【カオ転三次】DRUG FATE 作:石は転がる
普段、私は東京に立ち寄ることはない。
取引先の会社の都合で面会を求められることもあるが、それならそれで呉に来させるし、態々呼び寄せるような所は出向かないで済む程度の相手だ。
それなら支部長としてはどうかと言えば、ガイア連合員も活動をしている人間は六本木に小さく置かれている支部より、設備の整っている他の支部に集まるため連合員に会うために寄ることもない。
例外と言うべきなのはペルソナ組だが、彼らと私の繋がりはほぼないので一時の遊興を除いてやはり東京に近づかない。
というか、基本的に山梨支部の方が利便性が良いため、首都圏の人間に会うならあちらになる。
それに、私自身意識して近づかないようにもしていた。
ガイア連合ではいくつか終末について憶測がされているが、その多くに東京が出てくるからだ。
万が一、私が東京に居るときに終末が起こって巻き込まれてしまえば、支部長としての仕事に障りが出てしまう。別に私が居なくても対応は出来ると信じているが、そうなっては支部長として責任が取れなく困った事態になってしまう。
そのため特に用事がなければ立ち入らないようにしていたのだが、今回はどうしても向かわねばならなかった。
新作アニメの事前予告ライブ。
普段の収録は山梨でしているが、こうしたイベントはやはり東京でないと出来ない。私の我儘一つで中止できるようなものでもないので、諦めて東京に向かうことにした。
すると、せっかく東京に行くならと表の会社の仕事が積まれ、晴れて私は東京で数日過ごすことになったのだ。
内心曇ったままやって来た東京だが、仕事は特に問題がなかった。
私が顧問や相談役をしている会社の仕事も、実務は他人に丸投げしているので決まったことに言質を与えるのが主な役目だし、ライブはどう評価されたかはともかく他の出演者の生演奏を傍で聞けてとても楽しく仕事が出来た。
打ち上げも盛大に弾け、新しく友達が出来たのは良かったことだ。
ふと考えてみれば、私が友達と言えるのは芸能関係者ばかりになっているのだが、やはり支部長として仕事に関わる相手ではないのが大きいのかもしれない。個人的に融資している相手だと、友達と言うよりも悪友と言う感じがするので真っ当な友達が増えるのは歓迎すべきことであった。
友達と言えば、仕事の合間にジュニアアイドルの皆とも顔を合わせる事が出来たし、これからは避けることなくもう少し東京にも立ち寄ってみるべきかもしれない。
そんなことを思って気持ちよく過ごしていた最後の晩。
やっぱり東京にあまり寄るべきじゃないかも、と思ってしまう出来事に遭遇してしまったのだ。
東京での拠点にしていたホテルの一室。
ホテルの中でもそこそこ等級の高い一室は、眼下に東京の街並みを望めるくらいには高層の部屋であった。窓の外には延々とビルが建ち並び、一つ一つの照明が混然となって“東京の夜景”と言う景色を作り出していた。
都市のラウンドマークも隠れずにしっかりと見える眺めは、なるほどホテルの自慢にするだけのことはあるのだろう、と乾いた目で私は見納めになる景色を見ていた。
都会である。でも感動するものではない。
そう思ってしまうのは比較対象があるからか。
工場地帯の鮮やかなライトアップとは逆に深く沈みこむような海の闇。ぽつりぽつりと浮かぶ船の灯りが星のように輝き、正面には島影と対岸の街の灯りが輝く。そんな普段の光景からすれば百万ドルの夜景と言われる光景ももやがかかったものにしか見れない。
いや、これはさすがに地元びいきが過ぎているか。
私がそう感じてしまうのは雨が降っているからでもあるし、蠢く人間から発せられるマグネタイトの混沌とした空気を知覚してしまうからだろう。
コツコツ修練を続けていたおかげか、気を抜いても1㎞圏内の人間は隠してでもない限り個別に知覚出来てしまう。呉でも同じことなのだが、ここまでの人口密度ですべてを把握してしまうのは多少気分が良いものではない。
溜息を一つ。
学校に通うようになってからは修行を兼ね、万が一を起こさないために四肢を萎れさせる呪いや盲目枯渇などを己にかけているのだが、気を抜くために発動体の指輪を外したら逆に気疲れしてしまった。
思っていたよりも東京の空気というものが悪くなっている。よくもまあこの空気の中で悪魔や異界が発生しないものだ。帝都の大結界はうわさに聞くより優秀なのだろう。
そんなことを考えながら表層に出ている結界から何か学べないかと見ていると、感知の端っこに見知った気配をとらえた。クラスメイトの物だ。夏休みを利用して遊びに来ていたのだろうか。そう言えばライブ会場にもいたな。
意識が向かうと自然と感知も正確になる。
獣臭いMAG。野生のものと言うよりも獣欲と言うべき濁り。
「――武蔵!」
切り替わる意識。
呼びかけた武蔵が常備しているアイテムハンガーを私の腰に装着させる。
幸いまだ外着だ。霊装はないが、このまま出かけてもおかしな格好ではない。
足早に部屋を出る。
無駄に高層に部屋を取ったせいで窓は開かない。叩き割るかとも考えたが、騒ぎが大きくなるだけで利口ではない。
一瞬非常階段の利用を考えるが却下。廊下の監視カメラを誤魔化すのは今からでは面倒だ。大人しくエレベーターに乗る。
狭い密室の中で無意識から意識的に。知り合いの周囲に感知を広げるが霊能者の気配はない。
悪魔は一体。LVは1だろうか。強い霊格は感じないが、霊障ではなく悪魔としての形を得ている。魔獣。異界ではないが、付近が悪魔のMAGに染まって人払いされてしまっている。
現場までの経路を考え早々に地上を行くことは放棄する。夜の街なのに人通りが多い。車道を走ろうにも交通量も多いのであれば、大人しく地べたを駆ける必要も無いであろう。
それに継続的に追われていなければ監視カメラの誤魔化し方などいくらでもある。最短経路。地上から屋上まで駆け上がって直線で行くのが一番早い。
ロビーに到着。
段階的に認識妨害の出力を上げていく。雨の中を傘も持たずに出かけるおかしさを誰にも感じさせない。カメラにだけ気を付けて世界の認識からずらしていく。外に出たら出力最大。人の中から私たちは消え去る。
人目を確認するまでもなく駆け出し、私の足は軽やかにビルの外壁を駆けあがる。
強化術式。それを掛けたところで武蔵の方が早い。先行させるか一瞬考えるが却下。護衛を外す危険性を冒す相手でもない。
ビルの屋上はどこもかしこも室外機が立ち並ぶ。独特の湿り気と熱気、そして臭い。ホテルから見下ろしていた光点の現実。
「……ちっ。」
知覚する気配がせわしなく色を変えていく。嫌いな感触だ。
足は天を踏み、空を駆け目的地に向かっている。相変わらず遅い。己の弱さに嫌になる。
ほんの十二十のビルを飛び越え目的地に着く。
落下。俯瞰。
悪魔は気が付いていない。だからと下手に手を出すと救助対象を余計に傷つける。苛立ちを込めてつま先を口に捻じ込むように蹴り込む。
興味を外す。あとは武蔵がどうにでもする。むしろ今の一撃で消せなかったのは手加減しすぎだった。
雨が降り注ぐ。音がかき消され、ビルに影を落とされたここはまるで夜の森だ。
見開かれた瞳が瞬きもせずに虚空を映す。擦り傷程度の両腕に比べ、脚部は足を殺すために盛大にえぐられている。だが、それが死因ではないだろう。貪られた腹部。噛み千切られた上着が本来隠すべき場所の洞を晒している。
どう見ても死んでいる。
死んでいる、が覚醒者の目で見るとまだ魂が知覚出来る。
「運が良いのか悪いのか。」
このまま死なせてやるのが慈悲だろうに。ただクラスメイトだから、学校の空気が悪くなるのが嫌だからという理由だけで生かされるのは、運が良い悪いではなく尊厳の凌辱か。
用意はしてあっても普段は使われない魔石を励起させながら思う。魔石に込められた製作者のMAGが指向性をもって組み上げられていく。淡い光。製作者の願いが死体に向かい、何を成すでもなく消えていく。
内心舌打ち。魂を知覚できるのに非覚醒者一つ治せないのは魂の尾とでもいう部分が切れてしまっているのだろう。相変わらず私の目は見えているようで何も見えてはいない。
「寝覚めが悪いか。」
正直なところ、このまま見捨てても誰も責めないしそう手間もかからない。今の世界では“よくあること”でしかない。それでもまだ処置をしようと言うのは、やはり口に出した言葉の意味でしかないのだろう。
このまま道返玉を使っても力は無秩序に散るだけでしかない。非覚醒者には効きが悪い、あるいは全く効かない道返玉の効果を及ぼそうというなら仕方がない。
後で文句ぐらいは受け付けようと考えながら、玉を口に含み腕を噛み千切る。
痛み。慣れたものだ。傷口から啜った血をMAGに還元する。垂れ流される血も同様に還元し、失ったものの補填に使えるように腹に注ぐ。
そして口の中で励起した道返玉に私自身のMAGを捧げ、無理やり死体と化している体に流し込んだ。
一秒、二秒と吹き込んでいると、どうにか道具が効果を発揮してくれたようだ。
開いていた瞳孔が収縮し、私にピントが合う。ぬるりと私の舌を押し出そうとする動き。指が動き私の袖に縋りつく。
今ある肉体に魂が繋がる。
ご愁傷様、と内心思う。
道返玉に限らず回復・蘇生の奇跡は肉体に魂の設計を落とし込むようにして行われる。何が言いたいかと言うと回復の前段階として肉体と魂が接続されてなければならない。怪我であれば治るだけだが、復活となると一度傷つき倒れた肉体に無理やり魂を繋げてからの回復となる。
死から生。
蘇生系魔法の使い手ならともかく、ただの道具では痛覚のマヒなどされはしないのだろう。無痛から激痛へ。覚醒者でも慣れていなければ悶絶する痛み。
その痛みに彼女は目を見開き、力む間もなく早々に意識を吹き飛ばされていた。
流し込み終えたら口を外す。
表層を観察するがMAGの胎動は正常に行われ、傷も見当たらない。血に濡れた腹の中身に不足があるかもしれないが、そのあたりは検査をしてみなければ分からない。血の気は通っているので重大な問題は無いとは思うが。
彼女の後に自分の確認をする。噛み千切った腕はすでに白い肌を取り戻している。流れた血も全てMAGに還元したので痕跡一つ残してはいない。
せいぜい散々に雨に打たれていた彼女を支える腕の湿り気が気持ち悪いぐらいか。跪いた拍子に無駄に長い髪が盛大に地面に広がっているが、こちらは軽く棚引かせたら汚れも落ちるだろう。
「武蔵、六本木支部への連絡は済んでいますね?」
「Jud.悪魔出現・討伐の報告は行っております。――以上。」
「それならいいです。あなたの目で彼女の容態と現状の確認を。必要でしたら道具の使用を許可します。」
「遠慮なさらずに『ぐふふ、女子高生の柔肌だ』と弄ればよろしいかと。今なら気が付かれることも無いと思われます。――以上。」
「ふふ、紳士的に意地張っているのですからそこは酌んで下さい、武蔵。……診察が終わればホテルに戻ります。」
武蔵のつまらない冗談に肩の力を抜く。清楚な彼女が似合わない事を言ったのは私への気遣いだと分かる程度には落ち着いた。
飛び散った血液は、雨に混ざってどこかに流れて行くだろう。零れ落ちた肉片は燃やし尽くす。残留マグネタイトは悪魔の出所を追尾するのに必要だろうし手を付けないでおく。
幸いと言っていいのか、彼女の手荷物はすぐそばに落ちているので逃走経路をさかのぼって遺留物を探さなくてよかった。他に落し物があるようなら後日探すしかないが現場の隠蔽はすぐに終わった。
上着の一つも掛けてやれれば格好がつくのかもしれないが、飛び出てきたせいで脱げるものがない。どうせ認識妨害に光学偽装も行うので彼女には諦めて貰うとしよう。
武蔵に彼女を運ばせてホテルに戻る。
宿泊人数が増えるのは明日ロビーに言えば問題がないか。流石に今から言うには少々事情が込み合い過ぎている。
人気の少ないロビーを通り過ぎても誰も気が付きもしない。堂々と女性を連れ込む姿は外から見ればどう見えるだろうか。無駄な思考を弄ぶ。
行きとは違い階段を駆け上がり、部屋に戻ってきてやっと一息つく。霊的には脆弱な拠点だが、人目を気にせずに済むだけでも随分と気の持ちようが違う。乱暴に道具を投げ捨てソファーに座り込む。
武蔵は昏睡している彼女にシャワーを浴びせにいった。濡れ鼠のまま寝かすわけにいかないから仕方がないが着替えはどうすべきか。取り合えず武蔵の服でも着せておけばいいか。いや、この地ならまだ開いている店もあるだろうし買いに行かせるか。
つまらない事ばかり思い浮かぶが、やらなければいけない事は決まっている。
「……あ、もしもし。ええ、朱莉です。夜分遅くにごめんなさい。悪いですが明日精密検査の準備をしておいていただけませんか? ええ、こちらで。はい、はい、咬傷で箇所は腹部です、そうです治療はしてます。ええ、お願いします。おやすみなさい、小夜子。」
切れた電話をぼうっと眺める。
街は人がウゾウゾと這いまわる。闇の中を虚飾が照らし、欲が嬌声を上げていた。一つ一つと積み上がる糞が肥溜めに溢れ、薄皮一枚下に押し付けられている。トトトトトと窓に吹き付ける雨がうるさい。
目を閉じる。
そうして、気を取り直して指輪をはめる。嵌めた指輪の術式に呪われるに身を任せていると、人の気配が遠ざかっていく。
身体は重く、息は苦しく、眼は塞がれて。それが心地よく感じるこの土地は、やはり私には合わないと再度認識する。
「マスター、二宮様の洗浄が完了しました。再度確認しましたが外部からは傷は確認できず、気道に血塊の残留無し。完治しているものと判断します。現在お休みになられておりますが起こしますか?」
「いえ、自然に起きるまで待ちます。ただ、朝まで起きなければその時は起こします。」
「Jud.モーニングコールはお任せください。――以上。」
頭を下げて横に控えようとする武蔵に最低でも下着の調達を頼むと、何か言いたげにしながらも了承して部屋を出ていった。
ソファーに深く腰掛けたまま何をするでもなく佇む。
どうにも眠る気がしない。
手持ち無沙汰になって一度読み切った論文に再び目を通す。
在野の天才を集めた研究所なんて監督していると、知識ぐらい仕入れておかなければ嘗められるだけである。暇を見つけて関連した論文を読んでいるが、研究分野が広すぎて上っ面をなぞることしかできないのが小さな悩みだ。
内容はすでに記憶してしまったが、字面を追うと思いもしない連想が湧いて出てくることがあるので無駄にはなるまい。
ペらりぺらりとページをめくりながら、言葉にするのを面倒に思っている思考をまとめていく。
保護した二宮さんの身柄をどうするのか。
放流するのか、保護するのか、所属させるのか。
放流するなら、記憶改ざんだけして放り出せば最低限の義理は果たしたことになるだろう。彼女のこの後の人生も今までと変わりはしない。運が悪ければ死ぬ。それだけだ。
保護するのなら、説明をしてお守りの一つでも渡すか。覚醒しただけの人間などいい餌だろうが、隠蔽や封印の一つ私でもできる。他言無用だけさせればどうでもいい。
所属させるとすると、多少面倒を見るか最後まで面倒を見るかで分かれる。多少でいいなら適当な部下に投げればいいし、何なら地元の組織に流してもいい。逆に最後まで面倒を見るなら、ナインズに入れるか自分の弟子にするべきだろう。
自分の弟子とするにしても、どこまでの物とするか。たんに呉支部の規定の意味で弟子とするなら独り立ちすればお役御免であるが、個人の弟子とするなら己を超えるまで面倒を見るくらいの覚悟が必要だろう。先走り過ぎだが私の弟子と言うのはそのくらい面倒がある。
どの方法を選ぶにしろ、最初にすべきことは説明だろう。
裏を。オカルトを。世界の姿を。
今まで呑気に過ごせていた世界が、決して安穏としたものではなかったと。穏やかに過ごす民衆の陰に血と臓物の中を這いずり回っていた人間が居たのだと。
そう思えば相応しい言葉が思い出された。いささか趣が違うがまあ構うまい。
散漫な思考が纏まるまでに随分と時が流れていたらしい。
ベッドの気配が感情を宿す。衣擦れ音。武蔵が帰ってきてからの方がよかったがまあいいか。
シーツを掻き抱き驚きの声。前後が繋がらなければ素っ裸なので驚きもするか。掠れも呻きもしていない元気な声だ。
さてさて、何から説明しようか。
ページをめくる手を止めずに考える。彼女には現実を認知してもらわねばならない。その結果が拒絶であれ、逃避であれ、奮起であれ、選択肢は彼女にゆだねることに決めた。
故に決断のための知識を与えよう。傷つくことが決まっている分岐を選ばせるために。
その答えを聞いた時、この言葉を贈るに相応しい決意であれば喜ばしいな、と思う。
『To Nobles Welcome to the Earth.』と。
この作品ではペルソナ組の舞台は首都圏だと設定しています。
そのため彼らに会おうと思えば会えますが、主人公と交友があるのはカオルニキとハム子ネキだけなので特に会おうと思っていません。
出現した悪魔は魔獣LV1の『送り狼』です。
異界からではなく盛り場に付随した概念から出現しました。この悪魔による犠牲者がいたかどうかは不明です。