剣戟魔界都市―ソードマンズ・サンクチュアリ― 作:ひん(再就職)
今夜も小粒な相手を飽きるまであしらい現住居であるタワーマンションへ帰宅。
手洗いを済ませたら愛刀を持ってリビングへ。
この時間だといつもは寝ている家主がベッドに居ないという事は今日はまだ起きているようだ。
「おかえり」
「ただいま、姉さん。まだ起きてたんだ」
雪音が姉さんと呼んだ女性は、張りも有りつつ熟れた肢体にガウンを着て、ソファでノートパソコンをタイプしている。
彼女は
夜鹿は大学卒業まで隣に住んでいた、雪音の年上の幼馴染である。
ウルフカットにしたクールな美人で、スタイルも良い。
そしてキャリア組警官。
普段はコンタクトにしている彼女が如何にもオフ用なノンフレームの眼鏡をしているのが新鮮で良い。
「今日中に終わらせないといけない仕事が有って、それがやっと終わったところ。お腹空いてるなら何か作ろうか? 何が良い?」
「姉さんの手料理なら全部好きだよ」
「つまり何でも良いのね。同じ事を未来のお嫁さんに言ったら泣いちゃうわよ?」
「俺が他所で女囲うと思う? 姉さんだけだよ」
気のおけない姉弟のように接し合い、実際血縁もある雪音が定職に就けないので彼女が養っている。
それも雪音の性格を知った上での事。
「今日は何人?」
何人斬った?
そういう意味の問い。
彼女は雪音が刀剣を扱う術に長け、これまでに何十人、下手をすれば三桁の命を散らしていると知っている。
「三。多分みんな悪党だよ。向こうが先に抜いた」
毎日毎日発見される斬殺死体の中で捜査情報を見聞きした限り、雪音と思われる刀傷を残す大量殺人者は一般人を無差別に斬りはしていない。
前科持ちの重犯罪者や剣に魅入られた人斬りを殺しているだけ。
だからまだ最悪ではない、そう自分を納得させている。
この際、雪音が二十回は死刑を科せられる殺人罪を犯している事は目を瞑る。
剣士殺しの剣士の名は警察関係者の中で日に日に知られ、
雪音は殺人に何の忌避感も無い。
その事実に溜息を堪えた。
「…………そう」
夜鹿は眉間を揉む。
職務への誇りに掛けて、内部情報を教えたりはしていない。
しかし、殺人犯と同棲なんて前代未聞の醜聞だ。
だが此処で雪音を突き放せばどこまで修羅に堕ちていくか想像すると空恐ろしくなる。
手綱を離したが最後、本当の意味で制御不可能な邪悪が生まれてしまうのだ。
夜鹿はパソコンを閉じて立ち上がった。
家系の遺伝か背は高い。
高身長の雪音と並んでも頭半分しか差がない。
「物騒な世の中だね。姉さんも美人だからそんな際どい格好してたら襲われるよ?」
「その時は雪音が助けてくれるでしょ?」
職場で鉄の女と揶揄される仮面を外し、愛想と色気を良く混ぜ合わせた流し目で聞き返した。
愛嬌と称するには過剰に妖艶な魅力が高密度で押し寄せ、肝の据わった雪音すら心が揺れる。
意識してやっているなら憎いほど素敵な女だ。
「勿論。でももしかしたら……」
台所で冷蔵庫の残りを温め直している夜鹿を後ろから抱き締めて、胸へ、腹へ、臍へ指を這わせる。
「俺が先に襲っちゃうかも」
「もう、邪魔しないの」
夜鹿のうなじの匂いを嗅ぐと安心を感じるのは不思議だ。
音を立てて嗅ぎ、もっと全身を絡ませ腰を夜鹿の尻に強く擦り付ける。
「あっ♡………………ばか」
不意打ち気味な愛撫に湿った吐息で喘がされた口を抑え、事実を誤魔化すように怒って見せる。
懲りない雪音は赤らむ首筋に顔を埋めて啄むように優しくキスを降らせた。
本気になってしまわない程度の軽さで降り注ぐそれに負けじと夜鹿が迎え撃つ。
この家では良くある円満な一幕。
雪音と夜鹿は現在愛人関係にあった。
事の始まりは半年前に遡る。
夜鹿の筧家と雪音の逆島家は本家と分家の関係であり、嫁入り婿入りが当たり前で先々代辺りまでは血縁も濃かった。
母親がおらず歳が近い雪音に何かと世話を焼いていた。
夜鹿も一人っ子であったので気丈で純粋で良く懐く少年を弟のように可愛がった。
しかし成長するほど剣術に没頭するようになった雪音について行けず、すれ違ったまま大学卒業と共に実家を離れ疎遠になっていた。
その雪音が父を真夜中の真剣勝負にて殺め、すぐさま姿を消した報せを聞いて職場で仰天した。
そして事件から数日後、深夜に帰宅した夜鹿を気配を殺して待ち伏せていた雪音が居た。
「こんばんは」
「っ!?」
すわ強盗か暴漢かと振り向き様に肘を顔に叩き込むが、雪音はそれを悠々と避けて抱き着いた。
「俺だよ。久しぶり。最後に会った時よりもっと綺麗になってて驚いたよ」
「あっ、えっ? あなた……まさか雪音?」
雪音が記憶より研ぎ澄まされた顔立ちになっていて、すぐには判別出来なかった。
「あーあ、俺は姉さんのことすぐ判ったのに」
あどけない表情で、夜鹿の胸元でぼやく。
引越し先は両親から聞いた事が有った。
元から家族ぐるみの付き合いも有り、雪音の外面が良いのですぐに教えてくれたのだ。
対して、夜鹿の動揺も当然。
無名と言えど流派の師範を正面から斬り殺した使い手が、得物を佩いて目の前にいるのだから。
警官として努めて冷静に動揺を鎮め、状況を確かめようとする。
手に負えないまでに狂っているなら、それなりの対応も已む無し。
だがまずは家族として事情が知りたかった。
「上がって。寒かったでしょう? 何か淹れるわ。話はそれからにしましょう」
真冬の夜中に薄着で待っていて手も白く冷え切っていた雪音を招き入れた。
「ねぇ雪音……どうしておじさまを?」
「親父は剣が好きだった。好きなものに命をかけるのは当たり前だよ」
実父の命を奪ったばかりと言うのに剣呑とは真逆の安らいだ眼差しで口を開いた。
「親父も俺も本気だった。普通に考えりゃ俺を鍛えた男を相手にして手を抜く余裕が有る訳無いし、俺が全力であったように、親父が全力をぶつけてくれた事を誇りに思ってる」
命を落としてでも剣術を崇拝する狂気の沙汰を記憶を辿るように淡々と言う姿に衝撃を受けた。
「そう……なのね……」
もう理屈もへったくれもない。
価値観が根底から違う。
雪音は母親は産後に病没し、厳格な父親と暮らした。
確かに父は雪音を愛していた。
しかしその愛は狂っていた。
愛した妻を失い、残ったのは雪音と剣の道。
より強く、より高く。
命の価値などちり紙一枚にも値しない。
剣の為に生きて死ぬ。
それしか世界を教えられずに大人になった可哀想な子なのだ。
そして生き残り、最愛の父親すら失った雪音は捕まる危険も承知で最後の砦を求めてここに来た。
「ごめんなさい。私酷い事言わせたわ」
「全然。気にしてないよ?」
スーツの胸元に頬擦りして無邪気にコロコロと笑う青年は不思議にも逞しくも可愛く思える。
昔のままの笑顔を向けられる資格があるだろうか。
就職を建前にして自分は逃げたのだ。
修羅道に染まりゆく雪音を置いて。
それをもう一度裏切り、囚人として刑を受けさせる?
出来ない。
出来よう筈が無い。
夜鹿の母性はそれを拒んだ。
それではこの子は永遠に救われない。
夜鹿は共に地獄に堕ちると決めた。
軽い食事や入浴を済ませ、一台のみのセミダブルのベッドに二人で横になった。
脚が触れ合う距離で向かい合う。
「温かいね」
「そうね……!」
添い寝などいつぶりか。
過酷な英才教育で満身創痍の雪音を看病しながらの時が最後で数年は経っている。
一張羅が洗濯中なので裸で寝たが、すらりとした猫科の大型肉食獣のように引き締まった肉体で密着された時には、夜鹿は気が気でなかった。
一人の男として意識してしまっている。
あどけない表情とは裏腹に主張する男の固い体に、夜鹿の女の部分に久しぶりに熱が灯った。
それを理性で誤魔化す。
「明日は服も買いに行かなきゃ。これからここで暮らすんだもの」
「俺、居て良いの?」
「ずっとね。家族でしょう?」
愛とは呪いだ。
「やっぱり姉さんが好き。来てよかった」
純粋さは何年経っても色褪せない。
言葉足らずに夜鹿の胸に飛び付いて目を閉じる弟分の頭を撫でて寝かし付けたのだった。
初日は理性が勝ったが、互いに憎からず想い合う男女が一線を超えるまでに時間は掛からなかった。
立ち合い直後の興奮状態で帰宅した雪音をリードしながら受け入れてみたら、呆れるほど下手糞な初セックスだったが、それはそれで雰囲気が出て良かったと後に回顧する。
夜間パトロール中の警官がそこそこ斬られる程治安は世紀末状態。
斬殺死体が毎日見つかる中でも警察に入ったのは夜鹿がバカ真面目だからです。
血縁は従兄弟〜又従兄弟くらいの近さ。
やや低い声でCV 浅川悠のイメージ