剣戟魔界都市―ソードマンズ・サンクチュアリ―   作:ひん(再就職)

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PART10 インヴィジブル・ソード

「いきなりだと心臓に悪いし、順繰りに行こうか」

 

命を奪うにはあまりに優しい顔で獰猛に駆け寄り抜刀を披露した。

 

凩丸の間合いを掴んでいた上に声掛けも有り、牡丹も先の一閃よりは余裕を持って躱せた。

悔しさの欠片もない表情で頷く雪音を見て、武蔵一刀流の技の数々は本命を出すまでもない相手と遊ぶ余技に過ぎなかったような悪寒がする。

 

「まずこれが普通の居合」

 

雪音は難なくやってしまうが、走る最中に淀みなく抜き打つのにどれだけの研鑽があったろうか。

直感的な行動より複雑な分、一朝一夕では身につくまい。

縦横無尽に走れば足を使って体を開きを生むのはそれだけ困難だ。

骨盤の捻り、肩甲骨の駆動で刃渡り三尺の凩丸を巧妙に引き出す技術には脱帽する。

腕は緩く前兆を見抜くのは牡丹の目を以ってしても不可能であり、今も間合いの感覚だけで動いた。

満足げに微笑んだ雪音は牡丹がしっかりと無傷で離れるのを見ると、続いて秘していた夜霞を使った。

 

「次に、これがウチの秘伝の歩法の夜霞と併せた居合」

 

足運びを歩幅も速度も拍子も完全に不規則にしてを読ませない武蔵一刀流兵法に伝わる特殊歩法夜霞。

袴と重なりひらついてより視えにくく偽装する思惑通りに羽織が働く。

 

「……っ!」

 

初見となる不規則な歩調にさしもの牡丹も動揺した。

速さと起こりの無さは据え置きで、間合いを惑わす夜霞の脅威が加わっている。

動くのが早くても遅くても斬られる。

二重の幕が膝の動きを完全に隠してしまうのが非常にいやらしく、発展途上のこれでさえ、今日の参加者は誰も居合の間合いと拍子を読み切れず斬られただろう。

滑らかな頬から顎に冷や汗を垂らした牡丹だが、彼女もさる者、膝から脱力し身を伏せ真横に身を投げ出して髪を一房だけ犠牲に見事避けた。

死から逃れた牡丹を横目に雪音は駆け抜ける。

 

「やるねぇ。ここからが大事だからよく見とくんだぜ。お次が俺のオリジナル技だ」

 

お楽しみの時間だ。

雪音は奮戦に期待した。

懇切丁寧に予告してやるのは、あわよくば全てを凌いで貰いたい一心からだ。

左右に軽く体を揺らし、蠱惑的な笑みでまた夜霞を発動した。

立ち上がり身構えた牡丹は心の中で一足の間合いに入られるまでを数えた。

始まる。

何かが。

活人剣を極めつつある牡丹の剣術に対する嗅覚は凄まじく、たった二度目の夜霞から速度の平均値を弾き出した。

間合いまで四歩。

三歩。

二歩。

そして、虚を突かれた。

届く筈の無い遠間で抜かれた剣がぐんと伸びる。

これは錯覚ではない。

実際に間合いの拡がりが伴っている。

対応が遅れ後退や上体だけでは避け切れない。

背筋を縮めてのけぞる。

足りない。

腰から後ろに全身を倒す。

まだ足りない。

溜めていた脚で左へ蹴る。

最早斜め後方に頭をぶつけようと狂を発したような体勢であった。

ここまでしても、凩丸は冷たくさらりと首筋をなぞったのを牡丹は感じた。

斬られた、そう思うと同時に手足を振り上げる反動で器用に立て直し足から着地する。

喉に左手をやると薄皮が裂かれ少量の出血があった。

妙なる秘剣を躱せたのは、沢山の蛍光灯の一つが刀身に反射した幸運を見逃さずにいたからだ。

暗夜の路上で小さな街灯だけを頼りに立ち合っていれば、首が飛んでいたやも知れない。

これぞ我流秘剣、渚。

居合を得意とする雪音が間合いを見切られることを防ぐ目的で創り上げた剣技。

手順は極単純明快。

まずは夜霞で幻惑しつつ先を取る。

指は柄と鍔に絡める程度にして一切の力みを捨てる。

次に、居合を発動し腕が伸び切る刹那、肩、肘、手首の関節を外し、柄を手の中で滑らせて間合いを一尺半伸ばす。

柄頭に向けて太くなる薩摩拵を愛用するのは、すっぽ抜けないよう先端で握りを止めるためだ。

剣は体幹のうねりの連動で動かすので腕力は不要。

それでいて速度は落とさずに放つ。

巧みではあるが、ただそれだけ。

居合の仕上がりと先天的な関節の緩さに由来する妙技だが、必勝の絡繰りと呼べる魔剣の神秘は見えない。

それもその筈。

まだこの時点では、何も起きていない(・・・・・・・・)のだ。

 

「あはははっ、避けた! やっぱりすげえよ!」

 

虎の子が不発に終わって悔しがるどころか、喜色満面でその場で小躍りした。

恐れこそ無かれども、牡丹は困惑の極みにあった。

何度驚かされたら良いのだろうか。

とても無邪気に喜んでいる。

却ってその態度が怪しい。

奥の手をやり過ごした。

決定打を仕損じれば普通は余裕を失くし狼狽えるものだ。 

致命傷でないと知った牡丹は喉から手を離し、油断無く正眼に構えた。

反撃の隙など無いのは百も承知。

しかし、構えるしかない。

雪音に敵わないとしても、座して死を待つつもりは一欠片もなかった。

一太刀浴びせられるか否か。

判らずともまずは剣を出す。

活人剣か殺人剣を問わず、それが剣客の生き様なのだ。

一頻り飛び跳ねて落ち着いた雪音は、気を鎮めた牡丹が改めてぞっとする事を口にする。

 

「この組合わせに名前を付けたんだ。あり得ないけどあり得る《魔剣》ってね」

 

それは、夜霞から始まる。

 

「これが本当の渚────《魔剣 渚》だよ」

 

一つ一つはただ高度な技。

全てが合わさり、真価は発揮される。

次に何をするか丁寧に教えていた雪音が口を(とざ)した時、凡俗な剣技の渚は真なる姿の《魔剣 渚》へと羽化した。

傍目には矢鱈と速い居合でしかない。

ところがだ。

対峙してみれば途端に事情が変わる。

 

「……これは……!?」

 

何だこれは。

有り得ない。

しかし断じてまやかしではない怪異に遭遇して牡丹は言葉を失った。

どの機にも避けられない。

反撃もしてはいけない。

奇しくもと云うべきか、やはりと云うべきか、牡丹もまた数々の敗者と同じく戦慄と困惑を顔に滲ませた。

練達の牡丹をして、打つ手が無かったのだ。

 

逆転の発想で編まれたる《魔剣 渚》。

そも、並の剣技を超越した常ならざる魔剣とは。

その定義とは。

雪音が勝手に定めた条件では、それは必殺。

発動すれば如何なる劣勢からでも敵を死に至らしめる、文字通りの必殺技(必ず殺す技)

人は斬れば死ぬ。

しかしどうやって当てるかに人は苦心する。

漫然と居合を打てども当たり前のように躱され後の先を食らう。

ならば必ず当たる状況にしてしまえば良い。

どうして当たらない。

読まれるからだ。

見切られるからだ。

そこで雪音は考えの前提をひっくり返した。

同じ動作から異なる剣を放ったならば防げまいし躱せまいと。

思い立った雪音は居合を磨き抜き、区別の鍵となる起こりを徹底して消した。

無ければ焦れた相手は山勘で動くしかない。

読むことも出来ない。

見切る事も出来ない。

居合が見えずば死。

居合が見えても夜霞が見えずば死。

よしんば夜霞を見切ってもただの居合と勘違いしていては手前から翔ぶ渚で死ぬ。

渚と山を張って尚早に動けば、雪音が後の先の居合を打つ。

夜霞と神速のまま放たれる渚が奏でる究極の後出しジャンケンで相手を追い詰める迷宮こそが魔剣の正体。

 

つまりは相手が行動を選択するまで不確定の剣。

まるで潮の干潮に左右されて不確かに揺蕩う波打ち際。

向き合った者だけが渚の名の由来となった術理を理解する。

されど、殺意に溢れる理合を知った時にはもう詰んでいる。

剣速と技巧で雪音より大きく勝らない限り、先手を許した段で敗北は確定してしまう。

 

何が来るか判らぬ不可視の剣。

見えざる故に必殺。

種を見破られて尚も必殺。

恐るべき定理に織られた殺意の粋。

絶命必至の太刀がその身に訪れて初めて威力を知る。

この二段機構が雪音の無敵を支える《魔剣 渚》の全貌だった。

 

「…………くふ……ふはっ! あはははははははは!!!」

 

牡丹は木の葉のように空を舞い、砂塵を蹴散らして着地した。

雪音は今日一番の笑い方をした。

そんな逃げ方があったとは予想だにしなかった。

筋骨逞しく体重の重いむくつけき男ばかり斬っていたせいか。

結論から言うと牡丹は《魔剣 渚》を凌いだ。

見えなかった。

思いつかなかった。

だが、牡丹は為し得る最善手を尽くした。

躱せずとも卓越した鋭敏さで、剣が迫る左側に腰から外した鞘と剣を盾にしたのだ。

命の代償に鞘は両断され剣越しに強かに打たれて腕を痺れさせたが、凌ぎきった。

 

「…………はっ……はっ……はっ……私はまだ、生きてるわよ……!」

 

過去最大の窮地を生き延びた。

遅れ馳せながらその実感が牡丹の胸に押し寄せた。

心臓は暴れ、震えがこみ上げる。

女の身の軽さが命を救ったのだ。

いくら強がっても、生き延びはしたと同時に勝てないと証明してしまったようなものだ。

これで終わるものか。

終わらない。

なにせ雪音は汗もかかず涼やかにしており、《魔剣 渚》を何度でも使える。

渚が来るか居合が来るか、二つに一つの賭けにたまたま勝っただけで、まだ何も終わってはいないのだ。

しかも次は鞘を盾に出来ない。

いよいよ牡丹は進退窮まった。

 

 

 

 




今作のテーマは物理的に行使可能な必殺技。

回避を選ぶと…
間合いも見えない三流→そのまま居合で死。
間合いが分かるだけの二流→夜霞と居合で死。
夜霞を見切る一流→渚で死。
渚を見切った超一流→ビビって先走ると普通の居合で死。
先走らず受けに専念しても延々と二択を押し付けられるのでどこかで受け損なって死。

先に動く→夜霞で動き回るせいで攻めにくいのに十分の一秒の反応をトチるとバッサリ。
頑張って先手を取る→渚より遅かったり間合いが狭いとカウンターを食らって死。

防御を選ぶと…
武蔵一刀流の技に渚を添えられ防御をすり抜けて死。

カウンターは雪音の居合に首を飛ばされる方が速いのでほぼ無理。

魔剣ノーリスクハメ。
相手の出方次第で変化するシュレディンガーの剣。
磨きまくった居合ありきの技なのでただパクっても劣化版にしかならない。
わざわざ雑魚に使うのが嫌だっただけで実際は何回見せても攻略に結び付かないぶっ壊れ技。
使わなくても大体は勝つが万が一すら奪うクソゲー仕様。
主人公に持たせていい技じゃない。
雪音も《魔剣》無しだと普通に危ないレベルの世紀末世界だから仕方ないね。
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