隣を歩いていた京極正宗の足が、ふと止まった。
彼の視線が吸い込まれている先をたどると、そこは民芸品店の陳列棚。どうやら日本各地の民芸小物を取り寄せた、和風セレクトショップのようだ。
「お店、覗いて行こうか」
と声をかけると、京極正宗はハッとした。
「ごめんなさい。あるじさまのご用事があるのに、つい」
「いいの、いいの。それはあとで」
私は京極正宗の背中を押して、民芸品店に入った。
御伴に京極正宗を誘ったのは、初めてのお給料を手にした彼の、初めてのお買い物に付き合いたかったからなのだ。
手芸品店に用があるというのは口実だ。気に入った布か刺繍リボンが見つかれば買おう、とは考えている。
京極正宗はまっすぐに目当ての品物に向かった。他には一瞥もくれない。
そこには、だるま人形の女の子バージョンが並んでいた。
赤や青など様々な地の色に、ひとえまぶたの柔和な可愛らしい白い顔。
模様は決まってめでたい松竹梅が描かれている。
値札の商品名には『加賀八幡起上り』と書かれていた。
「初めてのお買い物……」
そう言ってわくわくする京極正宗の表情を見て、私は「我が意を得たり!」と内心ガッツポーズした。
そのお顔を見たかったから誘ったのよ!
女の子のだるま人形、ではなく、加賀八幡起上り人形は大きさも様々だった。京極正宗はその中から、手のひらにちょこんと乗る、おにぎり程度の大きさの、朱色のひとつを選んだ。
選んだ起上り人形は紙箱に梱包してもらい、手芸店での買い物を済ませ、二人で茶店に寄った。
それぞれの飲み物を注文したあと、京極正宗は荷物の中から紙箱を出した。
「あるじさま、この子もご一緒させて頂いてもよろしくて?」
「もちろん!」
京極正宗はレースで縁取られた上品なハンカチをたたんで木のテーブルに乗せ、そこに朱色の人形をそっと座らせた。
紙箱の中に添えられた小さな紙に、この人形の由来が記されていた。
ざっくり言うと、この起上り人形はだるまの女の子バージョンではなく、生まれたばかりの応神天皇を真綿の産着にくるんだ姿になぞらえて作られたものだそうだ。
応神天皇って誰? とその場で携帯端末を使って調べてみたところ、記事には応神天皇は日本中の八幡神社に祀られている軍神・八幡神であると書かれていた。
つまりこの可愛らしい起上り人形は、てっきり女の子だと思ったら実は男の子で、しかも勇猛で武功あらたかな軍神なのだった。
京極正宗に記事を見せて「京極君と似ているね」と言うと、
「ええ。由来を知って、もっと親しみが湧きました」
京極正宗はにっこり笑って言った。
後日、たまたま京極正宗の部屋の前を通ったとき、壁にしつらえた棚にあの起上り人形が置かれているのを見つけた。敷物の代わりに、京極正宗はたたんだハンカチを使っていた。
それを見て、手のひらに乗るほどの大きさの座布団を縫おう、と思いついた。
手持ちのちりめん布の中から、花にたわむれる蝶の図柄の黒地のものを選んだ。
きっとあの起上り人形の朱色が映えるだろう。
喜んでくれるといい。