剣戟魔界都市―ソードマンズ・サンクチュアリ―   作:ひん(再就職)

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PART20

雪音が一刀を振り翳す度に滅びゆく者達の呻きが道場に溶けていく。

日本刀は万全であってこその鋭利な斬れ味であり、血と脂が絡むと斬れなくなるという説がある。

刃物の特性として一部は事実であるが、それらを唱える者は競技と合戦の違いを理解していない。

懐紙を出す猶予が得られずとも雑巾ならそこら中に落ちているのだから手早く拭けば良いだけの事。

骨に当たって刃が欠けるというのも未熟な使い手の問題だ。

突きひとつを取っても剣を寝かせて肋骨の隙間に滑り込ませる工夫で摩耗を減らせる。

首を刎ねても頸動脈を浅く裂いても死ぬ事には変わりない。

事実、雪音は凩丸を歪ませたり刃毀れさせたりないで門弟十二人を十数秒で斬り捨てた。

それなりの稽古をしていても、死人の出ない畳の上の上手さと恐怖の伝染する実戦の強さはまるで別物だ。

そして雪音は両方を兼ね備え、果敢に攻めた者も怯え立ち竦んだ者も全てが凩丸の錆となった。

天井も戸板も血飛沫が彩る。

 

「さあ爺さん。あんたは強いのかな?」

 

半端に型通りやってくるものだから神納流合戦兵法をじっくり学ぶ良い機会になった。

残るは一人。

牡丹の祖父、出義鬼兵その人のみ。

当主と戦うのは父親以来。

狭山に使った夜霞はじっと観察されていたのでそれ単体で通用するとも思えない。

神速の居合も間合いを見せている。

幻影を見せる材料は揃った。

だが《魔剣》は使えない。

 

あれ(・・)がお前の手に負えるか?」

 

止めようのない惨劇を座して静観していた鬼兵はやっと剣を執った。

皺の刻まれた体を老いさらばえたと侮る無かれ。

鍛えられた骨肉は正確で、感覚の鋭さも雪音の本性を看破する。

恐らく同格の剣士。

 

「あはっ、俺はどっちでもいいんだよ」

 

雪音は興奮に打ち震えた。

強者と戦い斃し糧とする。

例え果てようと、より高みを視ただけで本望。

生と死の狭間に生きるが剣客の宿業。

剣とはなんと素晴らしき哉。

 

「……問答は無用か。出義鬼兵、相手になろうぞ」

 

大刀剣時代の開闢期を渡り歩いた古強者はひたひたと進み出て構える。

中段のゆったりした構えは懐が深く、不用意に飛び込むのは拙い。

鬼兵は先の戦いで撥ねた血が落ちていない空白を選んでいる。

活人剣を謳う癖に、明らかに命懸けの戦いに慣れている。

美しさの中の獰猛さが隠せていない。

若しくは、弟子を鏖殺され隠す必要が無くなったのか。

三味線弾きの狸爺め。

 

「ひっでえなぁ爺さん、不殺なんてどの口で言ってるんだか」

 

重心は前にある。

前進を念頭に置いた攻撃の体勢だ。

雪音は返り血もそこそこ浴びており、当然足の裏も血のぬめりがひどく踏ん張りが弱い。

更に血に濡れた接地面では反発で速度を出す居合は封じられたも同然。

血の池を越えて斬り掛かっても加速が足りなければ返り討ちに遭う。

対決の条件はかなり悪い。

しかし雪音は夜霞も使わず遮二無二突っ走った。

絶体絶命こそ面白い。

不規則歩法を自在に操れるなら、血が無い僅かな地面を駆けるのは造作もない。

斬るも八卦、斬られるも八卦。

いつものような勝ちが決まった勝負ほどつまらないものもない。

雪音が本当に求めているのはこれだ。

この荒れ狂う危機の渦なのだ。

興奮状態から息を鎮め、定番である右肩に凩丸を載せた釣瓶上げの構えで走る。

七歩の助走の後に鬼兵を囲む血の轍を飛び越え狙うは居合を除いた最速の袈裟。

しゃらくさい突きや受けでは全体重を乗せた剣は捌き切れない。

 

「そら行くぞっ!」

 

雪音は為し得る全力で殺しに行った。

凩丸の間合いは目を閉じていても分かる。

跳躍と併せて切先から四寸の深さが肺と心臓を食い破る軌道の弧を描く。

これを鬼兵は最後の最後まで引き付けた。

そして四半歩だけ後ろへ滑るように極低空で跳んだ。

背後にだけ血は落ちていない。

それも鬼兵の巧妙さだ。

後退して相討ちを回避した。

牡丹のようなただの躱し方ならば雪音なら二段目の斬り上げで仕留められる。

後の先で反撃しようにも、一度加速した方向を真逆に動かすには慣性という物理法則が立ち塞がり、著しく制限される。

しかして鬼兵の重心は前にのみ在った。

屈強な雪音と正反対の身軽な体をやや前傾させながら跳んでいた。

この数センチが絶妙な時間差を生む。

背負った最小限の慣性を蹴り足で消し、木の葉が舞うが如く軽やかに前へ出た。

雪音が着地してから袈裟斬りを出すにせよ、振りを変えた二段目に繋ぐにせよ間に合わない。

剣を振り下ろす雪音の腕を目掛けた突きが閃く。

それは牡丹が敗北間際に剥いた牙の真の姿。

神納流合戦兵法の後継者にのみ受け継がれる口伝。

──秘剣、綴じ蟲(とじむし)

 

やられた。

体重を剣に預けているので軌道の変更は利かない。

立場はこの一瞬で逆転した。

立て直すより先に二段目を食らう。

着地寸前に高速で術理を理解した雪音は逃げ場が無い事を悟った。

考えるより前に咄嗟に凩丸を真上に放り出す。

無理矢理に動かした反動で腕は弾かれ着地が加速する。

切先は一拍早く下がった額を掠めて無を穿つに留まった。

この機転を才能だと呼ぶなら雪音もまた牡丹に劣らない。

直面した危機をやり過ごせても安心するにはまだ早い。

初段を躱しただけではすぐに二段目が出る。

綴じ蟲は迎撃技ながら前進しながら打つ為に追撃も容易てある事が恐ろしい。

のこのこと剣を構え直している間に刺身にされてしまう。

しかも凩丸は空中を落ちる真っ最中だ。

もうなるようにしかならないと腹を括る。

 

「ははっ!!」

 

雪音は崩れた流れに従った。

膝を沈めてもっと体を落とし、落下する凩丸を逆手に握る。

この位置からの振り下ろしでは威力も乗らず速度も出せない。

必敗だ。

無意識でそう判断した。

黒地で目立たずも血に染まったズボンの左膝で板間を滑る。

時間を与えれば何を始めるか分かったものではないのはお互い様。

鬼兵と雪音は手を伸ばせば触れ合えるほど近い。

鬼兵は重さのみで額を押し割るつもりで予備動作を消して剣を振り下ろす。

雪音は腹筋の螺旋の絞りで加速させて追い上げる。

脇を締め、手首を返し、全身で前へ剣を出す。

超至近距離の窮屈な間合いにて最高速で競われた逆手の斬り上げと兜割り。

血が舞う。

賭けに勝ったのは雪音だった。

鬼兵の右脚を太腿から切断し、頭上の脅威を潜り抜けた。

片脚を失った鬼兵が倒れる。

 

「……見事だ」

「そっちこそ。最後のはビビった」

 

断面の動脈から脈の波に沿って著しく出血していく。

意識を失い死ぬまで十分とかかるまい。

勝ちはしたが薄氷の勝利だ。

老獪さは鬼兵が圧倒したが雪音は若さの分だけ瞬発力で優れていた。

狙いを脚へ変えたのも功を奏した。

逃れられない死を前に老剣士は天を仰ぐ。

 

「冥途の土産に一つ訊く。牡丹は……あの子はどうする」

「心配ご無用。俺が爺さんの代わりに面倒見るよ」

 

鬼兵は死の間際に牡丹を慮った。

万死に値すると知りながら、牡丹に眠っていた斬り合いの才に不殺の枷を嵌め、抑え込める範疇に留めて育ててしまった。

鬼兵は剣を通じて牡丹の全てを知っていた。

内に潜む獣性も苛烈な攻撃性も知っていた。

それらを理念で囲み牡丹自身へと仕向けさせ清廉な乙女の皮を被らせて誤魔化した。

故に、真に解き放つ者を待っていた。

この祖父からだけは、牡丹は本当の意味で大事にされていたのだなと雪音は気付く。

同じ視点を持てなかった両親や友人には上辺しか見えなかったのだろう。

 

「底に眠る獣を放つか」

「敵は強けりゃ強いだけ楽しい。でしょ?」

「数奇者め」

「お互い様じゃん」

「かかっ……牡丹は良き剣士と成ろう。幼い日から聡い子だった」

 

してやったりという心地良さで厳しい顔を緩め、久方振りに笑った。

この男ならば愛孫を託せる。

手足が冷えていく侘しさの中で鬼兵は確信した。

息子夫婦にも語らなかった孫への愛を生涯でただ一人明かされた雪音は、傍らに座して旧知の仲のように朗らかに語り合った。

 

「なんでえ、結局は孫自慢かよ」

「半死の老いぼれの戯れだ。もう暫し付き合え」

「へいへい、分かった分かった。ついでにこないだやり合った時の話もくたばらねえで聴けよ?」

「見縊るでないわ」

 

それから牡丹のあれは良い、ここが凄いと二人して褒めそやし合った。

孤独な狂戦士と凡百より多少ましな剣士のどちらが幸福かを考え、心を鬼にした。

心を鬼にして教えなかった(・・・・・・)

己が猛獣ならあれは怪獣だ。

それでもめきめきと腕を上げ、雪音の話の中では教えなかった一門の秘剣にすら独力で漕ぎ着けたと。

聞くだに恐ろしい。

しかしこれからは雪音が居てくれる。

孤独でさえなければ冥府魔道に堕ちず人のままでいさせてやれるだろう。

それが若き死という形の終わり方であるとしても。

腹の中を打ち明けられた無謬の安心に鬼兵は安らぎ、目を閉じる。

 

「そろそろ逝くとしよう。土産話を地獄で楽しもうぞ」

 

それきり鬼兵が口を開くことはなくなった。

牡丹は任せた。

先に逝く。

剣士として、孫を想う祖父として最期の答え。

活人剣にうつつを抜かすには惜しいほどに備えた牡丹の空前の才覚が真実視えていた。

生来の激しい気性を受け止める男が現れた今、枷の役目は終わりだ。

雄飛の時が来た。

後を継ぐと告げられた出義鬼兵は満足げに事切れた。

 

「あんたとなら地獄でもまたやりたいな」

 

鬼兵の手にはまだ剣が在った。

責務を解かれ、きっと獄卒の鬼共と嬉々として斬り合いを演じるのだろう。

もし天国に行かれてはまた会えないので手は合わせずにおく。

それにしても、たったの二手で得た充足感は素晴らしい味わい深さを残していた。

弟子は揃いも揃って腑抜け共だったが、この老人だけは真の剣客だったと認めよう。

あの牡丹にして鬼兵あり。

神納流の裏の顔、存外に悪くはなかった。

名も知らぬ死体の裾で凩丸の血を拭い納める。

型破りな太刀筋をしたが肉厚の刀身は素直に仕舞われた。

折れて捨てた木刀の破片も拾って物的証拠を消し去った。

絶頂後の余韻にも似た緩い快感に浸りつつも後始末を忘れない。

雪音は無音になった道場を去った。

帰ったら愛刀の手入れをしっかりする予定だ。

 

「あとは仕上げ♪」

 

まだ家には帰らない。

ご機嫌な足取りで電車を乗り継ぎ街から街へ移動する。袋に入れた剣を帯びていても、こんなににこやかな青年が武門を滅ぼした直後の剣士だとは他の乗客は夢にも思わない。

色合いが奇妙になったズボンの血痕も見つからず、夕方にはまた闇市まで帰って来た。

闇市の浅層で営業するいつもの肉屋でお気に入りのコロッケを買う。

遅めの昼食と午後のおやつを兼ねてだ。

 

「ありがとよ、いつものも付けてやる。そういや兄さんを探してる女の剣持ちが居たぜ? ありゃあ仇討ちかなんかか?」

「たぶんそうなる。いじめて怒らせてみてる所だなんだよね」

「……聞かなきゃ良かった」

 

手を振り去った雪音から漂う濃厚な血の匂いからして、虐める度合いが軽い訳が無いと店主は閉口した。

牡丹の溌剌とした美貌が包帯に包まれた痛ましい姿を思い起こす。

嬲った雪音はやはり剣兇なのだ。

 

「別嬪さんだったのに、勿体ねえなあ」

 

剣兇に狙われるだけで間違いなく死が迫るのに、更に自分から会いに行くのは正気とは思えない。

絶対に殺されると店主は確信した目を雪音の背に向ける。

背中を見られながら歩く雪音が旨そうに頬張るミートコロッケは、入っている謎の挽肉が旨さを引き立てる傑作だ。

小遣いの範疇での買い食いは夜鹿も怒らない。

立地的にも通いやすく、この店は雪音のお気に入りだった。

店主も当初は剣兇に目をつけられたと戦々恐々としていたが、立ち合いや怒らせでもしない限りは非常に温厚な雪音の人柄を知ってからは慣れたもの。

旨そうに食べるのもあって多少可愛がっている。

しかも最近はおまけでメンチカツをくれたりするので雪音としては悪人ではないと懐いていた。

好物を楽しく歩き食いしながら肌を刺す西陽の中を河原まで歩いた。

土手で上下流を見回して橋桁の袂で今朝と変わらぬそれを見つけて安堵する。

 

「ふふ、まーだやってんだから偉いんだかバカなんだかわかんねえや」

 

呆れながら嬉しそうに土手を下り、河川敷公園の屑籠にコロッケの包み紙を捨てた。

 

 




天才の孫に剣技を……
・しっかり教える→雪音級人斬りルート
・少ししか教えない→雪音のおもちゃルート

若い頃はやんちゃだったおじいちゃんの判断でもうヒロインがめちゃくちゃだよ〜。
本人はさっさと楽しんで勝手に満足して死ぬのが特に酷い。

大体の技量順は
雪音≧鬼兵>>牡丹≧長尾≧宍戸>藤間
宍戸でも世間一般には上澄み。
長尾あたりから通常の居合を見切られ出すので《魔剣》を使わないと負けるリスクが上がる(数%)。
おじいちゃんは地元で暴れ過ぎたせいで東京まで来て道場を開いた。
もう十年ちょい若ければ雪音が負けていたぐらいギリギリのライン。
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