【カオ転三次】DRUG FATE 作:石は転がる
秋も深まり冬の空気を感じる時分。
長らく使ってきた間に合わせの派出所から、名実ともに呉支部は支部建屋に居を移し拠点として機能させることになった。広大なシェルターに併設された支部機能は、今までの在り合わせの施設の不満を集計し改善されたおかげで贅沢と言いたくなるほどの余裕と余剰を抱え落成と相成った。
これで初期計画案で終わっていない物は、後回しにされている拠点防衛用式神だけである。しかし、式神が神主から届くよりも第一次第二次拡張計画の防護施設群が完成する方が早いのではないかと、呉支部では諦めを持って待つことになっていた。呉支部よりも脆弱な守りの支部が多いことは呉支部事務方でも理解はしていたからだ。
仕方がないので、呉支部では既存結界の再構築を本格化させるとともに拡張計画を実行に移していくことになっていた。
都市部を広くカバーするために設計された多重積層結界は、現在修復工事が順次行われている神社仏閣を起点とした宗教結界だ。今は宗教宗派ごとにばらばらに構築されている現在の結界を解体し、共通規格の基盤の上に防護冗長性の拡張のために本尊に合わせた神仏術式で再構築を進めている。
そのため、近頃私は修行そっちのけであちらこちらに飛び回ることになっていた。
正直時間はかかるし面倒な構築作業なので誰かに代わってほしいのだが、結界ごとの整合性を整え一つ二つ破綻したところで問題の無い術式の敷設は、神主と顔を突き合わせて調整・修正・構築をなした私にしかできない仕事であった。
まあ誰かに任せれたとしても、結界負荷の放出先を選定して異界や悪魔の出現場所を固定する権限は、支部長である私にしかないので結局確認作業で私の仕事は増えてしまうのだが。メシア教への配慮のために地脈をがっちりと押さえられなかったせいとは言え、都市近郊に異界が連続して出来るのは支部長の立場としては善し悪しがあって悩ましいものであった。
そうした忙しい日々であったが、常に仕事に終われていたというわけでもない。
クリスマス間近のある日のこと。本日は仕事の合間をぬって家族で新しく出来た通りの見物にやってきていた。
真新しい街路は白く染まり、木と漆喰の店舗からの光を淡く跳ね返している。柔らかい光を落とす街灯の下にはプランターやベンチが並んでいるが今は白く染まってしまっている。ガイア連合の派出所と支部を繋ぐ車道本線から一つ横に作られた商店街は、屋根を稼働させれば全天候対応であるが今は雰囲気を優先して雪が積もるに任せられていた。
今日は世間では休日とあって人通りが多い。開通したのがつい最近であるので物見遊山で来た人たちだろうか。雪が降りやや暗い天気であるが通りかかる人の表情は明るかった。
「ヒルダ! あのマントカッコよくないか?」
「え、…えぇ? 少し派手過ぎませんか? 百仁華さんにはもうちょっと落ち着いた色の方が似合うと思いますよ?」
「そうかな? 隣の一揃えなんてヒルダに良く似合うと思うのだが。」
「待って、百仁華さん! あれを私に着なさいと?!」
街行く中で通り過ぎたショーウィンドーを検分する二人の声は楽しそうだ。後ろの方からも楽しそうな声が聞こえてくる。さすがにダースを超える人数が横に広がって歩くわけにもいかないのですべての会話を聞いているわけではないが。
「先に用事だけ済ませたら自由に見て回りましょう。」
二人に手を取られて目的地に先導する私の格好はこの場所に合わせて黒い三角帽子に銀糸で縁取りした長いマントだ。帽子にはデフォルメされた赤い⑨のマークが鎮座し、マントの下にはYシャツとリボンタイが顔を見せている。
この通りは魔女たちの風俗に合わせた商店を集めており、いつの間にかに欧州魔女街と呼ばれるようになっていた。当然ここで働く人間も魔女たちが多い。その為ここでは彼らの装束が正装のように扱われていた。私の格好はまさにそれである。
ただ地味にジャパナイズ化の流れは強く、フリルなどの貴族的な意匠が多く取り入れ始めているらしい。本来は金属が完全にダメなはずの流派でも、ガイア連合製であればOKにするなど文化の変遷は激しそうだ。
ちなみに今はまだ整備中だが、近くには近頃増えてきた亡命者のための商店を集めた中東街も出来る予定である。
「待って、藤原さん! あんなに透けた衣装は着ませんからねっ!」
「ああいった装束が一族の主流ではなかったのか? ホーネットみたいな。」
「そ、それはそうですけどっ……!」
「ヒルダの趣味とは少し違うんですよね? 百仁華もあまり薦めないで上げてください。可愛いと思うのは分かりますが。」
「それはすまなかった。あとで他の服屋も見て回ろう!」
学校に通わせたおかげか彼女の感覚は一般のものに近くなっている。昔なら勧められた服も何の抵抗もなく来ていたであろう。ただ感覚の急変のせいか、地味でやや御堅い服ばかり着るようになってしまったのは見る側からすれば勿体ないと思っている。
話をしながら進んでいると服飾店から装飾品店へと通りの顔触れが変わってくる。向かっている店はこのあたりだ。
「えっと、金の雫、金の雫……あ、あそこですね。」
事前に聞いていた店名を見つけたので軽く雪を落としてから入る。
小さな窓にそっと飾られている槌。店内のショーケースには指輪や首飾りなどの一般的なものからブレスレットやアンクレット、ブローチにボタンと様々な種類の装飾品が所狭しと並んでいる。天井からは鎖やベルトが吊るされ、壁際の棚にはゴブレットなどの食器が無造作に詰め込まれていた。
広い店内は商品が多くて狭く見えてしまいそうだ。雑多な雑貨屋にも見えない事はないがこの店を訪れた人間にそのような勘違いをする者はいないであろう。
何せ商品の全てが金色に光り輝いているのだから。
「らっし゛ゃい! ――おう゛、支部長じゃないか゛ぁ! 今日はどぉうしたぁ?」
ガラスが震えそうな胴間声で迎えてくれたのは私の倍はありそうな背丈の青年だ。
背丈に合わせて大きく作られたYシャツに仕立てのいいベストを合わせた姿。縮れた髪と髭は前に見た時とは違い丁寧に手入れをされていた。センスのいい髪留めやボタンは自分で作ったものであろうか。片眼鏡をかけて商品の金細工を磨いていた姿は中々知的だ。
「こんにちは、レフェン。遅くなりましたが開店おめでとうございます。今日は客として参りました。」
「お゛お゛ぉ゛、ありがと゛う゛。よく゛見て゛いって゛く゛れ!」
手を叩こうとしてから自分の持っているものに気が付き、慌てて商品をそっとカウンターに置く彼の歓迎に嬉しく思う。
彼は東欧から渡ってきた魔女たちの一人だ。もとは一人枯山の洞くつで魔女たち相手の鍛冶屋を営んでいたらしい。それが商売相手の魔女が皆移住してしまうという事で、魔女の勧めもあって一緒に日本にやってきたのだ。
組織にも属さず裏側相手の鍛冶をしていた彼は、本人曰くドヴェルグに師事した半巨人の末裔だそうだ。それならそうで北欧神話の組織に取り込まれていそうなのだが、住んでいた場所が東欧であったり半巨人と言う出自である事を考えると何らかのトラブルが昔あったのかもしれない。
それはともかく、彼はガイア連合において数少ない伝統技能を受け継ぐものとして様々な協力をしてもらっている。純粋な技術や技法の収集から始まり、彼の職人としての研鑽からくる勘によって、ガイマテが開発したは良いが使い道の見つかっていなかった金属の商品利用の方向性を見つけたり、魔導炉に使う木炭や石炭の炎の概念形質を調べたりするのに彼の力は大変役に立ったのだ。
もちろん、協力の対価は渡している。純粋な金銭報酬やガイマテの金属の融通などあるが、一番彼を喜ばせたのは何と言っても“金”の卸先として許可が出た事だろう。
ガイア連合は基本的に異界から採掘した鉱物に特に制限をつけていないのだが、流石に金・銀に対しては表の市場に流通しないように許可や契約を必要としている。今は試験採掘レベルだからまだましだが、本格的に鉱山異界を掘れば年間でt単位の金が産出できるとガイア連合は見ていた。それを無差別に表に流しては経済が混乱すること間違いなしであるし、派手な金の動きが隠しきれるはずもない。
そのため金の取り扱いはかなり慎重に対応をしていた。なにせ転生者相手でも金に関しては最大取引量を決めたりしているのだ。それが彼に関しては監査や客への契約の強制があると言ってもほぼ無制限となっている。
それを許すだけの功績や誠実さを示したという事もあるが、私としては彼の有用性を利用する為なのが大きい。
彼は基本何でも作るが、本職は“金”の装飾職人なのだ。ドラウプニルやグリンブルスティなどを作ったとされる者たちの技術を受け継いでいる彼の作品は、見事な美しさと共にオカルトへの適性がずば抜けて高い。その技能を生かしてもらうのに“金”の使用は欠かせなかったのだ。
「レフェン。今日は皆への指輪を見せてもらえませんか? それもなるべく良いアガシオンの容れ物をお願いします。」
「お゛う゛、いっぱい゛来て゛くれて゛嬉しい! ラーレ、ラーレ! お客さ゛んだ!」
「はいはい、聞こえていますよ。」
ぱたぱたと奥から出てきた家政婦姿の悪魔。西欧から魔女に憑いてやってきた家に憑く妖精のたぐいだ。ガイア連合で保護していたのだが、レフェンに惹かれたのか彼の下について回って世話を焼いている。
中々愛嬌のある美人で転生者の中にも契約を持ちかけた人間が居たらしいが好みではないと断ったと聞いて、さもありんとうなずいたものだ。妖精や精霊の好みは色々あるが、その一つに誠実にこつこつと努力する人間を好むという癖があるからだ。
「ラーレさん、人間の女性陣の指輪選びを手伝っていただけます? アガシオン用なので、なるべく普段から身に着けても邪魔にならない物が良いと思うのですが、そこは装着者の好みで変えていただいていいので。」
今日、この店に来たのは女性陣の守りとなるアガシオンの指輪を選びに来たのだ。アガシオン自体はすでにガイア連合で製造販売されるのだが、そのアガシオンを入れる容れ物は自分たちで用意することも出来るのだ。
最初は指輪も転生者のオーダーで作られていたのだが、すでにアガシオンも通常の商品と同じ扱いで非転生者にも流通を始めたのでアガシオン自体の必要量が増えている。そのため全ての工程を抱え込むのではなく分業制で製造するための規格が作られ、ガイア連合員全体へ公布している。製造班が一人一人に合わせたリングを用意したり作ったりする手間を減らせるからだ。
本来は製造班の仕事を減らすためのものであったのだが、同時にセンスのない装飾をつけずに済むという利点も存在していた事から規格はおおむね歓迎されて受け入れられ始めていた。
「なんでぇい。支部長は付けな゛いのか゛?」
「私は護衛が常にいますからね。それにアガシオン程度だと邪魔にしかならないので。」
持ち運びの利便性は買うが私が運用するにはレベルが低すぎて使いにくい。せめて戦闘速度に追従できるのならば使い道があるのだが、今の技術ではレベルアップに期待するしかないので邪魔なのだ。
「この時期に指輪と聞いていたので婚約指輪かと思いましたが違うのですね。了解しました。普段使いを考慮します。」
「ああ、勘違いさせてしまいましたか。……もし、よろしければ、ですけど。それも、いいかもしれませんね。」
ぞろぞろ連れ立って店内を観察していた小夜子さんの言葉への返答は自分でもわかるぐらい歯切れが悪い。
漸く十になったガキが数多の女性を侍らせて内縁の関係を築いていることに後ろめたさがないわけではないのだ。社会一般など持ち出さずとも、自分のリソースの問題で彼女たちに負担を強いていることは間違いのない事実であるのだから。
その私がさらに縛り付けるようなことを望んでしまうのはあさましすぎないだろうか。
「それなら朱莉もつけないとね! ふっふっふ、朱莉の指輪はノーバディちゃんが選んで進ぜよう!」
「それは困るな。朱莉は私とお揃いをつけるのだから!」
「あら、朱莉の好みは質実剛健で落ち着いた邪魔にならないもの――つまり私の物とペアではないですか?」
楽しそうにショーケースに向かう彼女たちの姿に戸惑う。
指輪なんて関係を象徴するものの一つだ。物語であるまいし皆が本当の意味で仲が良いとは思っていない。私の居ないところでいろいろやり合っているのではないかと思っていたのだが考えすぎだったのだろうか。
「あまりこういったものは分からないのですが……ヒルダは何かありますか?」
「え、ホーネット様? え、えっと婚約指輪はダイヤモンドが定番だと本で読みましたが……。」
「朱莉さんは普段から手袋をつけてますのであまり厚みがない方がよろしいかと。」
「それなら婚約指輪より結婚指輪のデザインの方が良いかもしれませんね。石をつけないなら彫刻に凝るのもいいですよ?」
ラーレがとり出してくる指輪を囲んでみる女性陣の距離は近い。和気あいあいとデザインを選ぶ様子に険悪さも駆け引きも欠片も見当たらない。私の気配感知が間違いでなければそこにあるのは喜びだけだ。
困惑はあるが悪い事でないので棚に置く。女性の心は男にはいつまでも難解なリドルの様なものだ。考えて分からないなら棚上げで良いだろう。
そうして取り残されたのは式神以外だとマリー一人だ。
戸惑い、だろうか。きっと今の私も同じような表情をしていると思う。
「えの、あっと、……私も選んで良いのかな?」
「マリーも好きなものを選んでください。遠慮はいりませんよ。」
「その、私は今年知り合ったばかりだし朱莉も監視しているだけでしょう?」
監視、監督あるいは警戒していることは否定できない。女神転生的な意味での転生者かアウトサイダーかも定かではない彼女に巣食う悪魔を、ガイア連合運営は一定以上の警戒をしている。
「――私は、一度庇護に入れたものを理由もなしに追い出す気はありません。それが始まりはどうであれ熱を交わした相手であれば特に。……あるいは往生際悪く手放さない、と言う方が正しいですか。」
もしもが来れば確実に処理する。
その決意は変わらず、しかし、だからと言って私が慈しまない理由にはならない。その生が幸いであって欲しいと思うことをやめたりしない。罪なき命の歩みは祝福に満ちているべきだ。
「……ぁっ……な、なら私も指輪を選んでくるね!」
「ええ、お願いします。私はどうもセンスがないので。」
ぱたぱたと指輪の選定に加わるマリーを見送ってからどうしたものかと悩む。
最初はアガシオンの指輪を選ぶだけのつもりであったが、話が飛んでお揃いの指輪を皆で嵌めることになってしまった。
まあ、それはいいのだ。それはいいのだが、お揃いをにするのであれば――
「ヴィーラも一緒の指輪をはめませんか? 嫌でなければ、でいいので。」
「私、ですか? 私はお姉様の式神ですよ?」
「そうですね。でも、出来ればあなたにも嵌めてほしいのです。」
口に手を当てて驚いた表情をするヴィーラに苦笑する。他人の式神相手の横恋慕など前代未聞かもしれない、と自分を笑う。
でも、こうなってしまったら自分の気持ちに正直に突き進んでしまった方が後で後悔しないで済みそうだ。
「私たちには何もないのか、9S?」
「私の式神は私のわがままで一緒の指輪をすることに決めました。いやならこっそり外してください。……ポッドと神機は腕輪ですかね?」
わざとらしく9Sと呼ぶ2Bに、笑って我儘を言う。私の一党は普段から手袋をはめているので外した所で私は気が付けない。そういう冗談だ。
仕方なさげに苦笑するA2に粛々と頭を下げる武蔵、アリサは仕方なさを装おうとしているがショーケースの方が気になって仕方がないのが漏れている。一人のけ者になった蒼が文句を言ってくるが流石に彼女の体に指輪は難しい。角に何かつけれるだろうか。
蒼が角でチクチク文句を込めて刺してくるのを相手にしながらヴィーラの返答を待つ。彼女が迷うように視線を泳がせる姿は初めて見た。いつもちょっと影を帯びたように笑う姿ばかりで悩むような姿を見たことがなかった。
「お姉様にお聞きしてからになりますが……私も指に嵌めたいと思います。」
「それは、嬉しいです。」
答えを出してくれたヴィーラが笑顔で答えてくれた。いつもの薔薇の様な艶やかな笑顔ではなく小さくほころぶような笑顔。胸の前で指をなぞるように触れているのは指輪をつけることを想像してくれているからだろうか。
今日初めて見るヴィーラの一面にドギマギしながら、私は女性陣に私のわがままを伝えに向かうのであった。
アガシオン自体は主人公が自作して渡しました。
この時期は海外の強豪異能組織がまだ頑張っているので、亡命者は一族単位か家族単位の小規模なものが多いです。
それでも呉支部には万を超える亡命者が集っている想定になっています。
そのため、彼らの風俗に合わせた品を取りそろえる商店などが必要になったのが『○○街』と呼ばれる商店街が作られた理由になります。
ただ、街の雰囲気が気に入った転生者も店を出したりしいるので厳密に仕切られている訳ではないです。