剣戟魔界都市―ソードマンズ・サンクチュアリ―   作:ひん(再就職)

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PART22 フィーリング・フォー・ザ・ファースト・タイム

雪音は瑞々しい微笑みで土手を下る。

足取りは軽く、無邪気な暗黒の愉悦を滲ませる。

絶望に飲まれまいと我武者羅に打ち込む様子は実に美しく、味見をしたくなった。

 

「おはよう牡丹。俺とあーそぼ?」

 

牡丹に呼びかけ、間合いが交わる手前で立ち止まる。

河原の野花から摘み上げた天道虫に指の上を歩かせぶらぶらと立っている。

 

「……逆島、雪音……!」

 

ここで会ったが百年目とでも言いたげに唸り、辛辣な眼差しで雪音を睨んだ。

牡丹から見れば支離滅裂であり、そもそも社会通念上の正常な感情を持っているかもわからない。

揺るぎない意志に導かれる動作に昆虫的な不気味さを抱かされている。

風上に立つ雪音から血と汗の混ざる仄かな死臭を感じ、また誰かを斬ったのだろうと牡丹は歯噛みする。

理不尽な《魔剣》の術理を崩す策は未だ無いが戦意の高揚は著しい。

その意気や良しと雪音はまた微笑む。

闘争本能が旺盛で大いに結構。

しかし鬼兵の薫陶の賜物か真面目が過ぎる。

善悪に囚われた賢しらな知恵など壊してしまう方が良い。

 

「また遊ぶって約束したろ? ちゃんと来たよ」

「……」

 

牡丹は歯を食いしばり、聞くに堪えない罵詈雑言を飲み込んだ。

 

「……なんか怒ってる? お金持って来てないから? あー、多分違うよね。ごめん」

 

雪音の表情は賽の目のようにころころと変わる。

怒鳴り付けられた記憶から少し警戒して顔色を探るや、誤魔化せないと知るとすぐに軽く頭を下げた。

怒られるのは嫌いだ。

共感し得ない理屈で叱られても嫌悪しか残らない。

これが牡丹でなければ即座に叩きのめしている。

中指の先から天道虫が飛翔する。

牡丹は刀を握り直し雪音を睨む。

家族と仲間の居場所を守る為なら多少の悪事は働く覚悟だった。

どう見ても金は持っておらず今日戦う意味が無いと知っていても、今すぐに斬りつけたい欲求は実在した。

薄羽で不規則な軌道を舞う虫に気を取られず闘志を漲らせる。

仕向けられる気迫に免じて手本を見せてやろう。

狂える時代が生む特異点に咲いた徒花は妖しく笑い。

崩れ落ちるような脱力。

脳天を吊る糸を断たれ倒れる操り人形を彷彿とさせる自然さで、雪音は前方へ出た。

同時に腰を切って右腕が唸る。

数多の命を啜った凩丸は刀身を玲瓏な朱に染める夕陽の中を奔った。

牡丹の首の高さへ飛び上った天道虫が真っ二つに両断され視界から消し飛ぶ。

凩丸の切先は喉の柔肌まで十数センチの空間を通り過ぎた。

これはただ無拍子で打っただけの芸に過ぎない。

牡丹なら反応して飛び退いてもおかしくなかったが、弾けた天道虫の体液が頬に跳ねてやっと我に返った。

鞘口に切先を戻した雪音は顔を顰める。

渚であれば首が飛んでいる。

 

「あれ、今日調子悪い? 深呼吸してみたら?」

 

些か残念に思った。

体が完調でない事をではなく、心に乱れがある事をである。

娑婆っ気の裏に隠れがちながら、あの押しの強さからして牡丹の秘めた気性はかなり激しい。

温厚な雪音に無い強味だがそれを使いこなせていない。

アドレナリン等の賦活作用を起こす脳内物質に慣れていないで過度な興奮に飲まれている。

過集中で体は強張り視野も狭くなる。

実戦の如何なる場合も乱さない心はそれに臨む者として必須。

生命や矜持を賭した本当に後が無い戦いをしてこなかったツケを牡丹は払っている。

しかし未熟も当然。

本来は鉄火場に染まらぬ生涯を送らせるつもりだったのだ。

剣は人を斬る道具。

本当に生きた相手を斬ってこそ真に使い方を理解出来る。

傍目にはそう見えずとも、雪音にも手当り次第通行人に襲い掛からない分別はある。

しかし全力の対人戦でのみ得られる知見があるのだ。

ならば斬る。

だから斬る。

探求に行き詰まった者が互いに納得して立ち合って何が悪いのか。

肉親すら斬った生き方を批判されれば気の良い雪音も不愉快さを覚える。

才能を育み見守れる師は牡丹を取り巻く環境には居なかった。

呪いたいほど口惜しい。

可憐な容姿をして、出義牡丹は真正の怪物である。

直感のみで必殺の《魔剣》を防いだ異次元の傑物だ。

難しい目標だが本物の剣兇に刺激され数日の間に急速に実力を高めている牡丹なら十分に成せた。

神納流の高弟を殺め、手の内を知り尽くした剣兇が相手でなければ。

《魔剣 渚》の発動が無くば雪音とて三つに一つは危うい。

だがそれも昨日までの話。

良質な生きた教材(・・)を消費した雪音の実力は牡丹を置き去りにした。

絶世の才覚を殆ど腐らせていた牡丹に対し、雪音は狂気的な稽古を二十年、何万時間と積み重ねてきた。

努力は雪音に報いて力を与えた。

剣兇の二つ名は伊達ではない。

卓越した技量、戦術、胆力を有し、欠けていた情報という欠片を埋めた鬼才に並ぶのは如何に牡丹でも不可能だ。

教えるなんて柄でもないが、初めて会った日から一日たりとも忘れられないあの数分に詰め込まれた魅力がそうさせる。

牡丹に秘められた輝きを知った高揚を思い出すと心臓が震えてくる。

殺しはしない。

好感を持ち、それでいて冷徹に振る舞える思考構造が雪音を剣兇たらしめている。

 

「あーもったいねえ。ちゃんと鬼兵の爺さんに教っとけば良かったのになぁ。あんな尖ったジジイ今どき見ないぜ?」

「…………なんで、あなたがおじいちゃんの名前を知ってるの?」

「さあねぇ? 結構遠かったけど、もしかしてあそこからここ通ってんの?」

 

問いをはぐらかすと、かたりかたりと鍔を揺らして固着した血の粉を落としてみせた。

服の染みと良く比べ、酸化した血液の黒さだと分からされる。

注目すれば一人二人で済まない返り血の飛沫を浴びている。

そんな馬鹿なと否定しても、目の前に揃っている状況証拠が牡丹の中で点と点を結ぶ。

この剣兇ならやりかねない。

やってしまうだろう。

悪しき確信が湧いてしまった。

 

「そんな……嘘……嘘よ、そんなの!!」

「へへ、手強い爺さんだったよ。でも俺にかかったら年寄りだろうが女だろうが、ずんばらりだ。あそこに居たのはどいつもこいつも斬っちまったね。あはっ!」

 

不殺を掲げておきながら、いざとなれば寄ってたかって得物を抜いた戯けた半端者だ。

雪音は彼等を軽蔑する。

理想を貫く力もなく、感情で理想を曲げた。

鬼兵も呆れてしまうのは無理もない。

死を覚悟したあの老いぼれだけが本当の剣士でいた。

そうでなければ赤の他人の名前など雪音が覚えるものか。

 

「でも復讐はしないんだろ。教えに逆らえない良い子ちゃんの牡丹は。活人剣ってのはご立派だねえ? ついでに親父さんとお袋さんにもよーく挨拶しといたよ。そしたら娘をよろしくだってよ?」

 

造り物のにやけ面であの夫妻の末路を揶揄した。

 

「黙れ!」

「俺の親父を思い出したね。ご丁寧に色んな技も見せてもらっちゃってさ」

「黙れええっ!!」

 

雪音の凶行は牡丹の中の矜持の一線を優に超えた。

憤怒に駆られ刃を返すことも忘れて抜き打ちで斬りかかった。

今朝も何気なく会話した家族や友人はもう居ない。

話すことも稽古を共にすることも二度と出来ない。

夢か現か、暑気に当てられた幻覚であって欲しかった。

 

感情に支配され過ぎた剣は精彩を欠き、軌道を見切るのは雪音の眼には容易い。

隙だらけの腹に容赦無く拳を叩き込む。

 

「うっ、げぇ……!」

「どうせ昼も食ってないだろ? 飯はちゃんと食わないと身体が弱る」

 

吐き散らした透明な胃液を見て空っぽの胃袋を見透かした。

悶える牡丹の喉を掴み、その体を片手のみの腕力で吊り上げる。

 

「力が出ないなんて寝言は聞きたくないぜ。俺が憎くて憎くてしょうがないんだろう? 殺したくて殺したくて堪らないんじゃないのかよ」

 

哄笑から一転し、冷淡に首を締め上げた。

刀を離さない右腕も抑え、橋脚に押し付ける。

 

「くっ、かはぁっ……!」

「なんだ今の腑抜けた剣は。目を掛けてた孫がこんなザマじゃ、爺さんが地獄で泣いてらぁ」

 

完調の戦いを望むのは間抜けだ。

連戦の果てに強敵と出くわすのはままあること。

疲れているから、具合が悪いからと温情の手抜きを相手に求めるのはあり得ない。

ただし、雪音の目的が牡丹の成長という酔狂をしている今は例外だ。

すぐに斬るつもりはない。

厚く覆い隠した天与の攻撃性を引っ張り出し、洗いざらい丸裸にしてやりたいのだ。

それを喰らってこそ立ち合う意味がある。

 

「素振りだけでやった気になってのうのうと過ごしてさあ、それで俺に勝てると本気で思ってんの? 目を覚ませよ。温い馴れ合いやってた癖に剣を抜くからお仲間と家族は死んだ。じゃあ何が必要か分かんだろ」

 

嘲りとも落胆とも取れる悪態をつき牡丹を河原の砂利に投げ捨てた。

受け身もままならないで全身を強かに打ち付けたが、それでも剣を離さない。

苦痛に負けじとすぐに体を起こしてこちらを睨む。

それが嬉しくて、もう一段速度を上げる。

 

「あはっ! 今度は避けなきゃ死んじゃうぜ!?」

 

足の指まで気を巡らせた細かな三歩の踏み込み。

そして渚は放たれる。

肉体も精神も疲弊した牡丹には、我流秘剣渚の何も見えなかった。

予兆を感じられもしなかった。

それでも飛び跳ねて、死の間合いから最善の瞬間に逃れた。

執念だ。

悲しみに勝る怒りが成し遂げさせた。

 

「ほら、やりゃあ出来んじゃん」

 

汗に砂埃をまぶした姿で這いつくばる牡丹を直接的に褒める。

薄汚れた中に神々しい美しさを見た。

彼女はあやふやな根性論で殺意を持って振るった剣を避けたのではない。

山を張るなら跳ばせてから半歩遅らせた抜刀で悠々と斬るだけの事。

無意識的に牡丹は恐怖を捻じ伏せて引き付け、雪音が抜刀するに先んじて発される意を逆に読み、見事に躱したのだ。

素人目には分からない桁違いの芸当を土壇場で披露した。

意の極み、読んで字の如し極意。

最早常人には理解し難い眉唾の領域。

雪音とて至るまで狂気の猛稽古を十余年も要した階梯へ、超特急で飛躍する天賦の才覚には武者震いを禁じ得ない。

なんと美しい化け物め。

興奮とも快感ともつかない愉悦が雪音の瞳を潤ます。

 

「殺す…………お前だけは殺す! 逆島雪音ぇ!! (はらわた)を抉って、首を落として、必ずお前を殺してやる!!」

 

胃液で酸い口から吐かれる、殺意を沸き立たせ呪う怒声は蝉時雨を掻き消した。

牡丹とて涙を流し、弱音を吐き、さめざめと嘆いてしまいたい感情は当然備える。

しかし目には目を歯には歯を、暴虐には暴虐を尽くせと心が吼える。

 

汚辱と怒りと悲しみを雪ぐ事に執念を燃やす、復讐鬼の気炎が見えて雪音は恍惚とした。

限界に挑む猛々しい形相は以前の澄ました顔より余程魅力的だ。

先刻とは見違えるような良い顔立ちに変わった。

視線だけで、殺気だけで、首筋に突きつけられた白刃を想起させる。

雪音は造っていた偽りの表情を捨て、ありのままの逆島雪音として穏やかな声音で想いを伝える。

 

「そうだよ、だからお前が良いんだ」

 

雪音は悲しくも自身の才能の頭打ちを自覚している。

死地だけが次の段階への糸口を与えてくれるが、《魔剣》の完成と共に危険な戦いを享受する事は至難となっていた。

《魔剣》を破り得て、命を脅かし得た獅子吼と鬼兵の二人は死んでいる。

もう斬ってしまっている。

齢二十三の自分と同程度の技量しかない年嵩の剣士を訪ねて歩いた所で、失望が降り積もるばかりだった。

皮肉なものだ。

勝利し練達を望んで編み出した《魔剣》は展望を狭めてしまった。

知る中で最も期待できる生者は牡丹だけだ。

今となっては心は申し分無い。

素質がある巨大な原石ならば磨くまで。

その結果墓穴を掘ろうと一目見られればそれで良い。

勝ち残ったどちらかはより高みへ至る。

己にはこの剣士が不可欠だ。

もっと見ていたい。

この気持ちは何で有るのか、雪音自身には分からない。

 

「今日はおしまい。続きはまた明日。いつか殺せるといいね?」

 

まるで草野球の約束のように殺害予告を受け入れる。

凩丸を鞘に納めて一撫でし、会釈して立ち去る。

足取りは軽い。

剣客同士の決闘の合意を恋と例えるのもあながち間違っていない。

牡丹は雪音を忘れたくても忘れられず。

雪音は牡丹に好意を持って期待する。

正邪を捨て置けば両片想いの恋とも呼べよう。

はしゃぐ雪音の一方、牡丹の心に残ったのは果てしない怒りだ。

捨て台詞も出やしない。

あらん限りの呪詛を吐いた所で祟り殺せるでもなく、牡丹は薄汚れた格好で惨めに蹲った。

 




ここで斬るという意思を察知してジャスト回避。
アムロのニュータイプ避け的なアレ。

ベテランの強敵は自分に有利な戦場を作るから大体《魔剣》は使えないし大抵ハメ殺し初見殺し持ってます。
雑魚狩りにしか使えない必殺技って主人公としてどうなのよ。

※《魔剣》は獅子吼を倒した後に開発しました。
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