【カオ転三次】DRUG FATE 作:石は転がる
夏も過ぎ、朝夕は過ごしやすくなった今日この頃。
去年から雷電ニキの会社で行われていた新鋼材の研究成果の船が進水するとの事で、私は海風吹きすさぶ埠頭に来ていた。
風が強く、鈍く雲が重なるのはちょうど近海まで台風が来ているからだ。
せっかくの進水式をこんな天候で迎えなくてもいいと思うのだが、ちょうどいいから荒天時のデータ取りが行われるらしい。鋼材が変わったために溶接などの工程も変わっているらしくデータはいくらあってもいいとのことだ。
今回造られたのは特に奇をてらわない一般的なRORO船なのだが、従来の物よりも丈夫で軽く経済速度も増しているらしい。
正直単純なスペックについてはあまり興味がない。
ガイア連合がこの船は注目しているのは、この船に使われている鋼材が通常の物質であるがオカルトに適性があることだ。
普通の鋼よりもオカルトからの攻撃に強く、後からの付加も相性がいい鋼は、いつか来る終末への対策の一環だ。造られたのが船であるのも、各支部間の流通を確保するために必要となることが確定しているからだ。現在はまだ終末の発生原因が確定していないが、津波でないなら船を所有しても腐ることにはならないと判断されていた。
船台の上に横たわる巨体は、船としてみればそこまで大きなものではない。それでも普段は水面下に沈んでいる船底から見上げる光景はその大きさを見せつけるようであった。
「よく来てくれた、藤原君。」
船を見上げていたら声を掛けられた。独特の抑揚のその声は今回の式の主催者だ。
「有馬さん、お久しぶりです。本日はご招待にあずかりました。こうしてみると大きなものですね。」
声に振り向きながらも目線が上を向く。現代科学ではなんてことの無い当たり前の船であるのに自分に関りがあると思えば不思議と愛着が湧く。あるいはこのような光景が見られるのもあと何年かしかないからだろうか。
「鋼材だけでなく塗料等も君の研究所の成果だ。今までの船を過去のものとするこの船は歴史的な転換点の一つとなるだろう。……こうは言うべきではないと思うが、…………博士には恐ろしさすら感じるな。」
同じように見上げながら雷電ニキの発した声に無言で同意をする。
鋼材や塗料の元になったのは二年前のポッドプロジェクトに派生した開発成果だが、そこから半年足らずでさらに改良を施せてしまったのはメシア教から送られてきた人間の成果だ。彼女に我々への隔意、或いはメシア教への信仰は無いと私は判断しているが、そのような有能な人材がメシア教にはまだ居ることを認識しないといけない。
ある意味、私と雷電ニキの二人だけがガイア連合でメシア関係者と直接交流と協力をおこない、その脅威を目の当たりにしている唯一の人間なのだと思う。他の人間は社交的な交流はあってもその規模も実力も話でしか知らない。私たちだけが何気ないところに現れる人的資源の豊富さを体感してしまっているのだ。
「……ガイマテにラケル博士を慕っての就職希望が集まっていることは聞いていますか?」
「聞き及んでいるよ。現在は人員の増加を予定していないとの理由で断っていることも。」
「正直に言いますと、ガイマテはラケル博士の指揮下にあります。各種研究の方針の決定や研究の助言なども彼女が行っています。勿論自分の研究をしながらですが。」
「……それで?」
「その彼女からの要望です。設備と人員があれば幾つかの研究が始められると。」
思わず息を溢せば頭上でも息の漏れる音がする。強い風にあおられた塩の臭いが眼に痛い。
「藤原君はどうしたいと思っている?」
「設備の増強はしましょう。ですが、私としては直接ガイマテに雇用するのは反対です。可能でしたら他の出資会社に一度雇ってもらってから出向といった形で受け入れたいですね。」
「――なるほど。就職希望者の事前調査はこちらで、という事か。」
「企業として若すぎてそのあたりのノウハウもコネもないですからね。あとは不都合な場合、出向の取りやめという形で戻してもらいたいのです。」
「情報漏洩のリスクが多少はマシになるか。……まったく、ガイアマテリアル総合研究所はそういった心配が必要ないはずだったのだがな。」
ガイマテの創立に関わった人間として雷電ニキが嘆息する。
あそこで研究する物は漏れたところで大事ない物のはずだったのだが、優秀過ぎる人間が成果を積み上げていってそうは言ってられなくなってしまった。今の設備では金属・化学系の研究だけだったのが生物系までしたいと要望が出されている。しかも研究員の転籍元の会社と半導体について色々意見を交えているという報告も上がっている。
比喩ではなく本当に何でもできる絵にかいたような研究者とは厄介なものだ。
「とりあえず上がってる成果は合弁会社に投げておきますんで適当に使ってください。勉強になるように気を使って頂いていていましたが、ちょっと管理しきれないので。」
「……研究を広げない選択肢もあると思うが?」
「それは悪手かもしれません。彼女、おそらく生物の研究が本命です。神経ネットワークの構造研究と言っていましたが、本題はきっと足ですよ。」
「なるほど、足か……。やはり治療が研究者になった理由と?」
「本人からなった動機は寝物語に聞きました。今では拘っていないとは言ってましたが本心はそう言ってませんでしたので。」
思い出して溜息をつくに従って目線が地を這う。
本気で拘泥していないと言っていた。でも、同時に抱いていた“一緒に歩けたら”という渇望を本当に気が付いていなかったのだろうか。
もしかしたらあれが彼女なりの甘えだったのかもしれないと、ふと思った。
「……あぁ、うん…………ふむ。あえて⑨ニキと言おう。……その年であまり手広く手を出すのはどうかと思うぞ。」
下がっていた私の頭をガシガシ撫でながら、言葉を言いあぐねていた雷電ニキが困ったように口に出した言葉にちょっと笑った。
意識はしてないだろうが、私は少し心が軽くなるのを感じる。
「ふふふ、雷電ニキは愛妻家ですからね。苦情の一つもありますか。」
笑って手から抜け出し時計を見る。式典の前に少し見るだけのつもりだったのだが、思いの外時間が過ぎている。そろそろ主催者が居ないといけない時刻だろう。
「有馬さん、そろそろいい時間何で式場に戻りましょう?」
「――まったく。あまり女遊びばかりしているといい大人になれんぞ?」
「安心してください。子供の遊びじゃなくて大人の本気ですから。」
笑って逃げ出す姿はどこまで行っても子供の姿だっただろうか。走る私を仕方なさそうに追う有馬さんの姿こそ、きっと大人のものだと思いながら、私は笑って関係者の集う式場に向かうのであった。
さて、進水したばかりの船が台風で沈没するという事もなく、各種点検を終えた私がオーナーの船は早速ガイア連合の支部を繋ぐ働きを始めた。瀬戸内海を通って各地の支部や派出所からマッカやフォルマを回収するのだが、出来たばかりの支部から多く回収できるわけもなく空荷が目立つので一般の貨物の輸送も行う事となっている。
そんな空荷が目立つ支部の中で、唯一と言っていい重量を運ぶ予定が入っているのは四国に存在する大赦支部からの荷物であった。と言っても、大赦支部の生産したものではなく、大赦支部に集められた瀬戸内離島支部で作られたお米なのだが。
支部の設立よりも先にされたのが田んぼの整地という瀬戸内離島支部は、湾岸能力が低いので四国本島まで一度輸送してから荷物が運ばれることとなっている。
その集積地が大赦支部なのだ。
初航海の貨物船をフェリー代わりに使って、私は広島からその大赦支部へとやってきていた。
大赦支部に用事があるのではなく、大赦支部から出ている瀬戸内離島支部への船が目的だ。そのついでに軽く顔見せと挨拶を行うのも目的と言えば目的か。同じ支部長とは言ってもお互いを碌に顔も知らない人間も多いので機会があれば会うに越したことはないからだ。
幸い、この支部の支部長とは顔見知り程度の交流はあるのでお互いの近状を交換するぐらいのものだが。
「こんにちは。藤原と申しますが坂田さんはいらっしゃいますか?」
ジュネスの一角。そこは間違えて一般人が出入りしないよう、軽い人払いが敷かれたガイア連合の外部との連絡受付であった。
ここまでなら一般の外部異能者も入って来られるのだが、この奥となるとガチガチに敷かれた隠蔽結界などのせいでガイア連合員以外には在ることすら認識できない状態となっている。
そんな外部との受付で、私はアポを取っていた支部長の動向を聞いていた。
「銀さんでしたら今日は出かけていますよ? どういう要件かな?」
支部長と親しいのだろうか。愛称が出てきていたがそれはさておき、事前に予定を聞いて行く事も伝えていたのだがどうしたのだろうか。
「あれ、おかしいな? 今日は異界に行く用事もなく支部に居ると聞いていたんですが。藤原が伺うと聞いてません?」
「特には聞いてないですね。」
受付の女性は不思議そうなので話は通っていないみたいだ。
さてどうしたものか。
鬼ヶ島への船便を待つ時間つぶしの様なものなので、構わないと言えば構わない。しかし同格の支部長が不興を買ってまで、と言えば大げさだが予定をすっぽかした理由は知っておいた方がいいだろうか。
「あれ、藤原君? うわ、びっくり。どうしてここに?」
「えっと、日下さんでよろしかったですか? お久しぶりです、鬼ヶ島攻略以来ですか?」
「そうそう、日下です。お久しぶりです。」
考えていると奥からひょっこり現れた中年の男性が私を見つけて声をかけてきた。
恰幅の良い姿の横には非人型の式神が一体。丸々としたかわいらしい姿を覗かせている。
「日下さん、お知合いですか?」
「知り合い知り合い。ほら、鬼ヶ島攻略の時の応援に来てくれた。今は広島で支部長しているんですよね?」
「ええ、呉支部を任されています。日下さん、今時間大丈夫ですか? 少しこのあたりがどうなっているか伺いたいのですが。」
「いいよ、何か依頼がないか見に来ただけで暇してますから。」
ちょうどいいところに来てくれたのでちょっとお話を聞くことにする。支部長ではないとはいえ日下さんは支部長とコンビを組んでいたはずだ。色々このあたりの事を知っているのではないかと期待している。
日下さんに空いていた応接室に案内されて話をすることになった。ひょっこり受付の人が配膳してからも居るのだが良いのだろうか。
「改めてお久しぶり。今日は大赦支部に何が用事が?」
「いえ、用があるのは鬼ヶ島支部で、それも様子見のために寄っただけです。あそこの鬼共がちゃんと働いているか確認しておかなといけないと思いまして。」
「ほどほどでね? 藤原君と一緒になったのは攻略だけだったけど鬼が泣いて逃げるなんて初めて見たよ。」
「私が間引いている時はいつもああでしたよ。契約しているから大丈夫だと思いますが、あそこの姫さんの慈悲に泥をかけているようでしたら〆るか滅ぼすかしないといけませんから。」
泣いて懇願したから新たな主の顔を立てて滅ぼさなかったが、迷惑をかけているようであったらケジメをつけるのも私の責任であろう。
「それよりこの辺りはどうです? 港から通ってきた感じ、ここを中心に開発が始まっているようですが。」
「だいぶんお店も増えて結界も強くなったよ。そのせいで異界が近くに湧かないから遠出しなくてはいけないのが難点だけど。」
「うまく隔離できるなら淀みを押し付ける場所を作るのもいいですよ。そこだけ異界も出来易くなりますし結界への負荷も減るのでメンテが出来るならいい感じでした。情報は上にあげてるので良ければ参考にしてください。」
「噂には聞いていたから銀次君にも話してみるよ。」
支部の近場に作った教導用異界の話をする。定期的な間引きと外部からの干渉の排除は安全のため必要だが、安定して稼げる異界としてそこそこ人気の狩場である。
「『スーパーうどんマウンテン』はどうなっています? 安定しているとは聞いていますが南の方なんであんまり情報が入ってきていないんですよね。」
「攻略は停滞しているかな。外周で間引きする分には十分なんだけど中心部はまだ僕たちには無理そう。運営が上位を集めてくれたらどうにかなるかもってところかな。」
「今は支部設立のせいで上位で体が空いている人が減りましたからね。『鳥取大砂漠地獄』は私が出張ることになりそうですけど、こっちはちょっと他の人に頼むことになりそうです。」
「藤原君も忙しいって聞いているよ。今日は鬼ヶ島に行ったあとはどうするんだい? 観光なら近場を案内するけど?」
「残念ですけどそれはまたの機会に。一週間ほど時間が取れたので、ここから広島までの面倒そうな異界を潰しながら帰ろうかと思っていまして。塩漬けになっているのと依頼すらない異界の情報があれば頂けるとありがたいです。」
「おおぉぅ、無理はしちゃだめだよ? 無理して膝を壊したらつらいからね?」
本気で心配そうな日下さんに苦笑する。
私が強いことを知っているのに、こうも子ども扱いしてくれる転生者は私にこそばゆい気持ちを抱かせてくる。そう言えば彼の長男がちょうど私と同い年だったか。どうしても重ねてしまう部分があるのかもしれない。
「心配ありがとうございます。無理はしないので安心してください。」
「ホントだね? ……浅間さん、引き受け手がいない依頼と異界があったら纏めておいてくれない?」
「わかりました。帰りの船便までにまとめればいいですか?」
「はい、それで大丈夫です。それとLVが高すぎて放置してある異界もあればよろしくお願いします。」
「日下さん?」
「うん、大丈夫。彼は僕よりも何倍も強いから。」
そう言いながらもやっぱり心配そうな彼はやっぱりいい人だ。確か式神もコンビを組んでいる転生者を守るための構成をしていたはずだ。
思い出したのでコンビの相方の事を聞いておくか。
「そう言えば坂田さんはどうされているか知っています? 今日は支部に居ると聞いていたのですが。」
「銀次君はちょっと弟子とのことでごたついているかな。ほら、現地の霊能者といろいろ常識が違うでしょ?」
苦笑して教えてくれたことによると相方の坂田さんが現地の霊能力者の弟子の家で世話になっていたのだが、ジュネスが出来たのでこちらのシェルターに引っ越そうとして起こった騒動で今日は出勤してきていないそうだ。
「あらら、またおもし……ん、んっ…大変ですね。」
「藤原君も現地の組織を配下にしたって聞いたけどそういった問題はないのかい?」
考えてみるが特に思い当たるところがない。私の名においての“契約”も未だに破られたり誤魔化されたりしていない。子供のこと等いくつか条件を交えているが基本的には上下関係は明確だ。
「特にないですね。最初に条件を詰めたんでそのおかげでしょうか。私が上で彼らは下です。」
「うーん。銀次君の参考にはならないかな?」
「そうですね。私は組織として対応していますから個人である弟子とは違うでしょう。――噂をすれば、ではないです頑張ってください。」
「うん?」
見知った気配が近づいてきたのを感知して笑う。そろそろお暇しようと思っていたしちょうどいいかもしれない。
「おっさん! 助けて!」
「銀さん、まだ話は終わってませんよ!」
「友奈ちゃん、落ち着いて!」
なんともお互いに甘えた喧騒に笑みを浮かべて私は船に乗るべく部屋を去るのであった。