【カオ転三次】DRUG FATE 作:石は転がる
百話目、百話……なんでこんなに長くなってるのでしょうね???
最初の予定では半終末前の十年は本編十話+掲示板回十話の予定でした。
ネタ思い浮かぶたびに突っ込み過ぎて話数が膨れ上がっちゃったのが悪かったですね…orz
冷たい雨に打たれる。
囂々と吹き付ける風。空を厚く覆う雲は渦を描き、街を闇に落とす。
暗い、暗い影の様な街だ。
街に人はいない。乗り捨てられ拉げた車。ゴミが雨に濡れ、ベチャリとそこらに張り付いている。風の音に震える街路は閑散と荒れ果てていた。
しかし、人影は多くあった。
雨を浴び、ぬたりと光を返す肌。零れ落ちそうなほど隆起した眼窩が、同族以外を求めて宛ても無く宙を彷徨う。歩くたびに左右に揺れる腕の先の手には、ネトついた膜のような水かきが存在していた。
ディープワン。
大地を汚染した邪神。その狂気に囚われた人々の慣れの果てである。
大通りを支配するのが魚と混ざったような人型であるのなら、裏路地に身を潜めるのは何だろうか。
ぼさぼさに伸びた体毛。鼻筋が前に突き出し、裂けたようにだらしなく開いた口。足は蹄の様に割れ、地面を嗅ぐように背筋を曲げている。
雨に濡れるのを嫌がる様に路地裏や廃墟に身を隠しているが、その身から漂う饐えた匂いは周囲にその存在を誇示しているようであった。
『ハロー、屍漁り。まだ生きていますか?』
そんな廃都の上空。
ハリケーンの突風に揺さぶられながら、私は声を上げた。
眼下に見える文明の残骸から漂う気配は生臭い。呼びかけているが、死んでいるなら死んでいるで構わないので一刻も早く立ち去りたい臭いがここまで充満していた。
『下手な英語だな、男娼。』
『まだ生きていましたか。もう少しゆっくり来たら良かったですね。』
まあ、そうはいかないらしい。
通信機から不機嫌そうに返ってくる『要救助対象者』の声に嘆息。さっさと帰りたかったが仕事はしなくてはいけないらしい。
『また腰を振るっていたか? 早漏のお前では碌に時間を潰せんだろう?』
『恋の狩人を気取っているよりはましです。……今度は魔人を垂らし込みましたか。邪神の膝元でサバトとは随分とお盛んな事で。』
『――チッ、人の寝床を覗くのが趣味か? さっさと仕事をしろ売夫。』
『ふん、北側に出てくるなよ、溝鼠。纏めて殺されたいって言うなら話は別ですが。』
通信機越しとは言え“縁”が生まれた事により、何とか気配を見つけた。
クトゥルーの出現地のすぐ傍。嘗てはメシアン共が集っていた大聖堂からは少し離れたビルの……地下か?
どうにも気配がはっきりしない。
おそらく【ダゴン密教団】とやらが、メシア教に潜伏しながら“資材”をちょろまかして研究をしていた場所なのだろう。大聖堂から程々の距離がありながら、隠れて物資を運び入れるのには丁度良さそうな距離にあるビルだ。
狩人の気配はそのビルの地下にあるように思えるのだが、曖昧にしか感じられない。
周囲を何かを探す様に蛆虫や歪んだ海産物共が囲んでいるが、その気配に紛れているというよりはより大きな気配に覆い隠されているというべきか。“感知”によって感じるのは、マーブル模様に瞬き、不協和音を響かせながらボロボロ砕かれバラバラに組み直される様な、常人が触れるべきではない気配だ。
避難誘導ぐらいしてやろうかと思ったが、サイケデリックな気配の混沌は片手間で見通せるものではない。
――これで、微睡んでいるとは。
今は姿を見せていないこの街の“支配者”の、強さや霊格ではなく“在り方”への警戒を一段上げる。
最終確認。対狂気に特化した防護術式の稼働:正常。侵食に耐えるための浄化術式の出力も問題ない。予想される敵耐性を抜く手段もある。
力を入れていた操縦桿から、指の一本一本を意識をして力を抜いていく。
あとは、出たとこ勝負か。
<<武蔵、A2、仕掛けます。武蔵は本機放出後は救助対象の避難経路の掃除。その後は戦域から離れて待機。>>
<<了解。>>
<<Jud.MAGタンクからの供給に切り替え完了。接続ケーブル切断。WGⅡ、分離します。>>
『血狂い、派手に行くから巻き込まれて死ぬなよ?』
『ぬかせ、ピーターパンが。』
目覚めの一撃だ。精々五月蠅いぐらいに騒いでやろう。
空に放り出され、上空から風に揺られながら自由落下。肩部ミサイルコンテナ、フル稼働。片っ端から炎と硫黄の概念を詰め込んでいく。
準備が出来次第射出。
分裂式ではなく、連続射出式のミサイルが旧大聖堂に絡みつくように眠る“存在しない”巨大な存在へと放たれる。
そう、そこに普通は何も見えないだろう。
ヘドロで出来たイカの様な体躯に魚の様な骨の入ったひれも。瞼など無いはずの軟体動物が如き姿に反し、生肉の様な膜に埋もれて閉じるその瞳も。
眠りに微睡むその存在は、『狂気』に呑まれ『狂気』に曇った存在しか認識できないはずのモノだ。
――それを、私は観測する。
観測し観察し観望の果てに、そのにごった瞳目掛けてすべてのミサイルを放出したのだ。
『すでにこの街には十の善人も無し。全ては炎に消え去れ。』
<<ミサイル全弾発射。…………迎撃なし。クトゥルーに直撃するぞ!>>
光が迸る。
嘗ての文明規模であれば一発で街を滅ぼす浄罪の光。
罪を焼き尽くす爆発の光は、当然の様の破壊だけではなく罪人を無慈悲に焼く
<<っ、ダメだ。浄化反応が見られない。破魔無効だな。>>
<<了解。予定通り四属性魔法による耐性確認をしたらあとは適当に切り刻みます。>>
計測結果に目を通し耐性情報を更新する。爆発によるダメージはある。万能属性自体は普通に通用しているようだ。
<<――どうやら、イカ野郎がお目覚めの様だぞ?>>
思念の言葉に改めて【クトゥルー】に観察の目を向ける。
強制的に叩き起こされた【クトゥルー】が、その姿を万人に見えるものとして現実に現出していた。
長く伸びた腕が騒めき、体表が波打つように揺れている。悍ましい潮騒の臭い。腐った魚が打ち上げられた砂浜の様な生暖かさ。塩を含んだ風が、何故か雨にも負けずに皮膚を濡らす。
――そして、休眠していた霊格が邪魔ものを排除すべく起き上がった!
「――Vvo――or ̄rofff_woo*ew$vovov>wa‘mogya!!!」
轟音。調子はずれの音程。意味をナさないハズの音ノ波動ゥ。遠間ニ聞こエる船笛の深イ響き。そレハ海の底かラ呼ンでイるヨうナ重い想イ音で――
<<その程度の狂気で、これ以上狂える訳があるか。>>
種の割れた手品を見た時の呆れが思念を紡ぐ。
この程度なら対狂気防御の必要は無かった。寝起きだからかは知らないが随分と生ぬるい“声”だ。
空間のMAGごと震わす声は、狂気への誘いよりもむしろその破壊力の方が厄介だ。
【クトゥルー】の身から染み出た異界法則に犯されたMAGは、世界に対して侵食を繰り返しながら全周へと放射されている。あまり近寄れば
<<A2、『峻厳の剣』の準備を。>>
<<了解した。>>
【クトゥルー】から北に離れた位置に、周囲に魔法をばらまき安全確保と共に着地。地表に降り立つと改めて【クトゥルー】の大きさがよくわかった。
寝そべって休眠していた時でさえ教会の尖塔と同じだけの高さがあったが、身を起こすとこちらを見下ろす瞳ですら機体よりも高い位置にある。
甲の先端に至っては周囲ビルよりも下手すれば高い。全高100mぐらいありそうだ。
<<四属性もダメだな。……悪食めッ。>>
移動しながらも無意識的に放っていた四属性の魔法が、威力の強弱関係なしにその全てが形作る概念を打ち砕かれ魔法を構成していたMAGを喰われた。
魔法を周囲の掃除用に回す。
流石、敵の本拠地である。相手にとって突然の襲撃だと思うのだが、捩じれ曲がったよく分からない悪魔が路地や下水から流れ込むように私に突っ込んできているのだ。
そのため数に飲み込まれないように、【クトゥルー】にちょっかいを出しつつ移動を繰り返していく。
――片っ端から滅ぼして回るつもりはないが、なるべく優先してやるべきか。
“ついで”に消し飛ばしながら、余裕がある故の“倫理”が頭をよぎる。
私が打ち砕き通り過ぎた後には粘り付く体液が周囲の瓦礫にへばり付くのを見ると、そこそこの割合で人から変異した悪魔が混じっているらしい。なるべく早く終わらせてあげるのが、せめてもの慈悲だろう。
尤も、優先しようと思ったところで、実際にばらしてみない限り私にすら『悪魔』か『元人』か判断がついていない現状では無意味な仮定だ。人を融け合わせたフナムシのようなモノは“悪魔”で、サンゴの様な群体生物が“成れの果て”であったりするのだ。霊的にも変わりすぎて判断つかないのであれば、手慰みの妄想にすら劣る想定であった。
この場は、その気持ち悪さを含めあまり転生者を招きたい場所ではない事だけが確かなものだった。
<<【クトゥルー】、動くぞ。>>
A2の警戒の声に、意識して五感を研ぎ澄まさせる。
なぜなら、この『場』の影響か、霊感の働きが鈍いのだ。
気配を感じようにも全身にヘドロを浴びせられたような不快感ばかりで探知距離が短くなっている。普段霊感に頼っている部分が大きいだけにどうにもやり難い。
<<腕? 触腕? どちらにしろ、気持ち悪いですね。>>
そうして身構えていた私に殺到するのは、粘りを帯びた液体に包まれた【クトゥルー】の触手らしきものの大群だ。
ビルとビルの間。直径が1mにもみたない触手が、何mもある道を何万本という数で埋め尽くし這いずり伸びてくる光景は言葉の通り“気持ち悪い”。
一応別の悪魔を召喚したのではないかと魔法を撃ち込んでみるが、耐性的にも【クトゥルー】の腕で間違いなさそうだ。
<<『峻厳の剣』起動。焼き切るぞ。>>
私よりも先にA2が我慢できなくなったらしい。私から操縦権を奪ったA2が自身の『スキル』を発現させる。
両腕のレーザーブレードが起動し、ルビーのように赤く煌めく刀身が五か所の噴出口から溢れだす。試すように軽く振るった腕の動きに、刀身が伸びるように切り離されごっそりと触手の大軍を焼き払っていった。
火炎属性の貫通攻撃。それが【クトゥルー】の耐性を軽々と焼き貫いていったのだ。
<<耐性貫通確認。――やはり、霊格はそんなに高くないな。>>
<<霊感が晦まされていますが、大体私たちと同じかそれよりも低いぐらいで間違いなさそうですね。動きも鈍いですし狂気に対する耐性さえあればそう脅威でもなさそうです。……それより、操縦権を奪う前に一言くださいよ、A2。>>
<<呑気に観察なんてしているのが悪い。>>
<<今日は情報収集をするって決めたの忘れていません? ――それに、攻撃はあんまり意味がなさそうですよ?>>
腐り落ちるような気配と共に地面を突き破り飛び出してきた腕を、軽く焼き切りながらその大本に視線を向ける。
“目”がこちらを見ている。見られただけで、纏わり付くような不快感を与える“目”が。
じっと粘っこい視線を私に向け、むくむくと一物を膨張させていく姿にダメージは見受けられない。それどころか、私たちが切り払った腕も、ブクブク泡立つように膨れ上がりその姿を元に戻していく。
<<地脈との接続……それも表層を掬う様なものではなく、がっちりと根元まで根を伸ばしていますね。>>
<<ふん、同じLAWだ。メシア教の地脈改造と相性がよかったのだろう。『侵食』も『狂気』も両者の十八番だしな。>>
<<やれやれ。メシア教の碌でもない本質がお仲間に最大限の助力をしているという事ですか。>>
<<……似た者同士、ここはさぞ居心地が良いのだろうよ。>>
おもちゃでも欲しがるように伸ばされる腕も、集まってくる眷属も脅威ではない。適当に焼き払いながら観測しているが、そうして見えてくるのは底なしの回復力だけだ。
<<強さとは違う意味で厄介ですね。これは『大人数で回復力以上の攻撃をし続ける』か『一撃で霊格を吹き飛ばす』かのどちらかでないと討伐が難しそうです。>>
「Pllaye,by7wanwxxqo..ozoie8/diz!!」
<<少数精鋭ではダメだな。削り切るより先にこちらが消耗する。>>
「gFQ,co0)kji~~kazueib{3jalzneiogob!!!!」
<<継続火力に優れた転生者を集めればどうにか、というところですか。――強くないのに面倒な相手ですね。>>
敵の声の余波で幾つものビルの残骸が粉砕されていく。
街並みを崩していくので回避がし易くなっているし、巻き込まれて潰れていく敵を考えるとこちらに利になっているのだが良いのだろうか。
「――%(-maWw39mbV:z`{{@b\nmanp;a!!! ~!:vl>oiSaob_ia<m}np*weaiOkJdklfs#doi;!!!!」
あまりに鬱陶しく話しかけてくる声にイラついたので刀身を幾つか本体に飛ばしてみるが、よく分からない言葉とともに回復されてしまう。
おそらく見えている本体を消し飛ばしても、地脈と繋がっている霊体が生き残っていたらそこから復元されるタイプの敵だ。それ以外は特殊な権能などはなく、純粋に高いHPと毎ターン回復が厄介といった感じか。
そのまま剣戟を飛ばしたりミサイルを撃ったりとしていくが、やはり回復を上回れる様子が無い。
貯め込んだMAGを消費させることは出来ているのだろうが有意なデータは取れていないので、本当にただの雑感でしかない。このまま延々と削り続けたら勝てるのであればやるが、どうにも手応えが無くて討伐の自信が持てないのがやる気を削いでくる。
『マスター。こちら武蔵。狩人殿の脱出を確認しました。』
仕方が無いので割り切って色々状態異常を試していると、武蔵からの通信で本来の目的が達成されたことを知らされた。
<<……まだ脱出してなかったんですね。>>
<<どうする? 切り上げるか?>>
すっかり忘れていた。まあ、放っておいてもしぶとく生き残る奴ではあるからどうでもいいか。
<<そうですね。状態異常耐性も一通り調べましたし切り上げますか。>>
<<了解。OB作動させる。>>
しつこく伸ばしてくる触手を適当に処理し、
<<気持ち悪い相手でしたけど、WGⅡの試運転にはちょうどいい相手でしたね。>>
<<確かに適度に動く的としては使えたな。……もう一度使いたいとは思わんが。>>
都市郊外で待っている航空ユニットへの道中の軽口は、鬱屈とした空気に包まれていた都市から抜け出した故の開放感からか。街で戦っている時に感じていた不快感が離れるごとに減っていく。
<<接続前に一度機体表層を焼き清めた方が良いかもしれないですね。>>
<<支部にも普段以上の洗浄用意をさせておけ。ああいったモノはしつこいぞ?>>
<<そうですね。早く帰ってお風呂に入りたいです……。>>
そう言えば一昨日から風呂に入っていない事を思い出した。帰ったら浄化のためにもまず風呂に入ろう。
嵐に襲われ荒れ狂う天候の中、私はそんなことを考えているのであった――。
そうして帰還した私は、久しぶりに自身のメンテナンスのために厳島異界にやってきていた。ちょくちょく霊体を調律しながら騙し騙しやっていたのだが、一度本格的に治療をしておきたかったからだ。
勿論、厳島異界で祭る神は医療や薬に関わる神ではない。そのため『権能による医療』が受けられるわけではない。
しかし、現代の日本では有数の霊地となっているので、自己回復力の増強などは十全に行えるようになっている。と言うか、下手な弱小医神が直接治療するより、ここで大勢に開放しているスパの方が霊的には効果があったりする。
星霊神社の“温泉”と似た様なものか。悪魔の力ではなく、より自然なMAGが豊富にある事が人間に対して好影響をもたらすようになっているのだ。
私のあてにならない考察だが、
それは兎も角、厳島異界の一角にあるスパは宗像三女神を頂点に、海外から避難してきた『水』関係の神格などを組み込んだ一大レジャー&療養施設となっている。
そのVIP区画――黒札や一部金札&神格のみ使用可能――の個人浴場で私は風呂に入っていた。
『湧き水』ではなく『海水』を使っているから塩湯治と言っていいだろうか。
光の加減で透き通るような黄と褐色の間を行き来するやや粘度のある湯は、神の手によって直接生み出された海水に各種薬草や海藻の成分を溶かし込んだ薬湯だ。
効能としてはよくある温泉の全部乗せだろうか。魂と霊体を癒すので割と雑に効くのである。魂ではなく肉体由来の先天的な異常であれば、何にでも普通に効いたりするので予約が絶えない人気の風呂であった。
唯一の欠点は傍から見ると匂いといい色合いといい、調理されている光景にしか見えない事だ。まあ、実際全く同じ出汁を使った料理がここでは提供されているので、あながち間違っていないのかもしれないが。
浴室には私が浸かる風呂以外に施術台が存在し、ここでマッサージを受けながら何度か湯に入り直すのが通常のコースになっている。
……ちなみにオプションで大人のマッサージ(意味深)もあるのだが、それは妄想逞しい黒札ではなく従業員からの要望で加えられたオプションであったりする。従業員の方も必死だという事であろう。
私としては後で面倒になられたら堪らないので、“説明”したうえで相手を絞ってガイア連合でも上位者とその関係者だけへの“特別な”サービスとしたら、案外人気になってしまったのは頭が痛かったが。
“俺ら”というのは何処まで行ってもバカしかいないらしい。
話がずれたがマッサージをする関係上、本来は浴室には施術者が待機しているのだが――
「何故、皆様方がいらっしゃったのでしょうか? それも転移なんぞで。――以上。」
「ふっふっふっふぅ~。この世界は私のものなのだぁー♪ なのでこの世界に来たアカリも私のものなのだー☆」
「私たちの、ね。私たちの。」
「ごめんね、止められなくって……。」
――浴室で私の世話をするべく待機していた武蔵と、その武蔵が臨戦態勢で詰問している突如出現した宗像三女神の合わせて四人に、施術をするはずの従業員は泡食って逃げ出していた。
「あぁーーーーーーーーー、生き返るぅーー。」
尚、私はそんな争いをしり目にのんびりと湯に浸かった。
しょうがないね。何言っても無駄そうだし。
「寝言を目を開けて言われるとは器用な方ですね。――マスターにはこれから私の施術を受けて体を癒していただくのです。皆様方はお部屋でお待ちくださいませ。義理がありますので最後には伺います。」
冷えっ冷えの目でシッシッと追い出しにかかる武蔵。
彼女が容赦ないのは、今回私が異界に入った時の三柱の対応のせいだろう。私に付着した【クトゥルー】の残滓が気に入らなかったのか、異界に入った瞬間大波で海に叩き込まれて揉みくちゃにされたのだ。
臭い落としと浄化の力を感じたので、神々からしたらよっぽど臭かったのかもしれない。
「ちょっと話したい事があってさ。お邪魔かなーとは思ったんだけど、子供に会いに行く時間を減らさせるのも悪いと思って――って、こらぁッ!」
「とぉ~う♪」
「お隣、失礼するわね。」
真面目に話を始めたイチキシマヒメを放置して湯舟に飛び込んできた二柱に、武蔵が分かり難く苛立ったのを感じた。
それを気にするより先に、二柱が裸になったので私は慌てて目を閉じた。倫理観が古いせいか羞恥心が現代と違うのが困るところだ。
芋洗いでなくても十人以上は入れる浴槽は狭くないので、諦めて為されるが儘になるのがこの神々と上手く付き合うコツなのだろうと思っているが……出来れば他の転生者たちは神とどう付き合っているのか教えてもらいたいものだ。
「……はぁ。武蔵、貴女もこちらに。大切な話のようですので。」
「Jud.」
目を閉じていると、武蔵が返事と共にテキパキと脱ぎ捨てられたバスローブを折りたたみ、自身も麻の上下を脱いで湯船に浸かった……らしき物音が聞こえた。
療養のために普段は開きっぱなしの霊感を閉じてしまうと、まるで何もわからなくなるのは何時もどれだけ霊感に頼っているかを思い知らされて嫌になる。
今回のボストンでの探査でも感じたが、もう少し五感からの情報を精査できるようにならないと戦闘が厳しい時がある。肉体的な限界もあるが、何かトレーニングメニューを考案しておかねばなるまい。
「それで如何なご要件でしょうか? マスターを海に沈めるよりも重要ではないようですが?――以上。」
「あれは朱莉君がデリカシー無いのが悪いと思うなー? あんな臭いをさせて女性を訪ねるなんて喧嘩を売っているようなものだよ? って、それはもういっか。」
「朱莉に用があると言っても私たちではなくてね。私たちはただの“使者”よ。」
「ってことで! ジャジャーン♪ はい、これ。」
ザーッという水音と肌に打ち寄せる波の感じが、タキリヒメが近づいてきたことを教えてくれる。
「マスター。」
「ああ、お願い武蔵。」
恐らく何かを渡そうとしているのだろう。武蔵の声色からそれを感じ取り、彼女に受け取りをお願いする。
「Jud.拝見いたします。封書が三通。中身は招待状? 内容は……差出人が違いますが、言っている事は同じに見えますが。」
「ええ、神議への招待状ね。“神”になったのなら顔を出せって事よ。」
「神になった覚えはないんですが……。」
「え?」
「え?」
「……ん?」
そこで不思議そうな声を上げられると、なんというか、困る。その反応に眉を寄せて何か言おうかと考えるが言葉が浮かばない。
「あー……それで、なんで三通も? 返事が遅くて催促でもされてましたか?」
もやもやしたものを抱えたまま肩を落として続きを促す。
「違うよぉー、差出人が違うのはただの派閥争いなのだー。」
「天津神と国津神・親天津神派と反天津神派の三つからの招待状ね。ガイア連合の中でも有力者な朱莉を自派閥に取り込みたいって色気を出しているのよ。」
「なるほど、理解いたしました。日本神話の皆様の頭に詰まっているのは蚕なのですね。それでしたらこれからは贈答品は桑の葉にいたしましょう。――以上。」
「機織系の子ならガイア連合の桑は喜びそうだなー、ってそうじゃなくてさ! この頃、朱莉君って仏教とかインド神話と仲が良いじゃない? それで
「仕事での関わりと個人的な友朋とを一緒にされても困るのですが……。」
「でも、アカリ、最近ヴリトラとは二人っきりで会ってない?」
ズズッと近づき声をかけてきたのはタキリヒメのようだ。
声の感じからして手を伸ばせば触れ合えるような距離に思える。何時もの明るく闊達な声が、何故かトーンを下げて抑揚も無くなっているのは如何なる意味があるのだろうか。
霊感一つ封じただけで、相手が何を考えているのか分からなくなるのは、随分と“人間”としてのコミュニケーション能力の衰えを感じてしまうものだ。
「ヴリトラにはインドの戦線について情報を提供してもらってますからね。襲撃を仕掛けるタイミングを計るためによくお会いしてますが……。」
現在のインド神話の主神側と敵対関係にあるおかげで、情報の出し渋りが少ないのも彼女を重宝する理由である。
多神連合の戦力推移やそれに対応する過激派天使の出現数の変化などは【メルカバー】を回復状況を探るのには必須の情報だ。
だが、多神連合としては自分の所の戦力を知られたくないのかよくそのあたりを誤魔化してくるので、その分ヴリトラからの情報が貴重になっている。
そのため、時間が出来たら呉にいるヴリトラの分霊と交流を深めていた。
「それがみんな気になっているのよ。ガイア連合支部長を自分の所に欲しいって神々は多いし、もし朱莉が自分たち以外の神に取り込まれたら
「純粋に超々高位霊能者として朱莉が欲しいって所もいっぱいあるけどね~♪ ぬっふっふー、神議に出たら『神』と認められるからみーんな招待してるのかもねぇ? 同じ神なら“一緒”になっても可笑しくないし☆」
「今までにも朱莉君にそう言う声をかけてきた神は居ないの? ほら、ヴリトラとか警戒した方がいいと思う。朱莉君、そっち関係はだらしないし。」
「ヴリトラとは情報交換以外は一緒に舞台を鑑賞するのが主ですよ。『ほれ、わえと酒盛りをしたいとか言わんのか』とか言われますが。まあ、彼女なりの冗談でしょう。」
普通の神々相手と同じように宴会に誘えないのは異文化コミュニケーションの面倒さだ。相手側の文化・神話体系に合わせた持て成しをしないと、何処に逆鱗が在ったものか分かったものではない。
ヴリトラの場合は、シェリルに頼まれて個人的に保護しているアメリカ人アーティストに与える仕事ととしては丁度良いのだが。
「本当かなー、本当に冗談かなー。……本当かなー?」
「ええ、怪しいわね。なに、朱莉。もしかして“やっちゃった”りしたの?」
「ええ!? ダメだよ?! 朱莉君はうちの子なんだから!」
「妄想逞しい方ですね。マスターが何時、貴女方のものになりましたか。――使者としての用事が済んだのでしたら、早々にお退き下さい。マスターにはこれから施術を受けていただきますので。――以上。」
「それなら わ・た・し・が☆ やってあげよっか? 外で口外できないようなあーんな事やこーんな事もやってあげるよ?」
「ふふふ、特別オプションコースを希望なら頑張るわよ?」
最初の湯治の時間は何分だったか。いい加減マッサージの方に移行しないとのぼせそうではあるが、姦しくも楽し気に盛り上がる女性陣に、私は一人肩身を狭くして沈黙をすることにする。
ハッチャケている感じはあるが、神というのも四六時中信者に囲まれていては肩がこるのだろう。たまには、こうも騒がしく敬われない感じを楽しんでも良いだろう。
湯から上がれば異界内漁港で水揚げされた魚のコースに、厳島の子供たちが待っている。あまり遅くなるようなら療養は切り上げるべきだろうか。
そう私は諦めて、のんびりと湯舟に肩まで浸かり直す。
どうせ一仕事した後である。ちょっとぐらいダレても良いだろう――と思考する間にも、私は眠りに落ちていくのであった。
今回の前半の話は狩人にとってハリウッド映画のシリーズ最終話・クライマックスシーン的な場面になります。
ボストンで魔人が友であったことを突き止め、二人の秘め事を挟んでからの脱出の場面ですね。
きっと主人公がドンパチやっている時に、狩人は狩人でボス相手に盛り上がっていたでしょう。
【クトゥルー】君、実は万能属性状態異常付加の攻撃をバンバン繰り出しているんですが、主人公たちには全く脅威に思われていないという……。
半終末前環境で出現してからMAG貯めたおかげで、ステも魔人ぐらいは強くなってはいるんですが……。
狩人が脱出するまでの囮で倒す気も無く、初回で様子見しているのもあって戦闘描写を削る事に(汗
予定では悍ましさをバンバン出すはずだったのに……。
ちなみに仲悪い感じに描写した狩人とは↓の感じです。
主人公→狩人『どんだけ資材持っていく気だお前?! 利確に半世紀とか舐めてんのか?』
主人公←狩人『安全な日本にはそんなにいらないだろ? そんだけあるんならもっと寄こせ!』
なお、支援すること自体は両者合意済みで何時も方法については一緒に頭を悩ませている模様。
きっと映画だと主人公は毎回最初の方にちょろっと出てきて嫌味を言う役ですね。
作者は普段はお互いに悪態を吐きながらも仕事はきっちり協力する関係とか好きですw
狩人ニキは荒んだ口調だとカッコいいんじゃないかと勝手に思っています。