【カオ転三次】DRUG FATE 作:石は転がる
電気が落とされた暗い室内。迷い込んだ月光にだけ照らされた空間。
そこに一人の人影。
一面ガラス張りの窓際に立って、外を眺めている長い髪く伸びた金髪をツインテールに纏めた小柄な女性だ。
白風
支部長である藤原朱莉とはガイア連合が出来た頃からの付き合いであり、当時の幼児だった彼を“愛”したやばい奴の片割れである。籍を入れていないので世間一般では内縁の妻と言われるものだが、ガイア連合に限らず呉の裏の人間には支部長の本妻の一人と目されている人間だ。
と同時に、支部長不在時に支部員を取り仕切る呉支部長代理でもある。
そんな彼女が耳に電話を当ててどこかと会話をしていた。灯りを落とした室内で携帯画面だけが唯一の明かりとして頭を照らし、顔だけが闇に浮き上がっている。
ぼぉっと浮かぶ曖昧な輪郭。ただし、顔に浮かぶ表情は威圧感を感じるほどにとても真剣なものだ。
普段、幼げな顔立ちで親しまれている事からは想像も出来ないほど厳しい表情。責任に強張り硬くなりながらも、上がってきた情報を吟味し矢継ぎ早に許可を出している姿は責任感ある大人の物であった。
『――――では、何かありましたらまた連絡します。』
「ああ、何かあったらすぐに向かおう。」
指示や許可をいくつか出し終わり、電話が切れれば室内から光源が消える。
闇に閉ざされた室内。
庭に面した窓から飛び込む夜景の明かりは遠く、影を落とした月明かりの方が明るい始末だ。
街の光はこんなご時世でも変わることなくキラキラと、或いはチカチカと規則正しく輝き、人の営みを示している。
キラキラと、チカチカと。
瞬く光を、百仁華は電話を終えてからもじっと見つめる。
そこに思う気持ちは何なのだろうか。先ほどまでとは違う自然ながらも暗い表情は、部屋の様相と酷似しているように思えた。
「…支部に行かないのですか?」
そんな百仁華にふっと声が届いた。
部屋に、彼女以外に人がいた。
窓際から離れた室内、月明かりに照らされ辛うじて輪郭が見える百仁華とは違い、深く闇に沈んだ奥でソファーに腰掛けグラスを傾けている人影は闇に同化して黒く塗りつぶされたかのようにはっきりとしない。
ただ、唯一手元のグラスだけが時たま妖しく光を返し、そこに誰かが居ることを他者に気づかせていた。
「
「……ふふっ、初めの頃は危機管理室でハラハラしながら中継を見ていましたのに、すっかり落ち着きましたね。」
「――それを言うなら、朱莉が出撃の度に救急治療室を確保している小夜子はどうなんだ? アルコールで震えた手でオペをするなら話は別だが。」
「おや、藪蛇でしたか。」
くすくすと笑いながらグラスを回し、立ち昇った香りを楽しむのは朱莉のもう一人の本妻、
赤みがかった瞳にストロベリーブロンドの長い髪。パリッと糊のきいたワイシャツの前を緩く開け、トレードカラーである赤のネクタイが艶やかに色を差している。
手元には闇に染まり黒く見えるほど濃い赤色がゆらゆらと波打っていた。
「することが無いのでしたらあなたもどうですか?」
掲げられたグラスに招く手。百仁華が闇に目を凝らしよく見てみれば、座卓にはもう一揃いの用意がされていた。
「……結構…ん、あ、いや、そうだな……。
――私も頂こうか。」
百仁華が断ろうとし……しかし、考え直して断りの返事を飲み込み了承。
月明かりの元から部屋の蔭の中へ。窓際だとぼんやり見えていた百仁華の姿が、ソファーまでくるとすっかり闇の中で蠢く何かに変わっていく。
小夜子の対面のソファーに座った百仁華が用意されていたグラスを掲げて酌を迫り、そのグラスにトクトクトクと音を立てて注がれたワインを呷る。
「……いい香りだ。何処のワインだ?」
「これはセラーではなく倉庫から出してきたブルゴーニュですね。現地ではシェルターへの植樹が上手くいっているらしく、今年はボジョレーヌーヴォーの入荷があると聞いたので味を思い出しておこうかと。」
「どこでそんな…――ああ、欧州からの検疫所で話が出たんだな。確かにメシア教のシェルターでは小麦とブドウは最優先で育てられているらしいが、日本に輸出するほど余裕があったか……?」
「食料などの支援をしてますし、たとえ余裕が無くとも余剰を何とか捻出して送ってくるでしょうね。数々の支援の
「それで住民からガイア連合が恨まれても困るんだがなぁ。」
くるくるとスワリングして香りを楽しんで百仁華が気分を変える。
華やかな熟した果実の甘い香り。その艶やかながらも落ち着いた香りに卓の上のボトルのラベルを見てみれば、書かれているのは五年前――私たち二人ともが子供を産んだ年だった。
その事で、どうやら小夜子は大分参っているらしい、と百仁華は感づいた。
小夜子の“癖”とでも言おうか。彼女は何か気が落ち込むことがあると、前もって溜め込んでいた『祝い事の在った年』のワインを開ける“習性”がある事を長い付き合いの中で知っていたからだ。
今日この時にワインを嗜んでいるのも気が滅入っているからなのだろう。
その事に気が付いたので、百仁華は静かにグラスを傾ける。
一口、二口、と呑み、チーズをつまむ。
沈黙。
グラスから飲み干せば、お互い黙ってワインを注ぎ合う。
住宅街から離れたこの家には生活音は届いてこないが、どこからか車の重低音な排気が響いて来る。それに返事をするかのようなボオォォォっと船の汽笛が港から鳴り響いた。
「……今頃朱莉は戦闘中なのかな?」
「ナインボールの巡航速度であれば戦地に到着していてもおかしくないですね。あれは、今までの物とは違いますから。」
黙っている事に耐えられなくなり百仁華がポツリと言葉を溢せば、小夜子がやや気もそぞろに言葉を返す。
百仁華から見た小夜子は、憂いに愁眉を寄せ、伏した目が手中の水面を見もせずに映しているように見えていた。
呟きに乗る憎々し気でありながらも、苦々しく、それでいて弱弱しい感情。
そこに見える【ナインボール】への隔意、或いは厭悪に気が付くと、百仁華は思わず呆れて相好を崩してしまった。
「こんな時にアルコールを体に入れるなんて珍しい事があると思ったら、なんだ、今頃朱莉への処置を気にしているのか?」
「…………ふぅ、そうですね。医者として、あのような処置をしなくてはいけなかったことに、私は蟠りがあります。」
「三人で散々話し合い、納得した話だろう?」
「…………。
血を天使概念を濃縮した人工血液への置換。全身へのフォルマ神経網の移植。投薬による一部臓器の天使化。生殖器の摘出。そして、出撃前には免疫抑制剤と霊格励起剤を致死量ギリギリまで投与。
――【ナインボール】。
あれに乗るためにそれが必要だと理性で理解と納得をさせられた頭に、感情が軋みを上げているのです。」
「まあ、な。私だって、元に戻ると言われても抵抗があるからな。」
ナインボール、正式には【ナインボール・セラフ・ライザー】。
呉支部の叡智を結集して作られた決戦機。或いは、時代が時代なら『超力超神』を冠しても可笑しくない異形科学の産物。
それは、肉を持った“御使い”。
それは、四文字の楔から外れ、それでも尚“臨在の主”である奇怪。
それは、数百数千の天使の
それは、一つ間違えれば『神霊』を冠することになりかねない“人造の器”。
――それは、『藤原朱莉』という人間が
「機体そのものが“天使の肉体”であるが故に、より親密なシンクロをするには
……確かに、メシア教過激派がこれまで実験してきた“メシア製造計画”の接収データのおかげで『物理的な方面からの霊的な肉体改造技術』という方面は著しい飛躍を遂げました。
しかし、それでも。
“医者でない私”は、『もしも』があるのではないかと、不安でたまらないのです。」
「そんな“もしも”はあり得ないッ! ……――すまん、声を荒げた。」
懺悔するように震えた声で内心を吐き出している小夜子。
それに口を閉じて相槌を打っていた百仁華であったが、“もしも”という言葉に思わずかっとなって叫び、我に返った。
これでは八つ当たりだ、自分の不安を当たり散らして誤魔化してしまっていると、百仁華は跳ね上がった鼓動を落ち着ける様に深呼吸してからそっと声を落として諭す様に言葉を出す。
「なあ、小夜子。そんな“もしも”はないんだ。
だって、朱莉は
だから、そんな“もしも”は、無いんだよ。」
「…………。」
「勿論、朱莉が幾ら計算しても計画に『予想外』は毎回発生していた。
――でも、そこに『想定外』はなかったんだ。
だから、朱莉は今までどんな状態であっても“必ず”帰って来たんだ。だからさ、もう少し朱莉を信じよう?」
「…そう、ですね。彼は私に嘘を吐いた事はありませんでしたね。」
重く想く、熱いため息が虚空に消えていく。
一拍の静止。
しかして次の瞬間、小夜子はグラスを一気に呷り、並々注がれていたワインを一息に干した。
豪快な一気飲み。それに付随して悩みも気落ちも飲み干したのだ。
百仁華はその小夜子の姿に医者の不養生だなーと思いながらも、黙って小夜子のグラスにおかわりを注いだ。
こうして重たい空気は無くなったが、暫くお互いに口を開かずにグラスを傾けていると、ふっと思い出したように百仁華が口を開いた。
「しかし、そんなに悩むのなら何で小夜子が執刀したんだ? 最初、朱莉は自分でやるつもりだったのだろう?」
「私が気が付かなかったら、彼は全て自分でしたでしょうね。
実際、見せて貰った施術理論からほぼ手直ししていませんし、術式難易度的には彼の
――それでも、彼の体を開くのであれば、その役目を譲るつもりはないです。」
「…………小夜子も大概
「人の事を言えたことですか、貴女も。」
お互いに半眼で相手を見て……同時に相好を崩す。
二人の付き合いは長い。それこそ、朱莉と出会う前からの親友であれば、お互いが
そう、笑いあっている所で、パチッとスイッチの音がして電灯の明かりが点く。
「こんな暗い所で何をしてるんだい?」
部屋の入り口、明かりをつけたのはこの屋敷唯一の“居候”の少女――朱莉の弟子の少女だった。
「ああ、飛鳥か! 荷の運び出しは終わったのか?」
「ああ、マグネタイト資源の運び出しは終わったよ。一応、サイン、お願いできるかな?」
不審そうに窄めた目が百仁華の持つグラスを見て眉根を歪めるのを、百仁華は気づきながらも明るく笑う。
明るくなったおかげで、良く磨かれた窓ガラスは夜景を移すことなく灯りの付いた部屋を映し出している。座卓には暗闇で見えていなかった毀れたワインがポツポツと広がり、すっかり少なくなったチーズが皿の上に寂し気に乗っていた。
「――こんな時に酒盛りはどうかと思うな。お二人なら船に乗れるんですし、行ってきたらどうです?」
咎め責める様な口調に、百仁華と小夜子は顔を見合わせ破顔する。分かり切っていた事だが、どうも自分たちの主人は人々に愛されているようだと見せつけられたからだ。
「ふふ、ごめんなさい。私は、私たちだけは船に乗って迎えに行ってはいけないのです。」
「……?」
ほんのりと顔を赤くした小夜子がそう言い、飛鳥の疑問を誤魔化す様にグラスを傾ける。
「そうだぞ! もし迎えに行ったら朱莉は戦いそっちのけでこっちを心配してしまうからな!」
「…………御馳走さま。」
その疑問顔に、百仁華が堂々と惚気、それに飛鳥が何とも言えない味わい深い顔で言葉を絞り出す。
中華人民共和国という“国”の最後の日。
日本の夜更けはそんな事お構いなしに穏やかに流れていくのであった。
主人公の【VSメルカバー最終戦仕様】のちょい補足回+αです。
ガイア連合って別に転生者の監視をしているわけでもないので、神主に直接会わないところで隠蔽をしてしまえば結構やばいことも出来るんじゃないか?という想像で主人公の処置は成されています。
掲示板の三好シノアの話で『転生者同士の改造はグレー』と医療班が言ってますが、自己改造とかってどうなんでしょうね? アウト判定かな?
神主自体、転生者を大事にしていますが『心身の健康』についてはズレた感性をしているので、もしかしたらバレても問題にならないかもしれませんw
ちなみにナインボールの設計・製作者は主人公の肉体改造については
事前に「この機体、天使に近い属性の方が効率が良くなっちゃいましたけど、どうしましょう?」と報告したら、主人公が「あ、それならどうにか出来るのでそのまま進めてください」って返事を貰っただけなので。
後々知らされたら愕然として吐いちゃうかもしれませんw
【ナインボール・セラフ・ライザー】
出典は『アーマードコアMoA』……ではなく『ACE:R』から。
ホワイトグリントから追加された技術は『概念燃焼型熱核ブースター』ぐらいで、他の部分は正統進化系。『ブースター』もバルキリーと違ってMAG生成できない推力特化型なので、燃費は相変わらず御察しである。
技術的には特徴と言える特徴が無いのだが、機体構成素材に散々メルカバーのお供に出てきた『超高レベル役職名天使』のフォルマを潤沢に使用しているので、機体属性自体が天使に傾いている……どころか『主人公の肉体』として作られたので結構厄い事になってしまっていたりする。
詳細はどこかで詳しく書けたら書きます(汗