーん、どうだろう」
女同士だと駄目というのは個人の感想とは関係ないから無しだとしても、ボクは女の子と付き合えるのだろうか?
……ちょっと考えてみて、男と付き合うよりは、まあマシなのかもしれない。
ただボクの中でそういう感情がまだ芽生えていないだけで。
正直に言えば彼女といる時間は楽しいと思っている。
彼女が居なかった時の日常をあまり思い出せないくらいには。
「……ひょっとして、全くの脈なしでも無さそう?」
「それは……ボクが芹をそういう目で見てないってだけで……」
「そっか……。えへへ、そっかあ」
なんだか芹が嬉しそう。
さっきまでの暗い態度が吹き飛んでしまった感じだ。
「ねえ明日葉ちゃん」
「ん?」
並んで歩いていた芹が、急にボクの前に回り込んで足を止めた。
「わたしにチャンスをくれないかな?」
「チャンス?」
「そう!」
芹は素晴らしい方法を思いついたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべている。
「わたしが明日葉ちゃんを恋人になっても良いよってくらい意識させるように努力するから、その時になったらわたしと付き合ってくれないかな?」
「え……?」
まるでそんな発想はなかったからビックリしてしまった。
芹のことを女として見るってできるのだろうか?
「ボクがその間に恋人を作っちゃったらどうするの?」
「その時はすっぱり諦めるよ。明日葉ちゃんのことを血涙流しながら影から見てることにする!」
「全然諦められてない!?」
横槍入れられたら辛いってのはなんとなく分かるけど……。
まあ芹が元気になってくれて良かった。
彼女が落ち込んだままだとボクも辛い。
それに、きっと彼女なりに一杯悩んだのだろう。
同性同士での恋愛についてだとか、ボクが嫌な気持ちにならないかだとか。
それを考えると、ただ断ってしまうってのも何だかやりづらい気がする。
付き合うという選択肢はまだ取れないが、芹がどんなことをしてくるのかちょっと興味がある。
今までと同じ通りのままなのか、それとも全く予想できないことを仕掛けてくるのか。
しばらくは様子見ということで、スキップでもしそうな勢いの芹と共に坂道を登っていった。
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明日葉と芹が通った道の後方、その上空の空間が歪む。
すると何も無い空間から1人の少女とぬいぐるみのようなものが現れた。
「全く、こんな朝から勘弁してほしいものだね」
「それはワタシの責任ではないしね~」
「これでマナの実は何個集まったのだっけ?」
「クフッ、3個も集まったよ」
少女の方が「ふむ」と顎に手を当てた。
「世界の危機だと聞いていたが意外と何ともなさそうかな?」
「幽界ならマナの実を目当てに魔物が湧いてくるから楽だけど、現界の方は苦労しそうだね~。まあ一旦探索は中止としよう。また夕方からでも動き出せば良い」
「なら折角近くまで来たのだし『彼女』の様子でも……」
「それは止めといた方が良いんじゃないかな~」
「むっ、流石に怪しまれるか……。もう2週間も『彼女』と会ってないから調子が出てこないんだがね」
「知り合いに会わないだけで体調が変化するなんて、人間は変わってるよね~。君は他よりも特別な地位にいるから尚更かな?」
「特別というのは『彼女』のような存在を言うんだ。私は平凡な人間さ」
少女の言葉に人形は「クフフ」と笑う。
「そういう控えめさも持ち合わせているのが君の人徳なのかもね。――それにしても、君がマナの実の回収に乗り気になってくれるとは。ひょっとしたら静観するんじゃないかと思ってたよ」
「私も一応正義感というものは持ってる。全世界の生物が死ぬかもしれないと言うのなら黙ってられないさ」
「マナの実を全部集めた時の効力に食いついてたような気がするけど?」
「……本当に私が願いを叶えても良いんだね?」
「クフッ、も~ちろんもちろん。ワタシとしては君が願いを叶えた後に貰えればそれで良いし~」
「……ふむ。これで『彼女』が私だけのものになるのかもしれないのか。俄然やる気が出てきた」
「そうそう。君がその気になれば誰にも負けやしない。最後に勝つのはワタシ達――『天使』だよ」