剣戟魔界都市―ソードマンズ・サンクチュアリ―   作:ひん(再就職)

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PART7

逆島雪音はつい先程までの冷酷な激怒から打って変わって著しく興奮していた。

三年近く探し回ってやっと巡り会えた輝かしい才能に感激し、羨望を向けていた。

強敵に立ち向かい制するに勝る衝動など、有りはしない。

それは亡き父、逆島獅子吼(さかしまししく)より受け継いだ血族の結晶。

より強く。

より高く。

より鮮烈に。

麗しき屍山血河を渡る冥道の旅路。

名前も知らぬ彼女の存在は長らく停滞していたと感じる武の道に差した、ある種の福音のようにも感じられた。

この期に及んで言葉は無用。

矢も盾もたまらず構える。

交感神経が優位になり一気に瞳孔が拡散する。

荒くなる吐息を宥め、狭窄しゆく視野を広く保つ。

しかして冷静に剣を納めて裾で隠し間合いを秘する。

増すばかりの剣呑な威圧感にその場の全員が付近から離れていった。

 

「試合なんかいい。ここで始めよう」

 

眼前の剣士が女であることなど関係ない。

こんな極上の獲物をみすみす逃すものか。

口内に溢れた唾液を舌でまぶして唇を湿らした。

膝を抜いて靭やかに腰を落とす。

重心はどちらにも偏らず、女剣士を時計の零時だとして十時あたりに体を向ける。

脚は前後に一歩分開いて安定させつつ蹴り足に溜めを作る。

剣は腕で斬らず肚と腰の回旋運動で斬るものだ。

骨格に体重を乗せればどの体勢からでも威力が乗る。

故に加速を妨げる強張りを少しでも減らすよう努めて脱力する。

これが出来ていれば腕がどこに置いてあっても迅速な抜刀が可能となる。

構えとはこの一連の動作を一纏めにした呼び名だ。

彼我の距離は七歩の指呼。

最も得意とする間合い。

開始位置が遠ければ遠いだけ、夜霞で呼吸を狂わせられる雪音が有利となる。

ところが対する女剣士は全く構えていなかった。

 

「やるわけないでしょう!? あなたどうかしてるわ!  どうしてそんな簡単に人を斬れるのよ!?」

「……はっ? えっ? な、なに言ってんの?」

 

予想外の叱責に呆然としてしまい、鋭利な殺気が霧散する。

 

「え、ほんとにやらないの?」

「当たり前です! 私の修める神納(かのう)流合戦兵法は活人剣です! そんな野蛮な剣は教えません!」

「じゃあ何で参加したの? まさか賞金目当て?」

「経営が厳しくて悪いかしら!? 他所の台所事情に首を突っ込むのはマナー違反よ」

「ええ……うっそぉ……それ本気で言ってる?」

 

まさか、この域の剣豪が生ぬるい不殺の流儀を持っているとは完全に想定外。

経営難で資金繰りの出稼ぎに来るなど、女の紐をしている雪音は想像もしなかった。

隙を作らんとした嘘八百と言われた方がまだ納得する。

 

「こっちは大真面目です! 私には何かあればすぐに殺し合う考えの方がよっぽど信じられません! 頭おかしいんじゃないの!?」

「真剣勝負じゃないと比べ合いにならないっていうか、命懸けで全力を出すのが良いっていうか……」

「馬鹿じゃないの!? 力比べがしたいなら腕相撲でもしてなさいよ!」

「いや腕相撲て……」

 

キレ散らかしている通り、女剣士は雪音に相当に腹を立てていた。

無闇な殺生は許されざると剣術を通して教わった倫理に真っ向から反する男だ。

命を粗末にしてばかりの剣士の中でも斬るだけに留まらず撲殺も躊躇わない分とりわけ質が悪い。

 

「あ〜、うん……どうせ後でぶつかるし、もういいや……」

 

立ち合いなら怒気のぶつけ合いは望む所だが、素に戻った間に凄い剣幕で怒られると根が温厚な面がある雪音は萎えてしまった。

この手の勢いは夜鹿に叱られた経験が思い出されてどうにも苦手だ。

しかも大人びた柔らかさの夜鹿と違って気が強そうなのでもっと圧力が有る。

気圧されて毒気を抜かれてしまった。

すっかり気勢を削がれた雪音は構えを解いて凩丸を担いだ無防備な姿勢に戻る。

無血で場を鎮めたのだから活人剣とやらにしてやられたような気もしたが、気分が萎えてしまったので仕方ない。

 

「次は俺も死ぬまで降参しないから、そのつもりで来るんだよ」

「待ちなさい! 話はまだ終わってませんよ!!」 

「あはは、待つわけないじゃん!」

 

早々に諦め回れ右で逃走を選んだ。

追い縋る女を男の脚力に物を言わせて振り切った。

剣士としては最高なのだが、対戦するまでは会いたくなかった。

人波に紛れて気配を殺し逃げ回っていると、参加登録が打ち切るアナウンスが流れた。

トーナメント表がモニターに拡大表示される。

さっきの女の登録名は不明だが、雪音は六回勝てば優勝となるのでそれまでに必ず当たると決めつけていた。

真実、不殺の戯言を貫いて手を抜いたとしても、あれは負けようがない。

あれを崩すには特別な技が要る。

優勝候補と目される藤間九十九でも凡百の剣しか使えないのではとても負かせない。

足し算しか知らないで割り算を解くのが不可能なのと同じである。

そして雪音は条件を満たす僅かな存在であった。

気を取り直し、凩丸を腰に差し直す。

第一試合の為にすぐに呼び出された。

試合場に舞い戻ると対戦相手が待っていた。

 

「開始の合図は無い。不意打ち騙し討ち上等だ。揃ったら好きに始めろ」

 

進行役がマイクで言う。

これもルールの一貫なのだろう。

 

「逸刀流、吉野だ」

「武蔵一刀流兵法、逆島雪音。ご丁寧にどうも」

 

互いにだけ聞こえる声量で名乗り合った。

雪音は丁寧に頭を下げるも、礼をする間にも目だけは油断なく向けたまま。

吉野はガチガチに固まっていた。

さもありなん。

たった数十分の間で雪音は剣兇の噂を裏付けるような派手な撲殺未遂を起こし、その残虐性を目の当たりにしてしまったのだ。

強張っていると本来の能力から半減してしまう。

緊張を解してやろうと雪音は朗らかな笑顔を向けるが返り血に濡れた顔では却って異様さを際立ててしまう。

恐怖と奇異の目を向けられている間隙に着々と分析していた。

兇悪な剣客と思われる人物の次に並んだだけあって正眼も堂に入っており、一見すればそこそこに腕が立つのは読み取れた。

女剣士に襲い掛かった際の抜刀の速さに上段下段や同じ居合で競えば必敗と見限り、正中線を守る決断を下したのは正しい。

しかし剣先に動揺がある段階で雪音には勝てない。

こうなっては雪音の胸中に昂ぶりも歓びも無い。

退屈だ。

先を取り、夜霞すら使わないただの踏み込みで大胆かつ繊細に接近し、凩丸を抜き放つ。

長身で間合いが広く、磨き抜かれた居合は恐ろしく速い。

より遠くから、目にも止まらぬ速さで剣は叩き込まれる。

ただそれだけの単純さ故に盤石で、奇策を用いるか基礎で上回らねばひっくり返せない。

事実、両手首と胸元を斬られた吉野はコンクリートの床に崩れ落ちた。

素人目にも致命傷と分かる。

仮に生きていても両手を失っては再起不能。

吉野は暫し痙攣し、そのまま動かなくなるまで雪音は残心をとっていた。

死を看取ってようやく血振りをする。

 

「勝負有りだな。戦利品は要るか?」

「要らない。こっちにヘソを曲げられても嫌だからね」

 

懐紙で丁寧に血糊を拭い清めた。

死体へ一礼して愛刀を鞘に納める。

進行役が部下に死体と刀を袋に詰めさせて運ばせる。

鍛えた男の体は重かろうが、矢鱈に手際が良いせいか日常的に死体を扱っている様子を連想させる。

 

早過ぎた緒戦の決着に観衆はどよめいていた。

隠された手の内を探ろうとした者も何の手掛かりも得られなかった。

真っ直ぐ行って抜き打ちで斬り捨てただけなのだから。

正面から立ち向かえばあの絶望的なまでの速度の居合がかなりの遠間から飛んでくる。

此方からは届かず、向こうからは届く。

防ぐか躱すかを押し付けられ続ける中で反撃しなければいけない。

どこかで読み違えれば死ぬ。

仮に賭けに出て先を取ってもあの神速の抜刀術は後の先で破る。

どこを取っても死しかない。

とても簡単な理屈だ。

その点だけは一部始終を目撃した全員が理解した。

銘々が攻略に頭を悩ます中、雪音は悠々と舞台を後にした。

 

雪音は楽しみだった。

どのようにして己を破る策を捻り出すか。

はたまた不意打ちの居合すら躱したあの女剣士のように並外れた才覚を見せるか。

心が疼いて堪らない。

この期待する感覚がもう幸福だ。

次なる出番まで柱に背中を預け、他の出場者をじっと観察していた。

藤間九十九も相手の兜割りを後出しで切り落とし、利き腕を切断して腕前を見せつける形で勝利していた。

切り落とし。

相手方の剣閃の後から追随して振り下ろし、刃で峰を押し退ける事で防御しつつ攻撃にもなる上級者の技術。

角度、速度、拍子を深く理解してこそ成せる。

成る程、基礎の完成度は囀るだけあるようだ。

そして収穫がもう一つ。

あの女は出義牡丹(いずるぎぼたん)と云うらしい。

此方はやはり不殺。

峰打ちの小手で骨を砕き、相手を殺めずに勝ちを収めた。

どちらにせよ全ての一回戦を終えるとコンクリートはたっぷりの血を吸った。

夏の熱気と殺意の湿度に換気が追い付かず、蒸し暑い地下に粘つく血臭い空気が溜まる。

それを胸いっぱいに吸い溜めて、第二回戦の呼び出しに応じた。

さてどんな対策を練ったかと期待して臨んでみれば、殺気すら持てずにおとおどと怯えている四十絡みの男が相手だった。

下段構え。

防御、若しくは後の先狙い。

呼吸が浅く上擦り剣先も震えた姿が擬態なら素敵なのだが、そんなに理想的な現実はほぼ無い。

がっかりだ。

名乗るのも馬鹿馬鹿しく思われて、さっさと剣を抜いた(・・・)

居合すら勿体ない。

剣を片手で前方下方に向けて吶喊。

左手は峰に添える。

猛然と加速する雪音に相手は泡を食って剣を突き出した。

これでまた一つ評価を落とした。

無策で(たい)を崩すなど大馬鹿の所業だ。

速度はそのままに若干左方へ回って切先を避け、相手の剣を鎬で流し隔絶した実力差を(あらわ)にした。

勢いのままに、体当たりと同時の刺突で臍の下を串刺しにする。

 

「がっ!?」

 

切先をぐるりと捩り上へ向ける。

 

「俺に居合しかないとでも思ったの?」

「ぐぎっ……!!?」

 

お目出度い奴だ。

左腕の内肘を支点に上方へざぶざぶと腹綿を斬り上げ、容赦無くその命脈を断つ。

男は小腸、肝臓、心臓を裂かれて苦悶の内に死んでいった。

 

武蔵一刀流兵法、翔馬(しょうま)

駆けながらしゃがみ込む等して袈裟や横薙ぎを潜り抜け、剣を空に返し体ごとぶつかり下腹を突く。

命中するやいなや肘の内側で峰を支えて背筋と膝を伸ばす勢いで心臓までの臓器を斬り上げる。

刀に適さない近間で小太刀に持ち替えずに必殺性を持たせた超接近戦向けの技。

本来は甲冑の武者を相手に装甲の隙間を確実に狙うものであった。

確かに雪音の居合に勝つには先に剣を出すしか無かったが、相手のそれは間合いを見誤った程に早過ぎた。

居合を警戒し過ぎ、硬直した思考で早まって剣を出してしまっていた。

雪音は迂闊に広げたその懐を突いた。

間抜けが。

あの世でもっと稽古するがいい。

「雑っ魚……」

とうに息絶えた男の浅慮を嗤う。

期待は裏切られ、雪音の体感では吉野の半分にも満たない力量だった。

余計に欲求を募らせてしまい、次の相手をどうしてくれようかと残酷な構想に暗い情熱を高まらせたのだった。

 

 

 

 

 

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