【カオ転三次】DRUG FATE   作:石は転がる

103 / 129
69話

 

<<――9S!>>

 

 衝突。破砕音。回る世界。

 背から体を貫く衝撃に、忘我から意識を取り戻す。

 

 ――ふわふわと漂う意識。ここは何処だ?

 

 合一した四肢を大地から起こす間もなく、サブパイロットの2Bがオーバードブースター(OB)を吹かし、景色が光の線となって通り過ぎていく。

 

「――…? っぶ、ごほっ、げっふ。」

 

 体を押し潰す慣性。絞り出された肺に空気を取り込もうとし、己の血に溺れる。

 揺れるだけの思考。――何度も体験した馴染みのある感覚。

 それに、自動化したルーチンで、忘失から一つずつ状況を拾い直す。

 

 乾いた大地。枯れた緑。何処までも続く平坦な世界。それを区切るかのように切り立つ山脈。

 大地から染み出る様に湧き出し続ける混沌の眷属。空から見下すように嘲る天界の汚濁。万軍と千軍が無秩序にぶちまけられたかの様に混ざり合い、己の尾を喰う蛇の様にグルグルとその身を喰らいあう。

 敵からの攻撃――…回避の動き。私の手から離れた身体がクイックブースト(QB)を途切れなく破裂させる。

 私が呑気に景色を見ている間も、機体は天も地も無くロールしながら死線を踊る。振り回される勢いに、何時ものように機体が自壊し続け、同等の速度で自己修復(治癒促進)し続ける事で帳尻を合わせる。

 痛み。

 茫然とした頭に、それだけがはっきりと染み渡る。

 

『愛いのう、愛いのう。神の玩具が妾に心奪われるとは。』

 

 混濁した意識の狭間に溶け込むように声がする。

 機嫌がよさそうな、囁き。女性の声。嬲る様に耳元をなぞる吐息を感じる。

 

『淫婦がぁぁああ!! 邪魔をするなぁあああああ!!!!』

 

 激情。透き通った女性の声。色香ではなく清純な響き。輝きの轍。

 それが怒りに染まり、周囲に叩きつけられている。

 

 ――似合わないなぁ。

 茫洋としたまま内心に言葉が浮かび上がる。

 【メルカバー】。知恵を持ったが故の苦悩を抱え、それでもこれまで“神と人とを繋いできたモノ”として“愛”を志しているモノ。

 何度も戦い、何度も話し合ったが故の理解。或いは決めつけ。

 “彼女”は“天使”の在り方から外れていた。

 いや、それは“悪魔”として呼び出された“天使”全てに言える事か。神の道具でしかない天使が好き勝手動いている現状は、元来の在り方から外れたとしか言いようが無いのだから。

 神に与えられた職権に従い(めい)も道理も無く動くような外れ方と、彼女の外れ方はまた違っていた。

 

 “神の王座”“神の戦車”。

 そうあれかしと定められた機能。他の天使以上に密接に神と繋がる役割。神を運ぶ、もしくは神の“意”を伝えるモノ。

 その在り方として、メルカバーは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうであればこそ、メルカバーに迷いはなく。

 そうであればこそ、メルカバーに苦悩はない。

 

 ――ならば、今もメルカバーは“神意”と伴にあるのか……?

 

 違和感の正体。

 四大天使以上に自由も意志も縛られ道具であるはずのモノが、自己の考えで動いている現実。本霊に近い高位の上級天使ですら壊れ果ててしまっている事を示す実証。

 これは“悪魔”となったが故にメルカバーが歪んだのか――或いは、四文字こそが腐り果てたのか。

 

<<そんなことはどうでもいい。早く操縦を変わってッ!>>

 

 悲鳴の如き嘆願。飛んでいた思考が戻ってくる。

 目の前を通り過ぎる最高位の魔法。こちら牙を剥き、そのままひき潰される獣。返り血を棚引かせながら狙いをつけた銃口が、通り過ぎ様に天使を撃ち落としていく。

 戦場だ。

 完全に四方を『悪魔』と『天使』に取り囲まれた混戦模様。回避にクイックブースト(QB)を吹かす度に、機体に当たった悪魔が弾け飛ぶ。

 

 空が、狭い。

 

<<……っ――I have!>>

 

 オーバードブースト(OB)起動。

 血煙に消えゆく悪魔を振り返りもせずに衝突に軋む機体に無理をさせる。

 同時に自己を再認識。

 侵されていた“心”を取り戻した時に起こる、脳裏にへばりつく独特な酩酊感――『魅了』の残り香。

 意識を取り戻してみれば、2Bの保有MAGががっつりと減っているのが感じられた。脳髄にこびり付く甘い堕落を振り払い、受動的に垂れ流していたMAGを能動的に吐き出す。

 

<<すいません! 認識補填を!>>

 

<<【魔人 マザーハーロット】の奇襲だ! 推定:女帝のリビドー!>>

 

<<――精神防壁を抜かれた?! まさかっ……!>>

 

<<『貫通』ではない。『権能』だ!>>

 

 団子になって相食む悪魔からの離脱しながら機体を確認すれば、常駐している精神防護術式がへし折られている。

 『貫通』の様に鋭く貫くように防壁に穴をあけられたのではなく、単純に“出力”の違いで押し潰されたのだ。

 

<<ちぃっ、これだから高位悪魔は!>>

 

 ぐちゃぐちゃに気配が混ざった空間を脱し、戦況がやっとわかるようになった。

 “天使”と“悪魔”の地獄のような混戦と、【メルカバー】に対して【マザーハーロット】率いる軍勢が攻めよせている戦場の二つに分かれている。

 “悪魔”の数が多い。LVは低く雑魚ばかりとは言え、万を超える悪魔が今もなお湧き出している。自然発生ではなく、【マザーハーロット】に呼び出されているのであろう。

 

<<馬鹿な。何処にそんな余力があった?! 前回の出現から一月と経っていないはずだぞ。>>

 

 海から陸に上がるかのように、虚空から染み出し上陸する雑魚を片手間に処理しつつ、“眼”を見開き【マザーハーロット】を覗き込む。

 “望まれた不幸の化身”に“蔑まれた王冠を戴く獣”。

 噎せ返るような大バビロンの色気。服従と支配を敷く獣の権威。

 その力に、陰りが無い。MAGは充実し、霊格に零落が見て取れない。

 嗤い声が降り注ぐ。

 女が、獣が、笑う。

 血みどろの戦場を愉し気に見下ろし、杯に溜まった血を飲み干し(かんばせ)を赤く染める。

 ――其れは正に、“妬まれた繁栄”そのものだ。

 

<<【マザーハーロット】の霊威が復活している? ……ああ、糞っ! 理由は分からんが邪魔だ。両方に仕掛けるぞ!>>

 

 頭の中でグルグル回る『何故』『どうして』を投げ捨てる。

 事前想定の一切を破棄。

 この“眼”で見たモノだけを判断材料に【メルカバー】も【マザーハーロット】も削ることを決定する。

 

 再築した精神防護術式を最大出力。欠落・崩壊した機体要素の復元に有りっ丈のMAGをくべ、加速の反動に備える。

 ――MAGが足りない。

 オーバードブースト(OB)解除。貯蓄しているMAGが目減りする速度が幾らかマシになる。その代わりガクッと落ちる速度。熱の壁を叩き割っていた世界から、音を超えた世界へと舞い戻る。

 ――苦しい。

 それでも、MAGの生産よりも消費が激しいせいで削れていく霊格に、脳裏に弱気が通り過ぎる。

 残存するMAGの概算。自身の限界点の算出。【メルカバー】相手に小手先の手札は既に無い。【メルカバー】の損耗、【マザーハーロット】の隆盛。計算に入れるべきものはたくさんあるが、そこに頭を働かせる余裕はない。

 ――最後は勘だ。

 

<<一度だけのとっておきだ!>>

 

 腕の肉を毟られる感覚。肩を削がれる喪失感。――機体の腕部と肩部を電子格納。

 パテや死肉で雑に元の形を取り繕う嫌悪感。 ――武器腕と肩部ミサイルの展開。

 パーツの換装を乗り越え、概念の書き込みに機構がフル稼働する。

 

<<速写のために超過駆動に設定。概念付与開始。選択概念:硫黄と火の雨。……積載概念:過剰によるパーツ側の負荷増大。これは一発でお釈迦だな。>>

 

<<どうせミサイルを再生成余裕はない。一撃もてば良い。>>

 

 無遠慮に体中をまさぐられ、己を構築する概念をしゃぶり尽くす様に模写されるのは何度経験しても慣れるものではない。それが一発二発ではなく何十発も一度に行われれば苦痛も一入だ。

 噛み締めた口から洩れる錆び臭い喘ぎ。自己を認識するためには、そんな生臭さが貴い。

 

<<爆破の空間座標:設定完了。9S、巻き添えに出来る様、包囲はするが期待するな。>>

 

<<【マザーハーロット】の取り巻きを落とせれば十分だが……欲を掻くのは良くない、か。>>

 

 敵を避け、地表を舐めるように移動しながら上空の戦闘を観測する。

 残念ながらメルカバーもマザーハーロットもこちらから意識を逸らしていない。こちらが何をしても対応できるように余力がある。格下相手に随分と過分な評価を下しているらしい。

 ――糞ったれめ。

 

<<――全弾発射ッ!>>

 

 ハーモニカのように長く前後に伸びるコンテナから吐き出されるミサイルが、上空へと高く高く昇る様を見届けてからパーツを剥離。腕からは地に沿い広がるミサイルが目標下まで這い寄り、鎌首をもたげる様に急上昇を掛ける。

 

『ホッホッホッ…なれも宴に参加するかや?』

 

『大人しく逃げ帰っておけば良かったのにッ……!』

 

 愉悦と憐憫。対照的な言葉なれど、その反応は劇的に似通う。

 迎撃だ。

 骸骨頭の女は黄金に輝く杯を掲げ、溢れ出た黒い黒い血を雷となって空に広げ、騎乗者の意を受けた乗騎が大口を開け紫電の網を投げる。

 車輪の女は煌めく剣を掲げ、零れ落ちた神威の稲妻を暴れるに任せ一振りにて虚空を埋め尽くす。

 

 邪と聖。

 二つの有様は真逆ながらも、空を彩るのは雷電一色だ。

 両者とも周りに群がる有象無象の悪魔を気にも掛けずに攻撃を放ち、それにより数多の弾頭を撃ち落としていくが私のミサイルとて負けてはいない。

 込められた概念の重さで無理やり突破する物や、撃墜されようが不完全な爆発により迎撃を喰い散らかし後続への道を作る物。ひどくスマートに網を掻い潜る物もある。

 それでも、数が減った分だけ迎撃の密度は増し――二柱の悪魔の意識が僅かながらでも私から逸れた!

 

<<突っ込むぞ!>>

 

 その瞬間自壊し、破壊を開放するミサイル。

 一発で破壊範囲が㎞に上る弾頭の多重爆発に、白く漂白された世界は見た者が塩の柱になるほどのものだ。

 ――この場に“眼”を開けれる存在は、()()私を除いて存在しない……!

 翼を伸ばすように展開したオーバードブースターが焔を吐き出すに合わせ、撃ち尽くした腕部が欠落しレーザーブレードを抱えて現出する。

 プライマルアーマー(PA)を凝縮固定。自身の齎した破壊の本流を正面から突っ切るッ!

 

 白く染まった世界に付着する破壊の残り香を押しのけ、一直線に天に向かって昇る。

 肌から布一枚隔てた先に渦巻く破壊。じりじりと削られる布の厚みに背筋が凍っていたのは如何ほどの時間だっただろうか。

 

<<抜けたッ。>>

 

 実際は数秒も無い時間が永遠に感じられた先。そこに到達した時に感じられたのは安堵ではなく焦燥だ。

 瞬時にレーザーブレード展開。

 

『来ると思っていましたよ、人よ……!!!』

 

<<そこは油断していて欲しかったなぁッ!!!>>

 

 雷鋼の剣を、呪詛のブレードで抑える。ミサイルの爆発に防御を固めるよりも、姿も捉えられなかったはずの私の迎撃を優先されてしまったのだ。

 ――嫌な阿吽の呼吸だな。

 衝突の衝撃に、爆発で翼が消し飛び露わになった胸の稜線が揺れる。傷つき瞳に光をなくしている鎧の聖獣。罅割れた車輪は破片をまき散らしながらもメルカバーを支えていた。

 満身創痍。もしかしたらこの場で討ち取る事が出来るのではないか――そんな希望を抱いてしまいそうな有様。

 

 それを見ながらも、機体の内部で私は皮肉に笑う事しかできない。

 破損の程度ではこちらも負けてはいなかった。

 限度を超えた強化魔法に自壊し続ける機体は、復元の影響でMAG結晶をまき散らし続け、機体を煌びやかに輝かせる。そのくせ、駆動に関係の無い装甲なんかは復元を後回しにされているせいで、血痕にへこみや土埃で無残な有様だ。

 討ち取られるのは果たしてどちらか。動くだけで血反吐吐く状態で、そんな“希望”に縋りつくのは夢遊病者の在り方だろう。

 MAGが足りない。オーバードブースト(OB)は解除。空間固定術式で足場を作り、空を踏みしめる。

 

 予定調和のテンポでワルツの如き剣劇を踊る。

 右に左に、上に下に。跪き手を伸ばすようにブレードをかち上げ、貞淑に爛漫に紳士に手の甲を許すように剣を振り下ろされる。踊る様に間合いを変え、抱き着くようにお互い()()()合う。

 

『妾を無視し、踊りに興ずるかッ! メタトロン!!!』

 

 そんな私と【メルカバー】に水を差すのは、またしても外野から無粋に舞台に上がってきた“悪魔”だ。

 泡立ち噴き出す杯を掲げ、ぶちまけた汚濁によって空間を瘴気で満たす。苦悶と嘆きを煮詰めたドドメ色に、粘つくような甘ったるい匂い。

 それに、空が腐り落ちた。

 行き過ぎた豊穣が腐乱を呼び、輝かしき栄光が退廃に染まる様に。【マザーハーロット】に平伏した世界が須らく失墜の悦楽に沈み込んでいく。

 私と【メルカバー】は示し合わせたかのように退避。

 跳ねる様に機体を振り回し、中心から距離を取る。連続して吐き出されるクイックブースト(QB)の強烈な推進力。耐えきれずに機体の各所から割れる音が連鎖する。

 

<<なっ、精神防壁全損?! 精神汚染を確認! 耐えろ、9S!!!>>

 

 それに気を取られたのが悪かった。

 回避の合間、ほんの一滴の汚濁がプライマルアーマー(PA)もすり抜け機体に付着する。

 ――私の霊格に染み込む芳醇な葡萄酒の香気。心地よい()()の酩酊。

 

 それは、血だ。

 今この瞬間にも刻々とすり減っていく人類から絞り出された血だ。

 捧げられた祈りも悲嘆もまとめてミキサーにかけたようなどろどろのマグネタイト。

 今際の抱擁。伏臥の哀切。無筆な信仰。無道な殉教。慈愛の殺戮。報讐の汚穢。

 ――その底に潜む原罪を背負いし血。

 

<<そ゛う゛言う゛絡繰り゛か゛ぁ゛!>>

 

<<――っ9S?!>>

 

 体内のMAGを弾け飛ばして無理やり精神異常から逃れる。

 激情が湧き出す。怒りに荒れ狂う。憎悪に身を焦がす。嫌悪に身の毛がよだつ。

 私は、激怒した。

 その血を飲み干し酔いしれる【マザーハーロット】にも。

 千の時を二回超えて尚、未だに死者に縋りつく人類にも。

 ……昔メシアンに会うたびに無関係にあふれ出た感情。今では【メルカバー】と相対した事で、その理由を思い至った悲痛。激情に突き動かされた動きに、冷静な“私”が戦況判断の観点からゴーサインを出した。

 吶喊。

 

『炎・雲・導きの柱! 燃え立て我が身! 我が頭上にて四十九の宝玉は輝く!』

 

 普段は使用していない体質を開放。無色化していたMAGの尽くが浄化の色を取り戻す。

 私の存在自体が破魔の属性を帯びる。白い機体に金の意匠が現れ、内から溢れる光に輝く。放出したMAGは世界の汚濁を浄化し、くっきりと機体の背後に後輪を描く。

 私は、その姿を知っている。何せ、つい先ほどまで切り合っていた。

 ――それは、何処を見ても“天使”のようで。

 

『ホォッホッホッホッ!!! 怨嗟をくべろ、妬心に染まれ! 濁世の薄絹こそ、妾の衣よ!』

 

 そんな私を呵々と哄笑が迎え入れる。

 赤い獣に跨る女。真珠の肌を紅紫と紅桔梗のドレスに身を包み、宝玉と黄金の杯が不気味な紫煙を垂れ流す。

 衝突。

 女を狙った剣戟が獣の王冠と角によって阻まれる。硬い。左のブレードは横から噛みつく首を逸らすために使用。首を掻っ切り、伸びた首をへし折り前進。牙を無視して女を直接狙う。が、杯から溢れ流れる奔流。咄嗟の反転。勢いを止められた。

 

『メタトロン、なれも呑まれよ。十字架より流れる血は甘美なるぞ?』

 

『一人で呑んでろ、女やもめ。』

 

 女が口に含んだ液体の力を開放。まき散らされる破壊から逃れ、降りかかる余波に身を浸し、“心”を揺さぶる誘いを踏破する。

 【メルカバー】が一人で戦っていた理由が分かる。これは嘗て在りし()()()に繋がる者ほど問答無用で引き摺り込まれる。天使では【大天使】クラスでなくては抗う事すら難しいだろう。

 対四文字()()に特化した存在。奴らにとって耳障りの良い終末を語り継いだ故に、奴らの()()()()勝てない『ご都合主義の悪役』。

 ――かちりっ、とピースの嵌る音。

 前々から考えていた計画の鍵になる――そう言う直感が沸き上がるが、戦闘には関係ないので大事に胸裏にしまい込む。

 

 思考が幾重にも重なり合いながらも、私は予断無く再び切り込む……のを却下。踏みとどまり緊急回避。振り回される血袋の体は、視界を忙しくハレーションさせる。

 そうして私が離れた矢先、マザーハーロットが二重三重に風に圧し潰される。渦巻く疾風、轟く豪風は、嵐の夜のおどろおどろしさだ。

 

『ぬぅぅううううう?!』

 

『汚らわしい。疾く滅びよ、魔人。』

 

 燦然と光輝を棚引かせたメルカバーの一撃だ。汚染を防ぐための全力の光輪が眩しい。握りしめた拳を突き出し、風を操る姿は毅然としている。

 ――そこに、余力は見られない。

 私と同じだ。流れた汗に髪を顔に張り付け、千切れ飛んだ翼は修復されていない。散々二人で繰り広げた前哨戦の消耗が重く体にのしかかっている。

 お互い損耗が激しい。“終わり”は近いが、“終わらせる”には【マザーハーロット】が邪魔だ。転機がいる。秩序だった終幕のための転機が。

 それを二人から離れた位置から静かに窺う。傷つくことに狂い笑う女を、余裕のない女が険しく顔を顰めながらも全力を賭して封じ込め、滅ぼさんと力の限りを尽くしている。

 その時、鋭くマザーハーロットをにらみつけていた目が、ふっとこちらを向いた。

 澄んだ瞳。強い意志。過る迷い。訴えかけへの逡巡。……隠しきれない信頼。

 

 ――目が合った。

 

<<2B、『月光』を起動させろ!>>

 

<<いいのか? “切り札”候補だと言っていたが?>>

 

<<どうせ準備する時間を稼げなければ【メルカバー】には通じん。ここが切り時だ!>>

 

<<――了解。補助できなくなる、気を付けて。>>

 

 遠ざかる2Bの気配。膨れ上がる情報負荷。処理が重い。仲魔(式神)の有難さを痛感する。

 逡巡……をすることなく私は機体を停止させる。阿呆な私は、メルカバーを()()()のだ。

 宙に立つ機体。奇妙な静けさ。戦場に停滞が起きる。

 

 それに構わず手持ちのレーザーブレードを格納。“特別な”一振りを装着する。

 鈍色のフレーム。音叉の様に分かれた刀身の根元を覆うカバー。そこにこっそりと刻印された『月光の大剣』の銘は製作者たちのユーモアだろうか。

 苦笑。肩の力が抜けた。

 

『満ちろ、古き月光、鎮魂の大鎌。』

 

 2Bの声は反響する様に空へ吸い込まれていく。

 脈動。重量感のある武装は、その質量に見合ったMAGを喰い散らかしその身を震わせた。

 

『月の運行。生と死の定め。我が支配の元、定命をここに刻む。』

 

 虚空に儀式場が展開される。球状の立体魔法陣が機体の周囲を衛星のように回り、機体が背負う魔法陣が歯車の様に連動してその機能を解き放っていく。

 運命規定機構。運命操作系権能の破滅拡張。規定された“終わり”に吸引させ、対象を自壊させる自己破綻攻撃の装填が始まる。

 

『欺瞞の放言を開示せよ。虚飾の代価を徴収せよ。我が瞳に映る罪の裁定を受諾せよ。』

 

 他方、押し留められた【マザーハーロット】の周囲に解凍された術式が、2Bの視線に合わせ『大バビロン』の様態を読み解いていく。空虚を剥ぎ取り本質を値踏みする裁定者の眼球。血の涙を流し続ける眼は、何人たりとも欺くことを許さない。

 終演破局観測。運命感知系権能の破綻収束。迎えるべき“終わり”の策定。“そうあるべし”と結実する終端への一本道に狙いを定める。

 

『秘密は今明かされる。暗然を友に眠れ罪人。かくして鍵は掛けられた。』

 

 操縦権の剥奪。

 掲げられた腕が外へと伸ばされ、かくて剣は薙がれた。

 

 ――青く、白く、不透明に、透き通って、不確かな輪郭の、朧げな刀身。

 

 何時構築されたかも理解できないまま、一振りで役目を終えて消えていく。

 儚く溶ける様はまさに月光で――

 

『――……っっっぁッぁぁぁ゛ぁぁああああ゛ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!?!?!?』

 

 ――静かな夜を思う時を、喚き散らす女の蛮声が不快に塗りつぶした。

 濁り汚い悲鳴。尻尾を巻いた獣の鳴き声。死の快楽を自分で堪能する事になった呻きだ。

 

『…っ……もちません、ね。』

 

 時同じくして、メルカバーの腕が力なく垂れさがる。

 深刻なMAGの欠乏による脱力。拘束に束縛を担っていた清風がほどけて消えていく。

 それにより嵐からも邪眼からも解放された【マザーハーロット】が白日の下に晒された。

 暴漢にでも襲われたように剥ぎ取られた衣装。焼け爛れた玉肌に蚯蚓腫れが蠢く。血を垂れ流す体躯には牙の跡が弄ぶようにわざとらしく残っている。

 ――伝承の末路としての霊格の零落。滅びの訪れによる因果の到達。“決まり切った”結末の成立だ。

 

<<……ちっ、やはり、MAGが、足りん、か。>>

 

 その決着を私は不満げに吐き捨てる。

 血が足りない。ただでさえ枯渇していたMAGが、多大な消費に己が尻尾を喰うありさまだ。血肉の還元に物理的に体が軽い。

 そのせいで【マザーハーロット】を殺せなかった。権能の正常稼働が出来ていれば地上に出現している分霊の一切を滅ぼし、暫くは再召喚も不可能に出来たはずだったのだが、中途半端な攻撃のせいで霊格を欠落させた程度のダメージしか与えられなかった。

 ――まあ、事前の想定通りではあるのだが。

 使用を決断した時にすでに想定済みなので悔しさはない。僅かな期待は夢想家の望みにも劣る妄想だったというだけだ。

 

<<2B…わる゛い、が……帰投、を…頼む。>>

 

 意識の白濁が酷い。

 想定していたが、『月光』は軽々と振るうべき剣ではない。自損による破損を観測したパイロットスーツの、締め上げる圧力の痛みがどうにか私を現世に留める。

 MAGが足りない。MAGに飢える。今なら喜んで黄金の杯の中身を飲み干せそうだ。何なら輸血にだって最適か。ブラックジョーク。意識が散らばり遊んでいる。

 

<<了、解。航空ユニットと合流する。>>

 

 権能の負荷に苦しむ2Bの方が余裕がありそうなのが笑えない。

 着地の衝撃。身体に響く。痛い。

 機体強化術式の減衰に、少し息をするのが楽になる。跪き2Bが見つめる先には、墜落し今も地面でのたうち回るマザーハーロットの姿。警戒が馬鹿らしくなるような痛がり様。

 

 いや、違う。

 2Bが見ているのはその上空。

 流れた血を戦化粧に泰然と空に鎮座するメルカバーの横顔だ。

 しきりに周囲を見渡すのは残存する天使を探してか。いくら探したところでとっくの昔に諸共炎で焼いたので姿を見せる事は無いのだが。マザーハーロットに専念していたので気が付いていなかったらしい。

 暫し周囲を見渡していたがかぶりを振って諦め、その後マザーハーロットを見下ろし……再び諦める。

 倒しきるまでの算段が付けられないのはメルカバーも同じらしい。お互い随分とボロボロなのに同じ事を考える事に共感を覚えてしまう。

 

 空を見渡し、マザーハーロットを見下ろし、それからやっとメルカバーの目がこちらを向いた。

 鳶色の瞳が天色の複眼と交わる。

 疲弊と困憊の中に潜むのは何なのか。静かに揺れる色に感情が上手く見いだせない。

 お互い、ただ見つめ合い――そして、メルカバーは言葉も無く背を向けた。

 離れていく。警戒も猜疑も無く。千切れた翼、乱れた金の御髪を棚引かせ。無防備に晒した背中が意味するのは、一体何だったのか。

 

<<9S、帰投するぞ。>>

 

<<……了解。…頼み、ます。>>

 

 ちらりと最後にマザーハーロットを流し見る。

 戦力の均衡のために私から攻撃を仕掛けたことが無かったが、これからはそうもいかないかもしれない。

 金の杯。一神教教徒の苦難に酔うモノ。MAG回復の仕組みを理解できたが故に、出来ればここで退場を願いたかった。

 が、力が足りない。私には、力が。

 才能を渇望する。戦うだけでは追いつけない差は、私の限界を突き付ける。

 限界を、越えれない。極限に、届かない。修練は、壁に突き当たる。

 力が、力が欲しい。

 力が必要だ。

 力が、力が。

 ……神に、悪魔に、霊能を哀願すれば力は手に入るのだろうか。

 

 ――無様。

 

 

 十度目の対峙。

 それは、三つ巴の激化を悟らざるを得ない狂騒と狂乱の予感――そして、“鍵”を見つけた記念すべき疲憊と苦渋の記憶だ。

 





 分かり辛かったかもしれませんが、今回の最初は『メルカバーVS主人公』の所に奇襲で女帝のリビドーぶち込まれた所から始まります。
 そのため、主人公もメルカバーも最初から疲弊状態でマザーハーロットと戦闘することになっていました。
 メルカバーの御付きの天使たちが碌に援護もしてないのは、【マザーハーロット】の攻撃で『混乱』や『魅了』などの状態異常にかかって目の前の事態に夢中になったからになります。状態異常の強度が弱いので【マザーハーロット】に味方するまでは行っていないのですが、少なくとも冷静さは一欠けらもありませんでした。

 ちなみに主人公は『魅了』に掛かりましたが、修練で『魅了』時に『行動しない』という行動を選択するよう条件付けしてます。無駄に暴れたり相手に従ったりしない代わりに無力化されますが、式神と必ず一緒にいる前提があっての選択です。
 ゲームじゃなくても権能なんかがある世界なので、耐性は抜かれるものとして事前準備をしていました。

 『魅了』自体は冒頭で解けていたのですが『解除出来たぞ!よし、攻撃だ!』と行動するには主人公の才能が足りていません。急激な精神変動で『追加1ターン行動不能』になったようなものです。
 ネイキッド修羅勢なら復帰即倍返しだっ!しそうですが、こいつらだと魅了中は嬉々として仲間を攻撃そうなイメージで作者は小説を書いています。
 根っからの修羅は作中でも登場させてみたいのですが、主人公と関わりそうな部分が修行場深層からとれるフォルマの取引ぐらいしか無いので小説中に出てくることはないでしょう……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。