※今年も災害級に暑いけれど、本丸周辺は異常気象ではなく、平均気温は30度以内です。6月から連日30度超えとかもうヤダすぎる(´;ω;`)創作の世界だけは普通の夏!
※3点リーダをわざとひとつだけにしている箇所があります。
蝉しぐれの中で童子切安綱剥落が厨に野菜を運び込んでいると、石田正宗が声をかけてきた。
「ああ、童子切…の剥落、君を探していたんだ」
「わたしを……?」
「もし良ければ、今度の休みの日を合わせて、私と馬で遠乗りに出かけないか」
「馬で、か」
いつも表情が薄い童子切安綱剥落だが、このときは強く心が惹かれるようすを見せた。目を見開いてうなずく。
「おい、なぜこの俺を誘わん!」
童子切安綱剥落の後ろで、笑顔の大包平が腕組みをしている。大包平も童子切安綱剥落と一緒に畑に出ていたのだ。
石田正宗はふふ、と笑った。まさしく後方腕組み保護者面といった大包平のようすをほほえましく感じたのだ。
「もちろん、大包平も都合が良ければ、是非とも一緒に」
「ああ、童子切の剥落と休みを合わせよう。誰かに当番の日を替わってもらう。お前、いつが休みだ」
大包平が尋ねると、童子切安綱剥落は答えた。
「……次は、明後日だ」
石田正宗は「では、私もそのように」とうなずいた。
童子切安綱剥落は言った。
「もう一人……三日月宗近を誘っても、いいか?」
「ああ、かまわないよ」
石田正宗はうなずく。
当日の持ち物や分担をあれこれと相談したあと、
「では君から三日月に、話を通しておいてくれ」
と石田正宗に頼まれたので、童子切安綱剥落は承知した。
三日月宗近は馬当番のはずだ。探しにいくと、ちょうど厩の出入り口からすぐの場所で馬の寝藁をほぐしていた。
「石田正宗に、馬での遠乗りに誘われた。お前も一緒に行かないか? 大包平も一緒だ。日は明後日、飲み物は各自、昼食は石田正宗と大包平が用意する。わたしたちは、菓子などを持ち寄って分け合う」
童子切安綱剥落は一気に話した。
三日月宗近は目を丸くした。童子切安綱剥落の口調がいつになく流暢でしっかりとしていることに驚いたのだ。
「よほど楽しみにしているようだな。俺も加えてくれるか」
「わたしの存在が、お前の慰めになるようだから」
「はっはっは……そうか、気を使わせてしまったなぁ」
童子切安綱剥落は少しだけ目を伏せた。
「いや……そうではない。私にも、果たせる役割があるのなら」
童子切安綱剥落は右手で胸元をつかんだ。
「ここから、魂が、離れていかずにすむ……ような、気がする」
「……ああ、そうだろうな。お前には自らをつなぎとめるための記憶がない」
「………」
童子切安綱剥落は胸元をわしづかみにしたまま、ゆっくりとうなずいた。
当日、四人は早朝から起き出して馬を用意し、本丸を出発した。
天気は上々で、遠くに入道雲が見えている。今日も暑くなりそうだ。
道案内の石田正宗を先頭に、まずは裏山を越えた。裏山は皆もよく通るので、道はしっかりと踏み固められていて、軽快に馬を走らせることができた。
童子切安綱剥落はふだんあまり感情を見せないが、馬の上から風景を見回しては気分が良さそうにしている。
山の奥へ進むごとに、道は落ち葉や下草ではっきりしなくなる。馬を歩かせて慎重に進めた。蔦の茂みを分け入ったり、ときおりは倒れかかった木の幹をくぐることもあった。
日が高くなると暑くなってきたが、山道は木々の葉でふんわり覆われていて木洩れ日が落ちるだけで、日光の強さはさほど気にならなかった。
とはいえ、水分補給には気を配った。途中で何度か山肌から水が湧く場所に寄って馬に飲ませながら進んだ。
数時間後、そびえたつ急斜面の手前で石田正宗は言った。
「この崖の上に開けた場所がある。そこで休憩して折り返そう。こちらに迂回路が……」
と石田正宗が指さす方向を無視して、童子切安綱剥落は馬を操って直接崖を登り始めた。
童子切安綱剥落はふだん他人の言うことを大人しく素直に聞いているが、今日は楽しくて気が大きくなったようだ。
童子切安綱剥落の馬は藪の根本や岩の出っ張りに足をかけて器用に崖を登っていく。童子切安綱剥落はさして馬に指図をしていないように見える。
「ああなっても馬は得意か」
三日月宗近は感心して言うと、自分も童子切安綱剥落に続いた。
「くっ…負けんぞ!」
と大包平も後に続く。
石田正宗は頭を軽くかいた。
「失敗すると馬に怪我をさせてしまうかもしれないから、崖登りはあまり気が進まないのだけれど……」
と石田正宗がぼやくと、大包平の声が降ってきた。
「さっさと来い! 訓練だと思え!」
石田正宗はそれもそうだと思い、大包平を追った。
童子切安綱剥落と三日月宗近は早くも崖上の開けた場所まで到達したようで、姿がまったく見えなかった。
こうして目的地に到着すると、四人はまず馬に小川の水を飲ませて休憩させた。
開けた場所の日光はさすがにかなり強かった。
手綱を木の枝にかけると、馬たちは木陰に入ったり出たりしながら、好きなように青草を食み始めた。
それから四人は広い木陰に腰を下ろして水筒の水を飲んだ。
大包平が風呂敷の包みを開くとアルミホイルで包まれた長細いかたまりが4つ現れた。その中身は長細いパンで作ったサンドイッチだ。側面に切り込みを入れたパンに、卵とマヨネーズとバジルを混ぜたものがたっぷりと、小粒のミニトマトをいくつかはさんである。水が出そうなレタスやきゅうりは避け、雑菌が繁殖しにくいようにアルミホイルに包んだのだ。風呂敷包みの中には保冷材も添えた。
「これはおいしそうだ。彩りがいいね。香りも」
と石田正宗が褒めると、大包平は「当然だ」と胸を張った。
石田正宗はラップに包んだおにぎりと、半分に切った板海苔と、今朝摘んだばかりのみずみずしいスモモを出した。どちらも一人につき二つずつある。夏場なのでおにぎりはラップを使って握り、海苔は食べるときに巻くことにした。
「おにぎりの具は梅干しおかかと塩鮭だ。梅干しは日向から分けてもらった。すごく酸っぱいよ。種は抜いてある」
童子切安綱剥落は日向正宗の梅干しの味を思い出しながら石田正宗からおにぎりと海苔とスモモを受け取った。口の中に自然と唾液が湧いてくる。
「俺は、これだ」
三日月宗近が出したプラスチックの大袋には「あたりめ」と印刷されていた。中には干したイカを細く割いたものが詰まっている。
「あたりめ?! これは酒のつまみだろうが! 何を考えているんだ、お前は!」
「塩分の補給だ。疲れに効くタウリンという成分もあるぞ」
「なるほど! 考えたな!」
大包平は納得して、三日月宗近が差し出すあたりめの袋に手を突っ込んだ。
二人のやりとりがおかしくて仕方ない石田正宗は、肩を震わせて笑っている。
「わたしは、これを……」
童子切安綱剥落は板チョコレートを四枚出した。だが、困ったように手元を眺めている。
「どうした?」
と三日月宗近が尋ねると、童子切安綱剥落は首をかしげた。
「なにか……おかしい」
童子切安綱剥落は板チョコレートをパッケージごと指で押してみた。指の下で、チョコレートがぐにゃりと動いたのが分かった。
「……やわらかい」
童子切安綱剥落は少々驚いて呟いた。今朝荷物に入れたときは、チョコレートは硬かった。
「ああ、今日は少し暑いから。溶けてしまったようだね」
と石田正宗は言った。
「今包みを開けると大変なことになりそうだ。帰ってから冷やした方がいいのではないか」
と三日月宗近が言うと、石田正宗も「うん。今は開けない方が良さそうだよ」と同意した。
「暑いと、ちよこは、溶ける……覚えた……」
童子切安綱剥落の声はいつも通り淡々としているが、残念そうな響きがわずかににじんでいる。
「まぁ、そうしょげるな! 冷蔵庫に入れておけばひとっ風呂浴びている間に固まるだろう」
食事を頬張りながら大包平は言った。
「それより、ここは騎馬で手合わせするにはちょうど良い場所だな。食べ終わったら、ひと試合どうだ」
「ほう、騎馬戦か」
三日月宗近は目を輝かせた。
童子切安綱剥落も興味を示して目を見開いている。
石田正宗は手を上げて意見を言った。
「それなら、日と場所を改めることを提案する。今日はかなり遠くまで来たし、崖も登った。馬の脚が心配だ」
「よし、ではまた後日、予定を合わせるか」
大包平は機嫌よく応えた。
三日月宗近は童子切安綱剥落に向かって微笑んだ。
「うむ、約束ができたな」
「やくそく……」
童子切安綱剥落は静かにささやいた。
「楽しい今日も、またの約束も、お前をつなぎとめる確かな
そう言う三日月宗近の微笑みは、どこまでも優しいが、どこか切なくもある。
「………」
童子切安綱剥落は右手で胸元をわしづかみにした。
こうして仲間とともに記憶の薄片を重ねていけば、空っぽの胸に開いた裂け目から魂が漏れて出ていってしまいそうなこの感覚は、いつか薄れていくのだろうか? それはまだ分からなかった。
食事を終えると四人は帰り支度を整え、馬にまたがった。
童子切安綱剥落は来るときに登った崖に近づき、眼下に広がる風景を眺めた。山の
三日月宗近が馬を操って童子切安綱剥落と並んだ。
「……不思議だ。初めて見る風景なのに……なぜか、なつかしい」
童子切安綱剥落が誰ともなく言うと、隣の三日月宗近は応えた。
「そうか、お前にも分かるか。あれが、俺たちの守るもの。還るべきところでもある」
「わたしたちの、還る、場所……」
童子切安綱剥落は意味を確かめるように、ゆっくりと言った。
「さて、ゆるゆると帰るとしよう」
そう言うと三日月宗近は帰り道に向かって馬の鼻を向けた。帰りは崖ではなく、ゆるい坂道を下りるのだ。
石田正宗と大包平もそれに従って馬を進めた。
「今日はとても楽しかった。皆を誘って良かったよ」
「うむ。また誘え」
石田正宗と大包平はそう言い合って笑顔を交わした。
童子切安綱剥落も馬を帰り道にさし向けたが、後ろ髪を引かれるように、もう一度振り向いた。
夏の青空の下、緑の中に本丸の白い壁がくっきりと見えている。
「あれが、わたしの還るところ……」
童子切安綱剥落は口の中で噛みしめるように呟くと、素早く向き直り、先を行く三日月宗近たちに追いつくために馬を急がせた。