【カオ転三次】DRUG FATE   作:石は転がる

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幕間15

 私――ハーフィズ――はその日を忘れることは生涯無いと思う。

 

 

 海岸線に建てられたメシア教会にいきなり発生した異界。

 突然の凶報に戸惑う私たちに、武力行使を滲ませて恫喝するメシアンの司祭。

 郊外に集結した現代兵器を装備したメシアンの激発を防ぐべく集められた阻止部隊から引き抜かれた私は、根本の原因である教会の異界へと侵入を命じられた。

 

 彼とお会いしたのはその時が初めてだった。

 

 

 普段は会議室に使われている事務所の一室は大量の電話と人でごった返していた。連絡の届かない人間を結ぶために走り回る伝令たち。中央に広げられた地図に乱雑に置かれてたメモが情報が更新されるたびに降り積もっていた。

 この部屋に通されるまでに漂っていた血臭は不思議と臭わなかった。それでも血の色は駆け回る者たちを飾り付けここが安全ではない事を知らしめていた。

 

「ハーフィズ! よく来てくれた! 状況は分かっているか?」

 

「首領、お待たせしました。異界への突入とだけ聞いております。」

 

 部屋の奥で指揮を執っていた上司に向かえば、すぐに気づいて笑顔で迎えてくれた。

 監視していた時から武装はしていたので装備は問題なかったが、その時の私は何がどうなっているのか分からずにただ命じられた通りに事務所に戻ってきていただけであった。

 

「すまん、急いた。ナスル、サフワ、ラーイド、アナス、お前たちも来てくれ、説明する。」

 

 首領の呼びかけに部屋の隅で談笑していた同僚たちが呼ばれてこちらにやってきた。どいつも我が組織の精鋭であり一度に集まることすらまずない。状況の厳しさがそれだけでも見て取れた。

 

「お前たちに攻略してもらうのはメシア教会に出来た異界だ。這い出てきているのはカオス系の悪魔で夜魔が多い。中は不明だ。中に偵察に出そうにも出てきたやつの相手で手いっぱいで出せてない。」

 

 首領がパッと机に広げられた走り書きには出現が確認された悪魔が記されていた。確か雑多な寄せ集めに見えたが大まかには悪霊系だろうか。その中でも面倒であったりきつい奴が顔を並べていたことだけよく覚えている。

 

「質問だ。攻略というが危険が大きい。援軍を募ってからではだめなのか?」

 

「それに俺たちが抜ければメシアンも調子づかないか?」

 

「却下だ。」

 

 ナスルとラーイドの質問に首領は顔を歪めて吐き捨てる。無下にされた二人にいら立ちが混じるが、口答えより早く首領が続けた言葉に二人は絶句した。

 

「お前らには言っておくか。この異界は今も広がっている。すでに20m以上な。援軍は要請しているがいつ来るか分からん。お前らには情報収集なんてまどろっこしいことはさせん。すぐに異界を攻略しろ。」

 

 普通異界は何度も侵入を試みて情報を集め、傷を癒し、を繰り返して少しづつ進めていくものだ。情報の蓄積と対策なしに異界に向かうのは自殺と何が違うのか。

 

「無茶だ! そうするぐらいならどうにか戦力をかき集めて総力をもってあたればいいだろう!?」

 

「それをする時間がない。それにメシアン共が居る。戦力を集めたら大喜びで後ろから撃たれかねん。」

 

「それならメシアンにやらせればいい! 元々あいつらが原因だろ?!」

 

「……それも考えた。だがあいつらは独力で攻略をこだわっている。下手に任せれば街が滅びるまで時間稼ぎをされかねん。」

 

 同僚たちは反発していたが私は不思議と落ち着いたことを覚えている。

 来るべき時が来た、とでもいうか。当時は人里から離れれば異界がいつの間にかに出来ていたような時だった。封印しても増えていく異界にメシア教の蠢動と漠然と不安が広がっていた。だから何となく腑に落ちたような納得があったのだ。

 

「暗い話ばかりではない。お前たちに朗報だ! 今回は特別にスペシャルな援軍が加わってくれる!」

 

 無理に明るく振舞おうとしているのではなく、本当に朗報だと思っていたのではなかったかな。やけに興奮して普段は使わない英語交じりに紹介されたのが彼だったのさ。

 

「ご紹介に預かります。ガイア連合所属ですが今回は個人として参加の藤原朱莉です。」

 

 第一印象?

 そうだな。流暢な母国語やトーブよりも白い輝く髪だとか色々あるかもしれないが、第一印象だと“どこから出てきた”だな。

 首領に紹介されるまであんなに目立つ人間が眼前に居たのに気が付かずにいたんだ。五人そろって思わず警戒して身構えたのに未熟者でも見るように苦笑されたんで、まあ、あまりいい印象はなかった。

 今にして思えば未熟者扱いされても仕方がないくらいに実力差があったのに、それすら分からずにいたのだからな。汗顔の至りだ。

 

「――藤原の配下のアリサです。足引っ張らないでくださいね?」

 

 サフワがいきり立って食って掛かろうかって時に、これまた気配も感じさせずにサフワの目の前にいたんで驚いた。冷ややかな目に何かすれば殺すって書いてあったしな。サフワなんて顔真っ白にして立ち尽くしてたな。あれは生きた心地がしなかっただろう。

 

「よし、お前たちも実力は分かったな? 悪いが実際の動きは異界で確かめろ。お前たちのリーダーはハーフィズ、お前に任せる。藤原君もすぐに向かってくれ。」

 

「ええ、安心してください。異界は必ず潰しますので。」

 

 目の前の騒動を見ても平然としている彼をみて、ようやくやばい奴だと気が付いた。全身真っ白に輝く中で顔にだけ黒い線が通っていたのに気が付いたのもこの時だって言うんだから我ながら未熟者だったと思う。

 

「ハーフィズさんですね。あなたの上に平和がありますように。」

 

「あ、ああ、あなたの上に平和がありますように、慈悲と加護がありますように。」

 

 整った顔に笑みを浮かべていた彼はどこか現実感の無いほどだった。ただ握りしめた手の熱さがあの時の出会いが幻ではなかったと今でも思い出させてくれる。

 彼との出会いはそんな熱の記憶だ。

 

 

 

 異界の中はひどく塩辛かったとでもいうべきか。母なる海の匂いを濃縮して血をぶちまけたような、そんな臭いに満ちていた。

 私たちは何の警戒もなくその空気を胸いっぱいに吸い込んで進もうとしたんで、その瞬間に彼の叱咤が飛んだね。

 

 『心を強く持ちなさい。』

 

 何のことかと思えば異界の空気そのものがこちらの精神耐性を下げてきていたらしい。対策も抵抗もしないでホイホイ進もうとしたんで慌てて止めに入ったという事だ。

 勿論こっちだって素人じゃない。異界に入る前に一通り対策していた。それをするりと通り抜けられたんで、説明されたって我々にはどうしようもなかった。そこのところを話すと、彼は呆れたように何かつぶやくと私たち全員に術がかかったのが分かった。

 もう、その瞬間吐かなかったことを褒めてほしいね。

 最初に話した臭いだがあれは術がかかって初めて分かった臭いで、それまで何の臭いも感じていなかったんだ。急にあんな悪臭吸わされた私たちは陸なのに溺れそうになったほどだ。

 

 そんな最初から波乱の幕開けだったが意外と異界の踏破は順調に進んで行った。

 私たちが手練れであったのは間違いない。あの異界で同数の悪魔と互角に戦えるのは組織では私たちだけであっただろう。それでも無傷で進めたのは彼の援護のおかげだったのは皆が認めるところであった。

 彼は異界中の構造と悪魔を手に取るように把握していた。この道は何処に繋がっているのか、悪魔たちは何処にいてどこに向かっているのか。そのすべてを彼は見通していた。

 彼自身はそれ利用して裏を取ったり悪魔をやり過ごしたりする事は出来なかったが、そこはラーイドが補った。なるべく消耗しない様に悪魔から見つからないように進み、どうしても戦わなくてはいけない時は隙を見つけて畳みかける。

 

 戦いとなれば彼の仲間のアリサはまさしく一騎当千のつわものだった。一太刀で敵を倒し、離れた仲間の援護の銃撃に、攻撃に対しては盾を使って仲間を守る。

 目まぐるしく動く中で彼は後方にいたが、彼の働きはここでも光っていた。どうしても敵の攻撃を受ける瞬間に防護の術を割り込ませる。言葉にすれば簡単だが、どのような時でも必ず間に合う防護は神業としか言いようがない。それも避けたり防げたりする時には一度も発動させずに本当に当たる瞬間にだけかけるのだ。

 それは呆れるほどの正確さで全員の動きを把握しているという事で、援護は防護だけではなく攻撃にも表れていた。隙が欲しい時に邪魔にならないように怯ませる。もっと強い攻撃が出来るが視界を防いだりしないようにわざと加減されたそれは、下手な攻撃以上に戦闘に貢献していた。

 

 おい、笑わないでくれ。今ならわかっているからさ。

 当時は息の合った充実感しか感じていなかったが、今からすればあれは彼の教導だったのだろう。

 異界の破壊を第一目標にしていたのは変わらなかったのだろうが、異界を見てから私たちの教育を画策したんだろう。或いはサービスだったのだろうか。

 流石に寄り道まではしていなかったが敵にあたる時は私たちが成長できるよう、ぎりぎりまで実力を落としたうえで参考になる動きを織り交ぜていた。アリサの動きに彼の術のタイミングは確かに参考になっていた。自惚れでなければ今でも私の中で息づいていると思う。

 

 

 まあ、そういった感じで進んでいたのだが、さすがに奥地にたどり着くころには余裕はなかった。

 戦闘がきついというのもあった。それ以上に奥に行けば行くほどあの場所で何が行われていたのかを遺す物品が散らかっていたのだ。

 

 ホルマリン漬けにされた奇形児。四肢をなくした妊婦の死体。ごみのように積まれた体躯。死体の残った天使。

 

 他にも色々な機材や道具もあったが印象に残っていない。

 ただ、私たちの誰もが吐き気を抑えて口をふさいでいた中で。彼だけが平然と『これだからメシアンは』とつぶやいた言葉だけがこびりついている。

 そんな有様だから足早に残骸を通り過ぎていくころには早く終わらせたいとしか思っていなかったな。

 なるべく周りを見ないように、消耗すると分かっていても戦闘をして最短距離で終わりに向かっていったからだろうか。異界に入ったときの覚悟とは裏腹に割とあっさりと主へとたどり着いた。

 

 主の部屋は教会の隠し部屋の一つだったのだろう。

 そこは何十mもある広場だった。奥は窓になっていて海中を広く見渡せた。石板を敷き詰めた床は一段下がっていて、ひたひたと海水が満たし、中央にただ一つだけある祭壇が唯一海水に浸からないで済む場所だった。

 

 そう、そこにいたのが悪魔だったのだ。

 

 悪魔。そう、悪魔としか言いようがない。

 天井から鎖で吊るされた、黒い翼をもった腐肉の人型と交わる黒い四肢を持った人型。青ざめた髪を振り乱した女怪は腐肉に押し倒され、逃げるように腕を伸ばしながら動きに合わせて嬌声を上げる。

 熱い吐息。溢れる泉に零れ落ちる汗。揺れ踊る双丘。熱に浮かされた表情の中で瞳の雫だけ冷たい。

 犯される女怪は、悍ましさ以上に艶めかしかった。

 そうだ。私たちは確かにあの瞬間、女怪に魅了されその慈悲を賜ろうとしたのだ。

 

「私の防護を抜いてきますか。」

 

 ふらふらと部屋に入ろうとした私たちを押し留めたのは、その一言ではなくその身の気配だった。

 彼から立ち上っていたのは穏やか慈愛だ。厳かなまでに清浄な空気は魔道に魅せられた私たちをそっと包み込み、その身に巣食う魔を拭き散らかしていた。

 

『無粋な奴め。また私を連れ戻しに来たか。』

 

 熱の無い言葉が冷めた顔から紡がれる。

 恐ろしき言葉は肉ではなく魂を奴らへと引きずり込もうと、私たちに呼びかけてきた。知らない言語を無理やり理解させて人間を堕落に誘うのは悪魔の十八番とはいえ、あれほど強力なものは初めてであった。

 頭の裏側に口吻を落とされるような声。

 その声に私たちの誰もが息をひそめ必死に耳をふさいでいる中、彼は鼻で嗤って一歩踏み出していた。

 

「人違いだ。私はこの異界を終わらせに来ただけだ。」

 

 私は、その時奇跡を見たのだ。

 付き従うアリサが水をかき分ける横で、彼は当然のように海を割って歩いていた。香気を背に靡かせ輝くものは泰然と。極光は絶えず私たちへの道をふさぎその身を守護する。

 

「女、蛇、紅海、子供。――なるほど。ペ天使共は護符でも強請ったか?」

 

『いいや。私を男に押し倒させるつもりだったのさ。』

 

「……? いや、そうか! 初めは呼び戻されたのだったな、女。」

 

『それでどうする? お前が私を抱くか。』

 

「お断りだ、阿呆。お前には立ち去れとは言えんか。――お前は明け渡して眠れ。今を生きようとしない者よ。せめて笑えるようになってから口説け。」

 

『……っ…くっくく、いいなぁ、お前。本当に。』

 

 一度女怪は熱い吐息を溢していた。黒い翼の腐肉を引きはがし、彼に相対しながら耐えきれないとでもいうように体を掻き抱く姿はどうしてか最初の印象と違っていた。

 

『……あぁ、決めた。お前は手足をもいで飼ってやる。』

 

 固く口を結んだ彼と、艶やかながらどこか純真に笑う女怪。

 一歩進むごとに交わされる問答の意味を私は今でも理解しきれていない。

 それでもあの戦いを見届けた一人として、私はあの結末こそがふさわしいと信じているのだ。

 

 




主人公と彼の式神は『自己制御能力』がずば抜けて高いです。
そのため、自身の霊格の自己封印や非活性化などをして同行者を鍛えることが出来ます。

……と、いう事にしておいてください(汗
カオ転の設定的にレベリングできないのは高LVに経験値等が引き寄せられるのが理由な様なので、そこを誤魔化したら出来るという事にしています。
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