【カオ転三次】DRUG FATE 作:石は転がる
別人として出させていただいているのでご了承ください。
…飛鳥ちゃんが可愛いのが悪いんだ、被ったのは。
都会の空はよく狭いと称されるが、確かにそうだと彼女――二宮飛鳥――は改めて感心した。
今の住処も地域の中では都市部なのだが、東京に比べれば田舎の一つに過ぎない。表通りから抜けてみてもどこもかしこもビルが建ち、住宅街のようなところでも一階は店のところが多い。
それに夜が更けてきても人気が途絶えない。脇の小道を歩いても人影が絶えることがないのは驚くべきことだった。
そんな狭い空から注がれる雨粒が、眼を濡らす。
雨天。ザーザーと降り注ぐ音が聞こえない。雨に濡れたアスファルトの黒さも、空に比べればましだろうか。
人形のガラス玉のように、ボクの目は空を見上げる。
夏休みの解放感。
首都で行われるライブに参加し、ついでに小学校の頃の友達たちと示し合わせて再開したのだが、昔は見えていなかったことに多く気が付かされるものだった。
或いは、これが大人になるという事なのだろうか。
淡いときめきを感じていた相手も、久しぶりに会ってみれば薄っぺらい人間に過ぎなかった。仲が良かったと思っていた女子も、綺麗になったと褒める言葉の端に憎々しいものが混じっていたのに気が付いてしまった。
わざわざ東京で待ち合わせて色々と回ってみたが、随分と疎外感を感じさせるものであった。これならライブが終わったらさっさと帰ればよかった、と愛想笑いをしながら思ったものだ。
東京での最後の夜だから、皆と一緒だから、と盛り場に連れ込まれたのは、それでもかつての友達だと信じていたからだろうか。
慣れた様子で纏めて注文する男子。その目に生々しいモノがあると気が付いたのは運だが、出された物に気が付いたのは小説に憧れて真似した経験のおかげだった。
大人ぶってこっそり一人で呑んだ経験が役に立つとは思いもしなかった。
帰りの電車が早いから、と無理やり店を抜け出してきたが、彼らはあの後どうしたのであろうか。あのままあそこに残っていたら、心の傷と引き換えにこんな事にはならなかったのだろうか。
もう意味のないIFが、命の一緒に流れ出していく。
粘つくような湿気と、ぬめり滴る雨。
悲鳴を上げても誰も出てこない都会の冷たさ。
呆然と暗い空を見ているのに、既に体の感触がない。
盛り場からホテルへの帰路。
――最初は友達の誰かが付けて来たのかと思ったのだ。
店から出た街並みは街灯の灯りも明るく、人込みはすっかり陽が落ちているのに途切れはしていなかった。そんな中、誰かに付けられている様な気がしたが、振り返ってみても誰も居ないので勘違いかと思った。
平日であっても騒がしい街は、最初は活気があるように見えたのに、今では空騒ぎしているようにしか見えない。
早く家に帰りたいとホームシックに罹っている自分が、なんだか可笑しかったのを覚えている。
貧相な体躯にやけにぱっちりとした目。ボサつき薄汚れた毛並み。だらしなく垂らされた舌。
そんな犬を見つけたのは、そんな時であった。
首輪も無しで、主人も見当たらない。それどころか人のすぐそばを通っても、誰もが居もしないかの様に通り過ぎていく。
気味が悪い。
そう思って足早にホテルに向かうのに、犬はつかず離れずの距離でじっとこちらを見据えながら追ってくる。
胸中に湧き出る不安を不快感だと思い込んで、ボクは足を速めた。
歩いて、歩いて、歩いて歩いて歩いて。
気がついたら人のざわめきが聞こえるのに、誰も居ない小道を歩いている自分を見つけた。
ぞっとする。ここはどこだ。
慌てて周りを見渡しても、誰も居ない。
居るのは犬だけ。犬だけはじっとこちらを見つめている。
悲鳴。初めて聞いた自分の声に、気が付くことなく走る。
走る、走る、走って、そしてボクはこけた。
うぉぉぉぉおおおおおおんんん! 悍ましい遠吠え。歓喜。
近づいてこなかったはずの犬が走る。
傷つけられる。
まずは足。噛みつき、振り回された頭に肉が引き裂かれる。
悲鳴。誰も、来ない。
傷つけて。喰らうでもなくボクを見てにたりと笑う犬。
吐き出される吐息。臭い。それが顔にかかる。
必死になって蹴りつけても手をぶつけても犬は揺るぎもしない。
にたり。笑う。
笑う笑って笑って、見せつけるように腹に食らいつく。
絶叫を上げれただろうか。もうパーカッションの様に点滅していた意識は、それを覚えていない。
引き出されて見せびらかされるナニか。痛み。
にたり。
振り回していた手が落ちる。まるで捥がれた翼。もう終わるのだ。
動かないボク。それを見ている自分。
遊ぶように前足で押されるが、反応を返さない体。他人事にしか感じない感情。
雨が降っている。
こうして何も出来ずに、僕の世界線は閉じるのだ。
諦観。
いくら揺すっても動かない壊れたおもちゃに飽きる犬。それでも片づけはしようと牙をむく。
ボクは何も成せずに終わる。
だから、これはボクの物語ではない。
白銀。破邪の威光。
雨の代わりに、死神が落ちてきた。
光り輝く銀糸。只々目の前の現象を見る双眼。整い作り物めいているのに、それを見る人に否定させる感情もない相貌。
空から降り立つ死神を、ボクはただ見つめる。
死神も、漫然とボクを見る。
犬はもういない。
いつの間にかに居たもう一人は離れていく。
「運が良いのか悪いのか。」
死神が失笑する。
蒼い、碧い、青い目がボクをとらえる。
音を立てて降る雨粒は彼に届かない。長い長い髪がさらりと流れる。
跪き、彼は腰から石を取り出しボクに向かって掲げる。
小さな石。ガラス玉? それは淡く光って消える。
彼のため息。
「寝覚めが悪いか。」
言葉を発し、先ほどとは違う石を口に含む。そして己の手首を口元に寄せる。
何をするのか。見ていたら噛み千切った。びっくりする。
穴を開けるどころではなく、ずたずたに傷ついた手首からは彼の鼓動に合わせて赤いものが飛び散る。見るからに致命傷。それを気にせず彼はすすり、傷ついたままの腕はボクのがらんどうの腹にあてる。
べっとり顔にかかった赤色。持ち上げられたボクの顔に彼が覆いかぶさる。
いい匂い。朱を差した口元が艶めかしい。
口づけ。
ドキリとする。舌を入れられている。流し込まれているの。血のはずなのに、とても甘い。
顔が赤くなる。大事にされている。これは、誰の感情? 気持ちいい。恥ずかしい。
彼の鼻息がボクをくすぐる。指が跳ねる。
あれ? 動いた。疑問。
そんなことを考える間もなく、ボクはボクの中に納まり気を失った。
気がつけば雨がかからない。
世界の中で、ボクと彼だけを、雨は避けていた。