剣戟魔界都市―ソードマンズ・サンクチュアリ―   作:ひん(再就職)

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PART 24

何時まで打ちひしがれていたか、立ち上がって動けるまで感情を熟するには長い時間を要した。

夜空の中天に上っていた月の下を亀の歩みで帰路に就いた。

手の中には稽古中に気を散らさないよう電源を切っていた携帯がある。

電源を灯すと待ち受け画面は両親と祖父と少し前に道場で撮った、何でもない家族写真だ。

牡丹は両親に挟まれ微笑み、鬼兵は仏頂面で写っている。

雪音の暴行と転倒で液晶ガラスは罅割れているが機能は問題無さそうだった。

数秒の操作で真偽ははっきりする。

電話を掛けて、応答が有れば善し。

無ければ……。

道を外れた人間性を再確認して真実味を帯びる。

尾鰭が付いた都市伝説と疑わなかったその実態は噂以上。

誇張抜きの剣の凶徒。

巷を騒がす剣士殺し。

正体不明にして常勝不敗の剣豪。

あれは確かに、戦ったが最後、命はない。

悪名を馳せる剣兇に寡黙な祖父は覚悟を決めた。

少なくとも牡丹は二十年の生涯で一度も目撃したことが無い、きっとあの口ぶりでは相対したのだろう。

かつて手合わせした誰よりも鋭く冴えた殺人剣の使い手と。

身命を賭して戦ったのだろう。

きっと閃光のような駆け引きで、そして結果は考えたくもない。

神納流合戦兵法は峰打ちを多用し軽傷に留めて制圧するのを本旨とする。

対して雪音の武蔵一刀流は骨を断たせて命を潰すような剣術だ。

突かれても斬られても、どこからでも致命の一太刀を浴びせる死兵を倒す道理はない。

むべなるかな、鬼兵に逃れ得ぬ死を齎した。

暴行を受けている最中は惑わす為の戯言であれと脆く願っていた。

重い足で帰った家は人だかりと警察車両の赤色灯に包まれていた。

一握りの願いは儚く散る。

規制線を張られた生家を目の当たりにした牡丹の中で、何かが割れた。

鼻に纏わり付く饐えた血の臭いを濃く感じる。

人だかりを抜けて警官に名乗ると車両に乗せられ近場の警察署で事情聴取と状況説明がなされた。

熟練した扱いの刃物に切断された何かが転がるか或いは弾け飛び、壁や天井まで血の海だったと云う。

熟練の刑事は刺激の強くないよう選んだ断片的な屋内の写真で状況を説明した。

激昂するでもなく、冷たく腑に落ちた。

なるほど、言に違えず斬っていたか、と。

生存者は居ない。

師範の祖父を始め、両親と主な門弟十数名は鏖殺されていた。

亡骸の傍にはそれぞれの愛刀があり、一人目の撲殺を皮切りに乱戦に持ち込むも残らず敗死したと見られている。

当主の出義鬼兵は、最後に斬られた。

鬼兵は相当な手練れだった。

剣術にそこそこ詳しい鑑識の人間は活人剣の出義鬼兵は高名な剣術家だと教えた。

後の先の達人だと。

だからより恐ろしい。

しかも剣士達の傍らに転がった刀の刃は血飛沫を除いて綺麗なまま。

写真を撮った鑑識も唸らされる。

 

「全員が一太刀でやられてます。奴の無傷記録、また更新ですよ」

「化け物め……」

 

圧倒的な強さが剣兇の仕業と証明する。

包囲をものともせず撫で斬り、疲労の不利を負って完勝した剣兇の恐ろしさを克明にする。

闇金業者を襲撃したのも剣兇だ。

戦国時代でもなくこんな馬鹿げた猟奇犯が東京に何人も居てたまるか。

人斬りが多発して交番まで襲撃されてはいるが流石に日本もそこまで堕ちてない。

牡丹と話した熟練の刑事は傷心を案じた。

家族も友も師も一遍に失った、その尋常ならざる胸中や如何に。

変わらぬ明日が来るという漠然とした幸せは根底から破壊された。

だというのに淡々と受け答えに応じる様は精神に異常を来して爆発する寸前の収縮にも見られた。

自暴自棄や自殺の強い前兆だ。

後日にふっと命を絶つ恐れがある。

そんなふうに。

今年で勤続二十年となる木場十蔵警部補は過剰な心配という意味で牡丹を見誤っていた。

それもやむを得ない。

家族と仲間を殺されるという窮状に眈々と逆撃を狙う女の思考は脳を逆様にしても出るまい。

しかも実際はその下手人から暴行まで受けているのだ。

酷いショック状態でまともな思考力は残されていない。

しかし、である。

汎ゆる事柄、生物、物体は常識から外れた例外が必ず存在する。

出義牡丹はそれだ。

表面上の感情の処理はどうあれ、たった数日で二度も痛めつけられた雪音への闘志を未だ燃やしている。

雪辱戦に勝ったとて誰も戻らない。

活人剣を捨てた仇討ちで得られる誇りもない。

それでも殺す。

警察になど縋らない。

何をしてでも技を磨き、命に換えても剣兇を殺す。

泣き寝入りもしない。

贖いは剣兇に倣うべし。

あのつるりとしたにやけ顔に吠え面をかかせ、泣き喚き、許しを請わせる。

刀を踏み躙り砕いて、八つ裂きにした死体を海に撒いてやる。

そう決めた。

飽く無き闘争心は愚かを超えて、まさに超人的精神としか言い様が無い。

長らく続く社会は共存を前提にした枷を人間に与える。

汝、殺すなかれと。

その刷り込みの結果として大半の人間はどんなに怒り狂おうが殺さない、殺せない。

引き金を引くだけで済むとしても拒否する。

生々しい記憶が残ることを恐れて。

ところが雪音に斬りかかり確実に命を絶つ軌道で剣を振った。

煮詰まった憎悪の剣は雪音には良いものだった。

目論見通り迷いは消えて、ただの人斬りが残る。

しかし近年までお淑やかな学生生活を満喫していた牡丹に修羅の素養が有ると、天の他に知るのは雪音ただ一人。

よもや、うら若く眉目秀麗な乙女が斯くも真っ黒な一物を腹に抱えているとは刑事さえ夢にも思うまい。

警察の事情聴取を全て上の空で聞き流した牡丹の心に、地獄の門は開かれた。

 

「出義さん。我々は必ず剣兇を裁きます。だから一人で仇討ちなんて無茶はしないで下さい。いいですね?」

「ええ、はい」

「お心細ければ、婦警を置くか我々が保護という形も有りますが……」

「いえ、お構いなく」

「……そうですか。奴は現場に戻る事は有りませんが、念の為にしばらく武装した警官に警戒に当たらせます」

 

妙齢の乙女に似合わぬ硬さを木場警部補は心配した。

職業柄、多様な犯罪者を見る。

冷たい後悔のない殺人者の顔だった。

一夜の事情聴取の間、雪音の存在には触れなかった。

現場と自宅が隣接する牡丹を気遣い刑事が申し出た保護を固辞し、まだ朝日が届かない玄関を潜る。

牡丹は灯りも点けず座り込む。

刀を抱き、無言で、その眼は闇を見ていた。

 

「大いなる一歩、か」

 

そう書いた付箋紙を貼られた鑑識の纏めた資料に目を通す。

道場内に靴跡は無かった。

素足で戦った訳だ。

剣兇が人間であるなら汗も皮脂も必ず存在する。

純金より価値のある情報を得た木場は沸々と燃えていた。

足掛け三年も警察が血眼になって追う剣兇は闇市と関係が深いと捜査関係者は考えている。

あの悪所は広大だ。

球場を楽に納められる。

バブル期に自治体の目玉となる複合商業施設にする予定で開業したが治安と景気の悪化で閉鎖され、所有権も二転三転。

管理不行届で悪党や移民が住み着き、無許可の改築工事を繰り返して生まれた巨城。

住居、商店、倉庫、事務所、市場、賭場、それらの要素を雑多に混ざった複雑怪奇な内部構造。

隠し部屋が無数に仕込まれ、何人屯しているのかも不明瞭。

施設の規模からして千か二千は出て来てもおかしくない。

破落戸が増え、犯罪者が隠れ、いつからか組織が統括する鉄筋造りの城。

そこにはある種の伝説がある。

入る人数より出る人数が明らかに少ない。

情報通曰く、不正解。

出てはいる。

何人かの人間は解体されて捨てやすくして運び出されるだけで。

勿論売れる部位は無駄なく売られる。

そんな凶悪で鳴らした闇市に正面から強制捜査に踏み切れないのはひとえに危険だからだ。

闇市の入り組んだ狭い通路で腕利きの剣士と立ち合うなら散弾銃を装備してようやく同等。

化生共と切った張ったの大立ち回り前提では捜査員が何十人居ても死体袋を増やしてしまう。

法改正で警察の武装は強化されてもそれを使うのは凡人に過ぎないのだ。

撃っても当たらなければ無意味。

当てても反撃で警官は死ぬ。

一昔前にそう分からされた。

抑止力の低下を恐れて誰も口にはしないが、これが警察組織の得た知見だ。

害虫の巣窟め。

いつか焼き払ってやる。

木場はもう何度目の苦い思いを飲み込み、資料を頭に入力していった。

 

 




パワー系闇落ちヒロインが好きです、はい。
こっからハッピーエンド一直線だからへーきへーき!
バッドエンドをハッピーエンドと言い張る異常者ではありません。
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