【カオ転三次】DRUG FATE   作:石は転がる

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幕間23

 藤原邸の朝は早い。

 主人から漏れ出たマグネタイトを調整するために必ず起動している式神はいるし、24時間ナインズが守衛として活動している事を抜いても主人本人の朝が早いのだ。

 

 

 A.M.4:00

 敷地の中心に位置する寝室から物音がする。

 もぞもぞとシーツから這い出て起き上がるのは、身に何も着けずに就寝していたこの館の主人だ。

 まだ暗い外と隣人を一瞥し、壁一面の窓を念動で動かしたカーテンで隠しさらに暗くなった寝室から這い出た。

 部屋から出れば、扉の前には寝ずの番をしていた式神がお辞儀をして主人の起床を待っている。

 

 

 A.M.4:30

 ガウンだけを羽織った状態で、寝室すぐそばの書斎に主人の姿はあった。

 蒸しタオルで男女の交流の跡を整えられた主人は、寝ずの番をしていた式神から就寝中の出来事を確認した後に今日の予定を確認している。

 幸い呉支部からの問題報告もないため、今日は主人が寝る前の予定通りに進めそうである。

 確認をしながらもきゅもきゅと主人が齧っているのはガイアグループ謹製のプロテインバーだ。機械的に口にし終わると朝の日課のために御付きの式神を連れて部屋を出ていく。

 

 

 A.M.6:30

 屋敷本棟の地下にあるトレーニングルーム。

 一般的なジムにある設備が整ったそこは、日も登らない朝早くにも関わらず多くのナインズが利用している。

 オカルトの常として夜に活動する人間も多いため、今の時間の利用者のほとんどは仕事上がりのトレーニングなのだろう。どことなく緩んだ様子で和気あいあいとしている利用者に、笑顔であいさつを交わした主人が黙々と汗を流すのが日課であった。

 覚醒者である主人が一般的な器具を使用しているのに、身に着けたタンクトップとハーフパンツを汗に濡らせているのは、指に嵌めた指輪に刻まれた衰弱の呪いを強めているおかげだ。他の利用者も皆、備品のリストバントを嵌め、各々に合った負荷をかけている。

 

 主人が一通り体を動かした今の時分に、トレーニングルームに常と同じように明るい声が響いた。

 『おはよう』と言うの唯の言葉で落ち着いた空気を入れ替えるのは、主人が面倒を見ている弟子たち三人だ。ナインズとして活動しているのは大人だけなので可愛がられているのだろう。外部から新たに加入した人間も楽しそうに言葉を交わしていた。

 主人と合流すると、主人は自分のトレーニングをやめて弟子に付きっ切りになる。弟子の負荷の選択に始まり、その日のメニューをこなしているのを見ながらインストラクターと共に日々成長を確認しながら予定を組み立てていく時間だ。

 弟子たちは主人とは違い、朝は軽く体を動かすにとどめて朝の身支度に分かれていった。

 

 

 A.M.8:00

 生徒たちが登校し、友と交わす言葉が明るく広がる学園。

 朝の部活を終え各々教室に向かう生徒を横目に、送迎用に分けられた裏門の車回しに一台のミニバンが停められた。質実剛健を旨とする有澤重工麾下の自動車会社の物としては珍しい、見るからに高級そうで流麗な車体は同社の高級ブランドシリーズだ。

 その車の運転席。そこからまず降り立ったのはアッシュシルバーの髪を靡かせたメイドである。

 朝の送迎車は屋敷管理のナインズから持ち回りで運転主を務めているのだが、多くが銀髪であるために学校では“銀髪御殿”などと噂されることになっている。勿論(?)地毛ではなく主人をあやかって染めている人間が多いのであるが。

 続いて扉が開く後部座席には目もくれず、助手席に向かい主人の降車を助ける光景は毎日繰り広げられていてもドラマの一場面のような非現実感を生徒たちに与えていた。

 

 

 A.M.10:00

 傍目には真面目に授業中を受けている一生徒である主人であるが、板書を写しながらふっと意識がそれるタイミングがある。

 それは己の式神と契約のラインを通じて同調をしているせいであった。

 各種仕事を任せている式神たちへの指示出しや、ガイア連合員たちと対面させて電話機代わりにしていたりと授業中であっても細々とした用件を片付けているのだ。意識が散漫となるのは式神を通じて誰かと同時に会っている時が一番多い。

 主人曰く、『どうしても多数と同時に繋がるだけでなく、感覚器官の情報まで取得するのは意識を集中してしまう』と己の未熟だと嘆いていたが、他に同じことが出来る霊能者が居るのであろうか?

 経験が浅い身ではあるが、今まで出来る霊能者にあったことがないので既知であるのであれば情報の提示をお願いする。

 話しは戻って授業中も内職をしている主人であるが、ほんの刹那の内に意識を戻して再び授業に集中するので誰も気が付かないのだが良いのであろうか?

 

 

 P.M.1:00

 校舎から渡り廊下で繋がっているガラス張りの建物が一つ。

 色鮮やかな花を主に栽培している温室は園芸部が管理する施設である。

 主人は園芸部に所属している弟子に付いて行き、昼食をここでとるのがこの一年の習慣であった。

 

 自分たちで育てた作ったハーブティーを飲みながらちょっとしたお茶会を開いている部員たちをよそに、主人が居るのは日当たりのよい南側に設けられた波打ったようなベンチの上。冬の日差しが柔らかく射し込むそこは園芸部ご用達の絶好の昼寝スポットであった。

 キラキラと輝く御髪の上に無造作に寝転がる主人の横には金髪を腰まで伸ばした少女が一人。安心したように脱力して眠っているのはクラスメートになったメシアンの少女だ。

 最初こそ部員でもない少女が態々温室までやってきて横で眠ることに警戒をしたものだが、おずおずとやってきては特に話すとこもなく教室に戻る姿を見ているうちに主人も毒気を抜かれて放置することにしたのだ。今では主人も気が向いたら話す程度の関係である。

 すやすや眠る二人につられて一部の部員が一緒に昼寝をするのがこの場所の風物詩となって一年、今日も寝坊した生徒を叩き起こして授業へと向かっていく光景が見られていた。

 

 

 P.M.3:30

 授業も終わり、今日も今日とて弟子を連れてガイア連合呉支部へと向かう主人たちが訪れたのは呉支部野外にある射撃場であった。

 弟子は三人とも射撃武器をメインにしていないが、対処法を身に着けるのに取り扱いと使用感を知っているといないとでは大違いのため一通り身につかせている途中であった。

 ここでは呉支部では珍しく火薬実包が用意してあるのも、悪魔討伐の為ではなく対人での対処を知るためだというところが大きい。

 そんな射撃場を預かるのは勿論実銃に詳しい人間ではなくてはならない。

 そのため、ここの管理は支部長を襲って返り討ちにあった元ファントムソサエティのダークサマナーを契約で縛り付けて雇用していた。

 狙撃手であったが一通りの取り扱いは出来る彼女は、当時の主人をして“自分を殺せる可能性がある”と評価し、故に命を狙われたにもかかわらず生かしているような人間だ。

 そんな相手ではあるが、拳銃に短機関銃、突撃銃と発砲による硝煙にまみれながらも真剣に学ぶ弟子たちにとっては関係ないのかもしれない。

 主人はそんな事を思いながらも遠慮なく弟子たちにゴム弾を撃ち込むのであった。

 

 

 P.M.7:00

 名残惜しげに射し込む夕焼けもすでに遠く、闇に沈んだ空とは反対に光を灯した街を見下ろす山の一角。

 呉の街並みを一望できる食堂の長い食卓に座るのは住人一同だ。

 基本的に藤原邸ではなるべく皆そろって食事を取る事にしている。そのため、この時間に予定がなければいつも全員が集まるようになっていた。

 ワイワイと騒がしくなる室内であるが、この時間の騒がしさは他の時間とは違っている。

 その騒ぎの中心は食卓横のミニテーブル。そこにはまだ大人と同じ食事ができないような幼子が乳母に付き添われて集まっていた。

 子供たちは基本的に母親が世話を見ているが、少なくない時間ナインズに任せていた。これは仕事を休めるほど立場が低くなかった弊害であったが、今のところは問題なく回っていた。昼間はナインズの子供たちと纏めて面倒を見られているのは情緒教育としては逆にいいのかもしれなかった。

 

 食事が用意されるまでの間、子供たちにもみくちゃにされる主人をしり目に食卓に料理が並んでいく。

 住人を世話するために壁際には幾人もの人間のメイドが控えているので、この場には屋敷内の人間の多くが集まっていることになるのだろうか。式神が調理したディナーを静々と運ぶ彼女たちの姿は、護衛の副業と思えないほどに様になっていた。

 これには私たちも鼻が高い。

 テキパキと配膳されている料理は、本日は定食屋で出てきそうな山盛りのカキフライとサラダにスープというのメニューであった。ディナーにふさわしいコース料理もあれば素朴な家庭料理まで分別なく出てくる藤原邸の食卓としては普段と変わない光景ではある。

 

 準備が出来たので食卓に向かう主人だが、弄ばれた髪についた子供の涎はさすがに拭われているが年長の子にされた蝶々結びはそのままで笑って食卓に向かうのは家族だけの空間の気安さなのだろうか。

 各々好きに箸やフォークを使い、出された食事を皆がその日の出来事を語りながら食べるのが何時もの団欒であった。

 

 

 P.M.8:00

 食事も終えた主人が脱衣所の置かれた椅子に腰を掛けていた。

 椅子に座り書を嗜む主人の後ろではメイドが数人がかりで役割分担して髪に櫛を通している。

 主人の足元にまで伸びた髪の毛は、普段から無造作に扱われているために地面についたり己の尻に敷いたりすることが多い。そのような扱いをしていれば普通なら埃まみれになっていてもおかしくはないのだが、覚醒者として豊富にMAGを蓄えた髪は癖がつくことも汚れをつくことも許したりしていなかった。

 それでも念入りに手入れをしているのはこの後の日課の為であった。

 

 よく梳いて髪を整え、毛先と首元で束ねた髪を短刀で削ぐ様に“切り落とす”。

 

 日中は漏れないように制御しているマグネタイトを就寝時に垂れ流さないため、その身に存在する全てを詰め込むように髪に込めて切り離しているのだ。

 ざりっざりっと刃で断つ音の終わったころにはざんばらに乱れた短髪になっている。

 ほっ、と主人が軽やかになった頭に満足するのはこの時間だけの楽しみだ。軽く櫛を入れて切れ端を落としている間に、切り離された髪の束は丁重に支部の地下にある封印庫へと送られる。

 

 テキパキと片付けが済めば、主人は入浴のために手早く衣服を脱いでいく。周りに人が居ようが気にしていないのは何年も人が居ることが当たり前になった故の慣れと思われる。

 大理石の彫刻の様な体躯は、裸になったことでより中性的な怪しげな柔らかさを白日に晒していた。年不相応に女性的な体からは薄っすらとバラの香りが離れていても香る。その姿に脱衣所にいる女性たちの視線が一瞬主人に集まるのも毎度の事であった。

 視線を知覚しながらも内心を理解できない主人は何時もの様に脱いだ衣服をメイドに任せ、同じように服を脱いだメイドと浴室の扉をくぐる頃には短かったはずの髪はすでに足元につくまでに伸びていた。

 回復魔法を使ったわけでもなく、主人の覚醒者としての体質である。

 ガイア連合アナライズが言うところの『大治癒促進』。傷を負った端から傷を埋める天然の素質である。

 いや、もしかしたら“天然”ではないのかもしれない……。

 湯舟に進む主人の傷一つない背中を見て迷い出た思考はすぐに打ち切ることにする。

 

 

 P.M.9:00

 ガウン姿の主人がベッドに腰掛け話しをしている。同じように腰かけている女性たちは今朝主人の隣にいた人間とは違う者だ。

 主人が同衾する相手を、基本的に主人が関わって決めてはいない。女性陣の話し合いで決まった事を受け入れることが多く、ほとんどの場合は複数人と床を同じくしていた。

 今日は珍しくメイドに宛がわれた日らしい。配下である彼女たちは弁えていて頻度が少なめなのだが、時たま許されては使用人の面子が変わることがある。今日ここに居る彼女たちも、黒札ではないので屋敷から去るリスクを呑んで“契約書”にサインをしてやって来たのだろう。

 各々精いっぱいのおめかしをして侍る姿は、彼女たちには申し訳ないが主人が主人なのでちょっと悪乗りした同性のパジャマパーティーのように見えてしまう光景だ。主と配下の立場は崩さずとも、お互いに気兼ねなく笑いあっているのでなおさらだ。

 楽しげにふざけ合ったりする声を主人とのラインから聴き取りながら、今日はどう言った展開になるのかと下世話な想像をする。

 主人が気を利かせてエスコートをするのか、はたまた前の様に我慢できなくなって主人に情けに縋るのか。出来れば日付が変わる前に終わらせて欲しいが、終わったことがまず無いので期待するだけ無駄だろう。

 緩やかに漏れ始めた主人のマグネタイトは相変わらず何の色も見せない。直接触れ合い、主人の色を感じ取れる彼女たちに嫉妬の感情を覚える。

 

 

「――いけない事です、切り替えましょう。業務報告:マスターの生成抑制活動が緩和します。各員空間余剰マグネタイトの異変があれば報告を。」

 

 声に出して即応連絡を通神に記載する。即座に同系機と統括機だけが共有する掲示板に返される了承の返事。

 ついでに人事担当の武蔵野宛に人員の選抜を要請しつつ、自分が担当する記録を上げた私は真面目に主人が放出するマグネタイトを管理すべく、意識を切り替えるのであった。

 

 

マスター観察日誌【侍女式神共有記憶より抜粋】

 




主人公的にはびっくりするぐらい暇な日だった模様。

主人公が体を鍛えている描写をしていますが、この小説ではトレーニングによってステータスが向上できる設定をしています。上昇量は才能差がありますが。
なのでいくら覚醒した転生者とは言え、不摂生な生活を続けていれば霊格に不相応なまでに弱体化する可能性があります。
尤も、転生者は魂が強く、肉体も魂の影響を受けている様なのでよほどでないと気にする必要はないでしょう。
ダメダメになった転生者の話しを誰か書いてくれないかなーとは思いますがw
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