【カオ転三次】DRUG FATE 作:石は転がる
大晦日の夜。
月が昇り、月明かりと篝火の光が闇に浮かぶ海岸線沿い。道に沿った光の道を、大勢の人間が一点を目指して歩いていた。
ここはガイア連合からは『厳島ビーチ』と呼ばれている厳島の異界。
宗像三女神を祀る異界である。
普段は爛々と文明の灯りを点している施設も、今日ばかりは電灯の明かりを消し、火の光だけが道を照らしていた。
よく見ると光は道沿いにある篝火だけではない。
ある者は提灯を、またある者はランプを。参拝人たちも各々灯りを用意していた。
灯りに倣う様に、その光に照らされる参拝人たちの姿かたちも様々であった。
風流に着物を着ている者も居れば、普段着のままの日本人もいる。その横にはヒジャブで顔を隠した女性が三角帽の魔女と話しながら道を歩いている。
道を進む外国人――亡命者たち――の殆どは正装に近い姿をしているのが珍しいだろうか。
変わったところでは、艶やかな毛並みが生前の雄姿を想起させる立派な毛皮を羽織ったものまでいた。
宗像三女神は交通の神――すなわち海を含む道の神であり、“日本に訪れるモノ”を選り分ける神でもある。そのためなのか、呉では海外からの亡命者の多くが誰に言われたわけでもなく新年の初詣に参拝するようになっていた。
亡命者からすれば来るまでの道中で害されることも無く、無事に受け入れられた後も虐げることの無い神への感謝があったのだろう。
“貴方がたの信じる神とは違っても『家主』への、あるいは『隣人として迎え入れた者』への礼儀と尊重を、その程度で十分だから”とは亡命者を庇護する者が知らしめた教えである。
それを守っての事ではないが、感謝を示すのに“初詣”というのは彼らにはちょうどいい軽さの祭祀であったようだった。
初めの頃は正月の初詣だけだったのだが、今では日本人と同じく二年詣りを楽しむ亡命者たちの姿も多くなっっていたのが異界の夜道に表れていた。
その様な異界の年の瀬。
穏やかに波が打ち寄せる浅瀬に建てられた本殿は、室内の板の間の一部が敷かれておらず、海に直接浸かれるようになっていた。室内に光源になるようなものは無いが、海原自体が輝き柔らかく部屋の内を照らしている。
その海の領域には波から突き出した岩の祠が一つ。
質素で素朴な三つの岩塊にしめ縄。それこそが異界創造時に建てられた本当の意味での神の住処であった。
「もーいーくつ寝るとーお正月~♪」
そんな神の領域に、私は素っ裸で海を漂って歌を歌っていた。
海に広がる髪。ひたひたと打ち寄せる波に揺られる裸体。海原の輝きは私が漂うあたりが最も光り、しかし私自身の輝きには負けていた。
口ずさむ歌は、一体何度目の歌唱になるか。私は思いつく限り正月の曲を歌い続けていたので何回歌ったのか記憶にない。暇つぶしに歌っていたが正月に絞るとさすがにレパートリーが無くて困る。
「……飽きた。んー眠い。」
冬の海水は本来冷たい。それが南からの海流が無い内海であればなおさらだ。
しかし、私は寒さに凍えることなく、日没からそろそろ日が変わろうとしている時刻になる今まで海に浸かり続けていた。
流石神の領域というべきか。常夏に設定されている異界の中でもここの海水だけ特に温くなっているだ。
――いや、暖かくしてくれている、か。
内心に訂正を入れる。気遣いを無下にするのは悪魔相手とは言えよくない。
「寝たらだめよ? 一応儀式なんだから。」
「んふふ~、お祈りは許してあげているんだから朝まで頑張れ♪」
「……疲れてるみたいだし、いい夢見せてあげようか? って、それは明日か。」
プカプカと浮かび天井を眺めていた私の顔を覗き込んだのは、海上で寝転がって私の周り集まっていたここに祀られている神様の三柱だ。本霊は今も眼下に見える岩塊の中で眠っている。話しかけてきたのは分霊が入った式神体たちだった。
まず最初に話しかけてきたのがタギツヒメだ。
荒れた海のような深い青を湛えた髪をショートカットに揃え、切れ長なまなざしと小ぶりな唇が整い過ぎた美しさに冷たい印象を与えていた。
或いはその身が宿す権能が雰囲気に出ているからかもしれない。激情で荒れ狂うのではなく、厳しくも平等に波打つ大海原。人類にとって荒れた海とは現代でも恐ろしいものなのだから。
その隣で囃し立てるように檄を飛ばしてくるのはタキリビメだ。
悪戯に笑ってこちらの顔にちょっかいを出してくる姿からは想像しにくいが、本拠地である島は女人禁制であり、男性とて海で裸で身を清めなくては上陸を許さない神でもある。今、私が裸でいるのも彼女に合わせてというところでもあった。
ウェーブのかかったロングヘアに好奇心旺盛な青い瞳。
人懐っこく見えるが、本質は自分を拝する神職であっても領分を犯せば祟ることにためらいが無い無慈悲さを持っていた。っというか、実際に異界が出来て早々、世話をするのが女官であることを理由に祟りかけた実績がある。
幸い先に私と結んでいた“契約”により、祟る前に一報相談(?)があったので無事納めることが出来たが冷や汗を流させられた事件であった。
良くも悪くも“人”そのものには興味が無く、ルールさえ守ればお気に入りである私を『霧』のように惑わして遊ぶ程度の害のない存在でもあるのだが。
私に同情してくれた最後の一柱は、ある意味私の同類であるイチキシマヒメであった。
神にしては珍しく化粧をし、一つに髪を整え指先などのネイルもしっかりとしている。
一人だけ濃い桜色の髪になってしまっているが、これはおそらく弁天が持つ衣のイメージが混じってしまったせいだろう。
金運や芸能の神ともされるが、私が降ろした神格の本質としては海が持つ『穏やかさ』と『恵み』の色が強い。
三女神の中で一番社交的であり、ガイア連合の海産資源異界について特に協力してくれている存在だ。
宗像三女神は各神それぞれの持つ権能とは別に、三女神が協同することによって『地上・海上・空中全ての交通の守護』であったり、『ここではない外から運ばれてくる富』も司っていた。そのため、私の所有する輸送船の神棚は三女神のものであるし、日本が海外から輸入している資源を産出させた異界の構築にも力を借りている存在だ。
「そちらもお疲れでしょうに。外様神からの挨拶が最近まで来ていたのでしょう?」
「去年までは大変だったけど今年はそこまでじゃないかな。アマテラス様が復活されたからね。」
「いつもなら半月前まで挨拶イッパイだったね☆」
「タキリは抜け出していたでしょう。」
「タギツだって相手に何言われてもキョーミ梨の礫だったじゃん♪」
「……イチキシマヒメ、お疲れ様です。」
「ハハハ……。」
だいたい年越しの半月前、12月中旬は神々に馴染み深い旧暦では神無月の最後に当たる。
神無月と言えば日本神話として開くべき会議がある月である。
所謂『神議』と言われるもので、一説によれば出雲の地に大国主が主催として国津神を集め、アマテラスにその会議をご覧いただくとの話もある会議だ。まあ、国津神しか参加しないとか説は色々あるのであるが、どうもこの世界では国津神が会議をしてその後天津神も加わって宴会をする様な行事らしい。
しかし、これまで神無月の神議に招かれるアマテラスも、主催者のオオクニヌシその他高位神も軒並み封印されていた。
そのため、代理として取り仕切っていたのが宗像三女神だったのだ。
これは主神の直系ではないとはいえ、生まれに三貴子の内二柱が関わり、尚且つ天孫以外で主神の神勅を下された唯一の神であったからだ。
……並みの神などより格式の高い存在だったので押し付けられたともいう。
つい最近まで日本神話に出てくるような存在が他には碌に居なかったので仕方が無いのかもしれないが、国津神扱いで主催をし、天津神扱いで報告を受け取るというマッチポンプじみた光景が繰り広げられていたらしい。
そんな理由でこの時期になると地方の弱小神に始まり、果ては亡命者と一緒に逃げてきた神格までがこの異界に“挨拶”に訪れる姿が風物詩だった。神とはいっても雑多な弱小神ばかりであったし、GPも比較的安定している日本なので強力な分霊はいなかったが、風俗の違う地域の神々までが一緒に集まって宴会していたりする光景は、もし一般人が見れたら見所満載であっただろう。
日本の神々代表として見栄を張らないといけないため、用意する持て成しについて泣きつかれていた私からすれば迷惑な話ではあったが。
ただ、根が真面目なのかしっかり働いたせいで、余計に仕事が来ているイチキシマヒメの姿は涙を誘ったものだ。三女神の癖に二柱は社交に向いていないので、一柱でこなしているのが余計に哀れであった。
まあ、そんなわけでイチキシマヒメは私と同じ苦労人的な同類であった。
「しかし、貴女方が主催しないで良くなっていたとは。今年はそこそこ忙しかったので気が付いてませんでした。」
「もっと寄ってくれれば分かったんだよ? だーかーらー、もっともっと遊びに来てよ☆ アカリが来ないとこっちが行っちゃうぞぉー!」
「タキリじゃないけど、もっと立ち寄ってくれてもいいのは確かに。色々してあげているんだからもうちょっと気にかけてくれないとね?」
「えー? 今年いろいろ加護あげてるの全部アタシだと思うんだけど? いや、楽だったし朱莉君から対価も貰ってるからいいんだけど。」
「……それなら、この年籠りは断ってもよかったかもしれませんね。」
「うそ?! そんなこと言っちゃう? 流石に優しいアタシも怒っちゃうよ?」
「ごめんなさい、冗談ですよ。今年も海上異界の整備に尽力してもらいましたからね。」
「ちゃんと謝れたから許してあげる。」
お茶らけて満足げなイチキシマヒメに苦笑し、全身から放出を続けているMAGに感情を排する制御を止めて感謝と謝罪の意思を乗せる。
日が落ちてから続けているMAGの放出は、何時もは己に課している『不動心』も取っ払った全力のMAG放出だ。下手な異界だと異界そのものが変質しかねないMAG量であるが、流石は神と言うべきか。垂れ流されるMAGはすべて海に溶け込み宗像三女神の威容を増すだけに収まっていた。
「ぴ、ぴゃぁぁあぁぁあ?! い、いきなり気持ちを伝えるのダメっ! 禁止っ!」」
「んにゃぁゃーーーゃぁぁ♪」
「んっ……。あは、嬉しい。……ねぇ、朱莉、キスしていい?」
私の感情を受け取り、喜色を浮かべる三女神の様相をなるべく客観的に観察して安堵する。
MAGについてはMAGを発生させる人間当人などより、悪魔の方がよほどその扱いに慣れている。そのおかげか、悪魔ごとに好き嫌いはあれどMAGに含まれる感情や思念を読み取る力に優れていた。
これは、逆説的に使えば自己のMAGを読み取らせることにより、悪魔を鏡として自分自身の有様を理解することが出来るという事である。自分自身という一番理解出来ないモノを知るためには便利な存在であった。
まあ、これも気心が知れている相手だからできる事でもある。己の底を包み隠さず相手に覗かれても良いと思えなければやるべきことではないし、相手の悪魔の気質を知らなければ鏡としては使えないのだから。
「お客様、スタッフのおさわりは禁止です。」
「あら、残念ね。」
そんなことを考えているとするタギツヒメが海から引き起こして口づけをしようとするので、彼女の顔の前で両指で小さくばってんを作る。
冗談めかして告げる私を笑って頭をなでるのは、まあ許そうか。
「……それにしても半日なにもせずに海に浸かってるのは暇すぎますね。と言いますか、なんで氏子でもない私が海に浸かって海神が上で寝転がっているんですか。」
波打つ海に漂う私と違って三女神は海の上でも濡れもしない。海神故の支配能力。ゆらゆら揺れる海面をマット代わりに漫画やゲームで遊んでいる横で、何もできないで浮かんでいるのはちょっとした拷問じみていた。
紙も機械も権能の元にあるうちは濡れもしなければ錆び付かないのだが、流石に手放してしまえば沈むのでテーブル代わりの浮きに置いてはいるが。
「ねぇーねぇー♪ それならぁ~加護あげよっか?」
「それは困りますね。今の残り香程度で十分なので。」
加護とは便利であるが、同時に微妙なものだ。与える神々によって権能の利便性や応用性が全く違うのもあるが、それ以上に“神”との結びつきが強くなるのが私には欠点として大きかった。
私が一般ガイア連合員なら喜んでもらっていただろうか。海神としての格も人間への理解もあるため、加護として使い勝手がよく便利な権能を与えてくれる信頼はあるのだ。
ただ、呉支部長として、或いは『ナインズ』という魔術結社の長として麾下魔術結社を纏める立場からすれば何処かの神に傾倒するのは避けたい事態であった。
「加護が無くても海面を歩いたり、術式を組み立てるのが面倒なだけで海水からの物品の防護程度は出来ますからね。今海に浸かるのを止めるためだけに貰うのも不誠実でしょう。」
「いくらでもあげるのになぁ~。」
「タキリ、余り無理を言っちゃだめだよ。」
MAGを信仰をしていない神に渡すのに最も効率が良かったのが海に直接流すことだっただけで、加護があればそちらのラインから効率的にMAGを流せはするのだ。そうすれば彼女たちの一緒に板の間でゲームでもして過ごせた。いや、もしかしたら家で神棚に祈る程度で済んだかもしれない。
「まぁ、加護なんてもらってしまうとこの間の異界整備みたいな仕事を断れなくなるので遠慮させていただきます。」
「ふふ、正直ね。」
「ご迷惑おかけしました。ごめんね?」
クリスマス前からの連日の突撃大異界攻略・五連発。
それを突貫で達成し、どうにか年越しは家族で過ごせそうと思ったら、予定が空いてちょうど良いとばかりに彼女らの生みの親の異界整備に駆り出されたのだ。
同じ広島ではあるが、私の管轄外の東の地にあるスサノオの異界。そこは荒れ狂う嵐と雷鳴轟く天災に支配された異界であった。
世話になっている宗像三女神からの頼みだからと、昨日まで暴風雨に曝されながらその異界の住み心地をよくする調整に明け暮れていた。
今日の年籠りも、宗像三女神にMAGを渡すこと以外に流れを変えた龍脈の影響を調律することが目的だった。細かい所は式神任せに出来ないので私が来る必要があったのだ。
「分かり易く品定めされるのは気分の良いものじゃないんで次はないですよ?」
「困ったお方よね。苦情は伝えておくわ。」
「ごめんね? あの方、アマテラス様がガンバッてるから自分もってテンション高くて。」
「テキトーに無視しちゃっていいんだよ? アマテラス様もそうしてるし~。」
「次回があればそうします。そろそろ遊べる時間も無くなってきましたから。」
ガイア連合に五島部隊からもたらされた情報は、ガイア連合の動きを変えるきっかけとなってしまっている。
私が連日参加していた異界の攻略もだが、オカルトに関係のない物資援助のために経済的な活動が活発化しているし、今までは関りを持たないようにしていた表側の軍事組織と積極的に交流を持ち始めてもいた。
私も公式には慰問のための歌手というカバーで岩国の海兵隊との窓口になっていた。現在の司令官は一神教徒である前に米軍人だったので、基地内のメシア教徒の篩分けに協力する為の話し合い中なのだ。
変な話だが、メシア教の世界戦略のための先兵になっている海兵隊と海軍が、米軍内では一番メシア教の汚染がましな方らしい。本土に駐留する部隊ほど汚染が激しく、しかも戦地でメシア教の無法を目にする事があるので無条件に信じられなくなってしまうそうだ。
……まあ、逆にのめり込んでしまう部隊もあるそうだが。
そんな訳で軍の立場としての反対意見を表明したり、極秘裏に相手側へ物資支援したりと反メシア教の動きをしている米軍への支援に忙しくなるのはすでに確定した未来だ。
「せっかくの大学も休学か留年か、でしょうね。周りには言えませんが。」
「大変だねぇ。お休みしたかったら何時でも来ていいよー♪ 誰か探しに来ても“惑わせて”あげるから☆」
「休憩に場所を提供してくれるより、呉に居る外様神の統率してくれる方が嬉しいですね。今年は挨拶が無かったようですけどちゃんと睨み利かせてくれてます?」
「神話の主神クラスを相手にしなくてもいいからなんとも無かったよ?」
「そう言えば、朱莉の所に居る転生体達も正月に挨拶に来るって。直接顔を見せに来るからまだ本体に乗っ取られたりはしていないと思うわ。」
「それは良かった。一応繋がりを弱める術は講じてますが、本人が受け入れてしまっては意味がないですからね。」
海外らの分け有り亡命者には悪魔の転生体らしき存在もそこそこ居たので、ナインズには彼らも所属している。本人たちに危険性を説明して一纏めにして運用しているが、フリーの利用者から心無い言葉を投げかけられることもあるという。
そういった言葉に傷ついて悪魔の誘惑に屈してもおかしくはないので、その判断のために宗像三女神に“挨拶”をさせていたのだ。もしも悪魔に寄ってしまってもすぐわかるのは運用者としてありがたかった。
「こちらの危惧を押し付けて、随分と抑圧してしまっているのはどうにかした方がいいとは思うんですけどね。なかなかどうしてうまくはいきません。」
「みーぃんな、感謝してると思うよ?」
「感謝と鬱屈は同居しますよ。それを理解していて、手立てを講じていない無能が言う事ではないですが。」
「……朱莉に反抗するようなら、波に呑ませてしまえば良いでしょうに。」
「タギツじゃないけどあんな悪魔の転生体相手に優しすぎると思うなぁ。」
「彼らは人間ですよ。その魂が輝く限り、悪魔と繋がっていたとしても。……大罪を冠する悪魔に邪龍にと良く集まったものですけどね。」
「んふふ~、アカリはバッカだなぁ、もう♪」
三女神の態度は他所の悪魔相手だから辛辣というよりも転生体の大本がDark系であるが故の嫌悪のようだ。
分かっていたことだが悪魔同士にも相性がある。日本神の封印の解除によって神々同士の交流が増えることを考えると、逸話での関係以外にもこういったモノにこれからガイア連合は気にかける機会が増えそうだ。
「それより、封印解除につれて呉にも分霊を派遣する神霊が増えてきましたが問題はないですか?」
「それなら封印されていた友達が帰ってきたのは嬉しいけど、この辺りにも神が増えてメッチャ大変なんだから!」
「ああ、やっぱり面倒が起こっていますか。」
「顔馴染みだからと欲張る方も多いですからね。」
「昔、尻尾巻いて逃げた奴に配慮なぁーんてしなくていーと思うんだけどなぁ~。」
神も神で近所付き合いは大変そうだ。私としては近頃封印解除されて今頃こちらに分霊派遣してきた様な神々は、契約で縛って有無を言わさず多重結界の要にぶち込んでいるのでそれ程でもないのだが。
「今更出てきて龍脈寄こせとか縄張りが狭いとか要望ばっかアタシに来るんだけど! ガイア連合に話せって言っても話を通してくれって来るし!」
「どちらも私の管轄ですね。分かりました、誰かだけ教えてくれたら私が話をつけます。」
よほど鬱憤が溜まっていたのかイチキシマヒメはうがー!とばかりに吠える。封印から這い出てきた神は基本的に名の知られた上位の神なので、分霊とはいえ本神に言う訳にはいかなかったのだろう。
自分の方が格上の神の癖に変なところで常識人で相変わらず苦労している。
「まあ、彼らには私たちがつい半世紀前に魔界から現実に出れないだけの傷を負ったのを知られてますから。普通なら今でも現界できるか怪しいぐらいなので軽んじているんでしょう?」
「一度は本霊までボロボロだったからねぇ。ここに引っ張られた時も魔界の奥底から引き摺り出されたのに欠落無くてビックリしたな♪」
「今じゃ昔よりパワーアップっ!してるのになんでぇ分からないんだろうねぇ?」
宗像三女神が皆して首をかしげる。彼女たちにしてみれば、別に霊格を隠しているわけでもないので相手が分からないのが不思議なのだろうか。
……まさか、気が付いていないのだろうか?
「えっと、皆さん、もしかして普段使い用に私が作ったその式神で謁見してたりしません? それ、街にも繰り出せるようにガイア連合の隠匿系のスキル幾つも差してるんで霊格誤認されてるかもしれませんよ?」
「え゛っ?! いや、仮にも神だよ? このぐらいなら自分で抜けるっしょ?」
「これぐらいはねぇ~?」
「そうよね?」
「専門家のタキリヒメがいらっしゃるんで隠匿系のスキルに対してボーダーが高すぎましたね。一応私たちの技術も高いんで普通の神仏には見分けられない程度には隠れますよ、それでも。」
スキルに加えて直接注いだ私のMAGで受肉している状態でもある。霊体だけの状態に比べて霊格が読み取りづらくなっていても不思議ではない。
「――ふふっ、ならしばらくはこのままで会いましょう? 後で知って大慌て、なんてとっても面白そう!」
「いぃねぇ! にゃはは、その時が楽しみだ♪」
「ん~? まあ、いいのかな? 別に騙してるわけでもないし……?」
「程ほどにしてくださいよ? 神々なんてどんな理屈で切れるか分からないんですから。後始末に滅ぼしに行く時間も勿体ないんですから。」
悪戯気な二柱と止めない一柱に釘を刺しておく。色々させている三女神が損耗する可能性は上げたくない。それに実際に滅ぼすまではしないでも、氏子でもないのに私がケジメを付けさせに行かないといけな事態はなるべく避けたいものだ。
「ホントーに滅ぼせそうだから困るなぁ。」
「えーいいじゃん、やっちゃおうよ~♪」
「ふふふっ、私たちのために、そこまで言ってくれるなんてね。」
困り顔のイチキシマヒメに楽し気なタキリヒメ。タギツヒメは己に尽くす事を言う私にご機嫌だ。
まったく、困ったものだ。
忠義や忠誠は信仰にも似て神々の好物だ。それを味わうために無茶ぶりをする神も多いと聞く。そんな他の神々と違って言葉遊びでやっているだけ、信じられないぐらいに彼女たちは人に寄り添っているので中々憎めないのだが。
「――ねぇ、興味本位で聞くけど、私たちもやっぱり殺す手管は用意してあるの?」
「ちょ、ちょっと、タギツ?!」
軽い口調で微笑みを浮かべたタギツヒメは、しかし口元に反してその目だけは冷たくこちらを見下ろしてきた。波に肘立て頬杖ついて、もう片方の手でくすぐる様に人差し指で私の輪郭をなぞるのは私のMAGを測るためか。
慌てているイチキシマヒメにワクワクしているのを隠さないタキリヒメ。そんな彼女たちを不思議に思う。
「――当然ありますよ? 私があなた方を呼び寄せたその時から、万が一を収める覚悟はしているに決まっているでしょう?」
そんな彼女に、私は嘘偽りなく当たり前の答えを返す。呉支部長として以前に自分の行いの尻拭いぐらい自分で拭くものだ。これは友好とは別に位置する当たり前の準備だ。
「ふふっ、やっぱり! 本当に、私たちとアナタは相性が良いと思うわ。ねぇ? 本当に氏子にならない? サービスしてあげるわよ?」
「今ならなんと! アタシも可愛がってあげるよ☆ 取り合えず私の島で一緒に暮らそう?」
「……えぇっと、慌てたアタシがおかしいの?」
嗜好を学習してはいるが、神々の琴線は相変わらずよく分からない。ただ、わいわい盛り上がる二柱についていけないイチキシマヒメの溜息は、神だから持つ当然の感性ではない事を教えてくれていた。
「氏子はお断りするってわかっているでしょうに。」
苦笑して持ち込んでいた時計を仰ぎ見る。板の間の縁に持ち込んだ時計はそろそろ日が変わることを示していた。ようやく作業時間の半分を過ぎようとしているようだ。
「そろそろ年が変わりますか……。今年はゆっくりしたかったのですが、予想外に忙しくて仕方が無かったですね。」
「来年こそゆっくりできるといいねっ☆」
「そちらは大分楽になったみたいで羨ましいです。」
「私たちに祈ってみる? 神様に直接お祈りなんて御利益ありそうでしょう?」
「笑って言わなければ考えたのですがね。それに、無病息災とか家内安全の神格じゃないでしょう。」
「アタシたち、外難を防ぐ神だからね? 一応外からの厄には強いんだよ?」
「はは、それじゃ、祈らせてもらいますよ。どうぞ、これからも守ってくださいって。」
冗談めかしてから、静かに沈むように祈る。
無心。転生してから己をなくすことだけは得意だ。式神とのラインを一時閉鎖。放出MAGの無害化の解除。彼女たちに頼むのだから誠心誠意、心のうちまでさらけ出して。
捧げるように、抱かれるように。殉じるように己の体がMAGに溶けようと、何時もは押さえつけている心のままに祈るのは単純なことだ。
――どうか、どうか。明日がちゃんとありますように、と。
家族には打ち明けれない心境。それを赤裸々に明かすのは、きっと古来より神にこそ相応しい。
人は、己の分を越えた望みこそ“神頼み”してきたのだから。
・
・
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ピピッピピッと、電子音が祈る私を己の内から呼び覚ました。
肉を纏い直す。魂だけになりそうだった己を取り戻す。自分の形を自認する。
トランスから戻る独特の虚脱感。自我の再確認。今の自分の連続性を再帰。命を再び己の内にと収めた。
「年を越しました、か。」
逃避から私を戻したのは前もって設定していたタイマーだった。
潮の臭い。命の煩雑さ。揺蕩う身体の感覚より先に、霊感が世界を認識する。
優しく包み込む神威。せっかく補充しているMAGを使っては私が海に浸かる意味がないのに、少しでも私が楽になる様に“子供”を育てる権能が私を祝福していた。
海に浮かぶ自分を心配そうに見つめる三対の目線。
本当に、随分と人が好きな神様だ。
「御三注、新年あけましておめでとうございます。」
何でもない事のように、横たわって見上げて告げる新年の挨拶は、神相手にするには不敬なものだ。きっと、このまま海に喰われても文句は言えないような態度だ。
それでも――
「ん、新年あけましておめでとう!」
「あけおめ~♪」
「あけましておめでとう。今年もよろしくね。」
――私の祈りも願いもそのうちに飲み込んで、笑ってくれる神様は美しかった。
本当に、本当に、美しかったのだ。
中々描写を入れられなかったのですが主人公は宗教とは一定の距離をおいているのですが、例外的に宗像三女神の宮司の仕事を時折代行しています。
そのため、神とはお互いに気心知れた関係になっています。
それが端的に出ているのが基本的に主人公の式神は24時間誰かが主人公に付いて警護しているのですが、今回の幕間で式神が登場していないのは『式神連れでなくてもいい』と主人公が認めているからです。それでも本殿の外で警護してました。
あと作者の中では以下のAAで宗像三女神を考えていました。
イチキシマヒメ AA城ケ崎美嘉
タキリヒメ AA一ノ瀬志希
タギツヒメ AA速水奏