【カオ転三次】DRUG FATE   作:石は転がる

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サブタイトル49話は主人公のセリフや描写が抽象的すぎるので、この部分が面白くないとかの感想があると思っていました。
頂いた感想を拝見しますと、予想もしてなかった感想もありまして作品を書いているうちに作者自身が視野狭窄的になっていた事に気が付きました。
作者としての固定観念が原因の描写不足であったり、意図せぬ受け取り方をされてしまう文章に作者の力不足を感じます。
話を書く事の難しさを実感しつつこれからも励んでいきますので、ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。


十年目
51話


 暗い暗い縦穴の中。人一人がやっと座れるだけの空間に深く深く沈みこむ。

 光も射さない。チロチロと溜まっていく地下水の湿り気。眠るように眼を閉じた私には音も聞こえない。

 揺蕩う様に丸まる。冷え固まりそうな奥底で、私は大地を流れる大いなるものと触れ合い続ける。

 そうして無我のままに世界にあやされていると、さざ波のような波紋が何処からかやって来た。

 

 ――時間か。

 

 白い自我に黒い泡のように思考が上る。

 力強くも穏やかな流れに、わずかに立った白波のそれを記憶する。気のせいで済ませて終えそうなそれは、確かな規則性をもって普段の流れを変えている。とは言え、影響があるほどではない。普段と違うだけで日々の違いよりも細やかな違いでしかないからだ。

 

 それをぼぉっと眺めていたのは、はて、どれぐらいだろうか。

 朝から続いた変化はいつの間にかに終わり、一応しばらく様子を見ていたが変化がなくなった。

 

「ポッド、計測を終了する。」

 

 あえてした独り言はややかすれた声。

 意識に返る了承の言葉に、目を開けた私の目に飛び込んでくるのは闇だ。膝を抱えた態勢なのに目の前すら見えないのはそれだけ闇が深いという事。まあ、光を発するようなものは何もないのでそれも当然か。

 

 ここは地下深く――おおよそ200m――まで掘られた穴の底。穴とそれを支える外壁のコンクリート以外に何もありはしない。

 広島のほぼ都市部中心に掘られたここは、ビルの地下に存在する秘密の竪穴だ。

 そんなところで私が何をしていたかというと――。

 

『朱莉、山梨から連絡が来たぞ! 模擬戦は終了したそうだ。』

 

「百仁華、了解。こちらでも感じていました。今から登りますので、何か温かい飲み物でも用意しておいていただけません? ここ、寒いので。」

 

 耳元の通信機に返事を返し、垂らしただけの縄を掴む。

 本日の私の仕事、それは富士で模擬戦をする神主の“全力”の影響を観測することであった――。

 

 

 

 自衛隊への試作装備品の供与。

 掲示板では主にデモニカが話されているが、同時に渡された装甲車や対霊弾・退魔銃の改良も自衛隊で同時に進められていることが企業への試作品の製造依頼などから推察されていた。おそらく大部分は東京近辺の会社に頼んでいるのだろうが、呉でしか作ってない合金や電装の注文で大体の把握を家の研究班はしているようであった。

 ……ちなみに装甲車の設計にまたロボット系研究会が切れていたが些細な事だ。

 

 自衛隊が改良を続ける中、呉は特に関わることなく日々増え続ける霊能案件の消化を続けていた。

 私自身、思うところはあれどガイア連合として決めたことに口を出すこともない。自分から関わろうとはせず、ガイア連としての仕事をしながら平和というには物騒な日常を謳歌していた。

 のんびりとした弟子の育成に、アニメ映画が決定した話し合いのためちょくちょくシェリルと東京に行き、その帰りに気晴らしを兼ねて二人で修行場に狩り放題ツアーと洒落込む。

 ……街に流れる自分が歌ったクリスマスソングや、幾ら歌っても終わらない新曲のレコーディングには辟易としたが。

 

 当たり前の日常。

 呉支部覚醒者最年少者を私から奪ってくれた後輩の誕生日をサプライズで祝ってみたり、学校行事の修学旅行でゲレンデでスキーをしていたのが私ぐらいで驚いたり。

 そろそろ受験も近づきナーバスになり始めたクラスメイトと勉強会をした後、そのまま教室で思いっきりふざけた打ち上げをして教師に雷落とされてみたり。

 戦いも仕事も関係ないイベントに騒ぎ、昂ぶり、破顔して。

 

 そうして、ある意味無為に過ごしている間にも世界は動きは止めてはくれない。

 

 9月某日に行われた自衛隊と神主との模擬戦。

 そうなった経緯や自衛隊の主張を情報としては仕入れながらも、私は己を部外者の立場に置いていた。冷静な判断ができない人間が関わっても碌な結論にならないと思ったからだ。

 私は粛々と呉支部長として模擬戦闘当日の龍脈のデータを計測しそれを山梨支部に報告をすると、報酬とばかりに山梨支部から自衛隊が集めた情報と共に仕事が投げられることになる。

 デモニカ量産のための資材の増産と、各国の反メシア教への物資や簡易霊装の供与品の生産・納品。

 

 そして、自衛隊員へのデモニカ普及支援である。

 

 

 

「ナインズの薬品生産量の引き上げも限界がある。麾下組織の尻を叩け。生産の効率化や原料栽培のノウハウはくれてやってもいい。そちらの人員もピックアップして送り込んでくれ。」

 

「Jud.あとで草案をまとめさせます。黒札への発注は現状のままでよろしいのでしょうか?」

 

「ああ、ノルマではなく依頼でいい。個人異界持ちの連中はモノカルチャーに向かん。大量生産ではなく生産品種の改良の方に労力を向かわせろ。」

 

「Jud.品種改良・栽培研究に誘導します。――以上。」

 

「9S、あまり薬剤の生産にばかり人を回すと霊装の生産に支障がきたす。技能持ちはこちらも優先的に欲しい。」

 

「2B、分かっている。……ちっ、人手が足りないか。利用できそうな悪魔がいればこちらで契約を結び、その統括に侍女型を何体か派遣するしかないか。霊的資材の方は問題ないのだな?」

 

「そちらは問題ない。この程度の消費なら補充が無くても十年以上持つ。」

 

「……ポッド、事務の方に保管資材の増量を提案しておいてくれ。現状の倍にした時の取得費用の算出なんかも頼む。」

 

「了解:資材管理課への指示書を作成する。」

 

 高速道路を走行するバンの中、暇を利用して持ち込んだ案件を処理しているのは、平日にもかかわらず学校を休んで車上の人となった私だ。今頃学校では一人抜け出した私に怨嗟の声を上げながら、弟子たちがクラスメイトたちと共に机にかじりついているだろうか。

 

 彼女たちの志望校はどうすべきか。

 大学進学したところで、何時までこの終末までのロスタイムが続いてくれるのかもわからない。それならさっさと力を付ける事に専念させた方が良いのかもしれないが、今を逃すとのんびり大学に行く余裕もないだろう。平和な時代の思い出を削ってまでさせるべきか、悩みは尽きない。

 それに、いい加減二宮さんの両親にも子供の現状を知らせないと悪いだろう。長期休みの時にしか会っていないそうだが、大学進学の話と付せて一度呼び寄せないといけないかもしれない。

 彼女の親に紹介する転職案内も用意しておかないといけないか。それなら仕事ぶりの調査を先にしないといけない。興信所の手配は誰に任せようか……。

 

 頭を動かしながらも目も手も動きは止めない。

 連合の仕事だけでなく、会社からの資料や相談も数多く来ている。相談役やオーナーとして経営方針や個別のプロジェクトを判断していくのだが、式神に任せられる連合の仕事よりも案外こちらの方が時間を喰っているかもしれない。

 案の定、いくつかの案件は顔出しして話を聞かなくてはならないみたいだ。

 

「武蔵、あとどれぐらいで着く?」

 

「およそ五分ほどでしょう。」

 

「そうか。……岩国での代表者会談は来月だったな?」

 

「Jud.来月頭に岩国基地司令官との会談が予定されております。何か問題がありましたか?」

 

「いや、大丈夫だ。2B、山梨へ今月中に米軍搬入品の確認を入れておいてくれ。――さて、そろそろか。ポッド、留守を頼む。」

 

「Jud.」「了解。」「了解:警戒を維持する。」

 

 久しぶりに着たカッターシャツとネクタイの締め付けに違和感を抱きながら結び目などを整える。

 前世の皺のついた仕事着などではないオーダーメイトのダークスーツに、袖口のカフスボタンや上着にピンバッジなど着なれない衣装にため息が出そうだ。これなら紋付袴の方が着なれてしまった今を思うと、昔日を思い出し寂寥感が生まれてしまう。

 

 車に揺られて着いたのは広島から郊外にある演習所だ。

 そこには九州に駐留する部隊の人間と東京からやって来た五島部隊の人間が待っている。デモニカ装着者だけを集めた特殊編成部隊の教導のためだ。

 自衛隊が今年度の始めから急遽編成のために幾つもの部隊を再編し、そこから捻りだした人員が集められたデモニカ部隊の錬成にガイア連合が協力しているのは、東京以外の地方転生者にもデモニカ研修を受けやすくするためである。

 今回教導する部隊も一定練度に達したら順次ガイア連合から希望者が送り込まれ、自衛隊の管理下で銃器を取り扱い悪魔を倒しに行くことになるのだろう。

 

 そのためには一日でも早い現地部隊の戦力化が必要とあって、私が出向くことにしたのだ。

 彼らには目に見えない『悪魔』と存在が居ること。そして、その『悪魔』の恐怖を知らしめなくては安心して転生者を任せることなどできないのだから。

 

 

 高速を降りた車は県道を通り演習所へと乗り込んでいく。

 通行止めの砂利道の前に立っていた自衛官に案内されて辿り着いたのは林を抜けた先のちょっとした広場だった。

 一応四方から見えないように配慮はしているらしい。ずらっと整列したデモニカスーツ隊の中でほんの少しだけマシなのが東京から来た五島部隊の隊員だろうか。スーツには違いが無いのでぱっと見よくわからない。

 

 流れるように静かに止まった車からまずは2Bが降り、続いて私が降りる。

 言葉にならないざわめき。表情は確認できないが霊能者としての修練が無いとMAGは露骨に感情を写す。

 溜息をつきたくなる。まさか、という驚愕と興奮による浮つき、そして侮り。どれをとってもこの場に相応しいものではない。

 

「敬礼!」

 

 それでも、号令一つで動きを合わせれるのはさすがだと思う。人によっては指揮者の掛け声だけで気持ちを切り替えてしまえてたりするのが分かる。

 敬礼が向けられる中、私は彼らに正対し右手を左胸にあてる。帽子が無いので恰好が付かないのはご愛敬だ。

 

「なおれ!」

 

 数百人が一斉に姿勢を正す姿に乱れがない。重たく着なれないデモニカを着ていても日頃の訓練の成果は着実にあるという事なのだろう。

 一人一人のMAGを感じながら当初の予定を破棄する。舐められる前提で全員ねじ伏せてから悪魔を見せるつもりだったが、その必要がないくらいに職務に対して忠実な人間が集まていることは一人の日本人としては感謝すべきだろう。

 

 ――だから、だからこそ、悪魔の恐ろしさを教えなければならない。

 

「本日あなた方に『悪魔』というものを実感してもらうために呼ばれました藤原朱莉と申します。ガイア連合の呉支部にて支部長を務めさせていただいてますが、それは今回の訓練に関係ないので省きましょう。」

 

 自己紹介に名前を出しても表向きは反応がない。しかし、MAGの情動を隠せない彼らの感情が手に取るようにわかってしまう。

 一般人と言うにはあれだが表の人間に名前を知られているというのは小恥ずかしいものだ。

 

「最初の予定では皆さんを叩き伏せてから悪魔を呼ぶ予定でしたが、私を見ても浮かれ過ぎず職務で忠実であるあなた方にはそれは必要ないと改めました。ですので予定を変更して悪魔と軽く戦ってもらいましょう。」

 

 意識して嗤う。自己MAGの印象操作。見るものすべてに怖気が走るような気配を意図的に作る。

 普通の訓示をするかと思えば怪しい気配を発し出した私に、自衛官たちに戸惑いが広がる。教導役の五島部隊員も止めようかどうか迷っているようだが判断が遅い。

 

「皆さん、悪魔認識機能オンになっていますね? ……それでは呼びましょう。」

 

 わざとらしい剣印で空に五芒星を描く。無くても出来るが期待と不安に落差を作るにはこの仰々しさが必要だ。

 

「――召喚。」

 

 術を築き上げ、虚空の先から来たのは私の仲魔だ。

 白い鱗に深緑の角。くりっと大きな瞳は愛らしく、身体に入ったラインが単調さを引き締めている。

 私の指に掴まれ、プラリプラリと尻尾を揺する姿は出会った頃のままだ。

 

「これが貴方達が命をかけて戦うことになる『悪魔』です。分類は邪龍。銃に耐性があるので通常の自衛隊装備では厳しいでしょう。」

 

 説明を受けながらも自衛隊たちの中で侮りが生まれているのが分かる。呑気にあくびをして尻尾を振る蛇にしか見えていないのだろう。勘の良い奴だけ不安を抱き始めた様なので、そいつらは後でピックアップして教導役に教えることにする。

 

「それでは五分後に開始します。それまでは相談や配置に使ってください。私はこの子をもう少し奥に連れていきますね。」

 

 一方的に言って演習場の奥に歩いていく。と言っても、そこまで距離は離れない。せいぜい50mくらいだろうか。

 

「蒼、一時間ぐらい遊んであげなさい。」

 

『――?』

 

「ええ、怪我とか負わさないように追い掛け回してあげてください。たまには蒼一人で頑張ってるところが見たいですから。」

 

『――!!』

 

 やる気に満ちた声に笑って追い方提案してあげる。ちょうど近くに池もあるので“悪魔”らしく襲ってあげるのもいい経験だろう。

 入れ知恵しつつ、蒼に構ってやっていると五分はあっという間に過ぎていく。

 

「頑張ってくださいね。」

 

 地面に置いた蒼を一撫でして自衛官たちのもとに戻る。

 あちらも一応動きを決めていたのであろう。数人ごとにまとまって遮蔽をとって蒼を警戒する動きだ。蒼自体が小さいので視界優先なのか伏せている者はいない。或いはデモニカの重さで伏せてしまうと動きが制限されてしまうのかもしれない。

 

「皆さんも準備は良いようですね。では、開始の合図をお願いします。」

 

「はっ!」

 

 脳裏で要確認事項に入れつつ、少し離れて見守っている教導役に開始を告げる。

 開始直後からデモニカ隊の動きは滑らかだ。数人が前進し、遮蔽に隠れるとすぐさま他の隊員が前進する。その間援護のために身を潜めて狙いを付けている者も居る。

 

 対人戦。

 それに最適化された動きを私は余すことなく観察する。画一化された動きは、これから変わっていくとしてもその根幹に残るであろうものだ。彼らの組織としての“癖”を把握しておくのはその対抗において大いに意味があるだろう。

 

 規則正しく不規則に。そう表現せざるをえない動きでもって蒼に迫るのは目標が小さいからだろう。エネミーソナーで場所が分かっているようで動きに迷いはないが、特徴的な色をしているとはいえ体長50㎝程の体躯では草陰に隠れて攻撃どころではあるまい。

 侮りながらも訓練通りの慎重な動き。こうなると蒼を目視するのも時間の問題だろう。

 

「さて、そろそろですかね。」

 

 慎重な動きを見てほっとしている教導役に今日の仕事が始まることを告げると、恐る恐るといった感じで振り返る教導役。教導役が目を離したと同時に変化は起きた。

 

 それは、そこにいた。

 いつの間にかに、当たり前。

 動いていたデモニカたちの動きが止まる。面で見えないが唖然と見上げているのが読み取れる。

 

 それは巨大な蛇だ。

 滑らかな青白い体表を険峻な深緑の鱗で覆い、深緑の角は伸長し怪しく柘榴色に発光する。開いた口からは滑やかに光を返す朱殷(しゅあん)の牙か鋭く並び、十字に輝く双眸が血を求めて大地を睥睨する。

 持ち上げた頭の位置は5mほどだろうか。身体に纏う甲殻と弧を描く角のせいでさらに高くから見下ろされているように見えるだろう。伸縮自在なので気分によって大きさを変えているが、今日は体長で50mを越えないと思う。いつもより大きい。

 

『――――!!!!』

 

「「「「うっううわゎぁわゎぁぁぁぁぁゎわあわっわぁぁぁ!!」」」」

 

「ひぇっ?!」

 

 音のない波動。それはシンクロを排した精神波による咆哮だ。

 それをもろに浴びたデモニカたちが恐慌し、銃をむやみやたらと乱射する。幸いサイズが大きいので上に向けて放たれた銃弾は味方撃ちすることなく蒼へと向かっている。

 それが効くことはないが。

 狙いもなくばらけた弾丸は運良く蒼に当たったところで意味を成さない。たまに眼球に当たって迷惑そうにさせているのが一番の成果か。

 しばらく見下ろしていた蒼だが、いい加減鬱陶しくなったのか近場のデモニカを尻尾で跳ね飛ばす。

 撥ね跳びおもちゃのように転がるデモニカ。

 

 一瞬の静寂。

 

「――た、退避ー! 退ひっぶべっ?!」

 

 声を発したので注意を引いて、次の犠牲者はその発声者だ。

 

 そこからは指揮もあったものではない。

 我先にと逃げだすデモニカたちだが、この一帯には私が結界を敷いていたので外に出ることは出来ない。逃げ回っていた内の一人でも気がつけば、それは通信によって全体にすぐさま共有される。

 逃げられないのなら、と再び戦おうとしたところで丁寧に再び心を折ってあげる。優しく慎重に巻き付いて、その悲鳴を聞かせてあげれば一発だ。

 気丈な仲間を思う言葉が悲痛な悲鳴に変わり、そこに交じる骨砕け血反吐吐く音は彼らの張りぼてをへし折るのにぴったりだった。

 

 そうなると後はなるようにしかならない。

 自棄になって襲い掛かって吹き飛ぶ者。林に隠れて悪魔が過ぎ去るのを祈り、希望をへし折られる者。わき目もふらず必死に走って追いつかれる者。蒼がわざと見つけず追い込んでから、安心したところで仲間諸共池から襲われた者。

 

 一度襲われても外野の私たちが回復を飛ばし、何度でも無理やり続けさせる。

 すでに通信機から聞こえるのは悲鳴と神仏への祈りばかりだ。最初の頃はあった威勢のいい罵りは、本当に最初の頃だけだった。

 

「あの、藤原殿? その、こ、これ以上は。」

 

 恐る恐る怯えを隠し切れずに声をかけてくる教導役は私に強制することが出来ない。仕事をするにあたっての契約でその権利がないからだ。

 

「どうしました? まだまだ彼らは元気ですよ? ほら、また一人ナイフ片手に挑んでいるじゃないですか。」

 

 にっこり笑って告げてやる。怪我さえなければ自棄になって攻撃する人間が居る。それではまだまだ足りない。

 

「はい、いいえ。すでに訓練の目標である“悪魔”の脅威について彼らは身に染みたでしょう。これ以上は訓練の趣旨に沿わないかと。」

 

 ああ、やはり彼は勘違いしている。一度神主にへし折られたかと思っていたが、神主が優しすぎて理解できていない。

 彼は蒼に今は勝てなくても武器と装備、そしてデモニカがあれば勝てると思っている。だから“強敵”が居ることを知れたらいいと思っているのだ。

 

「何を言っているのです。あなた方はデモニカさえあればあれ以上の悪魔であろうとも勝てると判断していたのでしょう? 人々の団結さえあれば、人は“悪魔”に勝てるのだと舞い上がって。」

 

 嗤う。その程度で勝てれば苦労しない。

 これからの改良でデモニカの仕様であるレベル上限が30から多少上がろうが関係ない。数は確かに力であるし、それによって戦えるようになる敵もいる。

 

 ――だが、本当に並外れた“力”には数は何の役にも立たない。

 

 いざという時に必要なのは己のために恥も誇りもなく逃げ惑うか。それとも、己の弱さに嘆き助けてくれる誰かを期待して、それでもなお誰かのために抗うかの二つに一つしかないのだ。

 そこに、勝てるという幻想は無駄な犠牲を生むだけだ。

 

「ほら、頑張ってくださいよ。――その頑張りをへし折ってあげないと、あなたたちは増長するのでしょう?」

 

 作り物ではない、本当の笑みを見せてあげる。

 微苦笑。

 やんちゃな子供と彼らは変わらないのだ。自分なら何でも出来ると世界を知らない。だから、世界の広さを教えてあげないといけない。それは先達の役目だろう。

 心を折らなくてはならない。折れてなお、抗う意志が無ければ悪魔に“克つ”ことは出来ない。

 

 冷静に全員を折りながら、しかし潰れないようケアをして観測を続ける。

 感情の同調は得意分野だ。それは精神魔法による感情の“操作”ではなく、あくまで感情の“共感”であり意志の“再認”ぐらいでしかないが、折れた心で再び立ち上がるためのきっかけ程度は生み出せる。

 抗いの意志は己のものでなくてはならない。でなければ、何度でも立ち上がることなどできないのだから。

 

 教導役もすっかり黙ったので黙々とデモニカ隊を見ていると、だんだんと動きが変わってくる。

 逃げ回り、隠れ、それでも逃げ場は無いと無気力に蹲り。

 

 ――そして、また皆で脅威に立ち向かうべく這いずる。

 

 一人目がこぶしを握り、二人目が残った銃器をかき集め、三人目がそれを仲間に託すべく駆けだす。

 混乱した烏合の衆が“軍団”として復活していく。残り少ない銃弾に込めた殺意が発揮されるまでの時間を稼ぐべく、囮が衆をもって悲鳴を上げながらも五体で組みつく。

 

 それは意味のない行為だ。

 蒼ならば身震い程度で振りほどけてしまう儚い抵抗だ。

 それでも、それは己の役目を果たそうとする未来に向けての献身であった。

 

「そろそろ頃合いですか。」

 

 すでに蹲る者はいない。誰もが頭を絞り、今を越えようとしてる。

 ――だからこそ、“上位”の威容を見せて教えてあげるべきだろう。

 式神に結界の補強を指示しつつ、そろそろ終わりにすべく蒼に気配の隠蔽を止めてもいいと思念を送る。

 

 ぞるり。

 変化は唐突だ。

 蛇の化け物の姿は消える。消えて、入れ替わりに現れたのは女性だ。透き通った海の色をした髪を長く垂らし、同色の衣を纏った女神だ。特徴的な角も、輝く瞳もそのままに、しかし世界を蝕む怖気は慈愛の抱擁に変わってた。

 それは原初の存在であり、すべてを生み出したものだ。

 それは『邪龍』ではなく、『地母神』へと回帰したものだ。

 それは海であり、世界である。

 

 すでに地上に存在が許されない神威が人界に這いずり出る。世界に降り立つ主神級の存在に世界が悲鳴を上げ、現実と隔離する結界が余りの負荷に軋む。

 放心。何が現れたのか理解できない者は、言葉なく立ち竦んでいる。

 

「最後の締めです。思う存分楽しんでください。」

 

 現実に影響を与えないために、出せるのは一撃だけだ。

 

『Aa……Aaaaa、LaaaAAAAAA――――!!』

 

 歌声が世界を“静寂”に導く。

 放射されたマグネタイトが急速にその歌と同じく広がり、しかして音をなくしていく。

 

「――はっ?」

 

 私と共にいたが故に歌を免れた教導役が声も出せずに呆ける。

 

 ――世界が凍り付いていた。

 

 それは世界の停止であった。氷結属性の攻撃であるが氷の一つもありはしない。ただ、全てが止まっただけだ。

 

「蒼、ご苦労様です。」

 

『Aaaa、Laaa、――LaaAA!』

 

 嬉しそうに飛んでくる蒼に苦笑して、こちらも飛んで頭を撫でてあげる。この姿だと私よりも大きいのに、子蛇と同じようにスキンシップをねだってくるのは可笑しなものだ。撫でられる間もこちらの体に顔を擦りつけてくるあたり、本人としての意識には変わりが無いのかもしれない。

 撫でた後はまた子蛇に戻ってもらって懐に入れる。ひんやりとした感触は冷えた世界にも負けず冷たい。よく頑張ってくれたものだ。

 

「さてと。それじゃ、元に戻しますか。」

 

「え、は?」

 

 後始末だ。まだ呆けている教導役を無視して祈りを捧げる。

 ――どうか、彼らの道行きに幸ありますように。この経験も、彼らの糧となり人生を歩み力となりますように。

 祈りと共に私からマグネタイトが放出される。

 一体どんな色をしているだろうか、と疑問がチラリとかすめる。自分自身の祈りが他者から見ればどう見えるのか、そんな疑問だ。不快な色をしていなければいいのだが、いつも自分の事すら分からない。

 

「止まった命に、生命を謳歌するだけの熱を。すべての災いを癒せ。」

 

 疑問を脳裏に残しながらも言葉を紡ぐ。捧げた祝福が形を成し、つい最近まで使えなかった回復魔法が止まった時間を再び動かした。

 凍り付いた大地は過去を忘れたように草木が風に揺られる。挑みかかった状態で止まったデモニカ隊員達は狐にでもつままれたかのように首をかしげる。

 

「それでは本日の講習は終わりにします。何か質問等があるようでしたら纏めてから上を通じてお願いします。」

 

 時間を確認するときっちり一時間。予定通りだ。

 この後は一度支部に戻って今日の分の仕事を終わらせてから表の仕事をしなくてはならない。せっかくの平日なんでどうにか仕事を減らしておきたいものだ。

 背後に広がる若干の混乱を無視して車に向かう。

 デブリーフィングは彼らに勝手にしてもらう。映像の保存は出来ているはずだから最後のシーンもよく理解できるだろう。

 これで“悪魔”の脅威を知らしめる、という仕事は完遂出来ただろう。

 

 これからの仕事の算段をつけながら、これで彼らが使えるようになってくれることを祈る。

 世界の終わりは近い。

 その時、ガイア連合ではない者を守るのは彼らなのだから……。

 




主人公のLVが上がったため、新たなスキルを覚醒していました!
 ・New!【常世の祈り】
蒼の霊格が回復したためハイレベルアップしていました!

まだ半終末も来ていない時期なのでデモニカ部隊はこっそりと拡充中です。
主人公が当然のようにMAGから感情なんかを読んでいましたが普通は無理です。主人公のMAG感知技能がおかしい練度をしているだけです。
他の黒札も【読心】系スキルで同じことを出来るでしょうが。

勘違いされない様に書いておきますが、主人公は自衛隊員を割と尊敬してます。規律正しく国民を守ろうと志している人間ばかりなので。
なので、最後に【母なる大地】を使用させたのは格上というものを骨の髄から理解してもらうためのサービスになります。地母神回帰の維持も、外に影響を出さない結界も、どちらも相応にコストも労力もかかることなので。
自衛隊の皆さんはついでに貴重な復活体験が出来てニッコリでしょう。(主人公視点)
ステータス確認する暇も無く死亡から復活したので、そのことには気が付いていないと思いますが。
ただ、この部隊員からは覚醒者が出現しやすくなっているかも…?
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