【カオ転三次】DRUG FATE 作:石は転がる
異界を攻略すれば終了なのは一般ガイア連合員だけである。
普通の異界でも攻略が終われば事務方がその報告を依頼人に入れたり、異界の情報をまとめたりと終わってからの方が忙しくなる。
それが大異界にもなるとその後始末は普通の異界以上だ。
厳島神社の裏側。人の住まぬ海岸線に日の出が射し込み、黒々とした海面が輝き始めた時刻。波の穏やかな海原に狩衣を纏った人間が海に入っていた。
まあ、私の事なのだが。
朝も早くの海水は案外暖かいのだが、特別な対策をしていない狩衣は肌に張り付いて気持ち悪い。本当なら陸上か海水を押しのけて作業したいのだが、今回作る異界と祭る神様の関係上そうするわけにもいかないのでずぶ濡れになりながらの作業だ。
浜には滅多にない管理異界の構築と祭神の設置という事で周囲の組織からも応援という名のやじ馬が集まっている。
そう、本日は延びに延びていた大異界の移築作業の決行日であった。
つい数か月前に攻略を終えた『壇ノ浦』。
今は跡地に簡易結界を敷き、異界の再発防止に努めているのだが何時までも保つものではない。ただでさえ龍脈の結束点であり力が入り乱れるのに霊地活性化の影響でさらに無節操になっている地点であるからだ。
そのため、同結束点へ影響を及ぼせる範囲に大異界を移して管理することで、力の流れを穏やかにする事が事前に取り決められていた。それが私の管理する広島への移転であり、その地で崇められている宗像三女神をあてがう事である。
本来なら異界崩壊後すぐさま行われるはずの儀式であったのだが、どこかの馬鹿が異界で死亡するバカをしたせいで起きた混乱とその対策対応に時間を取られて延期されていたのが、ようやっとガイア連合山梨支部から許可が出たので早速異界の構築を始めたのだ。
ただでさえ荒れ狂う霊地を異界が発生しないように冷や汗流して簡易封印していた身としてはバカは一度殺すことに決めている。
絶対、絶対にだ。
幸いうちの式神たちは復活魔法を覚えているのでどうにかなるだろう。
殺意を抑え、玉串を振り祝詞を読みながら霊地を整る。
ここでポカしてはもう一度異界踏破をしなくてはいけなくなりかねない。落ち着いて作業を進めていく。
本当ならこの一帯を開発して龍脈の流れを整えたかったのだが、現地との兼ね合いもあって許可が下りなかったので作業は私個人の技量頼りなのがつらい。
まあ、それでもよかったことはある。
延期している間に広島の霊能組織が正式に麾下に入るか同盟を結ぶようになったので、この異界をガイア連合所有と認められれるようになったのだ。
今までと変わらないようにも見えるが、今まではガイア連合ではなく私個人に対しての友好関係であったという歪なものだったのだ。これからは私や配下が直接折衝に向かわないでもガイア連合の運営がやってくれるので仕事が減る。
減ったところでこの異界の管理の仕事も増えはするのだが、普段は他に投げておけるだけましだ。
本当は宗像の総本山の日本海側で管理した方がもしもの時安全なのだが、向こうとはまだ話が付いていないし管理する人間もいないので私が居るこちらで異界を管理することになったのは不満があるが。なんだか便利屋扱いされている気がする。
ざっぱざっぱ海をかき分け歩いた四方にて外と中を区切る。
この異界は浜から海に向かっての異界で完成の暁にはレジャー施設と海産資源の産出を目論んでいる。実は壮大な計画が他にもあるので内部面積はかなりの広さになる様にしているが、実際に出来るかはガイア連合の発展にかかっている。しばらくは一大海水浴場のままであろう。
夏の盛りは少し過ぎたが、まだまだ暑いので今からでも遊びに来る連合員はいるだろう。彼らが泊まる宿舎はまだ狭いので増築か民間の施設をうまく利用できるようにしないといけないかもしれない。
考え事をしながら、水面を歩いてきた巫女姿の新しい式神から追加の道具を受け取り力を込める。
内部の環境は外と同質なので区切って広げるだけで済むとは言え楔として道具が在ると無いとでは安定性が違う。
再び四方を道具を安置して回る。地上なら地面においておけばいいもので海上なので浮かしておかなければいけない程度しか違いがない。
区切って清めてを繰り返し、今日の大一番、神の分け御霊を呼び起こす。儀式で一番大事なところではあるが実のところ既に話が付いているので危険性も失敗の可能性もない。大袈裟にするのは異界を安定させるための信仰を獲得するためという世知辛い理由だ。
「皆様方。宗像三女神がいらっしゃいます。それぞれの形で構いません。礼節をもってお迎えください。――以上。」
つらつらと祝詞を唱える私の意識の背後からの声が聞こえる。必要ないとは思うが観客の安全のために結界と共に残した式神の声だ。
ちょうどいいタイミングだ。
整えた龍脈に分霊が繋がり、世界が異界に切り替わる。
「お、おおぉおおぉぉ……!」
開いていた目に映るのは先ほどまでと変わらない海原であるが、遠くに見えていた船や島陰が消え去っている。
その代わりに現れたのは三柱の神。
光り輝く三姉妹は目視での認識が難しい。その三方に神御衣を奉じ、巫女によって装束を整え、人と交われるまでに降りてきてもらう。
後光射し込む姿は神々しいのかもしれないが、三人そろってこちらに向かって素っ裸でセクシーポーズをきめて投げキッスを飛ばしてくるのはどうかと思う。前々から詰めた予定にない行動はやめてほしい。
久しぶりの顕現とあってテンション上がっているのだろうがはしたない。そう叱りたいがこの場では出来ないことを分かってやっている節が見える。私の後ろでありがたがっている人間が居るのだがそれでいいのか三女神。
呆れた気持ちを切り替え、無駄に飛び散る神威を平らげながら儀式でお決まりのセリフを読み上げていく。
気合いを入れてないと三女神の悪ふざけに普段のノリで突っ込みを入れてしまいそうになるのを堪え、私は異界を形作っていくのであった。
異界の構築は無事に終わり、女神達もさっさと建造した社に叩き込んでから私は異界に不備がないか見回ることにした。
異界の構築なんぞ理論は知っていても初めての事なのでうまくいっているか自信がいまいち持てなかったからだ。
異界の空は現実と同期させているのですでに陽は天辺に登り、その恩恵を隠すことなく降り注がせていた。日差しが痛いほどに降り注いでいるのは或いは母親(?)の興味を私が引いているからかもしれない、なんて馬鹿げた考えが浮かんで笑う。
「どうかしましたか、9S?」
「いえ、なんでもありません。」
ちょっと見回るだけだがうちの式神たちは勢ぞろいだ。危険があるとは思えないが一応A2が前方で警戒、2Bが後方を歩き武蔵とポッドが私の脇に控える。
そしてもう一体。新たに加わった式神はいまだ慣れていないために私の傍でお留守番だ。
いや、もう二体というべきか。彼女たちは今までの式神よりも特殊な式神である。
人型のアリサに武器型の神機。
契約自体はどちらも私と直接してはいるのだが、アリサは私と直接つながる普通の式神であるが彼女の持つ武器である『神機』と便宜的に読んでいる式神は私から直接MAGを渡さずにアリサを経由して渡している。その制御も基本は『同期』のスキルを使ってアリサが行っている。
ひどく特殊で面倒なことをおこなっている式神であるが、これは神機に持たせた特殊なスキルを危惧しての物である。
『捕食』と名付けられたそれは、悪魔を喰らうことによってその情報を得るという万能属性の攻撃である。これだけ聞くとエナジードレインと似て聞こえるかもしれないが、その危険性は比べ物にならない。エナジードレインは相手のMAGを吸い取ることによって栄養失調にさせることだとすると捕食は相手の体を食いちぎって自分の物とする。
情報生命である悪魔の肉体を同じ情報生命が、である。それはお互いを混ぜる悪魔合体にも似た汚染を引き起こす可能性のある行為であり、神主をして以後の開発は情報が集まるまで停止を命じたほどの危険な行為である。
その危険性を鑑みて直接主と式神のMAGのやり取りを減らすために二体の式神セットでの運用が考案されて出来たのがこの二体であった。
まあ、神主の危惧は分かるのだが本来の『捕食』の用途は奪った情報の固定化であり、フォルマの生成が目的だ。よほど制御に失敗しない限りその危惧は危惧のままで終わると私は見ている。
おそらく神機の中のスライムが喰う喰われるといった情報に寄った悪魔になる程度で済むと思う。それこそ神を喰うというと元ネタではないがフェンリルなんかになるのではと想像していた。
ちなみにこの式神の造形などは今回も私はノータッチでフォルマ生成研究班の欲望の産物だ。下級式神のはずが神主製高級式紙になって予算超過しているので研究班は有無を言わさず広島支部に出向させた。
アリサと神機の様子を確認する仕事があるのでそれもやらせるが、それ以外にもガイア連合支部の仕事を投げるつもりである。
はした金とは言えないが連合員を引っ張ってくる理由になったので正直ありがたい暴走だった。新規に加わる現地の人間を纏める人間が不足していたので、やる気のある転生者を引き抜けたのは僥倖としか言いようがない事だ。
そんなことを考えながらアリサに笑いかけると彼女は不思議そうな顔をしていた。
突然笑いかけたらそうもなるか。
そう思いながら歩く異界はひどく穏やかである。
出来たばかりなので悪魔も沸いていない。現実の日本の海とは違い、創った私の思惑通り透き通る海原と黄金に輝く砂浜は日本では見られない光景だろう。植生が取り込んだままであるので、そのうちヤシの木なんかを植えたらいいかもしれない。
気温と湿度も弄れるがこれはまだ調整していない。これからの要望で変えていく予定だ。
「なんだ、こいつは?」
「どうしました、A2?」
自分の仕事に満足して隅から隅まで見るつもりで歩いていると前を歩いていたA2が何かを拾い上げた。砂浜の上に転がっていたのは50cmほどの青白い蛇だ。
「こいつ、悪魔だな。2B、ちょっと見てくれ。」
「わかった。……種族邪龍、いや龍王? 駄目だ、弱すぎてはっきりしない。名前もトウビョウや蛟なんかが混じる。LVは1?」
不思議そうに覗いている2Bの横から見てみれば、A2に頭を持たれた蛇には二本の弧を描いた角が生えている。一応伝承では蛟に角は生えているのだが、確か四肢もあった描写だ。なにより蛟は基本川の物で海にはいないはずだ。
だからと言ってトウビョウはもっと怪しい。あれは山に住む蛇の怪異だ。地味に首に青い輪が入って紛らわしいがトウビョウは黄色のはずだし見たところこの蛇は海蛇だ。。
知識によれば異界も出来たばかりでは悪魔も沸いてこないはずだし、異界の主たちもまだ配下を呼んでいない。こいつは外から紛れ込んだのだろうか。紛れ込むにしても早過ぎはしないだろうか。
「どうする、絞めるか?」
A2の問いかけに悩む。
別に絞めてしまってもいいのだが創ったばかりの異界を血で汚したくない気持ちもある。この程度の強さなら放しても害がないことも気持ちを傾ける。だからと言って見つけたものを見ないふりするのも無責任すぎるだろうか。
自分の生死を相談されていることも分かっていないのか、海蛇は逃げる様子も見せずプラプラと尻尾を振らして遊んでいる。普通の蛇でも腕に体を絡ませたりと抵抗をするのに随分と呑気な悪魔だ。
うっすら青みがかった白磁の体に群青の線が入り、角には黄色いギザギザのラインも入っていて美しい。赤みがかった輝く瞳は瞳孔がバツの字に割れているのが悪魔らしく不条理である。
中々に気品があるようにも見える。実に愛らしい。
「そうですね、2B、スキルはどうです?」
「スキルはブフ。耐性は氷結耐性・雷撃破魔弱点だ。」
「お前、そんな見た目で毒もないのか。」
四属性の魔法は私が担当しているが、近頃A2が火炎系を武蔵が雷撃系をどこからか持ってきたので氷結と疾風を使える控えがいてもいいかと考えていた。わざわざスキルカードで覚えさせるほどの事でもないので、そのうち覚えたらいいなと思っていたが手数も増えるし仲魔も良いかもしれない。
なにより初めての異界創造で出会ったのが、私たちとお揃いの白い体表の悪魔というのも何やら因縁がかっていて面白そうだ。
「A2、捕まえておいて。異界から出たら神主に相談してみます。」
「了ぅー解。ふん、楽しそうにしやがって。」
「飼うとなると水槽などの道具も必要でしょうか? 後で調べておきます。――以上。」
「推定:悪魔の飼育に通常の動物の飼育方法は不適だと考えられる。早急に資料の探索が必要と判断する。」
「蛇は使い魔の定番だ。ホーネットに聞いたら何かわかるかもしれない。」
「海蛇って陸地でも大丈夫なんですか? ……悪魔だから大丈夫ですか。」
私が方針を決めるとみんなで好き勝手話し出す。来たばかりの式神は自意識も育ってないかと思ったが今までの式神よりもしっかりと応答で来ている。成長が速いのは式神の技術が向上しているからだろうか。
そんな考えをしていたら中心の海蛇は変わらずにあくびをしていた。呆れた大物さだ。
「みんな、一通り回ったので帰還しましょう。異界創造の報告に神主に連絡もしないといけませんし、蛇はその時についでに聞いてみます。」
「「「了解。」」」
他には特に何も起きなかったのでそのまま帰宅することにする。出たらさっさと潮に浸かった服を脱ぎたいと思いつつ、私は海蛇の名前に頭を悩ませながら帰路に就くのであった。