【カオ転三次】DRUG FATE 作:石は転がる
1話
最初の記憶は飢えであった。
ぼやけた視界にバケツでもかぶせられた様にこもる音。
咽喉が裂けるように上げた声は誰にも届くことはなく、引きずり込まれるように落ちる意識。
次に残るのは腹に捻じ込まれたつま先の痛みだろうか。
人の頭とは面白いもので、ほかにも残る記憶はあるのに意識して思い出さねば刻まれた痛みを反芻する。
怒鳴り散らしていた男の、悲鳴を上げれずもがく私の上から落ちるゲラゲラと嗤う声。
金切り声を上げた女はそんな男に怯えたように黙る。果たして私を見下ろす顔の、吊り上がる口角を自覚しているのだろうか。
飢えと痛み。
それに翻弄される続けたボクを冷静に俯瞰する私が「自分」として統合されたのは、焦げるように熱い日差しを浴び倒れ伏している時だった。
「――あっっぁはっ。」
自分でも何を言っているのかわからない声を始めて現実感をもって聴く。
カラカラに乾ききった咽喉に汗すら出ない体躯。首に食い込んだ縄を結ばれたのは一昨日だっただろうか。
窓から差し込む日差しの強さに耳をつぶすセミの大合唱。水を飲むことすらできず、繋がれたまま垂れ流されたし尿は乾きながらも臭いを発する。
あ、死ぬのか。
そう二度目の死を想い、初めて自分が転生者であったことに思い至った。
前世の自分はどんな人間だっただろうか。
走馬灯に見るのは
仕事に追われ部屋に積まれたラノベ。たまの休みに酒を飲みながら溜まった漫画を、時に笑い時に興奮しながら読み進める怠惰な日常。
「っぁっ……。」
カリカリと床を搔く音で意識が肉体に戻る。
そうだ生きるのだ。ひどくつまらない思い出に気力が湧き出てきた。
今生の両親が三泊四日の旅行を前に、子供の世話を見るのが面倒だからと部屋に放置したのが一昨日。必死に首の縄を外そうとした昨日の自分の努力はかけらも実らず、二日間浴びた直射日光に力尽きたのが現状だ。
改めて首の縄を解こうとすれば、腕はひくひくと動くだけで結び目に手を当てる以前の問題だった。
起き上がることすらできない。
這いつくばって、足搔く。
「ぁにぃヵ……!?」
何か、何かないかと眩暈に回る世界の、『何か』としか言えないものに喰らいついたのは。
まるで胎のように赤く染まる黄昏時だった。
目が覚めた。
天井の板の目が眼に飛び込む。
畳の香り。
「あ、れ?」
張り付いた寝巻と髪の毛を掻き毟る感触。ふすまを隔てて薄暗い空に聞こえるのは修行僧たちが起きだしてきた音だろうか。
「あ、夢かぁ……。」
夢、夢である。夢ではあるが過去でもある。
覚醒した時の記憶。
衰弱した四肢をマグネタイトで補い交番に駆けこむ直前の光景だ。もう一年は前のことを思い出したのはなぜなのか。
「緊張しているのかなぁ。」
仰向けのまま目を覆い、息を吐く。底冷えした大気が濡れた布地によく凍みる。
鼓動の音は期待の高鳴りなのか、恐怖の残滓なのか。ぼうっとそのまま幾ばくかの時間が過ぎた頃、室内に目覚ましが響き渡った。
「……ぅうぅぅーーーんっっ。」
機嫌の悪い猫の鳴き声の様な可愛い声が、叩き消された時計の音に続いて上がった。
すぐ隣の布団に包まった小柄の女性が、すっぽり頭を覆うナイトキャップに寝るときだけの三つ編み姿を隠している。目覚まし時計を止めるのに伸ばされた腕によってはだけた布団からは小柄な体躯に不相応な膨らみがこちらに向いている。
「んぅーぅぬぁーーー。」
ムニムニと音を漏らしている唇を見ていると、パチッと開いた眼と目が合った。
「……ん? あぁ、おはよう。」
「おはようございます。」
二人とも寝転がったままの挨拶。寝起きのいい彼女はニカッと口をほころばせ起き上がった。
薄暗い室内は影の支配をまだ受け入れている。
「ぅひぁっ、寒い。ここ最近は冷えるな。」
布団から名残惜しそうに抜け出すその姿に夢の残滓から楽になりながら、私も布団から出て着替えに手を伸ばした。
古い建物だが幸いなことに電化工事は済んでいるため照明の光が闇を照らした。
まぶしさに細めた目に、青と白の服が見える。
初めに衣服を調達した彼女が、私を女児だと間違えて持ってきた思い出深い服。朝の冷え込みに冷えた布地が服の印象と合致してより冷え冷えとした空気を感じる。
わざわざ買い直させるほど気にしていないのでよく着ていたが、そのせいでいつの間にかに掲示板でついた不名誉なあだ名を思い出し一緒においてあったリボンを持つ手が止まる。
「ほら、リボンを貸してみろ。」
背中を向けて着替えていたので付かなかったが、部屋の端、座鏡台の前で手早く身だしなみを整え、ニコニコと櫛と一緒に待ち構える姿にあきらめて青いリボンを渡し梳かされるに任せる。
白いシャツに水色のワンピース。襟元は蝶々結びの赤いリボン
「これでよしっ!」
背中から感じるほのかな体温と温かい指先が離れていく。
鏡の向こうで、丁寧に梳いたセミショートカットの白髪が飾りリボンの色を受け止めて青みがかる。
仏頂面が硬質な印象を与え、今朝の冷え込みにも負けぬ冷ややかさを与えていた。氷の妖精とはさかしまなそれは、或いは温もりのない私にふさわしいのか。
「それじゃ、顔を洗いに行くか!」
朝から空回る思考を止めたのは熱を感じる手のひらよりも、胸にくる明るい彼女の笑顔だった。
満足そうな彼女に元気よく手を引かれ、朝日に照らされ始めた社殿を横目に客殿を歩く私の姿は、仲間内で⑨ニキ・女装ネキニキと呼ばれる姿である。
ここは富士山の山すそ。
敷かれた結界に隠された神秘の末裔が今なお紡ぐ歴史の一端。
澄み切った空気を朝も早くから式紙が飛び交い、何処からか管狐が顔をのぞかせる幻想の住処。
我ぞと思う転生者が集う、現代文明から離れた霊場―――星霊神社である。
星霊神社とは、何の因果か女神転生の世界に生まれ落ちた転生者たちの一人が神主を務める神社である。
富士山の北山麓に佇む由緒正しい(らしい)この神社は日本でも有数の霊地であり、神主――通称ショタオジ――の呼びかけに集まった転生者が日夜霊能者になるべく、あるいは霊能を磨くべく修業をつんでいる。
私――藤原
分類としては修行僧(未覚醒者)ではなく門下生(覚醒者)で、裏の世界を知るために以前は朝の清掃を始めとしたお勤めをなし、その合間に神主所蔵の知識を授かる日々を過ごしていた。
しかし、ある時期を境に覚醒者の一人として必要とされ、特別に集まった仲間たちと研磨の時を過ごしている。
そのきっかけは、制作者以外が使える式紙が神主により開発された事ある。
それと前後して式神の改良に熱意を燃やす有志が集まり、覚醒者なら誰でも扱える式紙の実験的な製造が開始。製造に有利な性質を持つがゆえに制作陣の一員として召集されたのが私である。
式紙はずぶの素人である転生者たちが安全に霊能関係の仕事をなすために神主が与えようとしている道具である。
使役者たる霊能者が持つマグネタイトという生体エネルギーを代償に使役者の意思によって動く悪魔として製造される式紙は、現在神主が使役するものと同じ仕様を壱号とし、有志たちの意見を基に弐号から四号が開発を進められた。
壱号 一反木綿型。
弐号 人型。
参号 動物型。
四号 無機物型。
最初に順調に開発が済んだのは参号たる動物型のうち爬虫類型と、参号から派生したより簡易な低級式紙たる参号イロ。
これは当初の予想通りであり、擬態精度も問題なかったためすぐさま残りの型の開発に人員が集中された。
しかし、弐号の人型と参号の残りの型は体毛の擬態性能不足により、四号の無機質型は強度の確保が課題として、遅々として進まぬ進歩に暗雲が立ち込めていた時、私は開発補助の一人として加わることとなったのだ。
今まで試された記録のない試みとして当然のごとく開発は難航し、熱を入れすぎた門下生を医療班送りにしながらも地道にデーターを積み重ねていった。
それがついに実を結び、先月、式紙製作班の血と汗と涙(あるいは理想と欲望と萌え)の結晶が最低限の擬態機能が習熟と同時に参号の試験運用を開始。拘りにより遅れていた弐号も今月に入り試験運用が始められていた。
そして先日、門下生たちの日常的な指示などに対する不具合も見当たらないことを確認した神主は、修行僧の取りまとめを行っていた転生者と共に纏めていた低レベルの異界や民間からの依頼の存在を公表。
戦闘能力の確認ができた転生者に対する斡旋が始まったのだ。
まぁ、尤も。
栄えある(?)最初の受領者は式神の試験運用を行っている門下生であり、すでに何事もなく終わらせているのだが。
現在製作に加わっていた門下生は、各号式神の当初目標への到達と掲示板からの要望を叶えるべく研究を続ける開発改良班と、あまりの反響の大きさに可及的速やかに式紙製造をすべく未覚醒者を巻き込んだ配置転換や材料の製作を急ピッチで進めるライン構築班の二班に分かれて動き始めている。
私は習得している知識や技能からどちらの班にも望まれながらも、そのどちらにも属さず、これから神主との面会に臨もうとしてた。
星霊神社の本殿ではなく社務所の一室。
転生者たちの中でも覚醒や霊能を磨くのではなく、知識や技術を深めることを選んだ者たちが集まるその建物の一角が神主との面会場所である。
「失礼します。」
「あぁ、入ってきなよ。」
座卓に積まれた和紙に式神の核となる紋様を描いていた手を止め朗らかに招き入れるのは、無造作に伸ばされたざんばら髪の若人にしか見えない男。
彼こそが星霊神社の主であり、この世界が女神転生の世界であると確定づけた存在――神主である。
「ほら、そこに座って。お茶請けはせんべいでいいかな。」
着崩したシャツに綿ズボンとラフな格好で手招きをした先には一反木綿の式神がふわふわとお茶とお茶請け配膳している。
子供の工作にしか見えない手抜きのそれは、ひとたび戦闘となれば私では手に負えない強力な悪魔である。現在の門下生では何十人と集まってやっと勝てるだろうか。そんな物も神主にかかればただの下人に過ぎず、本人の底知れなさを感じさせられた。
式神から視線を切り、軽く頭を下げて座布団に座ると早速とばかりに一言告げられた。
「はい、合格。」
「ちょっと、え?」
「戦えるかどうか試すのは知らない人だけだから。修行している人の実力は把握しているよ。」
思わず崩れた口調も気にせずひらひらと手を振る神主に、はあ、と気の抜けた返事を返す。
今回、忙しい神主に時間を取ってもらったのは依頼を受けるためである。
依頼は星霊神社付近の異界や霊障を神主が調査したうえで我々に回してくれるのだが、狩場にも式神にも数に限りがあるため現状だと早い者勝ちに近い。それを考慮して真っ先に来たのだが、なんだか拍子抜けてしまった。
まあ私の考えが杞憂だっただけなのかもしれない。
悪魔との戦闘など危険極まりないことは星霊神社で覚醒した者なら骨身にしみているだろうし、様子見で時を置く者が思ったよりも多かったのかもしれない。
同室者によると星霊神社付近だけでは早晩に悪魔の取り合いになるのは分かっているので、日本を代表する霊的防衛組織に依頼の斡旋を交渉しているらしいし皆余裕があるのだろうか。
それにしては式神についての問い合わせは目に余る多さであるのだが。
「それより、どんな依頼を受けるかい? 最初なら雑霊を吹っ飛ばすのがいいかな?」
いつの間に用意したのかコピー用紙が神主の手元にあり、そのうち一枚をこちらに差し出してくる。
概要だけ見れば近場の怨霊退治である。異界化も出来ない程度の敵が憑いた場所の浄化の依頼だ。
「すいません、なるべく敵が多くてLVの上りそうな依頼はありませんか?」
「……それは安全マージンをとったもので?」
「はい、もちろんです。」
こちらに差し出された依頼を謝辞して要望を告げると、神主は眉をひそめて何かを言いかけて飲み込んだ。
一瞬鋭くこちらの目を覗き込んだ先に、何が見えたのだろうか。
「それじゃ依頼はそれで良いとして、お待ちかねの式神だよ!」
クルリと入れ替わった相変わらずの笑顔で了承し、芝居がかった仕草で手を鳴らすと襖から神主の式神が行李を運んでくる。
見た目に反して慎重な仕草で式神が私の横に置いた行李は、古いものなのか傷んだ竹が割れている部分がある。ただ、古臭い歴史の流れよりも人と共にあった年月の温かさ、そんな丁寧に扱われた営みを感じさせる。
「ほら、開けて。」
自慢のおもちゃを披露する期待の声にこたえてそっと開けたそこには、注文通りに見えるものが入っていた。
生首とそれが繋がるライダースーツ。
瞳を閉じた小顔の生首はシルバーブロンドの髪をショートボブに整えられている。
「――っぁ、ほんとによくできていますね。」
いつの間にかに詰まっていた吐息が言葉と共に零れ落ちる。
式神作成に関わった一人としてはこれも自画自賛に入るのであろうか。
純和風の空間の中で場違いに眠るそれは、私のための式神である。
顔以外は肉付けをされていないため、服の中には丸めた筒状の紙が入れてあり稼働時には外殻となる服を押し上げることで肉体を偽装する。その為に今回は一切の露出がない服装を選んだが、これから新たに作られるものは式神自体を膨らませ鎧などの装備を外殻とする予定だと聞いている。
人としての形。
人型としての概念。
まだまだ頂きどころか麓すら見えていない高みに届かせるべく、式神作成に集った有志一同の努力の結晶が頭部である。
脳裏に実に苦い記憶が呼び覚まされる。
ぱっと見実物にしか見えないそれは最初に実寸大の模型の製作から開始している。出来上がった模型から鋳型を取り、型の内側に濡れた和紙を張るのだが、この素材の選定がひたすらに苦行であった。
表情の動きを再現するために何層にも配合を変えた紙を伸縮に合わせて細かく張るのだが、最適な紙を用意するために材料の配合の変更・MAGの濃度による特性変化の収集・素材同士の相性の測定等々。下手に色のついたMAGを使うと特性が変わるため、たった一人でひたすらに純化・あるいは性質付加しての実験の日々。
量産化する時はマッカを使うのでこの作業は必要なくなるのだろうが、もう二度と、したくない。
「感動も一入だろうけど、マグネタイトを注いだら起動するから。」
今の表情を見て感動だと思ったらしい。割とズレてる人だからなぁ、と思いながら無言で式神の頬をさすっていた手を止める。
「……よいっ、しょっと。」
ライダースーツの留めてあったジッパーを下ろして胸郭の間に手を入れる。中は空洞になっていて、奥には神主が施した術式が鎮座している。
起動のプロセスを思い返しながら術式の淵から慎重にMAGを注ぎ込むと、式神との間に繋がりを感じそっと手を引いてそのまま見守る。
式神にMAGが宿り稼働を開始する。
上半身が膨れ上がり腰から上が起き上がる。すると下半身も膨れ上がるのに合わせて立ち上がった。まるで風船に空気を送り込んだかの動きに髪がさらりと揺れている。
「初めまして、マスター」
見下ろす目が開かれる。
くすんだ青色の瞳がこちらを向き、口の動きをもって音を紡いだ。
「それで式神の主人としての登録は完了だ。まだ思考力は弱いし動きも人間味が少ないけど、これでも君ぐらいなら倒せる程度には強いから安心していい。」
「ありがとうございました。」
「いいよいいよ。ただ報告はしっかりね。」
煽られているのか、と一瞬脳裏にかすめた思いを流して一緒に見守ってくれていた神主に対して頭を下げる。
それを真似たのだろうか。
式神が横で腰を折り頭を下げ―――そのまま自重に負けて頭を畳に打ち付けへの字で停止する。
「「あっ。」」
なるほど、確かに思考が弱い。どういう思考回路でそうなったのか分からないがへの字のまま尻を突き出している間抜けな様相に神主ともども顔を見合わせる。
「「…………。」」
神社の一室に場違いな天使が通る。
ひどく気まずい。音を出すことが憚られる空気を解してか式神も動かない。
なんか言えよ、と雰囲気でお互いに押し付けあう。言葉を探すも何も出てこない。
これはこのまま何事も無かったかのように立ち去るべきかと考えていると、私の脳裏にこれだっ!と稲妻が落ちた。
これはいけると突き動かされる様に立ち上がり、腰に手を当て顔を上げて深呼吸。
何事かと見上げる神主に向かって、柄ではないが元気よく一言叫ぶのだ!
「あたいったら最強ね!」
「ぶふっつっっっ、、、そのどや顔、や、やめろぉ!」
気安くはあるのだが、同時に胡散臭い人だと思う。
それでも、結局は神主も『俺たち』の一員には違いなかった。