面影は縁側に腰かけて庭の景色を眺めていた。
戦装束のマントの裾が床に広がっている。面影の向こうには春霞の空と淡い色の桜。桜の枝の下には雪のように花びらが降りしきっていた。
私も一緒に桜を眺めようと縁側に出て隣に腰を下ろすと、面影は言った。
「咲いたら散るのが花ですが、散ったあとも、花なんですよ」
「……それって、どういうこと?」
と私は聞き返した。
まるで「散ったことも含めてその花の物語なのだから、もう終わったことを受け入れろ」と言われているみたいだ。納得がいかない。
「新しい花が咲くのは、悲しいことではない」
面影は散りゆく桜を眺めながら低い声で静かに言った。
いつもと口調が違う。目の前にいる面影は、いつのまにか白い戦装束のその人に変わっていた。いつもより青味がかった髪の色は、鼻先から白く色が抜けている。やわらかい色の白蝶貝の髪飾り。抜けるような白い肌の色。
「物語は終わっても、消えはしない。それを受け継いで、また新しい物語が始まる。それぞれが、心のままに芽吹く場所で」
薄紫のまつ毛の向こうの緑色の優しい目が、こちらを見つめている。
……ああ、この人を、あの本丸を、どうにかして救いたかったなぁ。行方不明の審神者も見つけ出して、ボロボロになって消えてしまったこんのすけも取り戻したかった。
涙が勝手にあふれてきた。
「主、どうか泣かないでほしい」
悲しそうに眉尻を下げる面影に向かって、私は泣き声で言い返した。
「無理だよ。……それに私は、あなたの、あの本丸の主ではないよ」
面影は仕方なさそうに微笑むとなにかを言いかけて口をつぐみ、それから視線をさまよわせて、やはり心を決めたように、もう一度口を開いた。
「………私はいつも、そばに……」
急に風が吹いた。
水面に映る影が風に波立ちかき散らされるように、白い装束の面影の姿は消えていく。
思わず手を伸ばしたけれど、水面に触れることさえかなわなかった。
私が面影に「あなたの主ではない」だなんて、酷いことを言ったからだろうか。あんなこと言わなければ、もっと一緒にいられたかもしれない。
私は床に置いた両手を握りしめてわんわん泣いた。握りこぶしの間の床に涙がぼたぼた垂れて、濡れていく。小さな子どものように、泣き声が止まらなかった。
「主、主、大丈夫ですか」
面影の声がして、私はハッと目を開いた。
黒い戦装束の面影が、倒れている私を心配そうに覗きこんでいる。緑と赤の不思議な色の目。
私はまるで行き倒れるように、畳と縁側の境目でうつ伏せになっていた。はいつくばっているカエルみたいだ。
「……悲しい夢、見てた」
「そのようですね」
しゃくりあげながら起きあがると、面影がティッシュの箱を持ってきてくれた。
私は鼻水と涙でぐしょぐしょになっている顔を拭いて、鼻をズビズビいわせながら、くちゃくちゃのティッシュを面影が差しだしてくれているゴミ箱の中にどんどん放り込んだ。
夢の中で面影に会っていたときとは外の風景が全然違っている。春霞ではない、初夏のはっきりした青空。庭に咲いているのはこんもりと手毬のような、濃い色の八重桜だ。咲いても数日で散ってしまう、はかなく淡い色の桜とは違って、この花の時期は長い。
その花と空の色を見ていると、余計に泣けてきた。
涙も鼻水も全然止まらない。
面影は何も聞かず、黙って、ただそこに居てくれた。