◆審神者が登場しますが誰とも恋愛関係ではありません。
「あんたのあれが食べたい」
と山姥切国広が唐突に言ったので。
「は? あれ? あれってなによ」
と聞き返すしかないわけだよ私は。
すぐそばにいた長義のまわりの空気に間違いなく亀裂が入った。ビキッと音が聞こえたように感じた。長義は、私と山姥切が記入していた書類のチェックをしてくれていたのだ。
「痴 話 げ ん か は よ そ で や っ て も ら え る か な ?」
長義はやけにゆっくりと、やわらかに言った。めちゃくちゃ怒ってる。私には分かる。
「痴話げんかって恋人とやるもんでしょ! 私たち違うから!」
私はひどく焦って、早口になってしまった。
「ほら、最初の頃にあんたがよく作っていた、キャベツと卵の……」
山姥切は全っ然気にせず続けている。
あほか~~~~~~!
長義は座った目を山姥切に向け、首を傾けた。今にも爆発しそうだ。
「へぇ? 俺が新参者だから? 当てつけているつもりかな? 主の手料理がなんだって?」
「違うよ! まんばはね、あんたがまだ私の料理食べたことないって気がついたんだよ」
「へえぇ、お互い通じ合っていて結構なことじゃないか」
「だから違うってば!」
山姥切は「俺は…」と何か言いかけて頬を少し紅く染め、頭の布を目深に引っぱった。
「俺は、ただ……主の顔を見ていたら急に、腹が減っただけだ」
「お前は黙っとれ! フォローを無駄にしよってからに!」
私は思わず左手で山姥切の後ろ頭をはたいた。スパンと小気味いい音がした。
するとなぜか長義は私のことをにらんだ。どうして……
「……やっぱり、痴話げんかじゃないか」
「いやそういう関係じゃないから!」
*** *** ***
山姥切は、キャベツと卵の炒め物にとんかつソースとマヨネーズとかつおぶしをかけたものが食べたくなったのだ。
最初期は私が食事を用意していて、献立に困るとよくそれと汁物を作っていた。男士たちが料理を覚え、所帯も増え、私はずっと厨房から遠ざかっていた。献立も、かつて私が作っていたやっつけ時短料理ではなく、今は当番たちがしっかり考えて作っている。
厨は朝から晩まで一日中忙しく、火元が空かないので、庭先で大き目の七輪を使うしかない。
言い出しっぺの山姥切にキャベツを準備させ、その間に私は七輪に炭を入れ、卵を割りほぐした。
熱したフライパンに油を引き、一口大に切ったキャベツを炒め、火が通ったら卵液を流し入れ、半熟で火から下ろす。軽く塩と胡椒を振り、人数分の皿に盛る。そこに、とんかつソース、マヨネーズ、かつおぶしを順にかける。
長義はまだむくれていたけど、一口食べると表情がやわらいだ。
「うん、おいしい」
「良かった」
私がそう声をかけると、長義は照れくさそうに微笑んだ。
私たちの隣で、山姥切は大口を開けて料理を黙々とかき込んでいる。
「あんたは? なにか言うことなーい?」
山姥切はモグモグしながら「ん?」と聞き返した。
「おいしいとか、ありがとうとか、なにもないわけ?」
「フん、フまい」
「まったく、あんたときたら……」
長義は少し笑って、「白飯が欲しくなったな」と言った。
「主、この料理の名前はなんだい? 料理当番に頼むときに、名前が分からないんじゃ不便だ」
「え~? この料理の名前? キャベツと卵の炒め物にとんかつソースとマヨネーズとかつおぶしをかけたやつだよ……」
返答に困ってるところに遠征帰りの部隊がドヤドヤと通りかかった。
「あ、あれだ」
「いいなぁ、主のあれを食べたのか」
「長義はまだ食べたことなかった? うまかっただろ?」
「思い出すと食べたくなるんだよな、これ」
「なにそれ俺、食べたことない」
「主ー、一口ちょうだい」
彼らがわいわい騒いだせいで、七輪と器具と材料が増え、その日のおやつは結局、その料理と白飯になってしまった。おやつと言うよりは軽食だ。調理はみんなが引き受けてくれた。
後日、食堂に貼り出された献立表の朝食の欄に、たまに「主のあれ」が出現するようになった。
この料理の通称は「主のあれ」になってしまったようだ。