剣戟魔界都市―ソードマンズ・サンクチュアリ―   作:ひん(再就職)

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PART6 フェイトフル・エンカウンター

七月中頃。

宵ノ口。

違法にして無許可の増築で積み上げた外道共の牙城。

蟻の巣より複雑な狭い通路を雪音はひたひたと歩いた。

今日は闇市トーナメントの開催日だ。

雪音は普段のズボンではなく袴を履いた和装で本気の装いで、場違いなスニーカーが浮いていた。

全力を出せるのが楽しみでいつも以上に打ち込んだ稽古の成果か肉体の仕上がりは最高潮に達している。

達人たる雪音と云えど生きて還れる保証はない。

しかし緊張はしていない。

普段通りに二人で夕食を摂り、

 

「今夜は遅くなるよ」

 

とだけ微笑みと共に告げて家を出た。

負けるとは微塵も思わない。

始める前から負ける気になる戯けはその時点で負けている。

雪音はただ、もっと剣を振るいたかった。

疼く指で愛する(こがらし)丸を撫でつけ、薬物中毒者が転がる階段を降りていく。

薄暗い通路から、明るく開けた場所に出た。

汚らしいビル群の最下層。

元は大型の地下売り場だったのか、一つの階層を丸々使った大部屋だ。

どこから電気を引いたやら潤沢な照明がコンクリートを打ちっぱなしの床を隅々まで照らしている。

血に飢えた剣豪から賞金目当ての小物まで居るわ居るわ、その数は数十人は下らず百にも届こうか。

大半は有象無象のようだが、実際はやってみなければ分かるまい。

中央に二十メートル四方の縄張りを囲む四台のカメラが天井に有り、脇に特大のモニターが設えられる。

 

「見ろ……本当に来やがった……」

「あんな優男がそうなのか?」

 

周囲の者共がこそこそと話す。

雪音の存在は都市伝説にも等しい。

誰もが知りながら、その実体を見た試しがない。

雪音に抜かせたら死あるのみが故に。

モニターに電源が入る。

映像に現れたのは上等なスーツに身を包んで革張りの椅子に深く掛けた男だ。

画角が首から下に絞られて顔は見えない。

 

「定刻だ。腕に覚えがある者たちよ、こんばんは。よくぞ集まった。私がこの大会の主催者だ。賞金を出したスポンサーと言ってもいい。名乗りはしないがな」

 

声からしてそこそこの老齢で恰幅も良い。

顔も名前も出せないとなると、やはりどこかの組織の大物らしい。

 

「事前に告知した通り、これよりトーナメントを行う。優勝賞金は洗浄済みの現金一億円。賞金の授与と進行はそこの代理人が執り行う。頑張りたまえよ」

 

モニターの陰から現れたスーツにサングラスのエージェント風な男がマイクを握った。

背後にはこれまたスーツの男がピタリと貼り付いている。

赤いシャツに黒ネクタイを締め、常に抜き打ちに備えて真顔でこちらを注視していた。

身の熟しからしてかなりの手練れ。

進行役の護衛だろう。

そんなに警戒するなよと笑い返すと目を逸らした。

 

「ルールは単純だ。時間は無制限。生死も問わない。だが棄権するか戦闘不能になった者を追い討ちで殺害する事は禁じる。それすら守れん馬鹿は消す。負傷をしても手当は期待するな。以上だ」

 

ただの業務の一部とでも言うような淡々とした説明が却って現実味を帯びさせる。

想定より規則が緩い。

これは楽しめる。

しかも一般人には莫大な額の賞金だ。

これでかなり夜鹿に楽をさせてやれると、己の勝利を寸毫足りとも疑わず一石二鳥の機会を喜んだ。

鉄火場に咲いた大輪の笑顔に狂気を見た周囲の者はさぞかしぞっとしたことだろう。

 

「理解したか? 理解したなら只今を以て参加を打ち切り、組み合わせを決める。抽選など無い。早い順に枠を埋める。並んで用紙に名前を書け。偽名でも構わんぞ」

 

冷えた眼差しで説明を切り上げると手振りで人員を呼び出し、名前を書かせる。

値踏みされたくない無頼共が足踏みする中、雪音は一番に群衆から抜けた。

モニター横のテーブルに置かれたノートにボールペンで記帳する。

こんな外道の集まりでフルネームを大っぴらに出すと後が面倒になりそうなので、『雪音』とだけ書いた。

 

「躊躇わんか。流石は剣兇、自信家だな」

「何が?」

 

呆れと畏怖が半々な進行役の言葉の意図を雪音は理解しかねた。

見られようが関係無い。

一対一の立ち合いに奇跡の介在する余地は無く、勝者は勝つべくして練られた論理の末に勝つのだ。

それが命を賭した剣客の最低限の心得である。

 

「出ないのかい?」

 

護衛の男は無言のまま代理人を顎で指した。

話しながら試しに男の間合いの凡そ一足半だけ外までじりじり寄ってみたが、抜く気配はしない。

私闘より仕事を優先するらしい。

 

「いつかやりたいね」

「書いたならさっさと離れろ。お前は気にしなくとも次が詰まる」

「おっと。待たせてごめんね?」

 

進行役に叱られ振り返ると五歩ほど離れて見知らぬ剣士が待っていた。

つまり初戦の相手だ。

直に殺し合う筈の雪音に和やかに謝られ、心做しか顔は強張っていた。

参加登録を済ませた雪音は試合場をから少し離れ、手脚の柔軟運動をしながら他の剣士を品定めしていく。

瞑想したり素振りをしたりと様々だが、全体としてはまあまあの粒が揃っている。

しかしまあまあ止まりだ。

それなりに自信があるか、雪音のような剣の亡者だけが参加する割には半端だ。

厳しい指導の下で何万時間も鍛えた自分が特別だとはまるで思わないせいか、他人の努力不足に見えてしまう。

ゆったりと出番を待っていると、若い男がこちらへ向かって来た。

伸ばした後ろ髪を一つに纏め、貴公子然とした色男だ。

背丈と歳は雪音とそう変わらないか少し上くらい。

 

「おい。訊くが、お前が噂の剣兇か?」

「人に聞く前に自分から名乗るって考えは無いんだ?」

「ハッ、この俺を知らないとはな。藤間九十九、思い上がった人斬りに裁きを下す者の名だ。覚えておけ」

 

不躾に宣戦布告されて若干不快になりつつ名前に引っかかる。

先日立ち聞きした話し口で挙げられた例の藤間某のようであった。

実際の藤間九十九とは何者か。

表の世界では全国的に有名な剣術家であり、成人前に皆伝を授かった麒麟児、或いは神童と呼ばれる。

試合に於いても無敗を誇る若き達人。

ところが雪音はニュースも見なければ携帯電話すら持たないので知る由もない。

目で見たまま感じたまま評価する。

この場では最上位の実力者のようだがどうにも面構えが悪い。

態度が尊大なのは別に良いとしても浮ついた足取りで間合いに入った辺り、どこかで剣を舐めている。

 

「強かったら勝手に覚えるんだけど?」

「破落戸風情が、吠え面が見物だな……」

 

知らない、覚えていない、という事はそういう事だ。

言外に煽られた藤間は端正な顔に青筋を立て去っていった。

それでまた雪音は呆れた。

何をしにきたのやら。

そんなに怒るならさっさと剣を抜いて斬り殺せばいい。

闇市では弱さは罪。

規約でも出場者同士の私闘による殺しは禁じられていない。

雪音はお座敷剣術家が嫌いだ。

命が一番に大事な癖に剣にまつわる者が大嫌いだ。

勝ち上がって対決したら最低でも二度と剣を握れない体にしてやろう。

そう決めた。

藤間を追い払いはしたが居心地が悪くなって口直しを探しに歩き回る。

参加者とは別の集まりがポツポツと有る。

不参加の観客の中では優勝予想の博打が盛んなようだ。

聞き覚えのある声を感じて群衆に近寄ると、先日路地で頭を殴りつけて倒した男が賭けに興じていた。

目が合う。

 

「うげぇっ!?」

「落ち着きなよ。今日は何もしないから」

 

無意味に撲殺されかけて落ち着いていられる訳もない。

男の顔からさっと血の気が引き膝が笑う。

害意が無いと示すように両手を上げてやっと震えが止まった。

ちなみに雪音はこの体勢からでも零コンマ三秒未満で居合を放てるのでまるで安全ではない。

そうでなければ剣を差した集団に近付くものか。

 

「あ、あんたも自分に賭けるのか? 一口一万からだけどよ……?」

「いや。金無いし。誰が人気か知りたかっただけ」

「人気は藤間の一強だ。でも奴は強くて上手いが怖くない。俺はあんたに賭けておくよ」

「そりゃどうも」

 

自分に賭けるのは良い発想だ。

負けて死ねば金は不要になり優勝すれば賞金に色がつく。

今日は無一文なので出来ない相談なのだが。 

下馬評では藤間が優勝候補筆頭らしい。

 

「その刀を担保にしてくれよ。実戦的な造りでタフそうだし、俺なら二十万は出すぜ兄ちゃん」

「はあ?」

「死んだら貰う代わりに金を貸してやるってんだよ」

 

それだけで、沸点を越した。

見ず知らずの男から投げ掛けられた下世話な交渉に、雪音は返答代わりに鞘でこめかみを強かに殴りつけた。

ふらついた所を押し倒して馬乗りになり、鞘の先端、(こじり)で顔を滅多打ちだ。

微笑みを消し去り、膝で肩を抑え込んで抵抗させず本気で殴りまくった。

 

「がっ!? あ゛っ! ひゃめろっ! ぎぃっ!」

「今っ……何てっ……言った? もう一度っ……言ってっ……貰えるかなっ?」

 

初撃で刈られた意識が痛みで覚醒する。

男の前歯はボロボロと弾け、黒染の袴に返り血で凄惨な模様が付いた。

反応が薄れても力いっぱいに五回十回と殴った。

血のあぶくが弾けて顔に撥ねる凄惨な仕置に誰も彼もが鼻白む。

 

「同情はしねえけどよ。それ、殺す気か?」

「そうだよ。こいつは俺の凩丸を金に換えるなんて巫山戯たことを言った。二度と言えないように挽肉にしてやる」

 

男は雪音の数少ない逆鱗に触れた。

凩丸は敬愛する父親から相続した唯一の家宝と同時に形見でもある。

雪音には夜鹿に次いで大事な物だ。

それを知らずとも売れと云うのは一線を超えた許し難い侮辱だった。

既に鼻は陥没して片目は潰れた。

上下の顎は砕かれ、奥歯だけが残っている。

泡を吹き意識も混濁した虫の息だがまだまだ足りない。

懲らしめるのではなくしっかりと惨たらしく頭を潰してやるつもりだった。

 

「邪魔をするなら殺すよ?」

 

誰がなんと言おうが、神が許そうが、俺は許さないと冷たく燃える怒りが滲む。

怒りのまま問答無用で皆殺しにしても良かったが、雪音は一欠片の優しさから一言だけ警告をした。

 

「事情は知りませんがもうやめなさい。本当に死んじゃうわ!」

「ならお前から死ね」

 

後ろから諫める声がした。

二度目は無い。

忠告を無視した死にたがりを叩き斬るべく声の主へ居合が閃く。

鞘を左手で順手に持ち替え、片膝を立てた脚を蹴り出し、腰を切って背後に放つ神速の抜刀術。

その場の剣士達は誰も反応出来なかった。

ただ一人を除いて。

制止した者は半歩退いて紙一重で避けた。

平静を欠いたと云えど、常人離れした速度で振るわれる雪音の太刀を見切ったのだ。

本当に殺すつもりで振り抜いた事で反転した視界の中、その剣士が女だったと雪音は知った。

長髪を高い位置でポニーテールにして、気の強そうな顔の眼尻を上げた正義感が有りそうな若い女だった。

抱いた感情はただそれだけ。

容姿の良し悪しはどうでもいい。

腕さえ立てば美女も醜女も無い。

いざ斬らんと雪音は構え相対し、雷に打たれたような衝撃が奔った。

何もが完璧だった。

女の振る舞いの悉くに別格の理合が覗いていた。

重心は深く、地面の反発を正しく蹴り足に受け止める。

腰の真っ直ぐな立ちが体軸の揺らぎを減らし。

歩みは柔らかで上下に力が逃げるのを防ぐ。

常に油断なく周辺を俯瞰する視線の配り方。

胸郭を使わず横隔膜で下腹を膨らませる呼吸は長期戦の消耗にも耐えうる。

何より全身の、特筆すれば膝や肩腕の脱力は素晴らしく、周りの剣士が不意に襲っても即座に反撃に移る瞬発力を捻り出すだろう。

それらの全き長所を列挙すれば切りがない。

羨ましい程に天賦の才がある。

感心の余りに当初の怒りは消し飛んでいた。

この日雪音は生まれて初めて本物の一目惚れをしたのだ。

 

 

 




ソシオパスでパラノイア
これが主人公の姿か?

やっとこさもう一人のヒロインが…

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