剣戟魔界都市―ソードマンズ・サンクチュアリ― 作:ひん(再就職)
多数の警察関係者の手前、落ち着いた振る舞いでやりすごしてはいるが、出義牡丹は腹の底まで怒り狂っていた。
絶対零度の憤怒に駆られるがまま叩き斬ってやりたいのは山々だ。
さりとて今の単調な稽古のままで剣兇は倒せないと手痛く思い知らされた。
万全の体調でも一蹴された剣豪に無策で再挑戦するなど蛮勇の極み。
到底敵わないだろう。
では、敵うまで技を練るだけのこと。
どうすれば斬れるか。
何故雪音に敵わないのか。
修業は自己分析の瞑想から始まった。
男女の体格差、間合い、読み、速さ。
劣る部分は何箇所も有る。
されどそれだけで勝敗が分かれるなら世の剣士はもっと筋骨隆々としていよう。
圧力と手数の押し付けだけで勝てると思い込むのは、低い水準しか見えていない素人の考えだ。
鍛えられた脳の処理速度を圧殺する前に、人間の運動能力の上限にさしかかる。
問題の根本は《魔剣》なのだ。
結局そこに収束する。
何度でも見せつけられても未だ有効な対策は思い付かない。
ああも翻弄されたのは経験値や単純な練習量の多寡の差としか言いようがないのだ。
では、牡丹が最も効率良く学ぶには、雪音に追い付き追い越すには、如何なる手法を要するか。
その答えは雪音が出している。
牡丹は朝一番に漆黒の胴着と袴を纏い、袋に仕舞った刀を帯びた。
味のしない湯漬けを流し込んで家を出た。
忌まわしい記憶の宿る道場の脇を抜ける。
防刃服を着込み散弾銃を抱えた警官が表の規制線で警戒している。
「日課の稽古に出ます。夜までには戻りますので」
極めて正常に一声掛け、普段と変わらぬ平静を装った。
それは巧妙で、むしろ不気味さを掻き立てる。
親族友人を虐殺されてまだ一両日。
日課を優先?
こんな時に?
振る舞いだけが正気である事に警官は薄気味悪さを覚えたが止めようもなかった。
陽光を吸う淀んだ眼光の乙女は『獲物』が溜まる場所へ向かう。
目下の弱点は手札が見切られてしまっている事だ。
その癖、雪音の居合と我流秘剣の差異は無い。
兆候もなく、不用意に瞬きをすれば首が飛ぶ。
奇策中の奇策である《魔剣》の秘法を抱えた雪音に直感のみを頼りにするのは危うい。
雪音の強みは学習速度にある。
一度見た手を解析し、即座に間合いを見切る。
天然理心流、鹿島神流、柳生新陰流、小野派一刀流、新陰流、タイ捨流、薬丸自顕流、その他多数。
貪った流派が増す程に足掻き方のパターンを学習して《魔剣 渚》は盤石となった。
「ひっ!? 来るなぁ!!」
翻って無名の武蔵一刀流は未知数。
生存した牡丹が例外中の例外であり、知った時にはおおよそ死んでいる。
何手か食らいかけて得たのは不意打ちや脛狙いの不名誉な戦いも辞さない本物の殺人剣という確信だ。
実戦に即した戦術と非力な活人剣では完成度に於いて雲泥の差があった。
あれを潰すのは並大抵の努力では済まないが、牡丹は十分な展望があった。
牡丹は勝ちたいのではなく、雪音を殺したいのだ。
刺し違えてもいい。
即死さえしなければ必ず相討ちに持ち込む。
首や胸部の即死圏を狙う十分の一秒の居合に反応する。
それだけだ。
手足などくれてやる。
一炊の夢を精々楽しめ。
「クハァッ……」
三つ。
冷たく凶暴に笑う牡丹は抜き身の剣を大きく振った。
刀身を赤く染めた粘液が路地に飛び散る。
背後に転がる死体は人の形を保っていなかった。
曲がりなりにも雪音に次ぐ剣技は伊達ではない。
見目の良い女と見て犯すか攫うか半々の輩がそこかしこから湧くのが闇市。
自らを餌にそれらを好都合と捉え、鎧袖一触に斬殺していた。
中には剣士ですらない小悪党も四肢を寸断された骸になった。
峰打ちを辞めて斬り捨てるだけで生死の確認もしない。
よしんば生き残ろうと地面に這いつくばる蛆虫のような余生だ。
清々する。
勝手に野垂れ死ぬなら尚良い。
剣客など全て死ぬがいい。
貴様等の如き下衆な犯罪者が私の全てを滅ぼしたのだから。
「てめえ! ウチに手を出したらどうなるか分かってんのか!? 『六文』の奴らが黙ってねえぞ!」
血溜まりの中、肘で断たれた右腕を抑え喚く男。
多少なりと剣術を齧ってはいたが、雪音の苛烈な剣とは無限の開きがあった。
こんな雑魚に費やす時間が惜しい。
「云とか寸とか言ってみろや! あっ……」
腰を抜かしながら吠えていた輩の喉から、喉仏から息が漏れていく。
頸動脈から気管に流れ込む鮮血で溺れながらに失血死していった。
四つ。
中にはそこそこの使い手も居たが、絶望的に不利な活人剣で雪音に食い下がった牡丹の前には無力。
命を断つ手応えを献上するのみ。
目の前にはあと一人。
点滅する白熱灯の日向にへたり込み失禁する青年がいる。
牡丹の容姿だけ見て股座をいきり立たせた愚物の成れの果てだ。
蒸し暑い無風の袋小路に尿臭が立ち込めた。
血と臓物の轍をスニーカーの底に塗りつけ渡り、爪先が鼻っ面を襲う。
鞘の
逃げることも助けを求めることも封じられ、手には脇差しの一振りも無い。
青年はもう死んでいる。
倒れた青年を無理矢理引き起こし、首筋に刀を押し付ける。
「ひぁっ……やめてくれっ…!」
声の潰れた命乞いを野獣の雄叫びで塗り潰し、右手だけで薙ぎ払う。
「ウゥウウ…………アアアッ!!!」
表皮から皮下脂肪、筋肉、神経、血管、そして骨格を残らず引き裂いた。
頚椎を擦り潰す音と共に繋がりの途絶えた頭部は苦悶と恐怖の表情で強張ったまま転がる。
胴体側の断面から水鉄砲のように動脈血が吹く。
軽蔑しきった視線で死体をすぐさま投げ捨て返り血すら残させない。
五つ。
こんなものなのか。
世に跋扈する外道共はこの程度で
許せない。
活人剣を真摯に追求した善人が殺され、下手人の同類がのうのうと欲望を満たす等、許して良い筈がない。
「畜生…………畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生ッッ!!!」
首無しの死体を切先で浅く斬り刻んだ。
どいつもこいつも死んでしまえと有らん限りの呪詛を孕んだ剣は暗闇に紅く閃く。
斬っても斬っても気分は晴れない。
細切れに咲いた死体の輪の内で、漸く落ち着きを取り戻して自戒した。
弱過ぎる。
己もこいつらも。
これではいつまで経ってもあの鮮烈な居合に追いつけない。
闇市を訪れるのは二度目だ。
一度目は追い払う程度に峰打ちで対応している。
こんな悪所には二度と来るまいと辟易していた為、構造も分からず、内情などとても知り得ない。
そのせいで手当たり次第に斬る羽目になってしまい、絶好の教材となる上級の使い手すら中々に出会えない。
気配を伺うに、強者も居ることは居る。
しかし彼等は大抵は商店や事務所の奥に潜んで用心棒を営む。
罪人犇めく煉獄と化した東京の中でも中心部たる闇市で、好戦的な剣客と出会えない原因はやはり雪音にある。
都内の腕利きかつ自由な剣客は雪音が三年でみっちり鏖殺してしまったのだ。
連日彷徨い歩いては見つけた剣士全員に死合を持ち掛け、そしてそれを《魔剣》は仕留めた。
生き残りは堅実で慎重な者だけだ。
殺気を飛ばす安い挑発には乗らない。
複雑な深部に押し入っても地の利を活かして逃げ隠れされてしまった。
だが良い。
手掛かりは残っている。
鍵は男が死に際に口を滑らせた、六文の何某。
闇市きっての暴力装置という口ぶりだった。
察するに、行き過ぎた悪戯に懲罰を加える為、権力者が上澄みを集めた武闘派集団なのだろう。
望む所。
相手に取って不足なし。
殺してやるとも。
要はもっと斬れば良いのだ。
斬る。
全て斬る。
それだ。
出て来るまで殺してやる。
「うふふ、あははははは!!」
天啓を得た牡丹は血の河を踏み鳴らして闇の中を舞った。
イカれたメンバーを紹介するぜ!
決闘にかこつけた大量殺人犯
捜査撹乱が日常の近親相姦警官
復讐に狂う無差別快楽殺人犯
愛だから仕方ないね
感想ありがとうございます。