【カオ転三次】DRUG FATE   作:石は転がる

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幕間28

 

 ふと、眼が覚めた。

 暗い室内。手探りでスマホを探す。枕もとの何時もの場所にあったスマホを点けるが眩しい。光に慣れるまで薄目を開けていると、しばらくして慣れた目が時間を見る。

 03:29

 普段起きる時間よりも二時間以上早い時刻。

 ゴロゴロと布団の中で寝返りを打つ。動く度にひんやりとした空気が隙間に入り込み火照る体に気持ちいい。ふかっふかの羽根布団が今だけはちょっと邪魔だ。変な時間に起きたせいか暑い。

 まだ寝る時間はある。――そう思うのだが、眼が覚めてしまった。

 

 呻きを上げてから、一つ吐息。寝汗を掻いたせいかのどが渇いている。

 諦めて布団をはだける。真冬なのに肌寒いが凍えはしない室温。設計時から計算された断熱性に、常時室内を管理している空調のおかげだ。平たく言えば金が掛かっていた。

 それでも寝巻のショートパンツとTシャツだけでは寒いのでパーカーを羽織る。化繊のジップアップパーカーはやや硬い手触りの代わりに暖かく部屋着として重宝していた。蛍光ラインが暗闇でも見つけやすいのもよかった。

 

 暗闇の中もぞもぞとパーカーを羽織り、スマホの画面の明かりを頼りにスリッパを履いて部屋を出る。

 山の山頂近くに建てられているこの家は、付近に住宅も街灯も無いので部屋に射し込む光がない。カーテン一つで部屋は闇に飲まれたように明かりが無くなるのだ。

 尤もそれは部屋の中だけで、廊下に出ると常夜灯が淡い暖色の光を放っている。カーテンの閉められたアルコーブの横に規則正しく並ぶ燭台は廊下を過不足なく照らしている。このぐらいの明るさだと眠気眼にも優しかった。

 

「……あれっ?」

 

 ペタペタと音も鳴らない毛足の長い絨毯。

 こんな時間だ。音が立たないのは良いことだ。そんなことを考えながら一階のキッチンに向かい脚を進めていると、ふと違和感を覚えた。

 廊下の先、普段はシェードが降ろされた窓から夜景が見える。誰か使用しているのだろうか。あそこはバーカウンターで、呑む時だけシェードを上げて使われる場所だ。

 

 どうせ寝れないのだ。覗いてみても良いだろう。

 ふらふらと夜景に誘われて近づく。バーカウンターは夜景を見るためか照明がついていなかった。

 夜景と月明かり。

 そこに浮かぶように、特徴的な銀色がいた。

 

「――あれ? 藤原君?」

 

「こんばんは、二宮さん。」

 

 驚いた藤原君だ。彼は一つだけある特注のカウンターチェアに腰掛け、カウンターに肘をついて窓の外を眺めていた。

 ボクが声をかけると、体だけ振り返った拍子に藤原君の手元でカランっと音が鳴る。ロックグラスにアイスボール。ほんのりと香るスモーキーな匂いはウイスキーのものだ。

 一週間ぶりに声を聴いた。避難警報が出た日から文字通り飛び回っていたそうなのだがいつ帰って来たのだろうか。

 

「びっくりした。帰ってくるなら教えてくれてもいいのに。いつ帰って来たんだい?」

 

「帰って来たのはつい一時間前ぐらいですよ。どうにか予定をこなしたら日が変わっていたので連絡はいいかなって。」

 

 ばつが悪そうに肩をすくめたその姿は戦闘用の霊装で、確かに帰って来たばかりのようだ。

 ファー付きのレザージャケットにカーゴパンツは、一般人の目に留まる場所を通らなくてはいけない時の装備の一つだ。あの日から短いままの髪の毛が、追加の装飾を腕や足にベルトで止めているファッションによく似合って中々にカッコいい。

 

「それより、二宮さんこそこんな時間にどうしたんですか? もしかして夜更かしですか?」

 

「……少し、眼が覚めてしまってね。水でも飲もうと思ったんだがご相伴してもいいかな?」

 

 珍しく彼の式神の姿が見えない。いつもなら必ず見える範囲に居るのに姿がない。

 二人っきり。

 何となく嬉しく思いながら、返事も聞かずにカウンター内の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し隣の席に座る。座って気が付いたけどウイスキーのボトル以外にもワインや蒸留酒まである。

 しかも、縦長のガラス灰皿に葉巻が一本。灰が落ちてるのを見ると藤原君が吸っていたようだ。

 

「藤原君、煙草吸うんだね。初めて見た。」

 

「――ん? ああ、そうか。貴女が弟子になってからは吸ったことが無かったか。」

 

 おもむろに吸いさし葉巻を手に取った藤原君が、慣れた様子で指に点した火で再び着火して噴かし始めた。

 本当に珍しい。

 藤原君が喫煙者とは知らなかったが、こういう人が嫌がることをする時は遠慮するか相手に一言注意をしそうなものだがそれがない。もしかしたら随分と酔っているのかもしれない。

 

「もしかして、何時もこうして隠れて吸っていたのかい?」

 

「いや、煙草は久しぶりです。……もう四五年は吸っていなかったかな。」

 

 そう言って煙を口の中で舐めるように味わう姿は煙草の楽しみ方に慣れている。

 その姿は大学の同期とはまるで違う。大学生になったのだからと羽目を外し、そのまま嵌ってスパスパと煙を吐いている同期の吸い方とは違い、ゆっくりと体に染み渡らせるように嗜むのは様になっていた。

 何年も吸っていなかったと言われてもちょっと納得しかねる板のつきようだ。

 

「葉巻とか吸っているの初めて見たよ。まるでドラマのシーンみたいで格好いいね。」

 

「そうですか? そんなに大したものでも無いですよ。そこらのタバコ屋で買える程度のものですし、大学生となったら興味が出て吸ってる人間もいるでしょう?」

 

「周りは居ないかな。吸っている人間もシガレットだしね。」

 

「そっちの方が手軽ですしね。私もこだわりがないんで紙巻の方が楽かな。」

 

 そう言いながらも次の葉巻を出す手によどみがない。無垢材の箱からとり出した葉巻に、棒状の器具をくるくる回して穴をあける。

 

「それなのに葉巻を吸うのは好きだからかい?」

 

「紙巻・葉巻・パイプにキセル。一通り試してみましたがどれもそんなに好きでもないですよ。」

 

「え、そうなんだ?」

 

「葉巻もパイプも一度吸い始めると一時間ぐらいはのんびり吸わないといけません。それがどうにも性に合いません。」

 

 本人はそうではないと言っても、新しい葉巻をじっくり炙る様に着火して二本目を吸い始める姿は堂に行っている。どう見ても大人の時間を楽しむ煙草愛好家だ。

 何となく藤原君を眺める。口に含んだ煙を外に押し出し、片手で傾けたロックグラス。廊下からの照明と夜景だけの光に丸い氷がきらりと輝く。現実感のない幻想的な時間。

 

「……そんなに見てもあげませんよ。煙草は体に悪い。それにまだ未成年ですしね。」

 

「法を破ってその悪癖を自分は嗜好するんだな。いや、別に構わないよ? 所詮は誰かの決めた法でしかないんだ。藤原君の好きにすれば良いと思う。」

 

「――悪癖、悪癖か。確かに悪癖だな。」

 

 実はちょっと吸ってみたかった。でも、それを隠してちょっと責めてみると彼は普段は見せない笑いを見せた。

 くつくつと笑う藤原君の姿は本当に珍しい。いつもの清流の様に涼し気な気配を感じない。むしろ、その川が流れ込んだ湖畔の如き水の濁りが見えた。彼の陰気など、もしかしたら見たのは初めてではないだろうか。

 

「二宮さんは海外に知り合いとか居ました?」

 

「え? いや、海外に知り合いは居ないよ。」

 

「そうか、それは良かった。」

 

 吐き出した煙の代わりにウイスキーに口に含む藤原君に倣ってボクも水を口に含む。洋酒のための硬水。普段飲むローズウォーターや日本の水とは全く違う口当たりは、今この時の非日常感にマッチして楽しく感じる。お酒はまだ駄目だが大人になった気分だ。

 

「……ちょうどいいから教えておくか。私が煙草を吸うのは、死体を見た時か知り合いが死んだ時の習慣です。もしも三年前のあの日、貴女が死んでいたら禁煙期間は短くなっていたでしょうね。」

 

「――誰か、知り合いが死んだの?」

 

「……確認できているのは中東の方で世話になった組織の人間が何人か。尤も、死んだのはもう少し前で今になって訃報が届いただけですけどね。」

 

 楽しい気分が吹き飛んだ。

 露悪的にニヤニヤと笑ってボクの始まりを揶揄した彼に、ボクが真顔で問いかければ目線を外し、どこか遠くを眺める顔をして概要だけ教えてくれる。

 仕事で中東に行った時に相手側が用意した護衛の人間で監視役……と言っても疚しいことが無いので、実際はバカンスを共にした同行者だったそうだ。

 組織の金で遊びまわったり良いもの食べたりと大いに楽しんだお調子者が一人。振り回されながらもちゃっかり一緒に遊んだのが一人。始終しかめっ面していたが、実はアリサに照れていただけだったシャイな青年が一人。

 その三人とガイア連合の人間との五人で半月ほど共にバカンスを過ごしたらしい。

 そのうちの一人。シャイな青年が一月ほど前にメシアンに殺された、と。

 

「今回のミサイル騒動が原因ではなく、その前の争いで亡くなられたそうですけどね。現状確認で連絡取ったら教えてもらえました。」

 

 はぁ、と深く深くため息を吐く姿は見たことの無いものだ。今までの一度も。

 肘をつきカランカランとグラスを弄び、いつもは毅然と伸びた背筋が丸まったその姿は年相応に小さく見えた。

 しばらく弄んだグラスに溶けてたまった水を飲み干し、手酌で琥珀を注ぐ。

 

「こんな時世だ、少し早いが酒の味を覚えてみるか? いや、それなら煙草もいいかもしれませんね。」

 

「…………。」

 

 断ろうと開いた口を閉じる。何となく返事を求めていない気がしたのだ。

 冗談めかした声。そのくせ彼は暗い眼差しでグラスを見つめる。

 

「この煙草はキューバ、ウイスキーはイギリスのアイラ。そこに出してるワインはフランスのアルザス、ウォッカはポーランドだったかな? どこも核の直撃はないが、さてさて。こんな嗜好品を作っていられる余裕がこれからあるかどうか。」

 

 トロンと融けたような目。目の前を捉えているはずなのに、決してそれを見ていない。

 

「倉庫を漁れば核が落ちた地のワインもありますよ? カリフォルニア、ナポリ、ブュルテンブルク、少し外れるがシャンパーニュ。他にもあったかな? ふふふ、きっと二度と手に入らないんだろうな。」

 

 暗い笑いだ。嘲る様な貶す様な、それでいて虚ろな様な。

 未確認情報だが世界各地に核が落ちたとは聞いていた。だが、今までは全然現実感が無かった。

 ――彼の声で聴くまでは。

 震えを押し隠す。ボクでも知っている地。そこに核が落ちたのだと、藤原君は確信している。彼は不確定情報に信を置かない。で、あればそれは真実なのだ。

 

「煙草は九州で、ワインは山梨でも作ってたかな。――あぁ、でも“代わり”にはなっても“それ以上”にはならないんだろうなぁ。」

 

 葉巻に口をつけて藤原君は先ほどまでとは違い、深呼吸する様に深く吸い込む。チリチリと一気に燃える葉。伸びる灰。

 そして、吐き出した。

 煙草が香る。紙巻よりも強い独特の匂いが部屋に広がる。ともすれば臭く感じそうなその煙に、吐息のMAGが混ざりどことなく甘く感じた。

 

「二宮。平和の内にやることがあるならやっておけ。何時までこの小康状態が維持できるか分からん。」

 

「……分かったよ。」

 

 力なく項垂れていた姿からは想像も出来ない硬く力強い声。

 藤原君ではなく“師”としての言葉。

 それをしかと胸に刻む。彼は“今”の平和がもう二度とこないのだと告げているのだから。

 

「まあ、急かすようなことを言いましたが、慌てる必要は無いです。他の支部も準備不足が目立つので、私も可能な限りこのロスタイムを伸ばすように動きます。今までもやっていた事です。うまくやりますよ。」

 

「ボーダーラインをボクたちは越えてしまったのか。」

 

「それはもっと昔からですよ。私がオカルトに飛び込んだ頃だと、五年前には悪魔の跋扈とそれに伴う災害が起きるんじゃないかと予想されてました。未だに災害の一つもないのは頑張った方だと思いますよ。」

 

「明日を夢見ぬ微睡の日々。そんなボクが歩んでいた世界は、すでに零れ落ち続けていたんだね。」

 

「実感がわかないのは仕方ないですけどね。そうなるようにみんな頑張っていたんですから。でも、そろそろ名残惜しくとも“今”にお別れする準備をしないといけません。」

 

「鉄の時代は惜しまれながら終焉し、次なる時代は何をもたらすのか。まあ、どんな時代だろうと最善を尽くすさ。藤原君はどんな世界を築きたい? ボクは精々退屈しない日々を過ごせるようにするけど。」

 

「――考えたことも無かったな。そうですね……『人類に黄金の時代を』、或いは『人類に栄光あれ』、ですかね。」

 

 一転して何時もの柔らかく優しい声にボクは心配になる。

 また一つ。彼は何かを背負ってしまったことが分かるのだから。

 それでも、ボクは素知らぬふりして自信ありげに微笑む。絶対に、絶対に彼の足を引っ張るような醜態をさらしたくないのだから。

 

「『人類』か。随分と大きな主語だけど藤原君ならどうにか出来そうだね。」

 

「まさか。高々私程度がそこまで大きなこと出来ませんよ。」

 

 苦笑して謙遜するのは彼の何時もの事だ。ボクからすればそんな事ないと思うのだが、彼の中では確定した事実。

 自分の実力と出来る事を決して間違えない彼がそんなことを言うのなら、彼は『誰か』と己の実力を比べているのだろう。藤原君でさえ“高々”になるガイア連合の層の厚さはボクには窺い知れないほどのものだった。

 それでも、ボクは彼が“最も強い”し、そうあって欲しいと願ってしまう。そうあってくれるなら、こんな消えそうな笑顔を浮かべていても必ず帰ってきてくれると信じれるから。

 

「ああ、人類で思い出しました。本決定ではないのですが、一月か二月後にまた出張がありそうです。今度は海外出張ですね。」

 

「こんなご時世に何をしに行くんだい?」

 

「ちょっと人を救ってきます。」

 

 カッコつけたセリフに冗談の色はない。彼は、本当に誰かを救いに行くのだろう。

 救って、救って、救った先に。彼はどこに行くのだろうか。

 

「仕事も良いけど、早く帰ってこないと子供たちに顔を忘れられるよ?」

 

「それは困りますね。小学校の入学式も祝ってあげたいですし。……なるべく早く変えれる様に努力します。」

 

「そうしたほうがいい。なに、何か手伝えることがあればいくらでも手伝うからさ。」

 

 だから、どうか。

 ボクの傍から消えないで欲しい。

 どんなに辛い時代でも、それだけでボクは前を向いて歩けるのだから。

 

 




主人公「『人類など、どこにもいないさ』って返して欲しかった」(´・ω・`)
と、冗談はともかくナーバスになっている主人公でした。
支部長ではなく『会社経営者』として外部との繋がりも多いので外国の情報に悲観的になっています。
しかも国内の準備もちゃんとされていなかった実態を目の当たりにして更に不安になりました。

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