「主君、僕とデートしてもらえませんか」
前田に誘われて出かけた先は、初めて訪れる野原だった。本丸のすぐ近くにこんな場所があるなんて知らなかった。
野原には白詰草の緑の絨毯が広がって、白や薄い桃色の花が金平糖をまき散らしたように群れ咲いていた。あたりには優しくて甘い花の香りが満ちて、頭がクラクラしてしまいそうだ。
前田は敷物を広げ、魔法瓶の水筒から湯気の立つ飲み物をカップに注いだ。
「さぁ、どうぞ」
と手渡してくれた飲み物は、どうやら紅茶のようだ。ほんのり渋みのある甘い香りがする。
「鶯丸さんおすすめの銘柄の紅茶なんです」
「鶯丸が? 彼は日本茶のイメージだったわ」
「鶯丸さんは他の国のお茶にも興味があるそうですよ。お茶に新鮮な山羊の乳とバターを入れたいので、本丸で飼えないかって家畜班に相談してました」
家畜班? 私の知らない間にそんな班ができていたのか。なんだか楽しそうだ。
結局、山羊は二匹以上で飼わないと寂しがるし、乳が採れるのは仔を生んでしばらくの間しかないので、コストが高すぎるから却下されたのだと前田は話してくれた。
空はどこまでも青く、綿菓子のような白い雲のかたまりが浮かんでいる。白詰草の花から花へ、黄色と黒のしましまの蜜蜂や、ぷっくりした丸花蜂が、忙しく渡り歩いている。紋白蝶や紋黄蝶も舞っている。かすかに蜂の羽音が聞こえてくるけれど、とても静かな時間だった。
お茶をいただきながら景色を眺めていると、胸がくすぐったいような、ほんのりするような、……全然うまく言えないけれど、そんな気持ちになった。
「馬たちに食べさせる前にこの景色を見て頂きたいと思ったんです」
と前田は言う。
「馬って白詰草を食べるの?」
「ええ、大好物なんですよ。食べ過ぎるとお腹を壊すので、気をつけてあげないといけないくらいです。馬たちにもたまに、ご褒美の時間が必要ですから」
と、そこにブウンと大きな羽音がして、胸だけ黄色い黒い蜂が数匹私たちの間を通り抜けていった。
「ヒャッ!」
私が黒い蜂に驚いて慌てているのに、前田はニコニコしている。
「あれは攻撃してこないので大丈夫ですよ。好奇心が強いので、こちらを確かめにやってくることもありますが、静かにしていればすぐに立ち去ります」
前田の言う通り、その蜂は一匹だけこちらのようすを伺いにきた。こちらの目線の高さで数秒ホバリングすると気が済んだらしく、旋回して仲間のいる花の群れに戻っていった。
蜂が去ってほっとした。大丈夫だと言われても、蜂と見つめ合うのはさすがに緊張した。
そしてまた静かな時間が戻ってきた。前田が良いタイミングでお茶のおかわりを注いでくれた。
「ねぇ前田くん、もしかして、私にもご褒美の時間をくれたの?」
「ええ、最近はお疲れのご様子なので。夜もあまりお休みになっていないでしょう。実は、僕たちみんな心配してました」
そういえば最近色々あって、そうなると気を紛らわしたくてゲームや何かで夜更かしして、悪循環だと分かっていても止められなくて、寝不足になってしまっていた。
「……心配かけてごめんね」
「いえ、全然。でも、夜はなるべく寝て休んでほしいです」
「はい、すいません……」
明日からはちゃんと寝よう。
「またこの景色を見たいなぁ。でもお馬さんが白詰草を食べ尽くしちゃうかな」
「大丈夫、二週間もすれば元通りですよ。またお誘いします」
彼の言葉に胸がいっぱいになって、嬉しい、と口に出して伝えられたかどうか記憶がない。枕によだれの筋が垂れてしまっていたことだけが確かだ。
夢に刀剣男士が出てきてくれることなんて滅多にない。
しかも最推しと野原でデートする夢を見れるなんて。枕元に、ありったけの前田藤四郎のぬいぐるみと、届いたばかりの模造刀を置いて眠ったのが良かったのかも。
ぽわぽわしながら夢の内容をかみしめた。一生かけて何度も思い出せるように。