【カオ転三次】DRUG FATE   作:石は転がる

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29話

 礫が転がる大地を乾いた風が吹きすさぶ。

 風が吹き抜けていく先には青い海。大地の熱を受け取るかのように生ぬるい海は、その浅い底にサンゴの幹を広げていた。

 護衛対象と空港で合流し、飛行機に運ばれ遠路はるばる訪れたのはペルシャ湾に面するとある一国。昔から続く親米国家で本来はメシア教徒も悪くない仲であった地域だ。

 

 

 ここで私はダイビングを楽しんでいた。

 仕事は?とは思われるかもしれないが、今回の同行の名目はガイア連合のお偉いさんが話を聞いて無理やり遊びに割り込んだといった形になっているのだ。

 流石に護衛と正直に言うと、相手を信用していないように見えるので考えられたカバーストーリーだ。一般的な霊能組織は血縁重視なので、若く思慮の足りない子供が上役につくことはよくあることなので疑われていなかった。

 

 現地では護衛対象の出張ニキとダイビングにかこつけ、ペルシャ湾を資源探査に回るコースが相手に用意されていたので、二人して盛大に遊びまわったのが出張の前半であった。

 相手も貴重な能力者とその上役なので丁重に持て成してくれたので仕事というよりはただのバカンスであった。よくある甘い罠もお国柄のおかげか特にないので、祈りの時間など独特の異文化に適応するのが一番大変であったぐらいだ。

 途中で合流したガイアグループの石油会社の社員に交渉は丸投げし、現地組織の人間をガイドに海へ砂漠へと遊ぶついでに仕事をする事一月ほど、交渉もまとまり何事も無く護衛の仕事は終わることになる。

 

 案内人には随分と世話になった。途中からは予定から外れて彼の家を拠点に家族総出で遊びまわったのはいい思い出だ。

 

 

 日本への飛行機に出張ニキと社員が乗り込むことを確認すれば正式に護衛の仕事が終わり、護衛が終われば飛行機に乗ってペルシャ湾から紅海へと向かう。

 こちらにもいいダイビングスポットがある、という事にして裏の貿易の交渉の場に向かったのだ。

 流石に縄張りが違うので、資源調査の依頼組織の案内役とはお別れして一人紅海沿いの町で自分の会社の社員と落ち合う。

 喫茶店の隅で式神と共に私を待っていたのはガイア連合から海外組織への輸出に関わる人間だ。彼は更なる品数の増加と増量を要望されて今回の交渉に赴いている。事前に現地入りしてもらっていたので何かしら話は聞けるだろう。

 

「お久しぶりです、林さん。トーブがよくお似合いですよ。」

 

「随分とお楽しみのようで。日本はすごい混乱ですよ。」

 

 笑って声を掛ければ、相手からは苦虫を噛み潰したような表情で返事が来る。どうも情報爆弾の爆発に巻き込まれていたようだ。

 

「対応の事前指示はしていますし、あまり私に頼りきりでも困るんですよね。本命はガイアグループの上場企業の数々でしょうしこちらは余波に過ぎないんで。」

 

「うちの会社には取り調べも捜査も無かったですけど、あまり大っぴらにできない商品なんですから気が気じゃなかったですよ。」

 

「研究所は今忙しいんでしょうね? 他にも研究開発のある会社は大なり小なり無粋な輩はいましたし。」

 

「蜂の巣をつついたような大騒ぎですよ。門から一歩出ればマスコミがバズーカ担いで追い掛け回していましたから。」

 

「それはまた物騒な。」

 

 苦笑してコーヒーをすする。

 この国の喫茶店で飲むコーヒーは、コーヒーとしては薄いがスパイスの香りがして中々に面白いものだ。先に注文していたコーヒーのご相伴に預かりながら改めて周りを確認すれば、すでにこちらの組織の人間が周りに居るのが見えていた。

 

「それにしても随分と厳重な歓迎ですね。意識も内ではなく外に向いている。ペルシャ湾側とは大違いだ。」

 

「……やっぱりそうですか? 交渉していても緊迫感が感じられましたよ。向こうからは何も言ってきませんがメシアに動きがあったみたいです。」

 

 同じ国の組織としてまとまっていても内部は寄り合い所帯であるせいか危機感が大分違いうらしい。メシア教の動きが活発なのがアフリカや中東の中でも地中海側の国々である事も関係しているのかもしれない。

 

「あんまり遊んでられそうにないですね。交渉の方は? 大方纏まっていますか?」

 

「新商品の方はおおむね纏まってます。しかし量で折り合いがついていません。従来の五倍は欲しいと吹っ掛けられてますよ。」

 

「それはまた。」

 

 苦笑して差し出された資料を見れば随分とひどいものだ。量が増えればその分単価を下げても良いが、それにしても相手の言い分は下げ過ぎだ。原価割れしているものすらちらほらある。

 

「交渉として吹っ掛けてきているのかそれだけ余裕がないのか。……どちらだと思います?」

 

「――今はまだ余裕はあると思います。ただ、このままではいずれ遠からず、と思っているのも間違いないかと。」

 

「やれやれ。また随分と面倒な交渉になりそうですね。事態が緊迫しているなら態度も硬化するでしょうしメシア教の動きも探らないといけませんか。」

 

 一月遊びまわっていたつけだろうか。楽しい海外旅行で終わっていた前半と違い後半はずいぶんと疲れそうだ。

 

「まずはホテルに行きますか。そちらは正攻法で現地の人間にメシア教の動きを聞いてください。こっちはこっちでどうにか出来ないか連合の方にもあたってみます。」

 

 何をするにもまずは情報収集だ。何処から繋がるか分からないので総当たりを覚悟して私たちはホテルに向かった。

 

 

 そうした総当たりの一つ。

 ペルシャ湾ツアーを共に楽しんだ案内人からぽろっと情報が来たのはその日から一週間と立ってない日であった。

 

「ただ戦力を集積する場だと?」

 

『ああ、そうだ。少なくとも最初はそうだとこちらは聞いている。西と北に送る戦力の中継所として利用するのは話が来ていたらしい。それが今では事前通告以上の戦力が集まってこちらを窺ってるっていうんで上層部はてんやわんやしている。』

 

 ホテルの一室でスマホ片手に聞いた話をメモっていく。

 向こうで調査をしてくれたようだが思った以上の情報だ。詳しく話を聞くと、最初は矛先が自分たちに向かないならと黙認していたらしいが、事態が起きてから騒動の大きさに小競り合いで済まないと気が付いたそうだ。そのため備えで今回の依頼や要望が来たのだが、そこに来て通告もない戦力増強に直接相対している組織はピリピリしているらしい。

 

「よくそこまでの話が聞けましたね。危ない橋はわたってないでしょうね?」

 

『違う違う。うちとしては御宅との縁を切りたくないんだ。それとなく上司に聞いてみたら気前よく教えてくれたよ。まあ、だから貿易は引き続き頼むと伝言も言われたがね。』

 

 あと生地も個人的に頼まれてたんだ、と言われて苦笑する。内部での温度差は意見の違いとなって取りまとめが出来ていないようだ。私たちと長期的に関わるのか、それとも関係が切れてしまってでも戦力を増強するのかの違いだろう。

 

「わかりました。こちらでいくらか譲歩できないか相談してみます。申し訳ないですがまた何かあったら電話させていただきます。」

 

『いつでもかけてきてくれ。出来る限りの事はさせてもらうさ。』

 

 電話を切って手元で書き連ねていた紙面を改めて見直す。欧米からの戦力をこちらに集めて北や西に回すにしても信じられないほどの物量だ。一カルト組織に過ぎないはずなのにヘリや戦車が部隊単位で集められるのは笑えない話である。

 

「アリサ、この紙をあちらに回してください。あと初回はいくらかサービスするようにと。」

 

「まだ取引をするのですか? 危険だと思いますが。」

 

「欧州への輸送ついででなければ紅海でなくペルシャ湾の方に直接運べますからね。資源もあちらの方が豊富ですし取引に問題は無いと思います。」

 

 貿易はあくまでこの国の組織を一まとめにしての物だ。西側が使えなくとも輸送先としては東側が使えればこちらとしてはそこまで問題はない。

 取引よりも危険なのは交渉の方であろう。駐屯地に使っている土地は郊外であるが、教会自体は市内の一等地にそびえている。交渉の場からもホテルからも近いそこで何かを起こされてしまっては巻き込まれる可能性が高い。

 

「運がいいのか悪いのか。こちらは護衛の仕事ではないのですがね。」

 

 危険性が少なかったことも考慮して今回の戦力はアリサと神機、それと仲魔の蒼だけだ。あまり女性を連れてきたく無かったとはいえ、もう少し戦力を連れてくるべきだったかもしれない。

 

 今日の交渉でまとまってくれればいいのだが。そう思いながらも乾いた空気に乗る香りに、今日は長くなりそうだとため息をついて地域一帯の地図を引っ張り出すのであった。

 

 

 

 交渉の内容に私は基本的に口を挟まない。

 それは専門家でないことは勿論だが、取り扱う品を管理しているのはガイア連合であり私の会社ではないからだ。このあたりの境界をあいまいに済ませていることが多いのが創業から歴史の浅いガイア連合の弱さなのかもしれない。

 そのため今回の口出しも会社のオーナーとしてではなく呉支部長&船のオーナーとしてのものであったが、交渉の舞台では私はただの置物に徹していた。

 

 事務所の一室。

 会議室で繰り広げられるのは何度目かも忘れた交渉だ。そこではすでに大枠で決まっているからこそ、細かな調整や条件による駆け引きに何度も折衝が繰り広げられていた。

 当初はこの時間を使って海へと繰り出し遊びまわる予定であったのだが、想像以上にメシア教との関係が緊迫していたため護衛もかねて交渉員と離れないようにしていた。

 まあ、向こうからすれば私が護衛されるぼんくら御曹司の格好なのだろうが。

 今回の交渉はようやく相手の現況が分かったが故の譲歩が入ったので、幾度かの休憩をはさみつつ始終厳しくも和やかな空気で話は進んでいた。

 

「――ん? ちっ、堪えしょうがない奴らめ。」

 

 それが壊れたのは夕暮れ時。ようやく調印に入ろうかという時に膨れ上がった禍々しさによってだった。

 言葉を吐きながらも横に座っていた交渉員の襟首掴んで私の結界に入れる。突然の行動に相手側の護衛がこちらに身構えるが行動が遅い。仕方なしに部屋に障壁を張り終えると同時に世界の匂いが変わった。

 

 異界だ。

 

 術に反応がないため破壊や環境変化をまき散らしてはいないようだ。部屋の障壁を解除すれば相手側の護衛もようやく空気に気が付いたらしい。戸惑いながらもこちらに敵意を向けだしたが外への警戒がないのは減点だ。

 

「林、警戒しろ。以後指示があるまでは自分の身の安全だけを考えろ。」

 

 襟首掴んで引き倒した林を随行員の式神に任せて懐から出した目隠しを頭に巻く。横を見なくともアリサは神機をいつでも活性化できるように待機している。状況の説明は今から駆けつけてくる者が説明してくれるだろう。

 

「た、大変です! 町が異界に飲み込まれました!」

 

「はっ? ど、どこだ?!」

 

 扉を蹴り破る勢いで入ってきた人間の言葉に向こうの代表者が唾を飛ばす勢いで問い詰めている。護衛達もようやくのっぴきならない事態だと気が付き始めたらしい。

 

「教会です! 教会を監視していた人間が天使と現れた悪魔との戦闘を確認しています!」

 

 ここから教会まで数百mしかないため現場の気配がよくわかる。

 気配だけだとカオス系の悪魔としか断定できないが、すでに異界から零れ落ちているのは夜魔だろうか。異界の展開から逃れた教会の霊能者を次々と襲っているが、メシアンも負けじと天使を呼び出して混戦の状況だ。

 それを遠巻きに見ている気配が連絡を入れてきた監視者だろう。突然の事態に混乱しているようであるが、悪魔の一部がメシアンにつられて町に向かう動きを見せたので慌てて迎撃を始めた。

 

 しかし、それにしてもこの状況は一体どういう事だろうか。

 割と意味が分からない状況を整理するために一つずつ確認する。

 まず教会が異界化しているのは間違いがない。メシアンが夜魔を使うとは思えないので湧いている悪魔は天使ではないと見ていいだろう。

 これが計画的であったかどうかは不明。内部の人間が追われていることだけ見れば偶発的な出来事に見えるが、メシア教なら真実味を持たせるために切り捨てることなど当たり前にしそうであるし、町の中心の宗教施設が要になっていた地脈の流れが教会に奪い取られていることを見れば計画的であるように見える。

 この動きが偶発的か計画的か関わらず次に注目すべきは郊外の戦力の動向だろう。

 

 一度視点を切り替えて現地組織から見直す。

 現地組織からすれば教会が邪魔なので、どうにか潰したいという気持ちがあるだろう。その為に異界を発生させるのはありえなくもないが、自分たちの管理する地脈を乱してまでするのはまずありえないだろう。

 しかもタイミング的に今でなくてはいけないところが全くない。私たちが来る前でも帰った後でもいいのだ。

 となればこれからの動きはメシア教の動きをけん制しつつ異界の攻略だろうか。流石に地脈を十全に支配している異界を外から封印は出来ないだろう。出来るとするならぜひともその技術が欲しいところであるが期待できまい。

 

 のんびり考察をしている間にも事務所はあわただしくなっていく。

 事態の把握が出来ないためか、ここが対策の場になるようだ。私たちもどこが安全か分かっていないためにとどめ置かれた横で次々と報告がなされていく。

 色々報告があるがだいたいは感知範囲内の話なので幾分情報が遅れている。

 それでもいくつか興味深い報告があった。

 

 一つは教会から逃げ出した人間が町を通ってから郊外の駐屯地に入ったこと。それまで低調だった駐屯地の動きがにわかに活性化したのも追記されている。

 もう一つはその逃げ延びた人間の中で最高位の司祭が戦力の通行許可を求めていることだ。

 

「完全に蚊帳の外ですねぇ。」

 

「⑨ニキ首突っ込みたいんですか? 俺は嫌ですよ?!」

 

 そんな報告を部屋の隅で聞きながら林さんと小声で話す。

 顔に緊張を張り付けた林さんとは違いこっちに緊張はない。溢れた悪魔もそこそこの強さでしかない。林さんでも式神が居れば逃げ回るのに支障はない程度だ。

 ただ困ったことが進んでいるのでどう介入するのかに悩んでいた。

 

「私も嫌なんですけどね。そうも言ってられないかと。」

 

「え、なんでです?」

 

「ただでさえ出来た途端に悪魔があふれるような異界なのに秒単位で膨れ上がってます。ほっておけばどうなることやら。みんな日本で終末案件を探してましたけど案外これがその原因かもしれませんよ?」

 

「嘘だって言ってよバーニィ?!」

 

 ムンクの叫びのように口を開ける彼には悪いが今もじわじわと異界の範囲が広がっている。おそらくは奪われた龍脈から流れ込む力のせいだろうが、碌に対応しようとしてないところを見ると気が付いているか怪しい。ただ膨張しているだけで釣り合いが取れれば止まるなら介入しないでもいいが、メシア教の動きを見ていると不安になる。

 

「メシア教が自分たちだけで攻略するって言っているじゃないですか。あれ、何か疚しい事があるって自分から言っているようなものですが、もしかしたら現地の戦力を監視のために自分たちに張り付けさせて異界攻略を邪魔するためかもしれないんですよ。マッチポンプはメシア教の得意技でしょう?」

 

 こそこそ内緒話をしているが、当然この会話は聞かれていることが前提だ。慌てて部屋から飛び出していく気配を感じながらどうなるかと思案する。

 

 メシア教が黒幕として終末を起こす以外にも考えられることは色々ある。例えば攻略の邪魔をして現地組織の戦力と面子を潰す為だとか自分たちの尻拭いは自分たちでやろうとしているだけだとか思い浮かぶことはいくらでもある。

 それでも情報が少ないのであれば最悪を想定して対処する方がましだ。

 それに異界が育つのであれば攻略までに時間を掛けるのは悪手だ。今は外に出てくるのは弱い悪魔たちだが何時までもそうであるとは限らないし、主まで強くなられては危険度が間違いなく上がる。

 今なら私ならどうにか出来ると予想しているが、このまま放置して世界は終わりましたではシャレにもならない。最悪勝手に異界に入って潰すことを考えないといけない。

 

「どうしたものやら。」

 

「やっべーよ、やっべーよ。」

 

「あんまり興奮しても仕方がないですよ? とりあえず朝から交渉で疲れたでしょうし甘いものでも食べて仮眠でもしますか。」

 

「⑨ニキ余裕ありすぎワロエナイ。」

 

「林さんもですからね? ほら。」

 

「ちょ、ま、ぐぇぇぇー。」

 

 無理やりお茶請けを食わせて目を閉じさせる。あまりに煩いと当身で寝かせますよと言えば大人しく眼を瞑ったので、私も眼帯の下で目を閉じ意識に蓋をする。

 現地組織が確認に走り回る時間はいかほどか。少しでも疲れを取ることを意識して、私は深く沈んでいくのであった。

 

 

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