【カオ転三次】DRUG FATE   作:石は転がる

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十一年目
55話


 余り偉くなるものじゃない。

 ふと、新年を迎えた頃の私を振り返るとそんな言葉が思い浮かんだ。

 

 なにせ年越しを終え、ゆっくり受験に集中できるかと思えば“支部長”の私にそんな自由はなかった。新年早々解放された神々の宴会に巻き込まれ、その場の喧嘩の後始末と調整が終わるころには無情にも受験日になっていたのだ。

 まあ、難関大学を目指していたわけでもないのでさっくり試験は終わらせたのだが、神々のせいで試験当日まで仕事が入るスケジュールになってしまったのは弟子たちには申し訳なかったものだ。一番大事な時期に一緒に勉強できずに放任してしまっていたのに、当日まで慌ただしく別行動をしている私の姿を見せてしまったのだから。

 それでも、弟子たちはしっかり合格していたので、未来では私を責める笑い話になってくれるのではないかな、と期待している。というか、笑い話にしてほしい。本気で恨まれるのは御免だ。

 

 受験が終われば大学受験を乗り越えたクラスメイト達と大いに遊び、残り少ない学校生活を過ごしてしまえば彼らはそれぞれの場所へと旅立っていた。

 地元に残る者、上京する者、あるいは家業を継いだもの、本当に色々だ。

 一部の同級生が東京に上京するが、私は止めずにいた。こんな時期に東京など危ないとは思うのだが、一般人相手だと説明できるような事ではない。別に不幸になって欲しいわけではないのでガイア連合の息のかかった不動産屋を紹介するのは忘れずにしておいたが、彼らの道行きに幸あって欲しいと祈るだけの私はやはり薄情なのだろう。

 

 ただ、こちらとしても離れる人間への感傷にかまけてられるほど余裕があったわけでもない。

 解放に亡命にと増え続ける神々。軍事組織自体にコネが出来てしまったせいで、戦地からこっそり輸送されてくる亡命者たちの増加。

 そんな亡命者も、命からがらやって来たところで食えなければ彼らは犯罪者になるしかない。それを防ぐために仕事を作り出し、割り当て管理に日本に馴染むための支援。

 今までもしてきた行動だが、メシア教の天使も終末が近いと行動をしているらしく、被害がさらに増えている影響が私たちにまで波及してきているようであった。

 

 忙しさは亡命者ばかりが理由でもない。

 本格的に米軍への支援をするための各種補充品のライセンス生産に託けた技術移転を捻じ込ませたり、摩擦を防ぐために欧州からの輸入に頼っていた最先端設備の国産化の解禁、各種資源の買い溜めに海外事業所からの日本人の撤退。

 本業の連合の仕事ではなく、そんな⑨グループと呼ばれている私の支配下企業の終末への備えが多岐にわたってしまったのだ。運営にいる会社経営者からは先走り過ぎではないかと懸念を示されてもいたが、私は自身の“勘”を信じて事業の再編と整理を進めていった。

 

 今にして思えばこの動きに対し、よく麾下企業の経営陣は文句ひとつ言わずに従ってくれたものだ。いくら筆頭株主と言っても他にも所持者はいるのだ。株主総会でも突き上げがあったのにオカルト知識の有無に関係なく信じてついてきてくれる人間の多かったのは『ガイアグループ』の看板の強さなのかもしれない。

 事後承諾的な人員の入れ替えのごたごたが一応収まり、それぞれの人員が新たな仕事場に馴染んだ頃、ガイア連合・グループのみならず少なくない表の政治にも激震が走った。

 

 

――マサチューセッツ州での大規模テロ事件と時同じくしたタイフーンの直撃の報である――

 

 

 ガイア連合においては表の報道やメシア教からの情報提供より先に掲示板に速報が張られ、事態の真相が燎原の火のごとく広まることになった。

 すなわち、ボストンに超巨大悪魔『邪神・クトゥルー』が召還され、アメリカの霊的国防に打撃を受けたという情報が、だ。

 

 ガイア連合に所属する者たちは、ある者は喝采し、ある者は傍観し、またある者は不安視し、と様々な態度に分かれることになった。

 しかし、その誰もがアメリカの情報に注目していたことだけは確かだったのだ。

 

 TVに流れる避難者の数々。

 ボストンだけではなく都市圏まで含めた避難指示は、五百万ともいわれる人間を国内難民に突き落としていた。アメリカ各州への避難民の移送は連日報道され、情勢の不透明さを各国に伝えていた。

 そして、ネットでは立ち入りさえ制限された街へ勇敢な(?)動画配信者が乗り込み、途中で途切れる映像が相次いで上げられては消えていく。

 

 情報は表のメディアだけでなくメシア教からも流れてくる。

 特に事件からひと月と経たずに『ガイア連合』と『メシア教穏健派』と称される勢力が協定を結んでからは、彼らの持つ情報が漏らされる態で渡されることが増えた。

 多くの情報は東京・山梨間で受け渡しがされているようであったが、幾らかは私が情報の受取人になった。

 岩国のメシア教会。協定で決まった避難民受け入れのための打ち合わせの場。そこで見せられた報告書もそんな情報の一つであった。

 

##事件発生当日の時点ですでに発生地点のボストンの住人の生存は望めず。

##二日目にはグールとゾンビを、三日目にはディープワンの存在を確認。

  肉体を持っていることから霊災地帯の住人の可能性が大。

##七日目。三日目から侵入していたメシア教の決死隊により、

  出現悪魔が『クトゥルー』であることが確認される。

  同時にクトゥルーは活動と休眠を繰り返している報告を最後に決死隊からの連絡が途絶える。

##九日目。霊災地帯周辺の地域からの一般人の保護が完了。

  マグネタイト欠乏による退去を目的とした封鎖を開始。

##十二日目。プロビデンスに置かれていた臨時対策本部から発狂者が出現。

  今回の霊災が霊脈を通じて拡散する性質のものであることが確認される。

##・・・・・

##・・・・

##・・・

##・・

##・

 

 この後も時系列に報告が纏められた機密資料は、信用できるかは別だが今回の事件の重大性とメシア教でも手をこまねいている事実をさらけ出していた。アメリカ国内では即時解決を主張していた派閥の声は小さくなり、各派閥が好き勝手動いているらしい。

 海外派兵していた戦力を糾合して討伐を目指すもの、持久戦をにらんで汚染されたモノを切り捨て時を稼ぐもの、そしてこれが終末のラッパに違いないと蠢動するもの……。

 そんな中、お荷物にしかならない避難民ために動いている派閥は穏健派ぐらいしかいないようだ。いや、穏健派でさえシェルター作りに精を出すものやメシア探しに血眼になる者が多くいる様なので、避難民は話題の中心にいながら放置されていると言って過言ではなかった。

 だからか、米軍は溢れかえる避難民の一部を協定締結後すぐさま日本国内の在日米軍基地へと空輸してテントで生活させている有様だ。

 それに対し、ガイア連合としても協定に基づく受け入れは急いでいた。

 何しろ航空便でやってくる以上の数が船旅でやってきている途中なのだ。

 

 ……ここで疑問を浮かべるのは正しい。

 普通はなぜ、避難に時間のかかる船でやってくるか疑問に思うだろう。

 それは着の身着のまま逃げ出した都市部の人間と違い、周囲はある程度荷物を運び出すことに成功していたことが理由だ。

 体一つしかない避難民と、荷物の輸送もしなくてはいけない者。それを軽装な避難民を飛行機で、家財道具を担いだ避難民は船でと選り分けて移送しているらしい。

 その家財道具を持った避難民に紛れて米軍関係者やメシア教関係者も船でやってきているそうだが。

 

 そんな訳でガイア連合は船が辿り着くまでの一月ほどの猶予の間に住居を用意することに迫られていた。

 何万と居る避難民。多少は全国に振り分けるとはいえ、大規模受け入れ先は在日米軍基地の周囲である。首都圏と沖縄は開発が進み過ぎているため受け入れが難しく、余裕があるのはそれ以外の基地となっていた。

 すなわち、三沢、佐世保、そして岩国だ。

 

 その中でガイア連合の支部が地域に対して力を持ち、尚且つ受け入れに対応する人出・資金を最も供出できる呉支部が無茶ぶりをされないわけが無かった。

 関係者含めてもたかが三千人程度しか米軍がいない岩国に対し、万単位の受け入れを求められた私は現在の住宅地では受け入れ不可能とみて新興住宅地の造成を決定。

 岩国への交通の便を考え新岩国駅のさらに西を大規模に開発してアメリカ街を作ることにしたのだ。

 凡そ1000haの広大な土地を確保するために現住者を札束で殴り飛ばし、農地も山も関係なく作業用KMFで整地して造成地が出来るのを待たずに別の地で建てた住居を移送する。地域一帯に隠蔽のために結界を張る事が前提のオカルト全開ニュータウン計画は、検討の時間も惜しまれすぐさま二十四時間体制で実行に移されることになった。

 

 勿論、これは苦肉の策である。

 出来るならば一時避難者が根付くような土地を作りたくはなかった。しかし、あまりにも数が多すぎたので選択肢が無かったのだ。増強される在日米軍のことも考えて先行投資と割り切るのが正解なのかもしれないが、なかなか統治面からすれば悩ましいものであった。

 

 まあ、そんな訳で現地の立ち退きと並行して地質調査などをした所、思わぬ障害が立ちはだかった。

 異界である。

 これまでメシア教の縄張りとして手を出していなかった地なので異界があること自体は想定内だった。

 想定外だったのは、メシア教の封印地が通知より大量にあったこと。それに加え、周囲に被害を出さない代わりに現世へ固着しかけていたことだ。

 メシア教が外から封印していた異界は、どの異界も主を倒しただけでは消滅させられないほどに強固になっていたのだ。そのため、一度悪魔がため込まれた内部を掃除し、その上で異界を解かなくては再び異界が出来てしまう状態になっていた。

 掃除しなければいけない内部の悪魔も、平均LV10程度だが、放置されていただけあってその数は多かった。

 ガイア連合の転生者を集中投入すれば一掃できるが、転生者には他にもさせる仕事がいくらでもあるので悠長に時間を掛けれる情勢でもない。だからと言って配下の現地霊能者では解決がいつになるのか分かったものでもない。

 

 ――その為、私の私物であり、呉支部所属の趣味人たちの結晶。

   ……そして神主からその危険性から直々に忠告され、封印していた機体。

   その封を解くことを決めたのだった。

 

 

 

 冬の山々はその身の葉を落とし、寒々と枝を空に晒している。

 積もった落ち葉。紅葉ほど鮮やかではなく、混然とした絨毯は黄色く山肌を隠していた。

 そんな何処でもありそうな山に突き出た異物があった。

 

 白く滑やか表皮。動物的な凹凸曲線を持つ四肢と違い、関節だけが機械的な直線を描く。

 トカゲの様に平坦な頭部の全周を縁取る燐光。背中から伸びる翼は剣にでもなったような特徴的なものだ。

 

 開発名称『Mk.Sein』。財宝を守るために悪竜と化した存在を象った『存在』である。

 

 勿論、ガイア連合製のファンメイドの機体に過ぎず原作そのものの物ではない。

 全高約45m。ミールの欠片の代わりに動力は搭乗者のMAGで主機を稼働させMAGを生産。ジークフリードシステムは必要性が無かったのでオミット。ニーベルングの指輪による神経接続による操縦は、式神を制御システムとした『同調』スキルによるものに変えている。

 

【ニーベルングシステム・接続します】

 

「つぁっ……! 痛ったぁーっ。」

「っいっっぅ…。……痛いです。」

 

 それなら搭乗時の痛みが無いとのかと思えば、効率的なMAG供給ために霊体と接続をする事に痛みが伴うので変わってはいないのだが。

 機械音声に続いて、バチッと脳裏を焼く幻聴。上腕・側腹部・太腿に奔る痛み。暗い操縦席に私とアリサの声が漏れる。何度経験しても慣れにくい不思議な痛みだ。

 

【起動マグネタイトの供給を確認・コア覚醒を開始――成功】

 

 接続により懇々と汲みだされていくMAG。血の様に巡る私のMAGに主機が脈打ち、機体が休眠から目覚め始める。

 

『―――――。』

 

「式神式管制システムへの接続、問題ありません。神機もオールグリーン。」

 

「了解。主機の稼働率規定値を突破。アリサ、補助モニターを立ち上げます。注意を。」

 

 光の無いコクピットに、空が生まれた。

 全周三百六十度全てが透明になったかのような光景。上を見上げれば、冬の弱弱しい日差しが当然のように見えた。

 全周モニター。しかし、壁面には液晶も何もない。映されているのはすべて空間モニターによる投影だ。景色をよくよく見てみれば、景色を構成する小さな光点が見える。それがドーム状に私とアリサを覆っているのだ。

 

「補助システムの起動確認。…バグも無いみたいです。――地上、ラケル博士、聞こえますか?」

 

『アリサさん、聞こえていますよ。観測機器も正常ですので何時でもどうぞ。』

 

「通信も良好の様ですし、機体との同調を始めます。補助お願いします。」

 

「了解です。橋渡しに集中します。」

 

 眼を瞑り身体から感覚を抜いていく。

 まずは脚。靴でも脱ぐように肉体から抜け出した五感を、ズボンを履くようにセラミックの肌で覆われた機械に通す。

 つぎは腕。手袋から抜け落ちた五指が、袖を通すように収まりこぶしを握る。

 肉体の鼓動に合わさる機械の鼓動。血が巡るようにMAGが躍り、隅々にまで“私”を広げていく。

 

 ――そして、眼を開いた。

 

 世界を認識する。色鮮やかな光の絵画に、しっかりと視認できるMAGの色彩。

 普段、式神からの感覚共通で補完している霊視ではない、本当の霊視。

 蒼穹。

 乾いた風に雲一つない青空。あまりにも透き通って、星すら見える空は恐いぐらいに美しい。巨大になったはずの体躯のちっぽけさが冷気と共に身に染みる。

 

「っ――――……ふぅ、同調完了。」

 

 圧倒的な情報の洪水の手綱を握り、声を出す。

 初めてこの機体に乗った時から、同調の瞬間だけは体が強張る。

 緊張か、感動か、自分でも分からない感情を、クロッシングしているので詳らかに把握しているはずのアリサに聞いても答えてはくれない。笑って誤魔化すだけだった。

 

「ラケル、“認識”を開始します。観測班にも注意を。」

 

『了解しました。観測開始を連絡します。』

 

 気持ちを切り替えて予定をこなすべく通信先に告げる。すると地上のラケルに意識を向けたので、自動的に気配の察知ではなく視覚による捕捉が行われる。

 機体の複眼カメラが捉え窓に映すのは、頭上から見下ろす形で映り込むラケルだ。

 落ち着いたワンピースドレスに身を包み、周囲の管制官に指示を飛ばしている姿は半透明の空間モニターに覆われていた。付かず離れず追従するモニターを引き連れ、確認に動き回る姿に密かにほほ笑む。

 脊髄の手術をしてからしばらくは歩くことに不慣れだったのが、今ではすっかり歩行に違和感がない。一応機体全体を把握できるように離れた位置に管制所を置いたが、機械の目は髪の一本一本までを把握できる性能で歩行能力を観測してくれている。リハビリに付き添った頃からは想像もできない自然さだ。

 

「朱莉、集中してください。」

 

「ん、ごめん。中々まじまじ見る機会が無かったので目で追ってしまってました。」

 

 アリサの注意に素直に謝る。

 どうも機体に乗るときはMAG生成能力を押さえつけないので気持ちが浮つく。そのせいで感情的な行動に走ってしまているときがある。注意を肝に銘じないといけない。

 

「すぅーふぅ―……それじゃ、“認識”を始めますね。」

 

 深呼吸を一つ。

 それで戦闘時の思考を露わにして為すべきことを為す。

 

 ごく当たり前のように手を伸ばす――その意識で起こるのは機体の腕が前に伸ばされる動作だ。同調しているから当たり前だが、軽い気持ちで20mほどある腕が動くが“今”の当然である事は気を付けなくてはいけない。

 なぜなら――

 

「腕部、放出マグネタイトの結晶化を確認。神機の外殻情報の転写、形成開始――成立。実体化します。」

 

 ――剣を抜こうと思えば、虚空を掴むはずの手に当然のように機体サイズに合った神機が握られるのだから。

 機体の全高よりもさらに長大な赤い片刃の大剣は、鍔の代わりに小型の銃身が顔を覗かせる神機そのものだ。大きさが違えど神機の餓えた気配も変わりがない。すぐにでも血の雨を降らせそうな剣呑さだ。

 尤も、今日は剣としては使わない。神機の役目は祭儀の杖だ。

 諸手で柄を握り、大地に突き刺す。

 

 ここからが大仕事だ。より集中しなくては。

 肉の瞳を閉じる。深く息を吸う。禅でもするように、己だけを意識する。

 そして、常に脳裏に送り込まれる世界の光景を放り出し、心に孤独を思い出させる。

 ――口枷。縛られた四肢。無明の押し入れ。食べ物の臭い。空腹にえずく痛み。笑い声。

 

あなたはそこにいますか?(――独りは、寂しいよな?)

 

 言葉と共に人肌を求める寂寥が、思念の波動となって世界に広がっていく。

 それは、問いかけだ。

 あなたはそこにいるのか――己が存在することへの自負を問う詰問。悪魔が“悪魔”として存在するため、決して逃れえない“存在証明”を利用した尋問だ。

 この原理のおかげで『騙す』『隠れる』逸話を持つ悪魔であっても関係なく索敵できる手段である。

 己を誇示しなくては、悪魔は存在できないのだから。

 

「準備は上々、と。……アリサ、事前情報だと異界の数は23でしたね?」

 

『データ来ました! 異界の現実座標一致! っと、未確認一? 内部構造解析は完了しています!』

『悪魔の把握は?』

『少々お待ちを。現在管制官が選り分けの確認をしています!』

 

「ええ。メシア教からの伝達が14。ガイア連合が確認したのが9です。」

 

「一つ追加してください。東の山の方にも異界があるようなので、ついでに消します。」

 

『観測班全員を確認しました! 搭乗者による対象認識・ビーコン共に正常です。』

『悪魔にイレギュラーは?』

『大丈夫です。事前想定のレベル・数を超えていません。』

 

「……了解。無理はしないで下さいよ?」

 

「当然。このぐらいは楽なものです。」

 

 現実世界から異界内を見通した。

 目も合わない距離から触れ合う鼓動。私の心に絡みつく悪意の糸。それが一つ二つではなく何百何千と縛り付けてくる。

 その糸を手繰り、思念の問いかけに反応した悪魔のピックアップは終えている。

 

 これは実のところ、この索敵の弱点である。こちらが把握するのと時同じくして相手にもこちらを知らせてしまうのだ。

 “シンクロニシティ”

 お互いが同調することによる相互認識。人が悪魔を“認める”ための基本であり、人が悪魔に呑まれる要因。人から悪魔に近づき、魅了され、終いには悪魔に成り果てる原因だ。

 オカルト業界人であれば対策の一つは持ってる現象だが、この索敵にはむき出しの思念波を放射するので通常の対策が役に立たないのが欠点であった。対抗手段が精神を鍛えるぐらいしかないのだ。

 

 これが神主から注意されたこの機体を封印する理由となった危険性の一つだ。

 一応実験データは前に取ったので、個人用の低出力の物なら防壁を噛ませる事が出来るようになっている。しかし、出力の大きすぎるMk.Sein用はないので、今回の索敵による同調は私の個人技能で対抗している状態だ。

 

「長々と時間を掛けても仕方が無いので終わらせます。」

 

「分かりました。私からの存在観測もしますが、危険を感じたらすぐに辞めるように。」

 

「了解。心配し過ぎですよ。」

 

 心配げなアリサに、思わず心に日常のメッキが被さり苦笑していしまう。

 まあ、それは不要なものだ。冷めた頭で切り捨てる。

 

 意識を肉体から放す。

 飛翔。心のままに飛ぶ。向かう先は精神、或いは魂と呼ばれる領域だ。

 そこにあるのは等身大の私だ。特別綺麗でも汚くもない。ただ在るがままの裸体。

 修行で度々訪れるが、私が認識する私としては前世の面影を感じないのが昔との違いか。違いと言っても昔はもう少し背が高く、老けていた。その程度だが。

 

 その普段なら自分しかいないはずの領域に、異物が混じっている。

 血肉ではなく霊体に絡まる悪意。お前もこっちに来い、と深い闇の奥底から延ばされた手。掴みかかられた傍から流し込まれる思念。

 ――羨望、渇望、憎悪。そして、一滴の甘露。引きずり落とされずにはいられない仄暗い喜び。

 その快楽を鼻で嗤う。馬鹿らしい。今回の異界に居るのはレベル相応に小物だけなようだ。人の悍ましさと比べ物にならないほど軽い。

 私は掴まれたまま、侮蔑を込めて見えない底を見下ろした。

 

「俺は、お前だ――」

 

 落ちないように心ひとつで人の領域に踏ん張っていた足から力を抜く。

 抵抗が無くなれば起こる結果など目に見えている。

 落下だ。

 いや、落下よりなお速い失墜。

 大喜びで引き寄せる奈落。暗い、暗い、暗い底から感じる醜悪な気配。

 

 欲望。

 いや、欲望よりも浅ましい貧欲。

 霊体を握る指にかかる力が増す。独り占めできないのなら、せめて大きな破片を、と。少しでも多くの欠片を奪おうと争う喧噪。

 

 引き千切ろうと込められる力。体中にしがみ付く感触。悪魔は悪魔らしい愚かさで全霊をもって私を取り込もうと縋りつく。

 沈み込む。

 さてはて、この沈み切った先は魔界の果てなのか。それとも悪魔どもの腹の中なのか。つまらない疑問の答えは一体だれが知っているのだろうか。神主とてこの先には落ちたことは無いと思うが。

 

『ふざけず真面目にやってください!』

 

 詮無い事を考えた。唯一上から伸びる命綱越しの叱咤。身体に結ばれたそれは、アリサの観測の具現化だ。

 危険を感じないとはいえ、危険な行為の最中であるのは間違いない。そろそろ深度も把持力もいい感じだ。怒られたことであるし、もういいだろう。

 引きずり込むために伸ばされていた悪魔の手を逆に掴む。初めは糸のようだった悪魔の悪意も、ここまでくれば腕のような太さだ。逃がすことはあるまい。

 ――シンクロニシティ、或いは“同化”。

 

「――お前は、俺だ!」

 

 上を向く。繋がる先からの想い。それに頼らず、己の足で駆ける様に這い上がる。

 浮上。

 何百何千という手を引っ掴んだまま、自力で人の領域へと戻る。暗い底ごと、汚物の如き悪魔の精神を掬う。今更手を放そうとしてももう遅い。手の先に居た本体ごと、悪魔の精神を人が在るべき形へと変質させる。

 すると、どうなるか?

 答えは簡単だ。悪魔として纏まっていた概念の変質。それに耐えられない悪魔たちに起こるのは、人に近づいた果てに起こる姿への変換だ。

 

 すなわち、魔晶化である。

 

 それも、悪魔が自発的に起こす時のような自己保存を行わせない強制的なものだ。

 悪魔の一部ではなく、存在そのものの魔晶化。そのためには悪魔の持つMAGだけでは足りない。

 だからこその“同化”である。

 

『観測班から入電! 悪魔が出現したマグネタイト結晶に捕食されて消失!』

『レーダーマップ上の悪魔が次々と消えていきます!』

『朱莉の様子は?』

『計測データに異常なし! 脳波・マグネタイト共に正常です。』

 

 肉体に戻した意識が地上の声を届ける。慌ただしい動き。繋げっぱなしの通信。

 そんなことを知らないとばかりに晴れ渡る空。

 

「おかえりなさい。」

 

「――ええ、ただいま。」

 

 ほんの数秒の事なのに『お帰り』は可笑しい。ただ、正しい言葉ではあるのだろう。

 大事を取って、片手間に同化するのではなく意識を集中させていたので現実から剥離していたのだ。精神世界から自分の体に返ってきたというのは正しいのだ。

 

『朱莉、お疲れ様です。不調はないですか?』

 

「大丈夫ですよ、ラケル。問題はないです。」

 

 地上の取りまとめもそこそこに、私に迫るラケルにも苦笑するしかない。

 出来るからやっている行為だが、ラケルに限らず関係者からは“同化”は評判が悪いものだ。ロボ研の転生者たちも流石にこればかりは勧めないというのだから、“同化”にどういう評価を下しているかよくわかる。

 それでも、今回の事例にはこれが一番確実かつ安全で、最も早く解決できることは彼らにも否定できなかったのだ。

 

『何か問題はありましたか?』

 

「特には。精神への負荷も想定内でした。ただ、これ以上の数は私のマグネタイト制御が追いつきませんね。今回も神機の補助が無ければ難しかったでしょう。」

 

 心配そうな彼女に嘘偽りなく答える。

 今回は平均レベルで20を越えなかったし、数も数千程度しか居なかったので楽だった。もし悪魔の数が万を超えていれば、流石に一息でとはいきそうになかった。

 

「こちらからも質問を。データは取れました?」

 

『はい。詳細の確認は帰ってからですが、対象の変質過程の観測が上手くいってそうです。もしかしたら再現実験できるかもしれませんね。』

 

「んー、それはどうでしょう? やっぱり悪魔を人間側に傾倒させるのが他の人にはきついと思いますよ。私も感覚的にしている部分が大きいですしね。」

 

『そうですか……。全体魔晶の方がフォルマよりも悪魔の情報を遺しているので研究が捗るのですけどね。』

 

「悪魔の解明は気長にしてください。まだまだ探求すべきところは多いですから、思わぬ危険もあるでしょう。」

 

『……そうですね。我々もまだ無知であることを胸に刻んでおかないと。もう少し慎重に行かないといけませんね。』

 

 学者としての顔をするラケルは普段以上に凪いだ目をして素敵だ。そんなことを考えながら今回の観測成功による波及効果を話していると、ラケルからお茶に誘われた。

 この後は悪魔の残滓すら消失した異界を、現地民を総動員して一気に片づける予定だ。その間は私も観測班も仕事が無いので休憩のようなものだ。採れたてのデータを肴にお茶会も乙な物だろう。

 

「神機から魔晶吐き出させたら降りるつもりですけど、アリサはどうします?」

 

「うーん、そうですね。私も降ります。」

 

「了解っと。」

 

 あらかじめ用意していたトラックに目録付きで魔晶を吐き出したら、Mk.Seinを跪いて項垂れる駐機体勢を取らせて関節にロックを掛ける。

 接続解除。

 くっきり見えていた世界が閉じる。触れ合っていたアリサと神機の温もりから切り離され、普段のライン越しの感触に戻る。同調中の寒空に吹かれていた肌感触以上に、今の方が寒く感じるのは私の甘えのせいだろうか。

 

「――接続解除もやっぱり慣れませんね。」

 

「私も残念です。接続中は朱莉が近く感じられるので。」

 

 サブモニターの投影も終わった真っ暗なコクピットで呟けば、返ってきた答えに微笑む。式神の仕様からして私の心と直接触れ合うことを嫌う訳はないのだが、普段はすべての感情を漂白した心境を流しているだけにこそばゆい。

 

「下で待たせていますし、早く降りますか。」

 

 照れ隠しに行動を促す。

 コクピットは光源一つない漆黒だ。この状態でも“見える”し、光源ぐらい幾らでも作れるからの設計である。

 ライトをつけるよりも搭乗者の安全性を考慮して破損への耐性を優先した結果に出来上がったものだが、自信満々に設計した奴らが整備の時に面倒だと文句を言っていたりする。

 こういった知見はやはり実機があってこそ得られたものだろう。不満に思えば即改良をする趣味人たちだが、コクピットの仕様変更は出資者権限で私が却下していたりする。

 “おもちゃ”は安全性を何よりも優先するものだからだ。

 

 特に不自由なくコクピットを開放し、飛び降りて野外に広げたテーブルに向かう。

 降着装置もあるが飛び降りた方が手っ取り早いのでほとんど使っていない。再現はしたが覚醒者には……いや、私には必要なかった機能の一つだ。他には脱出装置も、あれを使うぐらいなら自分で飛んだ方が安全なので使われることが無いだろう。

 

「ラケル、お待たせ。異界処理の方どうです?」

 

「お疲れ様です、朱莉。あと処理班は想定通りに動いてます。一応戦闘員も配備していますが、今のところ悪魔の発見報告ありません。追加の一つは手の空いたものが向かう予定です。」

 

「山奥で道も無いと思うので踏破性のある人員でお願いします。」

 

「分かりました。……予定地の地鎮作業は問題ないので最初の予定時刻までに終わらせます。」

 

 持ち込んだノート型や空間ディスプレーを駆使してデータを早速確認している研究班。そこから離れ、迎えてくれるラケルに笑顔で進捗を聞く。

 お茶会と気取って見せたが、流石にここに給仕から何から居るわけがない。渡されたペットボトル片手でのお話だ。

 ……今日は置いてきた武蔵が居れば、この場で本格的なお茶会が始まっていたかもしれないが。

 彼女は部下の式神を増員したこともあって、この頃は支部か藤原邸での仕事取り纏めに割いてる事が多い。思考のすり合わせのために出来れば私と一緒にいる仕事を増やした方が良いだろう、と心に留めておく。

 

「と、なりますと、Mk.Seinの送還準備に連絡は要らないですか。」

 

「ええ、格納庫の方は想定通りに動いてもらいます。」

 

「それなら今夜に機材の集積が終わって明日からは造成に入れますか。」

 

「あ、報告がまだでしたけれど、上下水の施設はすでに建設を始めてます。都市ガスと電気はまだ延伸工事の準備中ですけど。」

 

「こっちの末端に接続する形のままですね。大丈夫です。造成中に対応してもらえれば。」

 

 ふと溜息が一つもれてしまう。

 本当に時間が無い。トラブル一つで受け入れに間に合わなくなりそうなのは困る。もう少し余裕が欲しい。すでに決定していることを愚痴っても仕方がないが、運営ももう少しこっちの事を考えて欲しいものだ。

 

「魔晶の封印の方はどうです? しっかり固定化したつもりですが固定が甘いところはなかったですか?」

 

「ちょっと待ってくださいね……そちらも問題ありません。現在移送のための確認は終了して観測データを見直しているところです。」

 

「魔晶の計測データは支部に帰るまでお預けですね。」

 

「外部からの観測データと朱莉からのデータとの比較だけでも時間がかかりそうですが、前回とは計測機を変えたので魔晶化のプロセス、もしくは魔晶化に関係している概念コードの特定が出来るかもしれません。」

 

「前回とやった感触的には違いはなかったんで追加した観測機が上手くいっているといいですね。」

 

「そうですね。魔晶の研究は情報生命体としての悪魔に迫れるので、また新発見があるかもしれないと思うと楽しみです。」

 

「監督役として付いていく勉強も大変になりそうですね。」

 

 うきうきと研究班を眺めているラケルに苦笑するしかない。あんまり勉強に時間が取れなくなるので、新発見は程々にしてほしいというのは贅沢な悩みだろう。

 帰還まで時間があるので今のうちにラケルと一緒に採取したデータを眺めて操縦者としての所感を交えて話し合う。詳しくはレポートで出すが、現状では数値化を規定されて無い所感などは感覚で伝えるしかないのだ。

 

 二人そろって休憩中に仕事の話はどうかと思われるかもしれないが、私とラケルの間ではこれはとても刺激的で楽しい会話だった。

 物理学的には在りえない別法則下に適合した生命体。それについて現在の定説について話したり、突拍子もない仮説を出してみたりするのは、私たちにとっては眩く輝く夜空を望遠鏡で覗くような未知への興奮に胸を焦がすものだったからだ。

 特に、近頃は間近に迫った現実にばかり目を取られているので、こういった与太話と紙一重な思考実験は貴重なひと時だった。

 

 そんな訳で、お昼も研究班も巻き込んでデータを片手に皆が自説を主張し討論し合い、そのまま午後の時間も楽しく過ごしていた頃。

 その時はやってきてしまったのだ。

 

 ――BeeeeeeeeeeeeEeeEEEEEEEEE!!!!!!!!!――

 

 唐突に皆の携帯が一斉に耳障りな音を吐き出した。

 警告音。それも特定の状況だけに規定されたもの。

 楽しかった気持ちが凍り付く。

 

 ――まさか。そんな。嘘だろ。

 

 冷えた心。なんだなんだと画面をのぞき込む研究員、そのスマホを奪い取り文章を確認する。

 すると、そこには予想通りのテンプレートに警告が表示されていた。

 

*** ガイア連合警報システム                     ***

***                                 ***

*** 20××/11/07 15:32                 ***

***  ミサイル発射情報。ミサイル発射情報。             ***

***  当地域に着弾する可能性があります。              ***

***  シェルターに避難し、ガイア連合からの情報を確認してください。 ***

 

「ラケル! 全作業中止! 都市部から山脈を遮蔽に距離を取ってください! 私はこの場を離れます!」

 

 叫ぶ。ただそれだけで息切れしそうな息苦しさ。

 叫ぶ自分を傍観しながら、思考が移動手段に割かれる。

 ――自力・音速超過・最速・装備は?、

   Mk.Sein・亜音速・瞬間MAG放出量・迎撃・防御・出力・必要?

 

「――アリサ! Mk.Sein起動! 厳島異界に向かいます。」

 

 悲鳴のように命を下し、返事も聞かずに飛び出す。

 飛翔。ぶつかる様に機体に取り付き、操縦席に潜り込む。サブパイロット席にはアリサ。遅れもしない。接続。痛み。そこに割く思考の余剰が無い。

 

「跳びます!」

 

 地上の人間と距離が近すぎる。

 跳躍。巨神とすら見違える巨体が撥ね跳ぶ。着地。なぎ倒された木々に脚を取られないように再跳躍。機体各所のスラスターを小刻みに吐き出し加速。距離を取れたので背部ブレードスラスターに火を入れる。

 衝撃。重力制御で軽量化したところで、機体の質量に見合った重量を消せはしない。それを飛ばすスラスターは間近で受ければ人が消し飛ぶような排気を吐き出す。

 

「アリサ、You have!」

 

「I have!」

 

 轟音。排気への衝撃緩衝術式に回す余力が惜しい。隠蔽術式だけをかけて機体制御を手放す。

 自閉。外界を無視して自らの内に潜る。自身に繋がる何百という契約のライン。そのうちの一つ、支部に居るはずの式神に意識を飛び込む。

 

 ==状況の説明を!==

 

 式神の感覚器と同調して危機管理室を見渡すよりも先に思考を叩きつけた。

 自分以外の肉体感覚による酔い。眩暈に似た感覚に苦しみながらも同調を進める。

 壁一面を覆うモニター。中央は日本列島を映す画面に大量に浮かぶ識別。横には正距方位図法の地図も映されている。周囲に映るのは大量の街頭カメラの映像だ。表示している地点は日本各地に散らばっていて、断続的に映る場所が変わっていた。

 オペレートに並ぶのは大量の式神だ。お揃いのメイド服に似た顔立ち。私が支部に貸し出している侍女型たちだ。

 

「Jud.状況を説明します。現在、ガイア連合員に対して運営より緊急警報発令中。状況:M、核ミサイルによる終末警告です。」

 

 ==すまん、気が急いていた。ルドベキア、把握してる経緯と情報を手早く教えてくれ。==

 

「Jud.時系列順に報告します、マスター。

 1519、アメリカ中西部からミサイル発射。予想落下地点は世界各地で十か所以上と推定。

 1521、在日米軍から自衛隊に一報と情報共有。同時に自衛隊から山梨支部へ情報提供が開始。

 1524、自衛隊の警戒配備が完了。

 1528、中国西部からミサイル発射。こちらも落下地点が広範囲に亘ります。

 1532、自衛隊の軌道予測によりアメリカからのミサイルの一部が日本を標的にしていることが確定しました。

    山梨支部より緊急警報発令。人工島から独自のミサイル迎撃式神の射出を開始しました。

 現在、呉支部に届いている情報は山梨支部からのものだけになります。――以上。」

 

 東京を中心に書かれた正距正方図法の地図に上と左から伸びる線はミサイルの具現だ。数あるミサイルの内日本を目指すものだけを濃く示された軌道は、すでにアメリカからの線が半分辺りまで伸びている。

 

 ==自衛隊からのJADGEは山梨支部だけか。海自空自との繋がりが弱かったのが痛いな。==

 

「追加情報です。日本海側の人工島も迎撃準備完了との報告。」

 

 ==周辺諸国の情報も可能なら集めてくれ。==

 

「了解しました。――メシア教へ情報提供を依頼しますか?」

 

 ==……いや、必要ない。それより、呉支部の対応は?==

 

「マニュアル通り支部の結界は地脈から剥離完了。外部結界群の統制を開始しています。

 隔離障壁展開は90%を維持。出入り口の封鎖は避難状況と落下時刻を確認してからの予定です。

 それに加え、越権ながらナインズへガイア連合員の避難誘導を命じております。――以上」

 

 ==誘導指示は助かる。ルドベキアは引き続き管制を。ナインズは落下時刻が判明次第、誘導を切り上げて退避させてくれ。私は厳島異界で警戒にあたるので情報をMk.Seinに送ってくれ。==

 

「Jud.管制情報をMk.Seinに送ります。――以上。」

 

 ==それにしても発射から情報共有以下の動きが早すぎる。運営の奴ら、情報を握っていたな…?==

 

「事前に知りえていたかは不明です。――問いただしますか?」

 

 ==それには及ばん。やるなら直接私がやる。……そろそろ厳島につく。同調、解くぞ。==

 

「了解しました。――以上。」

 

 一分程度のやり取り。それを終えて、飛ばしていた意識を体に戻す。

 ルドベキアから離れる感覚。五感の消失。肉体との繋がりを意識して来た道を戻る。

 

 開眼。光に眩む視覚。叩きつけれれる大気に肌が冷却される。耳に届くのは風の叫びばかりだ。

 そんな感覚と同時に在るのは普通に座る肉体感覚だ。手を包むゲルの生暖かさと霊体から吸い出されるMAGの流れ。接続のために空けられた穴から外気に晒された地肌の寒気。

 機体と肉体の五感が併存する感覚に、一瞬戸惑う。

 

「おかえりなさい。まもなく異界に到着します。」

 

「――――ああ、分かった。I have.」

 

「You have.」

 

 五感を掌握し直し、機体の操縦を変わる。

 すでに機体は海の上を飛んでいた。晴れた空に穏やかな海原。いくつも浮く筏はカキの養殖のためのものだ。

 当たり前の日常。何も知らずに真面目に生きている人々。見え過ぎる目が、呑気にスマホを眺めている筏の上の人間を捉えた。

 

「――ぁ、……っ。」

 

 漏れた声の無意味さ。己の蒙昧さに苛立ちながらも契約ラインを確認する。

 まず、A2とポッドが支部内に。意思を投げかけると家族と共に避難していると返ってきた。彼らは護衛に付いてくれているようだ。

 支部から離れているのは2Bと武蔵の気配だ。二人とも大気を駆け上がっている。居場所は支部から見て北西と北東。弾頭の撃ち漏らしがあった時のために迎撃に上がってくれている。

 確認していると支部からのデータに更新が入る。ロシアからの弾頭も確認できたようだ。

 

「……アリサ、異界に突入する!」

 

「了解です。」

 

 凶報。であるが、やることは変わらない。

 目前の異界に管理者として介入。外部からの異物への防御反応を抑えて飛び込む。

 様変わりする世界。

 視界には黄金の砂浜と青い海。海に浮かぶように鎮座する荘厳な神社。お目当ての三柱が宿る社だ。

 神社を見るのと同時に、機械の意識で見据えた落着地点周辺に人気はない。確認が出来たので減速はかけない。

 落下。破裂音と共に立ち昇る水柱。着地の衝撃が柔らかく受け止められた感覚。衝突した運動エネルギーによって起こるはずの波一つ立たず、水柱が静かに海へと落ちてく。

 

『宗像三女神! 現状を認識しているかっ!』

 

『落ち着きなさい、朱莉。』

 

 外部スピーカーではなく、放射した思念波による私の声が異界に響いた。と、同時に返ってきた声。

 気がつけば機体と触れ合う様に海流が寄り添っていた。式神体ではなく海そのものを触媒にした顕在。

 ――すでに、海は宗像三女神そのものだったのだ。

 

『すでに準備万端か、有難い。』

 

『もっちろん! でも、あんまり長くは持たないよ。やっぱ、地上じゃまだ顕在はキツイね。』

 

『こちらも補助する。』

 

 事前想定で検討した対応を取ってくれているのは話がはやい。

 機体を片膝つかせたまま、海に神機を差し込む。感知を広げるまでも無く、温かく見守る意志を感じさせるマグネタイトに触れる。三女神らしく好ましい在り方の体現。それに神経を集中させる。

 かつて、一度は為した奇跡を再び為すために、私も手を貸さなくてはならない。

 同調。己のMAGを変調し、彼女たちのそれに合わせる。ちょっとした工夫だが、これをするだけでMAG供給効率が跳ね上がるのでやっておかない手はない。

 

「――ぶっハっぁ…。」

 

 変質。口に広がる塩辛さにむせた。

 自分を“神”に近づけ過ぎた結果だ。自身のMAGそのものが“神”の根幹に影響されている。口からは呼気だけではなく海水も吐き出していた。己の霊体の一部が“海”に染まってしまっている。

 ――それでも、同調はやめない。私は、彼女たちを探す。

 最善を尽くさなくてはならない。何時ものようにMAGをただ垂れ流すのでは供給が足りない可能性がある。それで誰かが傷つくようであれば己が許せない。

 

 ――ふと、馬鹿なことをしているな、と脳裏に浮かぶ。

 苦痛。自然と身を守る様に丸まる体躯。こわばる四肢が縮こまる。

 喪失。えずく口からは絶えず私を構成していた水が流れ出す。それは、感情なのか肉体なのか。分からない事に震える。

 

 Mk.Seinの観測補助機器を十全に使用した同調は、神主でさえ止めるような危険な行為だ。

 それが“神”相手となれば、それはまさに己を身削いで捧げるような奉祀。自分を削り与える行いである。

 何でこんな事をしているのか。こんな苦しい事をしないでも『宗像三女神』であれば、かつての様にこの地を守ってくれる。

 私は、それの守りに包まれていればいいのに。

 

 ああ、そうだ。

 かつて、彼女たち三柱は準備不足でも地脈を守った事実がある。

 核が落ちたあの日。“今”を生きる人々を守り切れずとも、生き残った人々の未来は守ったのだ。

 だが、それは負荷を全て彼女たちが受け止めたからだ。そのせいで魔界の本体すらも傷つき、私が呼ぶまで地上を知ることすら出来なくなっていた。同じことを繰り返させるわけにはいかない。

 

 ――最初はただの爆撃から守るつもりで。

   それが地脈すらも汚染する呪物だと気づいた後も、たった三柱だけは逃げなかった。

   ただ、人を救うために。

   その献身に、彼女たちに仕える者でないとしても、人として今応えねばならない。

 

『んにゅ……? ナニしてるの? 危ないよぉ~?』

 

『そこに、いるんだなっ……!』

 

「――――っぅ……!」

 

 同調のし過ぎで、機体の一部が海水となって零れ落ちる。呆気なく、パシャっと音を立てて。

 ――同時に、私の体も。

 踏ん張ろうとした足がスーツから漏れていく。崩れそうなバランスは、背中で固定されているおかげで倒れ込みはしない。ただ、操縦席に潮が溜まるだけだ。

 本当であれば止めるべきアリサは何も言わない。口を固く閉じ、機体の制御の補助を黙々となしていてくれる。

 式神たちには前々から言って聞かせていたのだ。もしも、の時はこう行動すると。

 この地を支配するのであれば、こうしなくてはいけないと私は決めていたのだ。

 

 手を伸ばす。彼女たちの感覚は曖昧で、理性は本当にいるかと疑問を投げかける。それこそ、打ち寄せる波の様に掴めるモノではないかもしれない。

 でも、私はこちらを気遣う声で、海そのものの三女神を見つけた――見つけたと、信じたのだ。

 

『お前は、そこにいるんだな!』

 

『朱莉君?! 一体何を……!』

 

 その姿は、私の認識だからか普段見慣れた式神の姿に見えていた。

 三人の人影。何故か後ろ姿なのに寂しそうに見えていた表情が、私が叫ぶと驚いたように振り返って――そして、笑ってくれたように。

 

 一瞬の白昼夢。繋がった手。

 触れ合う霊格に、全てを明け渡すようにMAGを渡し――そうして、海に、結晶が生えた。

 一つ、二つと数えれるようなものではない。押し寄せる波の代わりに結晶が生え続けている。それは純マグネタイト結晶……ではないな。それは、結晶化した海色のマグネタイト、概念としての海そのものだ。

 

『ちょ、ちょちょちょちょっとぉおお?!?! え、何、これっ、え、朱莉君?!』

『にゃはははははは!!! 見つかっちゃった、見つけちゃったアカリ!!』

『――……そう、そういう事。無茶するわね、朱莉。』

 

『宗像三女神! 供給量に不安はないか!』

 

『にゃはは、大ジョーブ♪ 爆弾の十や二十、かーるく、防いであげる! ……だから、安心して?』

 

『頼む! 北米からの弾頭はおよそ十分後に落着するはずだが、海上発射の方が未だに確認できていない。いつ来てもいいように備えてくれ!』

 

『朱莉はどうするの?』

 

『私もここで岩国に警戒する。もしもがあれば私が撃ち落とすが、最悪この異界を現実に乗り上げさせて身代わりにするぞ。』

 

『オッケー! その時はドーンッと派手に打ち上げてよ!』

 

 威勢のいい外からの声。それをコクピットで聞きながら、軋むように脈打つ鼓動の激しさを牙をむいて堪える。

 カタカタと音を立てて震えるアームレスト。

 失敗した。こうなるならコンバットドラッグの一つも操縦席に備えてつけておけばよかった。噴き出すMAGに脆弱な体が再生を繰り返している。

 

「9S、大丈夫ですか?」

 

「戦闘には支障ない。が、マグネタイトの供給機構の改良は必要だな。もう少し体の負荷を抑えないと最大出力を出しにくい。」

 

 心配そうなアリサの声に被せる様に答える。

 そう、心配するようなことはない。腕から音を立ててしまったのは痛みのせいだ。

 ――決して、恐怖に震えているわけではない。

 

 大きすぎる存在。それに繋がる己を比べてしまえたが故に圧巻されている。身震い一つで消し飛ばされそう圧倒的な質量差。自分の矮小さをまざまざと見せつける大きさ。溶けてしまいそうな自我。

 それに感じたのは、恐怖でも法悦でもない。

 あってはならない。

 私は、友の助けになるように手を繋いでいるのだ。決して、決して上位者に己を捧げているのではない。呑まれそうな自分をしっかり持つ以上に、相手をしっかり見つめる。

 彼女たちは、人を守ろうとした存在で。何よりも、私と一緒に歌い踊り――そして、笑いあった存在だ。

 

「……分かりました。神機をスナイパーモードにしておきますね。」

 

「ああ、そうしてくれ。――長丁場になりそうだから、撃ちあがってるミサイルがなくなったら一度休憩を入れた方がよさそうだな。」

 

 握りしめた拳から気を逸らすために、表示した更新情報にわざとらしいため息を吐く。

 ロシアに続いてヨーロッパでも盛大に打ち上げ始めたらしい。ここまでくれば発射体制で保有している国は何処も彼処も派手にやりそうだ。気が滅入る報告ばかりだが今の私に出来ることはない。

 勿論良い情報もある。日本への第一波は順調に数を減らしているらしい。事前に展開していた艦艇はいい仕事をしてくれている。

 

「……私のこの行為は、無駄骨を折ることになってくれればいいが。」

 

 取り繕った足をペダルに接続。身体からは汗の様に潮が滴る。

 密閉されたコクピットに、塩でダメになるような機材を設置させなかったのは我ながら冴えていた。同調深度によっては機体ダメージによるフィードバックで血しぶきで汚れることが予想されていたので、故障しそうな精密機器はコクピットから設計段階で省かせていたのだ。

 身体と同じように機体も海水となって欠けた部分を再生させる。破損部分へマグネタイト結晶を生成し、機体情報を転写して、だ。

 

「せいぜいメシア教の善性にでも祈ってください、9S。……ちなみに、私はやらかす方に賭けてます。」

 

「胴元は一体どこですか?」

 

「マリーが言い始めてナインズが取りまとめてますよ?」

 

「……はぁ、賭けになりませんね。仕方がない。私は信じましょうか。」

 

 私が向く方角は、異界の青空が広がる穏やかな海原だ。

 外から見れば立ち並ぶ結晶林を背景に片膝ついて腰までを海に沈め、スナイパーライフルに変形した神機の照準を虚空に向けているようにしか見えないだろう。

 しかし、『Mk.Sein』を冠したこの機体に詰め込まれた観測補助装置によって拡張された私の霊感は、異界の空を突き破ってさらに先の現実を見せていた。

 モニターに表示されているのは基地から慌てて上がってきた航空機の数々だ。多くは円盤を背負ったような飛行機や尻尾が伸びた様な警戒機だが、一部に双発の戦闘機の姿が見える。

 

 F/A-18。それもレガシーと呼ばれるタイプだ。

 空対空ミサイルを積んで警戒機と共に飛び立っていくのは護衛としてだろうか。今のところ可笑しな動きは見えない。

 しかし、私は拡張された感知に掛かる戦闘機を一つ一つ確認し続ける。

 ――何せ、戦闘機は爆撃機と同様“核運用能力”を保持しているのだ。

 

「ひと段落付けれたら、一度基地を査察しないといけないですね。毎回こうして警戒するわけにはいきませんし。」

 

「先を考えるのも大事ですが、今は悪意の感知に集中してください。」

 

「――ふぅ、そうですね。」

 

 流れてくる状況は日本に限っては悪くない。第一波はすでに撃ち落とされているし、被害は今のところ確認されていない。

 情報に流れる迎撃式神の事を考えると、今頃山梨直轄の迎撃異界では巨大なパチンコで紙製式神がポンポン撃ちだされている間抜けな光景が広がっているのだろうか。うちの技術者とはまた違うネジが外れた山梨組が、今頃高笑いしているのが想像出来てしまった。

 こんな乱痴気騒ぎはさっさと終わって欲しいものだ。そう一つ再びため息ついて私は監視を続けるのであった。

 

 もう、手は震えない。

 




半終末到来のラッパが吹かれた時のお話になります。
原作ではクトゥルフの召喚からミサイル発射までさらっと流されていましたが、避難の事を考えると社会不安はかなりのものだったと思います。
日本での受け入れも既存住居とか利用するとバラバラに分かれることになります。そうするとメシアンが全国に散らばることになりかねないので、纏めて住まわせるための新規住宅街の開発です。ガイア連合もメシアンをどうにか管理しようとしていました。

それと、ついに作者がやりたかったの事の一部が書けます。
そう! 作者はロボットで主人公を暴れさせたかったのだ!
その為の支部長! その為の個人資産! その為の同好の志!
これから何機か機体が出ますが、性能については『でも、これでショタオジに勝てるの?』というボーダーで判断しています。

宗像三女神へのMAG供給で主人公の肉体が海水になったのは『巨大概念悪魔からの概念浸食』です。
式神にはそれを防ぐ能力があるのですが、今回の場合主人公が自分から飛び込んでるので防壁に成れていませんでした。ただちょっとだけ魔界までお邪魔して本霊と繋がっただけなのに…。
あと、宗像三女神が核を防いだ話ですが、作中世界でも核投下時のB29は少数で軍は対応していませんでした。しかし『悪魔』故の感知能力で『悪意』を感知したために宗像三女神は対応した形になります。

【Mk.Sein】
 呉支部ロボ研が作り上げた『純MAG駆動』の機体。製造開始は三年前。
 コンセプトは『探知術式や遠視術式等の機械化』。つまり、物理学的なレーダー等を術式の機械化で置き換える実験機。
 そのコンセプトから魔装機神や霊子甲冑、龍神丸、シルエットナイトなどの候補も挙げられたが、原作再現と霊能による感知との兼ね合いでファフナーが選定された。
 現状、全ての霊的な感知が機械化されているわけではなく、ほとんどの機構は搭乗者の霊感を補助することに特化している。これはまだまだ知見が足りない部分があるので色々試している途中であるためである。そのため、常に改良が加えられている。

 そんな内部の探知機構はともかく、素の機体としては完成している。
 霊能による知覚を直接五感で受け止めるための『同調機構』。大型の機体を動かすために搭乗者のMAGを効率的に吸い出す『霊体接続機構』。
 そして、MAGを燃料に稼働し、環境中のMAGをも取り込み自身の燃料とする『主機』。
 機体性能としては霊格の共有も燃料供給も搭乗者に依存するため、搭乗者による差が大きいのだが主人公搭乗時は『支部防衛用シキオウジ』がダース単位でも蹴散らせると見積もられている。(……主人公、生身で一人でも同じことが出来ると思われる)

 機体性能は力・体型のパワーファイター。
 非稼働時でも直立できる構造の頑丈さが、稼働時は強化術式が全身に巡るためにさらに堅牢になる。背部のスラスターによる飛行も可能で、停止状態から二十秒ほどで亜音速まで加速する。
 欠点の一つ目は機体が巨大なための運動性の低さ。瞬発的な速度も出るのだがどうしても小回りが利かない。
 もう一つは観測機として設計されたため、専用の外部MAG制御機構が無く魔術による攻撃・障壁がやりづらいこと。遠隔攻撃や防御は神機に任せる前提になる。

 現在は建造時に戦闘を前提としていなかったため、通常サイズの悪魔を相手取ると機体サイズが大きすぎると考えられている。
 そのため純戦闘用の次世代試作機が建造中である。
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