「──俺の歳だぁ? 武蔵お前、急にどうしたんだ? なんか、いつもと雰囲気違うし……」
怯んだように言う又八に、首を傾げながらもう一度聞く。
「そうか? こんなもんだろ。……で、いくつだ」
「……10だよ」
「思ってた以上に、若いな」
「お前、ほんとにどうしちまったんだ? 変なもん山で食ったのか」
「ん。まぁそうだな。クソ親父が出て行った。それだけだ」
「……え? お前の親父さんって、あの新免無二斎が!? ……おいってば!」
スタスタと前を進む武蔵の背を追って、又八が駆ける。
「おいってば! 武蔵! なんでだよ!」
「知らん。勝手に出て行った男のことなど知るものか」
「……それは、そうだろうけど」
「又八。オババはどこにいる?」
「え、ええ!? お前からウチの母ちゃんを探すって、本当にどうしちまったんだ!?」
「言わんなら足で探すぞ」
「いやいや! 居るなら俺の家だろう!? 忘れたのか!」
「……それもそうか。行ってくる」
「いや、だから待てって武蔵!!」
追い縋るのは又八で、ふと思い出したように武蔵が立ち止まった。
その小さいが、大きく見える背中にぶつかって、又八が尻餅をついて倒れた。
「ったぁ〜〜、急に止まるなよ、武蔵……!」
「……又八。変なことを言うが、お前には助けられた。ありがとう」
振り返って、ガバッと頭を下げる。
思い切りの良い武蔵らしい仕草だった。だが、頭を下げるなんてらしくない。武蔵じゃないみたいだ。
目を丸くしてそれを又八が眺めて、呆然としながら、やっぱり言った。
「お前、ほんとに、どうしちまったんだ……?」
武蔵の奇行はそれに収まらなかった。
又八の母親に会えば、土下座まではしないまでも今までの行いを謝罪してみせた。
これからは村の農作業も手伝うとまで言ってのけた。
オババも最初は信用しない。
今までの行いが行いだったからだ。
ただ、父親が出て行ったと平然と宣う武蔵の姿に何か感じ入るものでもあったのか、嫌がらせは多分に含んでいたが、農作業の汚れ仕事など、武蔵が本来なら嫌がりそうなものを嬉々として斡旋した。
怒り狂って暴れ回る武蔵を想像して戦々恐々としていた又八の思惑とは異なって、武蔵はそれでも何ひとつ文句を言わずに黙々と働いた。
元々野山で駆け回って歳の割には図体の大きい武蔵だ。
子供といえど、その馬力には目を瞠るものがあった。
ひと月。またひと月と年月を重ねる毎に、悪童、悪鬼、鬼の子、と呼ぶ声も次第に静まって行った。
真面目に、何かを思い出すようにすら思える仕草で畑仕事に真っ直ぐ打ち込む姿は村人たちの印象を改心させるのに十分すぎた。
誰もがすぐにそうなった訳ではなかったが、次第に、徐々に、まんべんなく。武蔵の悪い噂は消えて行った。
「──なぁおつう。やっぱり、武蔵のやつは変だよ。山で変なもの拾ってきたんじゃないか?」
それは幽霊とか、悪霊とか、鬼とか、物の怪とか、そんな類の怖いものを思って又八は口にしたが、許嫁であるおつうは畑仕事を続ける武蔵を見つめながら、優しげな顔で微笑んで言った。
「武しゃんは、武しゃんだよ。ずぅっと変わってないよ。……あ、でも。すっごく変かも……?」
少し前のことを思い出すように、ボンと顔を赤らめたおつうが顔を伏せて、体育座りしながら足をバタつかせた。
「……匂いとか、言わなくて良いじゃん。武しゃんのばか」
又八には聞こえないくらいの小さな声で、そう呟いた。