剣戟魔界都市―ソードマンズ・サンクチュアリ―   作:ひん(再就職)

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PART9

神の使徒を見た信徒の眼差しを向けてくる雪音に対して、牡丹は苦虫を噛み潰したように渋い顔をしていた。

忌み嫌う人物に好意をぶつけられても嫌悪しか湧きようがない。

 

「あなたはケダモノよ。あんな事をするのは人間じゃないわ」

「ははは、剣を振れるなら俺は畜生でも餓鬼でも悪魔でもいい」

「…………やっぱりあなたとは分かり合えないみたいね」

「んなこたぁ無いと思うけどな。まあ、どうでもいいさ……」

 

毅然と罵倒されるがそんな事で傷付く雪音ではない。

剣を交わせば嫌でも分かり合う。

分かり合わざるを得ない。

強みと弱みを押し付け合い、その背景にあるものまで見えるのが熟練者だ。

甘美で蠱惑的なぶつけ合いはセックスより何倍も楽しい。

女好きが極上の娼婦を抱くような期待と感動が押し寄せ瞳孔の拡縮が激しくなった。

和やかなお喋りはもう終わる。

スニーカーの底をざらりと滑らせて腰を落とす。

雪音はその本領である居合を解禁した。

血霧煙る風を深く吸った牡丹は横隔膜を緩めて息を吐き、剣を抜いて正眼に構えた。

 

「武蔵一刀流兵法、逆島雪音」

「神納流合戦兵法、出義牡丹」

「牡丹か。名前も良い」

「あなたに褒められても嬉しくないわ。行きますよ」

 

牡丹は迷わず先の先を取った。

この期に及んでは気の迷いから攻撃を引き伸ばしても無意味。

なぜなら雪音が先を取ればどのような目論見も御破算と成り果てるからだ。

一戦目と場外乱闘の二度だけ見たが、本気であればあの居合より速いと仮定すると、後の先で山を張って待ち構えても勝ち切れる見込みは非常に薄い。

私刑を止めた時でさえ背中は冷や汗でいっぱいになっていた。

防御と回避のみに回ればどうにかといったところで、反撃などとてもとても。

つまり雪音を叩きのめすには先に剣を出すしかない。

無傷で勝ち抜いてきた同格の使い手をしてその結論に至らしめた。

鎖から放たれた餓虎がそれを許すか。

そんな雑念を牡丹は振り払う。

迷いは敵。

自身を見失わず死地へ踏み出す一片の勇気こそ肝要。

先に抜き、先に振り上げ、先に振り下ろした。

雪音を倒す手順として、そこには一つの落ち度も存在しない。

利き腕破壊狙いの逆袈裟が決まると確信するほどに。

 

「……っ!?」

 

本能が鳴らした警鐘に従って太刀を止め、体重移動で無理矢理に進行方向を直角に変化させた。

結果的に、それは正しかった。

首の高さを凩丸が通り過ぎて、ピタリと停まる。

雪音の抜刀は余りに速かった。

鯉口を切ってから殺傷圏に至るまで、その間僅か零コンマ一秒台。

それを第六感が感じ取った。

反応速度の理論的限界値を超えている察知の速さに雪音は逆にただ感心する。

牡丹の白い首を刎ねる気で放ちつつ当たるとは微塵も思ってもいなかったまでも、こうまで完璧に躱されたら嬉しくもなる。

咄嗟に受け止めるのを選ばなかったのも素敵だ。

受け太刀は戦術の一つではあるが剣を著しく傷めてしまう下策とするのが雪音の主義なのだ。

 

「そうこなくっちゃなあ!」

 

敢えて刃を見せて間合いを教えるようにゆっくりと凩丸を引き、喜色満面で微笑み称える。

 

「馬鹿にして……!」

 

牡丹も見え見えの誘いには乗らない。

軽々しく攻めてもひょいと避けられるのが落ちだ。

居合の使い手が本来何より隠すべき間合いを堂々と晒して自らを不利に立たせる。

まったく馬鹿にしている。

いや、これはもう馬鹿げている。

二人の技量のみを総合的かつ客観的に評価すれば概ね拮抗しているか牡丹がやや勝る。

雪音は見切りと剣速に、牡丹は手加減と防御に特化した鍛え方をしてきた。

不利をひっくり返す速さと目の良さがとにかく手強い。

楽しめたなら死んでも良いとする気構えを備えた実力者と対峙するには、生け捕りなど生温い。

引き際を抑えた上での捨て身を御するには此方もまた斬り捨てる覚悟無くしては敵う由も無し。

間合いも、技も、見切られず見切るべし。

武蔵一刀流兵法の真髄は見切りにある。

理想を愚直に追い求め超常の域に足を踏み入れた今や、殺気の無い鈍い太刀に捕まる雪音ではない。

 

「おいおい出義ぃ、もっとやる気出してくれよ。折角の死合なんだ、お高く留まってんな。俺を殺したくなってくれなきゃ嫌だぜ」

 

愛刀を抜き挿しして見え透いた挑発をする。

両者の水域では小手調べにもならないお遊びに過ぎない。

 

「ほらほら、満足させてくれないと帰りに辻斬りしちゃうぜぇ?」

 

血の染みた袖を振りかざし、まだまだ吸わせ足りないと示す姿は魔物そのもの。

剣とは己を律する道と習ってきた牡丹には根本から相容れない考えだ。

相討ち覚悟の吶喊。

そうでもなければこの男は勝ちは拾えまい。

一瞬だけ膨れた気迫に、いつからか恐怖を忘れていた雪音の肌が粟立つ。

眠れる獅子が片目を開けた。

向き合った雪音に突如として消えたと思わせる速さで繰り出されるは異端の脛斬り。

峰で打てば確実に折れる。

それで戦闘不能だ。

前進するまま倒れ込むように一挙に身を伏せ、放った。

活人剣に有るまじき邪道。

そうまでさせられて募る怒りを原動力に威力をいや増した一閃はまたもや読まれていた。

低く前進しながらの突進を雪音は前方への跳躍で逃れる。

十メートル四方の広い会場を羽毛の軽やかさが生かした。

牡丹は右脚でコンクリートを固く踏み、慣性のまま飛び出した左脚を胸に着かんばかりに伸ばして地面を蹴る。

腰を螺旋状に絞り上げ、使い切っていた溜めを一瞬で蘇らせて背後へ斬り上げる。

 

「こ……の゛ぉ゛っ!!」

「はは、すげえ! すげえなぁ!」

 

これは先程の乱闘で熱くなった雪音が使った技、武蔵一刀流兵法が旋風龍尾(つむじりゅうび)

その変型応用。

うっかり見せた剣技を模倣された。

当然雪音は軌道を知っている。

昇り龍の如き剣閃を海老反りで避け、猫のように足から舞い降りた。

 

「くひっ……」

「さっきから何がおかしいのよ!」

 

まず腰の撥条(バネ)が非常に強い。

よく鍛えられている。

柔軟性、思い切り、重心の移動も滞り無く超一流。

最も素晴らしいのは勘所の良さだ。

一目しか見ていない技をぶっつけ本番で出してまともに当てるのは雪音にすら不可能だ。

正しく奇跡。

不世出の傑物と巡り逢えた幸運よ。

これが喜ばずにいられるだろうか。

昂りのままに抜く。

鍔に掛けた左右の親指は弾き出しと引きの相乗作用を生んで抜刀を早める。

それら幾多の工夫を凝らした居合は陰り無く鞘走る。

我慢の限界だ。

抜き打ちで袈裟に落とす剛の剣。

牡丹が受け太刀の保険をかけつつ左へ動いて空を切る。

否、剣同士で少しだけ当たっていた。

僅かに当てたその反動で自身を動かしたのだ。

余分な力を抜いた分だけ次手への移りが早まる。

精妙な軽業だ。

牡丹の逆袈裟の反撃を、半歩体を入れて半身になり避け、直前の軌跡を逆戻りする股間への斬り上げ。

牡丹は左脚一本で跳ぶ。

右脚を中心に螺旋に重心を操り遠心力を縦に変換した高速の兜割りに転じた。

流石にこの場に居座っては避けきれないと下がり胸から上を反らす。

腰が浮いて態勢が崩れたことで、さらなる追撃は両者とも出来なかった。

雪音は五歩下がる。

仕切り直しだ。

少し手を伸ばせば顔に触れられる至近距離でこうも当たらないものか。

観客は野次を飛ばすのも忘れて息を呑む。

 

「くふ、ふふふ、あはははは! 親父以来だ! こんなに鋭くて! 疾くて! 正確で!」

 

必殺の剣舞を踊って湧き起こる悦びから饒舌の雪音は嬌声にも似た艶っぽく妖しい咆哮を高らかに叫んだ。

視えている雪音と違い牡丹はほぼ勘のみで避けていた。

幾つか若い牡丹と同じ年の頃にそれが出来たか。

無理だ。

そんな芸当、やろうと思っても難しい。

この異常者め。

たまらなく素敵だ。

凩丸を右肩に担ぐ。

左肘を顎の下で前に突き出して肩の力を過剰に抜いた奇妙な構えだ。

雪音は胸中渦巻く想いを五臓六腑に染み渡らせ、元気一杯に飛び出す。

先手を取らせては拙い。

牡丹とて分かっている。

判ってはいるが、一見して隙が有っても手を出せば返されると思うと動けない。

その思考の迷路に嵌まった結果正眼から剣をろくすっぽ動かせず、まんまと懐に入り込まれた。

 

「くぅっ!?」

 

柄を腹へ引いて梃子の要領で切先を跳ね上げ、超至近距離で鍔元で殴りつけるように剣を押し付ける。

武蔵一刀流兵法、釣瓶上(つるべあ)げ。

遠間ばかりを警戒する相手の裏をかく奇手。

間合いを重要視する流派ながら、それを潰された際の対策も豊富だ。

考える前に牡丹の体は動いた。

鍔に鍔をぶつけ返し、間一髪で真っ二つにされるのを回避した。

押し切られかけるも辛うじて抑えた。

切先の速さに囚われず回転軸を見抜き、膝を使って全身で持ち堪えた。

見事だ。

しかし依然として死は目の前に立ち塞がる。

額を突き合わせて剣を押し合う。

穏やかな吐息がかかり、体に帯びた熱も刃の冷たさも感じられた。

半端に退けば斬られる。

かといって押し込み過ぎても透かされて斬られる。

身長差を使って上から体重をかけるが牡丹ものらりくらりと力を逃してどうにか抑え込もうと躍起になった。

伝説の達人のように無刀取りでもしようと云うのか、剣の制御を奪おうと懸命だ。

頭一つ小さい身でよくやるものだ。

牡丹の器用さにはほとほと感心させられる。

が、それと勝ち負けは別の問題だ。

 

「でもそれじゃヌルいんだよなぁ!!」

 

丁度よい高さに接近していた牡丹の頬に右肘を入れて殴り飛ばす。

雪音は立ち合えば女の顔も平気で殴る。

真剣勝負で殴らない方が余程無礼に当たると考えている。

それが剣への愛であり誠意だ。

歯や鼻は折れずともたたらを踏んで崩れかけた牡丹を追いはしない。

そんな終わらせ方は野暮だ。

 

「そろそろ体は温まった?」

「……今まで本気じゃなかったって言いたいの?」

「手を抜いてたのはお互い様だろ。喜べ、良いものを見れるぜ。頼むからうっかりくたばらないでくれよ?」

 

再び居合の構えに戻った雪音は不敵に笑う。

実情を知らない女ならコロッといってしまう爽やかで優しげな笑顔だ。

牡丹を格上と認めながら、どうしてこんなにも自信があるのか。

十中八九勝てる確信が有るからだ。

それはなぜだ。

そも、雪音はなぜ、剣兇と並んで魔剣士と警察関係者に形容されたのか。

雪音が死体を残した現場に不可解な点があったからだ。

本来、現代の科学捜査はどう戦いどのような武器によってどう死んだかを詳らかにする。

血痕、足跡、繊維、体組織、指紋、死因。

推測に役立つ痕跡は無数にある。

証拠を消されない限り警察は検挙に漕ぎ着ける。

ところが、足跡しか残さず無傷で勝ち続ける剣士が現れてからは未解決事件が多数残った。

特定の距離で戦っている事は足跡や傷口の形状から明らかになり犯人は単独と見られる。

それはまさに雪音の犯行に他ならない。

問題はどのように斬ったのか。

大半が驚愕し、あるいは困惑の表情で死んでいた剣士達は最期に何を見たと言うのか。

勝負事に必勝不敗を齎す摩訶不思議。

答えは未だ霧の中にある。

これを魔剣と呼ばずして何と呼ぶ。

 

稀代の剣士か必殺を突き詰めたる鬼札。

秘められた魔剣の帳が開かれる。

 

 

 

 

 




平気で殴るし殺そうとする男女平等の鑑。
人間の屑ともいう。

次話、今作の軸になる技の登場。

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