剣戟魔界都市―ソードマンズ・サンクチュアリ―   作:ひん(再就職)

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PART17

凩丸にへばりついた血肉を死体の袖で片面ずつ丁寧に拭う。

上等なスーツを汚して艶美な輝きが戻った刀身を鞘に戻した。

内臓を垂れ流した半死人が千切れ飛ぶ光景は刺激が強かったのか、標的は護衛の背で失禁して震えている。

人員や立地、間取りを偵察した雪音は手薄になる時間を狙わず白昼堂々と強襲した。

正面からエレベーターで上がり正面切って、もしもしこの人を探してますと用件を伝えたのだ。

何故か問われて斬るためと馬鹿正直に答えれば、当然長ドスや匕首を携えた輩が続々と集まったので誰彼構わず斬りに斬った。

現代の池田屋に残るは二人。

 

「さぁ、どうするんだい。もう逃げ場は無いよ」

 

雪音は微笑む。

階の最奥の室内は凄惨な赤だ。

とにかく赤い。

壁と床と天井がどこを見ても赤が目に留まる程、ビルの一室は血が彩られていた。

石膏とタイルのつまらない白と調度品にぶちまけられた模様が錦鯉を思わせる。

材料に四人の命を(ひさ)ぎ成した芸術を下らないと雪音は冷笑する。

この部屋を含めて既に十五人を斬ったのに、何の快感も得られなかったのだから。

術理の欠片も持ち得ず気合いばかりが先走る素人を幾ら斬ったとて何も楽しくはない。

応接セットの障害に隠された夜霞を素人が受けてはどうせ死は不可避。

護衛の腕が立つ前評判は幸いにして真実だった。

小手調べの夜霞を受けて無事でいるだけで大したものだ。

部屋には標的と護衛を含めて六人居た。

扉を蹴破って繰り出す居合で手前に座っていた二人の首と腹を初手で斬った。

それから直ぐ様に手首と足首を返し、立ち上がりかけで腹が斬れた方の首を刎ねつつ、渚の応用で間合いを延ばし奥の二人を叩き斬った。

護衛は標的の襟を掴まえて次の一歩で当たる範囲から素早く後ろへ逃してしまったので三太刀目は不発。

重畳だ。

二拍の猶予を得ても逃れられない剣士の方が多い中、冷徹にして精密な雪音の剣を躱している。

退避するとすぐさま灰皿やグラスを床に撒いて出鱈目に足場を乱した。

雪音の余裕を警戒して三人掛けのソファを挟んで斜めに位置どっているのも戦闘経験からか。

奇しくも同じ居合使い。

体は同等に鍛え込んでいる。

雪音は唇を更に歪めて赤子のように笑った。

主役はお前だ。

 

「雑魚が死のうが知った事か。俺は貴様の命を獲るだけよ」

「て、てめえっ! 俺を守らねえのかっ!? 今までたんまり金を世話してやったろうが!」

「黙れ。貴様から死ぬか」

「ぶひぃっ!?」

 

鼻っ面に後ろ蹴りを食らわせて親分を黙らせた。

悪どい面で腰を抜かし、雇った護衛にも手荒にあしらわれる惨めさったらない。

 

「あはははは、どつき漫才やってんじゃないんだから変に笑わせないでくれよ。…………あんたさ、あの場に居たね?」

「だったらどうした。急に家に帰りたくなったか?」

「まさか。あんたは大馬鹿だ。とびっきりの馬鹿野郎だぜ」

「ふ、ほざけ」

 

片や不可避の《魔剣》に挑みたがり、片や手の内を知られて喜ぶ、血に染まった男達。

二人は瞳をどす黒く輝かせて笑い合った。

《魔剣 渚》を擁し世代最凶と噂される剣兇との居合対決に臨んでも護衛は強気でいる。

不敵な挑発に雪音がにやつく。

出義牡丹との死合を観戦して《魔剣 渚》は足運びが不敗の機構の要と見取り、こうしてきたのだろう。

確かにこの立ち位置や足場では必勝の《魔剣》は効果が半減し不発となる。

出そうにもただの我流剣術渚を見せるに終わってしまう。

挙動を束縛する机や椅子が《魔剣》の自在性を潰してしまうのだ。

 

宍戸兵馬(ししどひょうま)。我流だ。剣兇の手並み、見せて貰う」

「武蔵一刀流兵法、逆島雪音だよ」

 

重心の安定も良く戦術は合理的。

闇市での凄惨な立ち回りと残酷な速度の居合を目撃した割には怯えの色は無い。

かなりの上物だろう。

我流が欺瞞でも真実でも俄然面白くなってきた。

 

「《魔剣》を使わせなけりゃ勝てるだろうって?」

 

縛られた魔剣は魔剣足り得ない。

回り込めばその隙を打たれる。

だがそれが何だと言うのか。

こうなっては、どちらかが間合いに飛び込んで居合を叩き込む。

決着まで一太刀。

 

「試してみようじゃないか」

 

狙われているのは首より上か。

ソファを飛び越しても迂回しても首を撫で斬る軌道を相手が脳裏に描いているのは彷徨う視線や肘の角度から明白だった。

足場の悪さは剣に影響する。

がらくたを避けて進まざるを得ない攻め手の雪音は大いに不利。

自分の居合に絶対の自信が有っても分の悪さは否めない。

それは分かっている。

だからどうしたと言わんばかりにソファとテーブルの間へ突っ込む。

そこもまた割れたカップやら新聞やらが散らばる殺し間。

死地でまごつく間抜けは居ない。

早々に見切りを付けてソファの背もたれ方向へ跳躍した。

空中では身動きは困難だ。

宍戸はほくそ笑んで居合を放つ。

その首貰った。

狙うは無謀に飛び上がった雪音の生白い喉。

腰の凩丸に防がれない高めの角度で斬り上げる。

しかし勝ちを確信するには早かった。

軌道を視た雪音は手足を畳んで小さく一塊になりソファを側宙で飛び越えて、本来の首の高さを過ぎる一刀を躱した。

生じる回転を予備動作に使い、着地寸前に居合を叩きつける。

空中には雪音の剣の道を阻む者ものは何も無く、一歩踏み込んだ剥き出しの首を凩丸は鮮やかに撫でる。

振り抜くと当時にガラス片をスニーカーの底で踏みつぶして荒々しく着地した。

うなじの皮を残して脊椎まで断たれた宍戸は即死してその場に崩れる。

全ては一瞬の出来事で驚く暇も無かったろう。

左右のどちらかに側宙し、着地前もしくは着地時に回転方向へ斬り払う。

下段払いへの回避や障害物を飛び越えつつの奇襲攻撃に使用される異形の剣。

武蔵一刀流兵法飛独楽(とびこま)

この高難度の技も必要とあらば使うが今ひとつ好きになれない。

これの主目的は軽業紛いの回避であって、剣が生きていない。

手本を見せた獅子吼は空中で逆さまの間に青竹を五本纏め斬りにしていたが、あれは例外だ。

体重は乗るし威力十分だが派手なだけで面白くない。

雪音個人の趣味では地面の反発と重力に従う堅実な剣技が好みにあたる。

脱力第一を標榜する流派の宗旨にもそれが合っている。

 

「悪くなかったよ。地獄でもっと稽古しようぜ」

 

《魔剣》など本来なら不要。

勝つ公算の高い敵に楽に勝てるようになるだけ。

雪音の居合より地力が有れば勝てるのだ。

突き詰めれば、雪音が抜いた後に抜いて勝てる速さが有ればいい。

《魔剣》を恐れるのは格下である証左に他ならない。

牡丹並の使い手であれば事情が変われども、その程度の剣士に同じ居合の土俵で負ける道理が有ろうか。

それでもなかなかの腕前だったのは違いない。

 

「悪いけど、そういう事だからさ。おじさんも似たような事やってたんでしょ? 因果応報って奴だよ、諦めて死のう!」

 

晴れ晴れとした開放感に包まれた雪音は、血溜まりの中に顔面蒼白でうずくまる標的に珍しく優しく説いた。

 

「幾らで雇われた!? 俺はその倍を出すぞっ!!」

「〜~♫」

 

先日視聴したドラマの主題歌を鼻歌で口ずさみ、必死の命乞いにも聞く耳を持たず剣を振り上げた。

金には困ってない。

むしろ得ても使えないと夜鹿に言われたばかりだ。

剣を振り下ろして仕事を完遂した雪音は騒ぎになる前にそそくさとビルを離れた。

終わってみれば呆気ない。

返り血の一滴も浴びていなかった。

たっぷり戦って満たされているが、まだ昼下がりだ。

家に帰っても夜鹿は居ない。

時間を持て余した雪音は闇市近くまで戻って近傍の河原に足を運んだ。

ゆっくりと土手の上を歩いてそれの姿を探した。

期待はしていない。

三日と経っていないのだから傷が癒えて鍛錬に励むには早過ぎるが、国道の橋の袂にそれは居た。

 

「おお、良いねえ」

 

一心不乱に立木に木刀で殴り掛かる野蛮な稽古をしている。

暫く遠目に観ていると顔の腫れは引いても体の痛みによるものか時折ぎこちなくなっていた。

痛む筈だ。

薄切りと滅多打ちの生殺しにされた身体が痛まない訳がないのに構わず鬼気迫る形相で打ち込んでいる。

牡丹は焦りに突き動かされていた。

道場を護るには金が要る。

雪音を倒せば高い確率で金が手に入る。

全てが嘘である可能性もあながち皆無でなくとも、あの手の狂人は取り決めを異様に遵守する。

勝てば報われる。

あの悪鬼に勝つしかない。

 

「頑張れ。お前なら絶対に出来る」

 

勝利に向けて万全を期し編み出した《魔剣》を今では逆に破られたい。

空間を超えて向けられる怒気に雪音は嬉しそうに独りごちた。

あの嵐のような様子では手応えは未だ無いのだろう。

どうにか《魔剣》を攻略せしめない限り牡丹に勝ち目は無く、今会っても前回のやり直しになるだけで互いに面白くない。

しかし如何せん、鍛錬の要領が悪い。

基礎稽古は出来ているものの、血気盛んに殺し合う対人戦の経験値が足りていないのが最大の弱点だ。

これでは差は縮まらない。

急にもやもやとした雪音は声をかけずに河川敷を去った。

人の斬り方を素直に教わるような女なら話は簡単だったのだが、甘ったれな流儀がそれを邪魔する。

成人してから習慣が抜け切るには時間が要る。

適当な剣術道場に放り込めば才能のまま勝手に育ったものを、よりによって活人剣とは。

どこまで行っても剣は剣でしかない。

剣とは人を斬る道具。

手加減だの不殺だの抜かすのは包丁を料理以外に用いる阿呆と一緒だ。

そんな浮ついた戒律で自ら迷いを生じさせるなど愚の骨頂。

どうしたものか。

電車に乗ってマンションに帰り、たった一日で沢山斬った凩丸をまた手入れする。

夜鹿が仕事から戻るまでの数時間を鍛錬に宛てて潰そうと非常階段を伝って屋上に出た。

丹念に柔軟運動を施してから素振りを行う。

好調だ。

夜霞も渚も問題無く使える。

しっかりと牡丹を返り討ちにしてやれる事だろう。

《魔剣》を開発し運用してきてそろそろ三年経つ。

言ってしまえば《魔剣 渚》は現状無敵だ。

雪音の居合を見切れない者へは限りなく無敵に近かった。

しかし牡丹のような未曾有の才能を目の当たりにして、そろそろ改良案を練るべきかと雪音は考える。

どうしようか。

武蔵一刀流兵法の技を初歩から奥義の夜霞まで復習して剣に訊く。

凩丸は答えないまま時は過ぎ、赤く焼ける西の空を月が追いかけて夜が来た。

そろそろ夜鹿が帰宅する頃合いなので、家に戻って習ったばかりの米研ぎをして待つ事にした。

 




野球で例えると大谷翔平が165キロの変化球を全く同じフォームで投げてくるような扱い。
しかも一球で打たないと負け。
牡丹は気合でバットに当ててファールにし続けた感じ?

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