【カオ転三次】DRUG FATE 作:石は転がる
話しとしても本編との関わりが薄いので、合わない様でしたら飛ばして下さい。
それは厚い雲が空を覆っていた夜だった。
住宅街から離れた山道の車道に箱を背負った男がいた。中肉中背で年かさは三十頃だろうか。やけにやぼったい部屋着のような服でこのような場所に居る変な男だ。
そんな男は仕事の下見で郊外に訪れていたが、自分が付けられていることに気が付いた。
男もこの仕事をして長い。当然対処も心得ている。
呼び出した悪魔に術を使わせ囮を出し、自分は横に身をひそめる。この国の退魔士は民族にふさわしく劣等ばかりだ。この程度でホイホイ騙される間抜けを後ろから襲うのが男の必勝法だった。
果たして後ろから姿を現したのは若い女だった。
二十に届かない幼さに反し、大人としての色気が巫女服の下に秘めきれずに漏れ出している。手に持つ水盤は探知のための道具だろうか。それを覗き込みながら囮の悪魔を追って車道を進んで行く。
いい獲物だと男は顔をほころばす。
せいぜい見習い程度の実力でこの私に楯突いたのだ。相応の対価を支払ってもらわなくては。
なめるように四肢に視線を這わせ、そう思考する男は念のために後ろを確認した後に逆に女を追っていく。
すぐに襲っても良いが楽しむときにばれないような場所の方がいい。できればよく見えるように森が途切れた場所を探していると、ちょうど車道の下に街灯の光は届くが車からは見えない場所が見えた。お誂え向きに車道から降りる獣道もある。
しめたものだと男は悪魔に“下にいけ!”と思念を飛ばすと、囮をしていた悪魔が下に行く。
車道から直接飛び降りて。
男は隠れていたことも忘れて悪魔を罵る。
あの低脳が!俺の命じたこともできないなんて馬鹿にしやがって!
散々罵った後に隠れていたことを思い出して慌てて前を見るが、幸いなことに少女は気が付いていなかったらしい。水盤を覗いて車道から下を見て慌てて下に行く道を探している。
すぐに小道を見つけて後を追う少女の後ろを間抜けなやつだと笑って後を追っていく。
整備の届いていない山肌は色々なものが降り積もっていて歩きづらい。音も盛大になっているが男は気にもせずに下っていく。
そうして降りていけばたかが数mで世界の在り方は一変する。
人の手が一切入っていない原野は踊り場のようにそこだけが開けている。落ちてくる光が辛うじて人の息吹を感じさせるがむき出しの自然においては心細い。
そこで先に向かわせていた悪魔と少女が対峙しているのを見て男は頬を歪める。箱の中の仕事道具とは別に、いつも使っているスタンロッドを構えてそっと背後から近づく。
少女は悪魔に気を取られて無防備だ。これならきれいなままお楽しみに使えそうである。
にじり寄りながらつり上がる口角を隠しもせず、手の届く距離まで近づいて振り上げた、その時。
「間抜けが。」
は?と思うまでもなく足の力が抜ける。間抜けに土をかんだ痛み。それに罵ろうとして膝から上ってきた衝撃に悲鳴を上げる。
「うるさい。たかが数寸貫いただけで喚くな。」
のたうち回る頭上からの声の主は、男に見向きもせずに先行していた悪魔を一閃。それだけで鮮やかに滅ぼした。
「使い魔、よくやった。戻ってろ。」
この場のもう一人、何もせずに突っ立っていた巫女服の少女に声を掛ければ少女はにっこり笑いその姿が剥がれ落ちた。
「あぁあああああ!!! おれのがぁあああ!!」
男は痛みも忘れて己の物になるはずの物がなくなることに怒りの声を上げた。
人型の不定形な存在。愛らしさも色気も消えたそれはするりと後から来た男の元へと消えていく。
「……まあいい。面倒だ。無駄な抵抗はするな。」
この時、倒れ伏す男は初めて闖入者の姿を見た。
四肢を覆うのは棒状の物を束ねてそのまま成型した鎧。その棘のように生えそろっているのは骨だろうか。鉤爪のように覆うそれからは人の持ちえないおぞましい気配が闇すら汚しているようだ。
特徴的なのは一切の装備もない胴体。むき出しの肉体に細かく描かれた精密な文様は力強い波動をまき散らしている。手には一本の槍を持ち、油断なく男を見下していた。
男は闖入者を知っていた。
服も着ない野蛮人。依頼さえあれば誰でも血祭りにあげる狂人。せっかく男が組織に誘ってやったのに足蹴にした無礼者!
「『ベルセルク』! 貴様ぁ!」
衝動のままに触媒を消費して猛火を放つ。下賤な蛮人には一生かかっても習得できない洗練された炎は人一人を灰塵に帰してなお余りあるものだ。
「は、はっははははは! ざまあみろ! 誰を見下しているこの犬がぁ!」
ごうごう音を立てて燃え盛る炎に地面でもがきながら嗤う。エリートたる男にとっては造作もない術だが獣風情にはどうしようもない灼熱だ。
「くそっ! 立てん。足を切られた。あの猿め! 後ろから襲うとは卑怯者め! 一体誰を傷つけたと思っている!」
懐を漁ってとっておきの霊薬を飲み干し憤る。飲み干しながらひどい味と値段を思い出してさらに憤る。
「くそ、これだけで大赤字だ! ちっ! 手加減してやればよかった。そうすれば悲鳴を上げさせて楽しめたのに。」
触媒も霊薬も安いものではない。怒りに任せて使ったがもっと弱い術でもよかった。そうすれば遊べたのに。
「第一なんだ今回の依頼は! 日本人め。大人しく差し出せばいいものを! お前らは私たちに飼われて――」
「いつまで喋ってる。阿呆。」
「はぁ?」
声がした。そしてそのころにはすべてが終わっていた。
衝撃。
再び地に突っ伏すその体は肩からへし曲がり、びくびくと痙攣をしている。
動きに耐え切れずに消し飛んだ炎の中から現れた男は全くの無傷。肩に槍をかけ男を見据えている。
やったことは単純だ。ただ槍の柄を叩き込んだだけである。
戦士にとって男が放った炎は生ぬるく、悠長に炎に包まれていたのも事前に情報があった霊薬を使用させるために過ぎない。それが終われば前座には早々に退場してもらうだけだった。
「――さっさと出てこい。出てこないならそのまま封印するぞ?」
『……仕方がない、か。想定外だ。予想外に尽きる。』
気怠そうにしながらも戦士の姿に油断はない。
それが見えているのだろうか。声が響いた。
変化はそれだけではない。痙攣していた男が意味の成さない呻きを上げて藻掻きながら枯れていく。男の全てがMAGと成り果てていく。MAGの向かう先は背負っていた箱の中。
高まるMAGが物理法則を侵食しながら腐臭をまき散らす。何もない森をおどろおどろしい気配が染み渡っていく。
そうして箱が弾ける様に開いた。
「情報通り。弄った死肉への降霊か。組織とやらは存外詰まらんな。」
警戒していたからだろう。開くより先に一足飛びで距離を開けた戦士が鼻を鳴らして嘆息する。
系統としては大陸系の屍操りだ。継ぎはぎの体は男の特徴も女の特徴も等しく備えいるが、その体が急速に書き換わっていく。
降りてきた霊体の影響だろう。音を立てて広がる鎧に呼応するように体表の接合痕も消え去り、その血肉は降りてきた悪魔の触媒として消費されていく。
『この地に強者はいないと聞いていたが改めよう。貴様は私に認められた。ゆえに死にゆく貴様に我が名を――』
朗々と思念を吐き出す敵を相手に戦士は一顧だにせずに哨戒する。
突き、払い、斬る。
基本に忠実なその動きは、しかしその実一瞬の停滞もなく悪魔と火花を散らす。
裂帛の呼気と防ぐ剣の撃音が戦場を支配した。獣のように地を駆る槍兵に騎士は剣と盾をもってその牙から逃れる。
責め立てる槍から辛抱強く守りを固めていた騎士であったが、その甲斐あってお互いに動きが死んだ瞬間を作り出すことに成功する。
『戦場の名乗りを邪魔するとは不届きもの! 騎士の名誉を何と心得る!』
「興味がない。俺はお前を下すだけだ。安心しろ。殺しはせん。」
一瞬の空白に吐き出された怒りの声を柳に風とが仮に受け流し、戦士は一度下がる。
悪魔と違い人間は疲労する。全力の衝突で荒れた息を整える時間が必要なのは人間の脆さだ。
『殺さん、だと……!』
「ああ、そうだ。聞きたいことがあったんだ。お前、組織とやらについて詳しいな?」
ついでとばかりに確認をとる。この悪魔は術士を傀儡にして組織の為に動いていたのは調べがついていた。動きからして組織の上部と直接つながっていると判断されたからこそ今日のこの一幕があるのだ。これで碌に知らない様ならさっさと終わらせなくてはいけない。
『は、はははは! そうかお前は復讐者か! いかにも! 我が脳裏に組織の栄光ぞあり! 知りたければ私を倒してみよ!』
勝手に早合点して高揚している騎士を相手に戦士は鼻を鳴らす。都合よくさえずってくれそうだが尊敬できる敵ではない。
「ド三流が。敵も見ずに騎士ごっこがしたいんなら死体相手にしていろ。」
確認は終わった。あとはどう倒すかだけだ。
戦士は温存していた技能をもって大気のMAGを喰らい始める。悪魔に汚染された腐敗と堕落のMAGから身を守るのは腕に輝く銀。
その機能を使用すると脳裏に浮かぶ主の言葉に戦士は自分を呆れながらも毎回反芻するのだ。
「我が誉、強き事であらじ。我が有様を貴きとする主の言葉ぞ誉となす。」
自己暗示に過ぎない言葉と共に四肢に溢れんばかりのMAGを流し込む。そうすれば悪魔に汚染された周囲を吹き飛ばすほどの咆哮が湧いて出るのだ。
『っ?! なんだそれは?』
「あん? ただの鎧だよ。負け犬の亡骸を6つほど使ったな。」
人間一人に負けて良しとした馬鹿を6つ使った鎧は彼の為だけの特注品だ。MAGを注げば注ぐほど彼の技能を邪魔しない形で鎧は広がり全身を覆い隠していく。
鋭く延びた角に骨の尻尾。全身を覆うそれは一見まがまがしく見えるが、そこから溢れるのは死してなお尽きぬ賞賛だ。
「貴様らを狩るのも飽きた。そろそろ終わらせたいもんだ。」
ギチギチ音を立てて伸びいく槍を片手に、戦士はつまらない敵を捕まえるべく四肢に力を籠めるのであった。