剣戟魔界都市―ソードマンズ・サンクチュアリ―   作:ひん(再就職)

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PART14

部屋の掃除や洗濯物を片付けてもまだ昼下がり。

二連休はまだ序盤で、食材の買い出しは明日に回しても持つ。

持ち帰りの仕事も無い。

有り体に暇だった。

手持ち無沙汰にひとつ屋根の下、男女がすることと云えばそう多くはない。

体の方は膝枕している間から電源が入っている。

すぐに寝てしまった昨夜の分を取り戻したいが、歳上の自分から誘えば淫乱な女と喧伝するようで気恥ずかしく、夜鹿はソファでもじもじと躊躇っていた。

薄化粧の白い頬に朱が差した顔色で胸元や手先を行ったり来たりする視線を浴びて、雪音もははあ、と察知した。

室内でも持ち歩いていた凩丸は脇の壁に立てておく。

 

「姉さん」

 

脅かさないよう一声掛け、腰を曲げて夜鹿に口づける。

唇の弾力の中でついばむように付かず離れずを行き来し、しっとりた上唇を食み、下唇を軽く舐める。

止めに舌を淫靡に絡めると情欲の炎が大きく灯った。

どちらからともなくソファに倒れ込んで夢中で唇を貪った後、息継ぎをする二人の唇の間に銀の橋が架かる。

都内のどこぞで押収品の拳銃が盗まれただのと味気無い報道番組を流すテレビを切った。

 

「……しよ?」

 

正確に意図を汲んだ雪音の哀願は効果覿面。

堤が決壊した夜鹿は唇を求めた。

雪音の首を捕まえ、柔らかに挿し込まれる舌を情熱的に迎える。

カーテンは開いたままだが覗かれる心配のない高層階だ。

愛人の体を求める細腕は心置き無く甚平の紐を解き、逞しい指も寝間着のボタンを外していく。

その間も唇は繋がっている。

唾液の爆ぜる音と空調の音が荒い吐息で掻き消される。

 

「昨日の分もしたいから覚悟してね、姉さん」

 

不信感を与えた落ち度を精算する意味合いでも姉に恥をかかせない道化を選ぶ。

耳に流される熱っぽい声に夜鹿はぞくぞくと痺れた。

雪音が嗅覚に惹かれるように、夜鹿は聴覚と触覚に惹かれる。

体の方も長い付き合いだ。

性的嗜好の暴露こそ無かれどおおよそ理解している。

満更出鱈目でもない。

実際に雪音は牡丹との一戦の興奮が尾を引いてむらむらとしていた。

命を脅かす相手と向かい合えた余熱は瞑想に費やしてもまだ余る。

それを夜鹿への献身に昇華する。

簡単な事だ。

スポーツタイプの下着を剥ぎ取り投げ捨てる荒々しさとは正反対に、柔肌を撫でる愛撫は慈愛を湛える。

自分も下履きを脱いで互いに裸になり体温が溶ける快感を分かち合った。

舌を甘噛みしたり首や耳にも吸い付くと夜鹿はその都度息を漏らし腰を震わせて歓んでいた。

そろりそろり下へ指を走らせるとぬるりと濡れている。

連日の条件付けで雪音の味を覚えた夜鹿はすっかり欲しがりな体になってしまった。

受け入れる準備は万端といったところ。

いつもはこの辺りで夜鹿の中に分け入る前の装いを整えるものだが、腕を掴まれ僅かに体を離す試みすら阻止された。

 

「待って。今日は着けなくて平気な日だから……」

 

冷静で気丈な夜鹿はどこにも居ない。

ここに居るのは発情して瞳を潤ませ、愛人の肉体を求める女だ。

雪音はその手の対策は怠らない。

勢いで言ってやしないか。

子を妊んで起こる様々な変化を必ずしも考慮はしていないのではないか。

その迷いが夜鹿には伝わった。

 

「……もう焦らさないで」

 

百分の一ミリの隔たりすらもどかしいと訴える。

女が求めた。

ならば応えねば男が廃る。

今日に限っては野暮な悩みを捨てた。

 

「それじゃ、いくよ……夜鹿」

 

妖精のように儚い人へ、野獣のように雄々しく覆い被さる。

考えるべきは、満たし、悦ばせ、愉しませる事だけだ。

それが雪音が夜鹿に払える最たる対価。

自分を養う夜鹿を癒やす義務があると心得る雪音は好みの研究も熱心だ。

名前を呼んで後背位で抑えつけると内外の筋肉が収縮して歓喜の悲鳴を漏らすのは確認済み。

更に手の甲に手を重ねて後背位で組み敷き、腰を突き動かしてやると快感の閃電に悶える。

強く責めてばかりでは快感の渦ですぐに疲れてしまうので動きに緩急をつけるのも忘れない。

責め一辺倒ではいけない。

うなじに口づけをしたり、腰を止めて体を重ねて頬擦りをしたりの触れ合いも性感を優しく高める。

夜鹿は被虐嗜好だが、ただ無為に虐げるのは違う。

あくまで自分本位にならず丁寧に絶頂まで押し上げる。

臍の裏を小突いて腰から蕩けさせ、抗えない大きな波に乗せて連れて行くと、強い力で指を握り返して果てる。

 

「ん゛っ……! 雪…………音……♡♡」

「俺も凄く、いいよっ……姉さん……くっ」

 

ぬらぬらと咥え込む生の粘膜の感覚は雪音にも強い刺激となる。

弾けてしまわないよう懸命に耐えて続け様に腰を使う。

快適な室温でもたっぷりの汗をかいた背中に舌を這わせ、肩甲骨から上へ舐める。

やがて互いに上り詰め、法悦の絶頂に至る。

二人の熱量はたった一度では収まらない。

ソファに突っ伏したまま腰を揺らして誘う彼女を何度も貫いて忘我の境へ駆けた。

次は趣向を変えて向かい合わせで膝に夜鹿が跨り密着する。

身長差が逆転する視点を得て今度は自分からキスを落とせるこの体位も夜鹿のお気に入りだ。

腹と下腿を擦り合わせ、胸板が乳房を押し返すと全身で愛しい人を感じられる。

 

「ん……ちゅ……」

 

後背位では啼かされるだけの口が心地よく繋がる。

腰を支える腕の太さに微睡む(はら)を何度もゆったり突き上げてぐずぐずに蕩かす。

 

「好き……ゆきね……ん゛っ……♡」

 

甘く、それでいて不可逆の刺激がまた夜鹿を夢中で縋り付かせた。

血の繋がった親族である事も、本来は弟のような関係である事も、殺人者である事も忘れ去り、快楽に堕ちていく。

 

「俺も姉さんが好き。大好きだよ」

 

求められるのは嬉しい。

もっと求められたい。

雪音の中には単純で子供っぽい感情が大多数を占めている。

社会の禁忌など知った事ではない。

好きな人に好きと言い、行動で示すのが許されない規範など糞食らえだ。

上気した肩に落とした一つのキスを合図に動きを速める。

硝子細工を持ち上げる位に丁重に夜鹿を抱いて、背もたれと唇に挟まれた間で遅く小さく腰を突く。

子宮を押し上げられる緩やかな絶頂が幸福感を無限に生み出していった。

 

「んぅ……♡」

 

恋人たちの睦み合いは日が沈むまで続けられ、かれこれ千を超す情事にまた一枚ページが足された。

次なる転機は性交の間の小休憩。

 

「……ひょっとしてなんだけど、雪音は胸ってあんまり好きじゃない?」

「……どうしたの急に?」

 

汗みずくの体を起こして水を飲む雪音に、ソファ上で三角座りの夜鹿はタオルケットを胸元に引き上げて隠し問う。

普段ならこんな放言は絶対にしない。

真面目で常識人の仮面が言わせないが、快楽に(うな)されて朦朧としたままの夜鹿は思った事を何も考えず言ってしまった。

加えて今は寂しさと不安感に苛まれた直後。

浮世離れした雪音が不意に立ち去ってしまう恐怖はどこかでまだ拭えないままだ。

懸念を払拭する確証が欲しい。

他の誰にも負けない強烈な繋がりが。

意思を尊重して自由に生きさせたい想いと永久に自分の物としたい独占欲がせめぎ合った末に性欲と融合し、歪んだ母性として発露する。

 

「だって、全然触って来ないし……私の胸は小さいから嫌い? 嫌いでもちょっとだけ吸ってみない?」

「は、はあ? あのさぁ姉さん、俺達従兄弟だよ? イキ過ぎて寝惚けてない?」

 

突然の提案に雪音は戸惑った。

性交の下準備の前戯として性器を舐めるのとはまた違う。

胸を吸ってどうなる。

出ないのに何を吸えと。

雪音は雪音でかなり近い親族でもセックスは別にいいが、行為の中で胸にしゃぶりつくのは変態という貞操観がある。

中々に変態的だがそれでも一定の線引きはしている。

雪音の中ではセックスの目的は子作りか快楽を求めた性欲の解消だ。

授乳は母子の間で行われる行為なので、その他の血縁とするものではないと思っている。

雪音は生まれてから物心が付く前に母親を亡くした。

母親からの授乳にまつわる思い入れも、懐かしさに由来する渇望も無いので、夜鹿とそれに及ぶのはこそばゆい違和感しかない。

雪音には意味不明だ。

姉からの素っ頓狂な提案を大いなる混乱を受けて怪訝な眼で見た。

 

「やっぱり小さいおっぱいじゃ嫌よね……。今のは忘れて」

 

目を伏せてそっぽを向く。

拙い。

折角朝から良い雰囲気に持っていっていたのにまたやってしまった。

そも、好感度を下落させるのは避けたく、悲しませるなど以ての外。

泣かれるともうお手上げだ。

夜鹿がこれだけで機嫌を損ねるのは有り得ないが、底無しに鈍感な雪音は一人で焦る。

 

「い、今のは驚いただけで全然嫌じゃないからぁ! そう言われたらしてみたくなってきたなぁ!」

「お世辞じゃない?」

「うん! ほんとほんと! 姉さんの体で嫌いな場所なんて無いよ!」

 

機嫌を直して貰えるように、背中へ向けて全力で肯定した。

事実、想定外過ぎただけであって嫌ではないし、夜鹿がしたいと言うなら断る選択肢は無い。

夜鹿は覚えたての泣き落としを早速悪用していた。

どうせ言ってしまった以上は飲み込めない。

ええい、ままよ、と。

毒を食らわば皿まで。

地獄に落ちるならば最下層まで。

どうせなら、自棄糞で新たな性癖をぶちまけてしまう事にした。

 

「なら、してくれる?」

「するよ。させて。今すぐしたい」

 

背中に張り付いた雪音から言質を取れて気を良くし、いそいそと髪を整えるのだった。

五分後、そこには成人男性を膝枕で首を横抱きに、左胸に押し付ける危険な絵面があった。

開始早々から、夜鹿は過去に類を見ない恵比寿顔で絶好調だ。

 

「あぁ〜っ♡可愛いぃいいい♡ママのおっぱい美味しいでちゅか~♡いっぱい飲めて偉いでちゅね~♡」

 

なんだこれ。

なにをしているんだこれは。

一方の雪音は顔に押し付けられた胸を吸わされて真顔になっていた。

雪音は発展的な性癖に関してかなり未発達だ。

無関係な行為を性的興奮に結び付けられるほど爛れていない。

間違い無しに己の理解し得ない視野には参った。

やはり姉は卓越した才人なのだろう、と胸のどこかを敬愛でじんと滲ませる弟なのだった。

これでこの人が楽しいならまあ、それで良いのだし。

鼻先を浅い乳房に沈めて納得していた。

ただ、一つ問題が起きている。

 

「もう、さっきから勝手に弄って……! 今はくすぐったいから駄目って言ったじゃん! あ、また……!」

「やんっ♡」

 

あれだけ抱かれてまだ足りないのか、頭と腹を撫でる慈愛の手つきの片割れが偶に臍よりもっと下に行くのでその都度平手ではたき落とす。

せっせと吸い付くだけでいっぱいいっぱいのところにちょっかいを出されると非常にこそばゆい。

執拗な攻め手にこの鉄の心を持つ鈍感の雪音でも、提案の正体を看破した。

『あっ、これ趣味だな?』と。

 

「あんっ♡……もっとして♡」

「いや、あの……」

 

痛がるどころか悦んでいる。

本物だ。

平手打ちの痛みも快感に変換される倒錯性癖に半ば呆れ、なすがままにされる腹を括った。

これが一度きりで終わらず以降も前戯の一環に組み込まれるとは、今の雪音は知る由もなかった。

 




夜鹿すら理解が足りないけど雪音は良い子なんですよ……

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