【カオ転三次】DRUG FATE 作:石は転がる
呉支部の建屋は非効率的なものである。
これは元は派出所として買い上げたマンションの部屋をぶち抜いて事務スペースを確保して支部機能を増設しているため、間取りに無駄が大きいせいである。移動はわざわざ外の廊下を使わなくてはいけないし通路も狭い。宿泊しているガイア連合員の横で仕事をしているため物音にも気を使わなくてはいけない。
その派出所の廊下を歩く人影が一人。
そっと扉を閉めて向かっているのは一階に構えた支部長室へだ。お偉いさんらしく最上階にとの話もあったが、利便性から一階に据え置かれた部屋を使うのも今年までだろうかと書類片手に白石百仁華は思った。
道の整備に合わせて支部機能の移転も本格化している。ガイア連合が誇る建設会社であれば急がせなくとも予定通りの工期で終わるだろう。
手に持った書類にもう一度目を通していると生ぬるい風が吹き込み書類を空へとはばたかせようとする。
春は過ぎ去り初夏にかかる季節は気温の上下が激しい。今日は特に暑かったので百仁華はタンクトップとシャツの上着にホットパンツと涼やかな軽装だ。
くるくると生真面目に階段を使って降りていく。普段なら出入りも多いのだが今日は誰も通りかからなかった。珍しいこともあるものだなと思いながら百仁華は支部長室をノックした。
「失礼する。百仁華だ。入るぞ。」
ガチャリと音を立てて扉を開けばそこは待合室だ。観葉植物とソファーが横にあり、正面に置かれた台座の座布団の上にちょこんと特徴的な立方体が鎮座している。
「おはようございます、白石百仁華。私、ポッド042が要件を窺わせていただきます。」
「おはようポッド。朱莉はいるか? 書類を持ってきたのだが。」
「回答:マスターは現在不在。直接渡す必要がなければ当機が受領・提出をおこなうが?」
「書類はそれでもいいんだが他にも聞きたいことがあってな。今どこにいるか分かるか?」
「推測:マスターの発言から書籍管理室に居ると思われる。」
「またか。分かった、ありがとう。書類は預かってくれるか?」
「了解。――確かに受領した。」
書類をポッドに任せて部屋を出る。
書籍管理室はガイア連合が集めたオカルト資料の写本が立ち並ぶ図書館だ。神主が監修したテキストから現地組織から収集した伝来の品まで玉石混淆の資料は、その内容から転生者に限定して公開されている。利用者の多くは製造に回った転生者だが、修行のために学ぶ人間も数は少ないが存在した。
机にかじりつき資料を読み解く藤原朱莉もその一人だ。
部屋の壁を取り除かれ広く繋げられた一室はやや暗く、並べられた本の数は多い。入口すぐの利用者スペースには本棚と閲覧席が並び、その空間と同じほどの広さがカウンターの向こう側に広がっている。司書の仕事である原本の写本と現代日本語への解読の為のスペースだ。
書籍管理課は非常勤も含めれば他の課と遜色がない人間が勤めている。星霊神社に蓄えられた知識は素晴らしいとはいえすべてを網羅しているわけではない。そのためガイア連合ではどん欲にオカルト知識を収集していた。その多くが曖昧で抽象的なものであったが、余さず拾い上げ磨き上げた結果がガイア連合の技術力の一端である。少なくとも呉支部ではそう考えてこの場に少なくない予算を投じていた。
カウンターの司書に黙礼した百仁華はそっと朱莉に近づいた。
小さな背中だ。
デスクライトに照らされた横顔は一心不乱に資料の字面を追い、まとめた内容をノートへと書き写している。
あのノートも何冊目だろうか。昔から時間があれば鍛錬所か資料に埋もれているかしていたが、最近は険しい顔をしている気がする。今も百仁華に気が付いているだろうに、声を掛けられていないからと無視するのは朱莉にしては珍しい反応だ。
朱莉に声をかける――その前に百仁華は日の入らぬ書籍管理室の中でも眼帯をした人影に静かに近づいた。
「いつからここに?」
「今日は朝に仕事を片付けたらそのあとずっとだな。昼も取っていない。」
少し離れて資料をより分けていた2Bに百仁華が小声で尋ねると呆れた顔で2Bが答える。今はすでにお茶の時間も過ぎた頃だ。
「随分と根を詰めているな。止めなかったのか?」
「好きにさせればいい。この頃焦りすぎているからな。空回りさせておく。」
手元の資料を閉じた2Bは資料を戻しに席を立ってしまった。取り残された百仁華は少し悩む。
百仁華にも焦りと言われて思い当たる節はある。ただでさえ異常な頻度で異界を破壊しているのに海外の異界にまで首を突っ込むのは焦りすぎであろう。近頃は異界の破壊に行かなくなったと思ったら、暇を見つけては資料片手に術をこねくり回してすことに費やしている。
そこまで考えて頭を空にする。今考えても意味のないことだ。
「朱莉! ちょっといいか?」
「ええ、構いません。話なら部屋に戻りましょう。」
小声で元気よく話しかける百仁華に朱莉は小さく返事をして資料を片付け始める。いつも通り穏やかにほほ笑むその姿は常日頃とと同じく心を乱されている様子は見えない。片づける手際にも未練は見受けられずさっぱりしたものだ。
それでも、と思う気持ちを今は無視をして百仁華も一緒に片づけを手伝う。
片づけが終われば支部長室で仕事の話をし、それから三人でお茶を少しの時間だけ楽しんだ。
特に特別な話をしたわけでもない。何時支部が移転するのだとか道が出来たらどんな店が出来るのだろうかとありふれた話題だ。ただ少しでも朱莉の気分が変わる様にと百仁華が思い、それを朱莉が受け取っただけのとりとめのない時間だ。
それは何気ない日常の一欠けらなのだから。