・オンラインの面影のお話ですが、刀剣乱舞無双のネタバレがあります。
・2025/9/5 面影の台詞を直して内容を追加修正しました。
今夜は年に一度の花火大会。
花火大会の会場では祭りの縁日が開かれている。半分くらいの男士は連れ立って縁日に繰り出していった。
残った男士たちは高台の花火が見える場所を陣取って、にぎやかに酒盛りをしている。
「面影は縁日も宴会も参加しなくていいの? 行けばいいのに」
今日の仕事はもうおしまいにしたのに、近侍の面影はまだ執務室にいる。
「主はお出かけしなくていいんですか?」
「うーん、人ごみは疲れるからさぁ。静かに花火を見たいんだ」
「では、私もここに」
空は暗くなり、少し涼しくなってきた。
やがてキュルキュルと甲高く、花火玉が打ち上がる音が届き始めた。遅れて花火玉が弾ける低く鈍い音。
花火玉が弾ける音は花火が開いたあとで届くものだ。けれど執務室の縁側からは花火は見えない。
縁側から前庭に出て、木立の隙間から花火が見える場所へと面影を案内した。
「ここね、穴場のつもりなんだけど、低い花火はちょっと見えづらいんだよね」
この場所からは高く打ち上がった花火はよく見えるけれど、低い花火は木立に隠れてしまいがちなのだ。
面影はあたりを見回して少し考えるようすを見せた。
「ふむ……では」
面影はひょいっと私を抱き上げた。
「は? え? へ?」
戸惑う私を見ている面影は、いたずらっぽい笑みを浮かべている。
「屋根に上がりましょう」
屋根?!
そういえば刀剣男士はキリンの首の高さは平気で飛び越えるんだっけ。
えっ、待って、ちょっと待って。なんて??
「主、しっかりつかまっていてくださいね」
面影が膝を曲げたので、私は慌てて彼のTシャツを強く握った。自然と面影の首にしがみつくような体勢になった。
面影は音もなく空に向かって勢いよく飛び上がった。
「ひいぃいいいいいぃ!」
思わず目をぎゅっとつぶった。全身に上からの強い風圧を受けた直後、一瞬だけ重力が消えて身体がふわりと浮き上がるように感じた。それが一番怖かった。一番怖いままで落ちる感覚があった。悲鳴が止まらない。
「イギィアアアァアアア!」
面影は瓦屋根の上にスタッと軽やかに降り立った。私の体重がプラスされているのに! どういう身体能力???
面影は私を降ろして座らせ、自分も隣に座った。片腕を私の体に回して支えてくれている。
膝が震えて口が震えて、私は「ワワ、ハワ…」と変な息を漏らしていた。面影のTシャツをかたくつかんだ手を離せない。
「大丈夫ですよ。絶対に落とさないので」
「それは分かってるけど怖いの!」
私は半分涙声なのに、面影は楽しそうだ。のんきに
「瓦の上に座るとちょっとお尻が痛いですね。眺めはいいけど」
なんて言っている。ほんとに泣くぞ。
確かに花火はよく見えるようにはなったけど、怖い思いをしたばかりなので、目には映れど頭に全然入ってこない。
それでも、しばらく眺めているうちに、だんだん落ち着いて見れるようになってきた。
夜空の一角に次々と、色とりどりの大輪の花火が開いては消えていく。
菊のように長い花弁が広がる花火、牡丹のように短い花びらが重なる花火、柳の枝やすすきのように流れて垂れる金色の花火、朝顔のような五つの筋が広がる花火。
大輪がいくつもゆったりと開いたり、小菊が群れて咲くように次々と開いたり。
夜空に溶けるように消えていくものもあれば、消える直前に激しく星が瞬くものもある。
たくさんの花火を眺めているうちに、ふと、陽炎のことを思い出した。あの、どこまでも続く永劫の青空と水面に、たった独り残って夢を見ながら眠っているはずの。
「この花火は、陽炎にも見えているの?」
暗くて面影の表情は分からない。穏やかな声が返ってきた。
「……はい。私の中で眠っている陽炎の、たくさん見ているの夢のどれかひとつが、この本丸に居る私ですから」
面影は私の体を支えているのとは反対側の手を、彼のTシャツを握りしめている私の手に重ねた。そっと、泣く子に寄り添うように。
陽炎もあの本丸も救えないけれど、でも、この面影がいてくれれば、少なくとも陽炎が目を覚まして泣きじゃくることはないのだろう……実際どうなのかはわからないけれど、そう思いたかった。
花火は次から次へと、ほとんど休みなく打ち上がり、音も光も夜空に溶けていく。うすく灰色に見える煙だけが残っているが、それもやがて風に流されていく。
夢は見ているそばから消えてしまうし、いつのまにか場所も場面も状況も変わってしまう。
でもそのうちのどれかひとつに、今こうして面影と居る時間は確かにあ………いや、待ってくれ。
「じゃあ、さっきの私の悲鳴も? 聞かれてるってこと?」
「ええ、もちろん」
「やだ! そこだけカットできない?」
面影は声を立てて笑った。
「そんな都合よく部分カットなんてできませんよ」
「ええ~……そんなぁ……」
私のうめき声を聞いて面影はまた笑った。おかしくてしょうがないようすだ。
情けない悲鳴まで聞かれてしまったのは恥ずかしいけれど、もしかすると面影の中で、陽炎もまた同じように口を開けて笑っているのかもしれない。そうだといいな、と思った。
この面影はきっと、いつか審神者に請われて本丸に顕現し、仲間とともに刀剣男士としての役目を果たすという、陽炎が見ていた夢をかなえる存在でもあるのだと思う。
ここで面影が笑っているときや楽しいときは、陽炎が孤独を忘れていられるといい。
夢のすべてをかなえることはできなくても、せめて。
そして花火が終わり、また面影に抱っこされて屋根から飛び降りるとき、私はついまた同じように情けない悲鳴を上げてしまったのだった。(つらみ)