TS暗殺者、異世界で冒険する   作:布団から出られない

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楽園【エデン】はすぐそこに

 

「我としたことが、尿意を我慢できぬとは……。白夜の勇者として不甲斐ない……。股間の筋トレをして、尿意を我慢できるようにするべきか? やはり筋肉、筋肉は全てを解決する!」

 

「な、なんだこいつ。本当にこんなちんまいのが勇者の一員なわけ?」

 

尿意を我慢できずに、トイレに駆け込もうとしていたマコだったが、そんなマコの前に、見慣れない女が立ちはだかる。

女は異様だった。色白どころじゃない、完全に真っ白な肌を持ち、瞳は赤く、人間なら本来白目であろう部分は、黒く染まっている。

 

それだけではない。女の背中には、蝙蝠のような羽が生えていた。それに合わせるかのように、女の着ているゴスロリの背中の部分には穴が空いている。

 

そして、彼女のツインテールは、蝙蝠の髪留めによって止められている。

まるで、自分のアイデンティティであるかのように。

 

「なるほど。ヴァンパイアか。人間を見下しながら、その見下している下等な人間の血を摂取することでしか生きることができない哀れな種族……。ん……? ここって人間界のはず……。なんで魔族が?」

 

「ふん。今更気づいたの? 聞いて驚け! 私は『十拝臣』に選ばれし精鋭。今宵、魔王様の命令によって、勇者パーティの抹殺に来たのよ。そう、お前は今日ここで死ぬ! 惨めに、孤独に! この私の手によって!」

 

『十拝臣』。高らかに彼女がそう宣言している間に、マコはスタスタと女の横を通り抜け、トイレへと一直線に進んでいく。魔族が人間界にやってきていることに疑問を感じつつも、まあ別にいいか、それよりもトイレだと、そう楽観的に考えていたためだ。そう、少女は尿意には勝てなかった。

 

「ってちょっと待てーい! 私『十拝臣』! ただの魔族じゃないの! やべー強い魔族なわけ! なんで普通に素通りするわけ!?」

 

「それどころじゃない。私は今すぐに、行かなきゃいけない場所があるんだ!」

 

「ちょっと待ちなさい! って、わかったわ! 貴方、恐れているのね、ふん。当然よね。私は『十拝臣』。魔王様直々に選ばれた、超エリート上級魔族なんだから。でも逃さないわ。貴方は勇者パーティの一員。その時点で、この私から逃れることはできないのよ!」

 

「うっ………やばい…………」

 

『十拝臣』の女が高らかに宣戦布告をした途端、マコの体が小刻みに震え出す。

女の目には、あまりの実力差に、少女が怯えているように見えた。

 

「怖い? でも残念。いくら幼いからって容赦はしないわ。だって私、魔族だから。キャハハハハハ!!」

 

「もう限界だ! 私はいくんだ! 楽園(エデン)に!!」

 

「逃さないわよ。どこまでも追いかけて……ってはやっ!? え、もう見失ったんだけど!?」

 

 

 

 

 

 

「どぉぉぉけぇぇぇぇぇぇえ!!!」

 

マコは爆走する。己の中にある尿意に従って。ただ只管に、楽園(エデン)へと向かうのだ。

 

「貴様、止まれ! 我の顔が見えぬのか! 教えてやろう! 我は『十拝臣』、鋼鉄の異名を持……」

 

常闇の秘術・深淵(ジ・アビス)!!(ただの闇魔法)」

 

「ぷぎゃあ!!」

 

誰にも少女の歩みは止められない。彼女の尿意が改善されない限り、誰にも少女は止められない。それがたとえ、『十拝臣』であろうとも。

 

「くっくっく、君、逃げるつもりかい? そうはさせないよ。この『十拝臣』ケツカメン様が相手を…」

 

常闇の秘術・深淵(痔・アビス)!!」

 

「ふにゃあ!!」

 

しかも、少女は迷っているのだ。トイレの場所がどこだかわかっていない。本来なら歩いて1分ちょいで着くであろう楽園(エデン)に、彼女は未だ辿り着くことができていない。

 

「止まりなさい。『十拝臣』のビハダ様が、美肌がなんたるかを教えてさしあげ…」

 

常闇の秘術・深淵(ジ・浴び酢)!!」

 

「ぷひゃあ! お酢で肌荒れ改善!」

 

彼女は探し続ける。楽園(エデン)を見つけるために。暴走する尿意を、なんとか抑えるために。

 

「どこだ! 私の楽園(エデン)! どこかにあるはず! 必ずどこかに常設されているはずなんだ! 探せ……我は白夜の真虎。私の前に現れなかった楽園(エデン)は今まで一つとしてない!」

 

どれだけの時間探し回っても、楽園(エデン)は中々現れない。それでも少女は走り続ける。

 

「ぜぇぜぇ……やっと追いついたわよ……。まさか、あの一瞬で『十拝臣』が3名もやられているとは、想定外だったけど……。でもね、私の実力はあいつらとは比べ物にならないほどのものなのよ、見てなさい! その実力、とくと味合わせてあげるわ!」

 

「邪魔だ! どけ! 何人にも、私の歩みを止めることは許されない。私は絶対に楽園(エデン)に辿り着くんだ!」

 

「ふふん。お前はエデンに辿り着くことはない。この私に敗れ、地獄いきすることが確定しているんだからなぁ!」

 

常闇の秘術・深淵(ジ・アビス)!!」

 

「ふん! その技は対策済みよ! 『十拝臣』を3名もノックアウトした必殺技の対策くらい、この私がしていないとでも?」

 

しかし、唯一、彼女の歩みを止めんとする存在が現れた。

最初に立ちはだかった『十拝臣』。そう、ヴァンパイアの女だ。

 

「くっ、やはり最後に立ちはだかるのはお前だったか、我が好敵手! えー、そう。ヴァン・パ・イーアよ!」

 

「いつの間にか好敵手になってる!? というか、私の名前はヴァン・パ・イーアじゃないから! 私には、アイっていう立派な名前がついてるんだから!」

 

「くくく、しかし悲しいかな。 常闇の秘術・深淵(ジ・アビス)は私の必殺技ではない。そう。今のは必殺魔法ではない。ただの通常魔法だ!!」

 

ドン! と、いかにもな効果音がつきそうなほどのドヤ顔を見せながら、マコは高らかに告げる。しかし、そんなことをしている暇があるのだろうか。こうしている間にも、少女の膀胱は悲鳴を上げ続けているというのに。

 

「だ、だったら何よ。他に何か凄い技でもあるってわけ?」

 

女も、流石に『十拝臣』を3名倒した魔法がただの通常攻撃だと知って、動揺しているのか。少し声を震わせながら半信半疑でマコにたずねる。

 

「ある。しかし……これには代償が……」

 

「あ、あはは! そう、代償があるんだ? だったら使えないわね! でも、通常攻撃じゃ私を倒せない! ふふん、やっぱり私の方が強いのよ! 『十拝臣』舐めんな!」

 

「しかし、背に腹はかえられぬ……。やはり使うしかないのか、アレを……」

 

ゴクリと、『十拝臣』アイは緊張しながらマコを見据える。どんなとんでもない技が飛んでくるのかと、少女の一挙手一投足に注目している。

 

「刹那に幻想を抱き暗黒竜よ、その眼を持って、この空虚な世界を正せ」

 

辺りの空気が変わる。少女の纏う雰囲気が、明らかに先程までのものとは異なるものへと変化する。

 

「賢く、思慮深く、高尚なり。その竜は、一族で一番の鱗を持つ…」

 

常闇の秘術・深淵(ジ・アビス)が通常魔法であるというのも頷けるほどに、少女に魔力が集まっていく。

 

「暗黒竜! 来い! 我の元へ顕現せよ!」

 

少女が右手を天高く掲げる。瞬間、その手に光が集まり出す。

 

「こ、これは…!?」

 

やがて光が収束すると、少女の手には、竜の形をした剣のようなものが握られていた。

 

「羅針暗黒魔剣ドラゴンツヴァイ・グレードインフィニティ!! 召喚完了!!」

 

「く、それが……切り札ってわけね。でも……それだけの力……やっぱり、代償は支払っているみたいね! 私だって『十拝臣』の一員。代償を利用して、その恐ろしい剣相手に、うまく立ち回ってやるわ!」

 

言って、女はマコに突撃する。だが、一見すると、マコは何も代償を支払っていないように見える。五体満足で、五感も失っていない。

少なくとも、戦闘において必要な部位や感覚は失っていない。

 

つまり……。

 

「お前が私に、勝てるわけがないだろうが!!!!」

 

「ぷぎゃっぷ!!」

 

女は一撃で倒される。最初から、勝敗は決していたのだ。

 

「お前、『十拝臣』降りろ」

 

「そんな……代償……は……!」

 

「ああ、支払ったさ」

 

マコはその目に涙を流しながら、羅針暗黒魔剣ドラゴンツヴァイ・グレードインフィニティを地面に落とす。

 

「時間だ。私が、尿意を我慢するための、時間」

 

そう。代償とは。

長い詠唱と召喚モーションをかけることで失われる、時間のことだったのだ。

 

マコが楽園(エデン)に辿り着く前に、ダムが決壊してしまうまでのカウントダウン。

 

それが、代償だったのだ。時間をかければかけるほど、ダムの決壊は迫っていく。だから、本当は使うべきではなかった。

 

だが、目の前に障害物が出現してしまったのでは、それを取り除くことは必須なのである。ゆえに、マコはなくなく、代償を支払うことを許容するしかなかった。

 

「急がねば、はやく、はやく楽園(エデン)に」

 

少女は再び、楽園(エデン)を探す旅へ出る。

 

ちなみに数分後、彼女は無事、楽園(エデン)へと辿り着き、ダムの決壊を阻止することができたそうだ。

 

めでたしめでたし。




tips:アンジェは実は庶民文化が好きで、よくお忍びで庶民の暮らしを覗いていたりした。なお、有力貴族にはアンジェの行動はバレており、特に貴族至上主義の有力貴族からはよく思われていなかったそう。
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