「──武しゃーん! どこいるのー!」
鼓膜を震わせるのは、女の声だった。聞き覚えがある。鮮明に思い出すことすら出来る。
だが、どうだろうか?
記憶の中にあるそれの声と、あまりにも近すぎる。
そんな感じがした。ずっと昔と、声がまるきり同じなんてことがあるだろうか。
瞼を開いた。
木の上で、折れないと見た頑丈な枝の上で寝転んでいるのはすぐにわかった。
背中の硬い感触は木の枝で昼寝をしていたと教えてくれる。
深く、深く眠っていたらしい。
何故、自分は木の枝の上で寝ているのだろうか、とぼんやり考えつつ身を起こした。景色を見渡す。
首を傾げた。
傾げながら、思わず目が細まった。
覚えはある。だが、そんなはずがない。だってここは、10年以上も前の、まだ悪蔵と呼ばれていたころの日常の景色だ。
「どこだ、ここは」
「あ! いた! 武しゃーん! まーた木にのぼってる! 落ちても知らないよー!」
ふと下を見ると、おつうがいる。
ずっと昔の、子供の頃のおつうだった。
鮮明な記憶の中にある通りの、そっくり瓜二つの姿をしている。
「おつう?」
「うん? そうだよ、武しゃん?」
顔を綻ばせる姿は記憶の中の通り。
がんばり屋で。
猫のように真面目。
まっすぐで、曲がった事ができない。
かといって堅物というわけではなく、いやむしろ可笑しいところもあって──、いや。むしろ可笑しいところばかりか。
自分よりも人の、幸せを願うようなやさしい性根の人。
薄らと思わず笑った。それは自分に向けての、呆れた笑みだった。
「……まさか夢にまでみるとは。いや、何度も見てはいたか、うん」
これまでの自分を思い返せば、割としょっちゅう夢で見ていた気がする。
改めて自認すると少し気恥ずかしい。
唸り声をあげていると、木の根元でおつうが言った。
「もう! 武しゃん、まだ寝ぼけてるの?」
おつうは腰に手を当てて、私怒ってますと言わんばかりに頬を膨らませて眉を顰めている。
そんなおつうを、まじまじと見つめる。
見れば見るほど昔のおつうにそっくりだ。
どうやら、自分の記憶力も馬鹿にしたものではないらしい。
馬鹿だ、悪蔵だ、とばかり言われてきたが、学問にでも手を出せば一端になれるかもしれん。
なんて、そんな冗談を思う。
まぁこれも夢の中。
少しの戯れくらいは許されるだろう。
そんな軽い気持ちで、武蔵は木の枝から飛び降りる。
ガサっと音を立てて木ノ葉が揺れる。
飛び降りる足はほとんど音を立てずに、猫のようなしなやかさで衝撃を抑えた。
「武しゃん?」
不思議そうに武蔵を見てくる、夢の中のおつうに近づいていく。
本当に、夢の中とは思えないくらい鮮明で、反応もおつうそのものだ。
自分が作り出した妄想と思えば、面と向かって会えない自分に情けなさやら恥ずかしさやらが沸き上がって悶えそうにもなるが、だがまぁ夢に見たものはしょうがない。活かすべきだ。
夢の中で少し気が大きくなっている自覚はある。だが沢庵の奴にも正直になれとしょっちゅう言われていたではないか。
夢の中でくらい、思うままに行動しても、あの坊主の言うことを聞いてやっても良いだろう。
そんな言い訳をしながら、武蔵は進み──
──そして、おつうを前から抱きしめた。
暖かい。
ある日の満月の夜に想った、言おうとした言葉は胸でつっかえた。
鮮明な暖かさが満たしてくる。なんと言えばいいか、言葉が見つからない。
純粋に、ただ暖かい。
「た、たたたたたっった!?」
「スンスン。……良い匂いだな」
「何かいでんのさー!!」
バシーンと、避ける暇もない腰の入った良い平手が、武蔵の頬を打った。
痺れるような痛みに首が回って身体も離れる。その隙にサッと人見知りの猫のような俊敏さで距離を取ったおつうが、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「ば、ばばばばば!! ──もう!!武しゃんなんて知らないからー!!」
土煙を上げるんじゃないか、というくらいに足をバタつかせて走り去っていくおつうの姿を、唖然と見送りながら頬に手を当てれば、痛いような熱いような痺れが残っている。
「……あれ? 夢じゃ、ないのか?」
そんな当たり前の現実を受け入れるために、頬に手を当てたまま呆然と立ち尽くす
もっと通りの良い名で呼ぶのなら、
のちの、