0.
一億九〇〇〇万年前の人類が見つかった。
採掘場で、ダイナマイトによって出土した光景を前に、戸惑いの差異はあれど、採掘員たちの想いはひとつだった。
──教科書と違うじゃんッッ!!
岩塩層に包まれ、絵画の如き断面図でティラノサウルスに跳びかかる原人を見た時、彼らは困惑と同時に人類の奥深さ、底知れなさを味わっていたことだろう。
そのカタチを傷つけぬように丁寧に掘り出され、手術台に寝かされた原人──塩漬けで保存されたことを由来に『ピクル』と名付けられた──を前に、ノーベル賞化学者アルバート・ペイン博士は言葉を失った。
ペインは採掘員たちに謝意を述べた後、自らをピクルに関する研究の総括を行う立場とし、現代の化学や歴史における影響力の強さ、その深さを鑑みて、ピクルの存在をしばしの間──せめて、その眠りが覚めるまでは世間に公表しないことを決定する。
しかし、その決定が、ある事件を引き起こした。
闇社会の介入である。
機密事項であるピクルのデータが闇社会において、高額で取引される『商品』となってしまったのだ。
元々
そこに、
権力者がピクルの情報を欲しがるのは、当然の話であった。
無論、ペイン博士はチームメンバーに対し、厳格に
ましてやその機密事項は、数センチの毛髪が数万ドルの価値を持つほどのスペシャリティを誇るのである。たちまちのうちに、ピクルの情報は闇社会に
身長や体重、血液型のデータはもちろん、爪の垢ですらが
デッドヒートするピクルの
ペイン博士が己の判断が呼び込んだ事態の悪辣さに気付いた時、すでに取り返しのつかないほど、ピクルの情報は闇社会に取り込まれてしまっていた。
しかして
光成は、自身の人脈から米軍のストライダム大佐の協力を得て、ペイン博士と『ピクルの人権』を折半することを提案する。
倫理に反した行いに、当然猛反対されたが、
──かくして、現代に黄泉返ったピクルは、光成の計らいによって地下闘技場に降臨したのである。
1.
ものすごい衝撃であった。
掛け値なしに、地下闘技場が、物理的に揺れていた。
右と、右の打ち合いがあった。
ピクルが飛び込みざまに打ち下ろした右ストレートに、若槻武士がカウンターとして右ストレートを打ち上げた。
お互い、防御の一切を捨てた、全力で相手を殴ることに意識を注いだ拳である。
超筋力の拳と拳が交差し、お互いの顔面をブッ叩いた。
その時、拳の炸裂した衝撃はもちろん、若槻の肉体に打ち込まれた衝撃が、若槻の脚を伝って闘技場に流し込まれたし、ピクルの頬肉が若槻の拳に弾かれた音が、空気を爆裂させたのである。
それが、闘技場全域を激しく揺らしたのであった。見るものが、思わず目を閉じてしまうほどの圧力が吹き荒れた。まるで闘技場の中に、戦車か戦艦の主砲が打ち込まれたようだった。
大きくのけぞったのは、ピクルの方であった。宙空ゆえに踏ん張りが効かなかったため、若槻のパワーに弾かれるままに吹き飛んでいた。
若槻もまた、意図せず後退りを余儀なくされた。
ピクルのパワーに抗わんと、下腿筋がみちみちに膨れ上がって、太い足が、闘技場の砂をえぐっていく。
なんと──ッ!?
若槻武士を知る者たちは、一様に
引けを取っていない。
あの男は、
湧き上がる観客の熱と同調するように、ピクルの背景説明が、興奮気味にアナウンスされていた。
強い。
ということは、拳を食らった若槻も痛いほどに実感したことであり、尻餅をついたピクルもまた、目を見開いて若槻を眺めながら、自らがぶん殴られて吹き飛んだという事実を咀嚼しきれずにいた。
小さい。
それが、若槻の全身図を視界に収めたピクルの感想である。
自分より、頭ひとつ以上小さい男だ。
自分の拳より、ひとまわりは小さい拳だ。
だと言うのに──
さっきの一撃は、
そのようなことを、脳裏に浮かべていた。
呆然とするピクルに向かって、若槻はまっすぐにつっこんだ。
顔が、低い位置にある。
左のローキック。
ぶっとい足が、ピクルの顔を正面から撃ち抜いた。
踏ん張ることもできない姿勢である。
ピクルはなすすべなく、後頭部から闘技場に、ごろんと転がった。
2.
仰向けになったピクルの鼻っ柱に、若槻は跳び上がって、躊躇なく踵を落とした。
型も何もない。
力づくで、振り上げた足を思い切り落とす。ピクルの手足が、顔面を撃ち抜かれるたびにびくりびくりと跳ねていた。
終わった──
若槻を知る男たちは、そう思う。
怪力無双を誇る、若槻の打撃を無防備に喰らっている。
しかも、あらゆる蹴り技の中でも抜群の破壊力を誇る踵落としである。
一撃一撃が、再起不能を通り越して、死すら感じさせるものであろう。
アレをまともに喰らえば、たとえ加納アギトであっても、黒木玄斎であっても、耐えられるものではない。
しかし、若槻は全く手を緩めなかった。
焦燥に突き動かされるように、矢継ぎ早に足を落としている。
九度目の打ち落とし。
渾身の力が込められていた。
若槻には全く油断はない。
だから、
若槻は足を戻せなかった。
落とした左の足首を、ピクルが握っていたからである。
無造作に、ただ、握っただけ。
だが、若槻の額から、一気に汗がふきでていた。
動けない──ッッ。
全く、振り解けないッッ!!
足首を握られたのに、締め付けられているのは全身であった。筋肉が否応なく緊張状態にさせられているのだ。
まるで、ウルトラマンのような巨人に、全身を鷲掴みにされているようであった。
ピクルが、ゆっくりと立ち上がった。
その手が持ち上がるにしたがって、若槻の肉体が逆さ吊りになっていく。
その最中にも、若槻はパンチを当てたり、右足で蹴りを打ち込んでいたのだが、踏ん張りが効かないのを加味しても、全く効いていない。顔に当てても腹に当てても、肩に当てても、ピクルは何事もなく立ち上がった。
一九三キロの若槻が、あっさりと宙吊りになった。
そして、ピクルは若槻の抵抗を意にも介せず──若槻を足を握る右手を、おおきく振りかぶった。
若槻の肉体が、真上に飛んだ。
一九三キロの肉体が、軽々と放られた。
一体、何メートル上空へ飛んだのか。
若槻はあまりに近い照明の眩しさに、思わず目を細めていた。
上昇が止み、落下する。
最初は頭を下に、落ちるに従って、重心の点である腰が下方になる。
仰向け気味に逆さのまま、落ちざまの若槻はそれを見た。
ピクルの、屈託のない笑顔である。
なんて、無垢な顔なのだろうか。
一瞬呆気に取られたが、若槻はすぐ意識を手繰り寄せ、待ち受ける未来を予想し、腕を胸の前に並べて立てた。
ガッチリと、決してそこから外れぬように、動かぬようにと力を込めて、固めた。
鉄のカーテン。若槻の膂力で造られたそれは、鉄壁の防御のはずである。
そこに、意図を汲んだかのように、ピクルの足が蹴り込まれた。
前蹴りである。
空手やキックボクシングのそれとはまるで違う。力任せに蹴り付けるそれは、
途端に、闘技場の空気と若槻の腕の肉が、痛みに唸り上がった。
踏ん張りの効かない若槻の身体は、サッカーボールのようにピクルの真反対に向かって吹き飛んだ。
若槻にはぶつかってきたものが、人の足だとは到底思えなかった。四〇センチほどの鉄球が、音の疾さでぶつかってきたと思った。
鉄のカーテンは儚くも破られた。
吹き飛んで、受け身を取る暇もなく、背中から柵にぶつかった。
柵は、若槻の身体を受け止めきれず、あっさりと砕けて倒れ、その向こうに、若槻の身体がボールのように転がっていった。うつ伏せになってブレーキをかけると、遅れてきた鈍痛に若槻は顔を沈めた。
廊下に肘をつき、ガハッ、と苦しみを吐くようにえづいた。
鼻と口から、血の混じった体液が吹き出していた。
内臓が消し飛んだと思った。
自身の腹に収まっていた、あらゆるものが爆発して、筋肉と血が混ざり、そのまま背骨ごと『く』の字に捻じ曲げられたようであった。
この肉体でなければ、受けた両腕は千切れ、上半身と下半身がバラバラに吹き飛んでいたことだろう。
審判の決着のコールはない。
闘技場から弾き出されたとはいえ、これは、若槻の故意ではない。
まだ、試合は
若槻は立ち上がった。
呼吸が乱れていた。
筋肉が、細かく震えていた。
いや──震えているのは、筋肉だけではない。
心が、その奥底から震えているのだ。
認めたくはない。
認めたくはないが、事実であった。
若槻は、しかし、滲み出す悔しさを、息と共に飲み込んだ。
腹の底に力を込める。
ぞわりと総毛立っている。
それでも、恐怖に呑まれぬようにと、若槻は意気を固めた。
ピクルの力──
単純な膂力の話である。
そのパワーは、前代未聞だと
つまり、ピクルの身体能力は、己はおろか、あのユリウス・ラインホルトすら上回っていることを……
冷静に、絶望的に、若槻は分析していた。
3.
刃牙は、腹の底から噴き出る悪寒が止まなかった。ある種の敬愛と嫌悪がないまぜになって、身体中を駆け巡っている。
加藤は、目の前の出来事が、空想特撮的な──有り体にいえば『怪獣映画』のそれのようだと思っていた。
愚地独歩は息を呑んでいた。
見惚けてしまっていた。
ピクルの、あまりの美しさにである。
なんと完璧な肉体なのだろうか。
ただ、あの、ゆっくりと身体を立たせるだけの動きに、どういう芸術が秘められているのか、言葉にできない。
一切の無駄がないのである。
『起き上がる』という機能に際し、肉体の中で連鎖する力の流れに、一点の澱みもない。
ただ立っているだけの状態が、絵にも描けない存在を現している。
現代人では到底辿り着けない肉体というものが、今、目の先にある。
カラテを極めた先に、あの美しさに届くだろうか──?
なんてこった。
思考を断ち切り、言葉を漏らした。
現代に生きる上で、古代からより良き進化を遂げたはずの人間が、よりにもよって致命的に捨てたものは美しさだったのか──
ビューティフル。
と、オリバがつぶやいた。
全く同意だぜ、と、独歩もぽつりと言った。
4.
負けるつもりはない。
己に問いかけて、得た答えはそれであった。
力で負けている。
だが、
そんなことは予感していたからだ。
リザーバーに
古代の最強者。
あの
ティラノサウルス──
どういう膂力の世界だろうか。
どんなに小型でも、恐竜の体重とは数百キロはあったのではなかろうか。
大型のスーパーサウルスともなれば、数十トンもの重さがあったのではないか。
重さは、そのまま筋肉の強さに直結する。
彼らの打撃力は、筋質の違いは単純に比較できないとしても、一九三キロしかない自身のそれに負けなかっただろう。
ならば、若槻武士は恐竜に劣るのか?
いや、俺は勝つ。
対峙したならば、勝つ以外にはないからだ。
若槻武士が戦うと言う時は、必ず、勝つために戦っているのだから。
勝つ!
言い切る。
勝つとも!
断言する。
例えサイズに一〇倍の差があっても、体重に一〇〇倍の差があっても、肉体の能力をフルに使うならば誰にも負ける気はしない。
強がりではない。
生まれ持った最強の肉体──
それだけは自負がある。
それを使いこなせる自負がある。
この地球上に、自然に生まれた肉体として、比類なき強さである自負がある。肉体の頑強さでは、あの範馬勇次郎にだって負けていないと、本気で思っている。
ピクル。
おまえは、古代で最強なんだろう。
恐竜をも屠る拳は、現代でも間違いなく強いに決まっている。
だが、ここに──若槻武士という例外が在ると思い知らせてやる。
思考が収束する。
すると、ある種の悦びが、若槻の肉体を駆け巡り、その肉に熱をもたらしていった。
いいんだな?
心の裡で、若槻は問うた。
己自身に。
いいんだな?
──全力でやっても。
──殺すつもりでやってもッッ!!
若槻武士は、常に相手を気遣っている。
それは日常生活においてはもちろん、拳願仕合においてもそうだ。
片原滅堂が会長を務めていた時代は、推奨はされなかったとはいえ殺しは
それでもなお、若槻武士は対戦相手をなるべく殺さないように、気を遣っていた。
同じ力を込めたパンチでも、殺意の有無で必然的に威力は
なるべく、相手を殺さぬように立ち回ることは、若槻武士が
その枷を僅かに解いたことがあるとすれば、絶命トーナメントでのユリウス戦ぐらいのもの。
自身の『全力』を受け止められる人間など、ユリウス・ラインホルト以外に存在しないと思っていた。
だが、ここにいた。
ピクル。
恐竜たちが、『地上最強の生物』たちが闊歩する時代において、王者に君臨する男だ。
己の全ての枷を解き放っても、きっと、死なない男だ。
ああ、
いい。
いいんだな。
己に問う。
気持ちがひとつの方向を向いている。
気持ちが楽になっている。
だから、いい気分なのだろう。
己の全てを使い果たしてもいい。
目の前の男の懐で、泣き叫ぶ赤子のように、誰の目も憚らず思いっきり暴れていいのだ。
そう考えると、自身の中に、知らずと凝り固まっていたモノが、緩やかに
若槻の眼に、鋭い光が宿った。
その視線を受けて、ピクルの眼光もまた、鋭い光を放っていく。
この瞬間、若槻武士はピクルの『敵』と認められていた。
ピクルよ──
若槻は走り出した。
細く息を吸い、大きく口を開けて、加速するから肉体から爆発させるように、声と共に解き放った。
「オオオオオオオオオオッッ!!!!!」
若槻武士が駆けたッッ!
ピクルがそれを迎え撃ったッッ!!
両者の拳同士がぶつかった。
凄まじいエネルギーが闘技場で爆発した。
ピクル──
若槻は笑っていた。
お前が恐竜期最強だった理由を教えてやる。
若槻は嗤っていた。
その時代に、若槻武士がいなかったからだと、思い知らせてやるさッッ!!
5.
若槻からだった。
攻めの気は、圧倒的に若槻にある。
ピクルは堂々と迎え撃った。
果たして、両者の胸中にあるものはなんなのか。戦士然としながら、獣の如く表情を厳しくしたピクルに向かって、若槻の拳が飛んだ。
空手の突きではなかった。
まるで、野球のピッチャーのような、大きな振りを伴ったパンチである。
受けた。
ピクルの顔が、斜め下に吹き飛んだ。
思わず、地面に手をついて勢いを止めた。
腰の位置まで下がった頭に向かって、若槻は、今度はゴルフのスイングのような軌跡でアッパーを放った。
ピクルを顎から掬い上げたそれは、二〇〇キロを超えるピクルの身体を悠々と持ち上げた。
腰が伸び切ると、若槻は頭突きを見舞った。
休まない。
若槻はなりふり構わぬといった勢いで、ピクルに向かって拳や蹴りを振るった。
「効いてるぞッッ!!」
「やっぱり若槻だッッ!!!」
「おまえがナンバーワンだよゥ!!!」
盛り上がりの激しい観客たちが、口々にそう言った。
だが、若槻の表情は余裕とは程遠く、一部のめざとい格闘士たちには青ざめてさえいるように見えた。
それはちょうど、恐怖からの行動爆発で、がむしゃらに手を出す人間の表情にも似ている。
「効いてない……ね」
刃牙が言った。
確信めいた深さのある言葉であった。
うん、と龍刃が頷いた。
加藤が驚愕に言葉を詰まらせて、龍刃を見た。
額に滲む粒の汗を見て、それが龍刃の本心からの言葉であると、加藤は理解した。
モニターを見る。
ざわめきが起こっていた。
闘技場が困惑している。
観客が、若槻が、光成たちが。
原因は一目瞭然であった。
ピクルが、表情を無にしたまま、大量の涙をこぼしていた。
6.
ピクルは涙が止まらなかった。
感動していた。
悲しみがあった。
知らず、己が求めていたものに、出会った心地であった。
若槻武士──ピクルは、その名前すら知らない男であるが──その力には、心の底から
同類だ。
この男は、自分と同じ種類の
これだけ殴っても、殴り返してくる。
蹴っても、叩いても、潰れない。
そういうヤツは、あの時代にも稀にいたが、若槻はそいつらと違って『自分と同じカタチ』をしている。
殴ってくる拳が熱い──
何かを、伝えようとしてきているのだ。
ピクルは想いを馳せる。
あの時代──
人類が、他にいようハズもない、かの時代──
自分は
それは、物理的な大きさのことである。
皮膚が違った。
骨が違った。
眼が違った。
手が違った。
足が違った。
脳みそすら違った──
アイツらが、強敵であったことは間違いない。
挑まれ、時に挑み、鎬を削った。
忘れられないヤツらだった。
それは間違いない。
だが、アイツらと、おれは違った。
違う生き物だった。
アイツらは、同じ連中が
身体の大きさに違いはあれど、同じカタチの仲間がいた。
おれは、ひとりだけだった。
アイツらに勝つことに、後ろめたさはなかった。
アイツらは、
とんでもなくデカかったから──
アイツらに勝つことは、誇りでさえあった。
そこにきて、
自分に、よく似ている。
手が似ている。
足が似ている。
眼が似ている……ような気がする。
少なくとも、カラダの形はそっくりだ。
自分より、すこし小さい──
だが、自分にそっくりだ。
その力は、デカいアイツの踏みつけを思い出す。
その力は、力自慢のアイツの突進を思い出す。
その力は、口に入れたものを、易々と挟み潰すあいつの噛み砕きを思い出す。
その全てに勝ってきた。
誇りがあった。
自負があった。
戦うものとしての自負。
最強者としての自負である。
しかしそれは、最強ゆえの、ひとり(孤独)でもあった。
そこにきて、この若槻武士という男は違う。
自分と同類だ。
しかも、この同類の男は、何かを必死に拳に乗せて、伝えようとしてくる。
己の強さを。
想いを。
悦びを。
悲しみを。
恐怖を──……
若槻の拳に秘める複雑な感情を、ピクルは鋭敏に汲み取っていた。
こんなに複雑な感情は、
そもそもアイツらでは持てなかったのだと、ピクルは知っていた。
食す過程で、彼らの脳みそが、体格に反して異様に小さいことは
脳という名称は知らなくとも、
嬉しい。
だから嬉しい。
初めての同胞である。
同胞に、挑まれている。
戦士として、最強者として、これほどの喜びが他にあるだろうか。
ピクルが大きく手振った。
ビンタである。
右手で、横薙ぎに払われたそれを、若槻は腕を立てて防ぎ、全身の力を振り絞って受け止めた。
しかし、体重差ゆえの物理法則に従って、若槻の身体自体が大きく後ずさった。
距離が空く。
その隙に、ピクルが身をかがめた。
頭部が、顎が、地面とスレスレの位置につき、尻が持ち上がっていた。
両腕が曲がり、指で地面掴んでいた。
力を溜める姿勢であった。
これに近い姿勢を、刃牙たちは少し前に見ている。
ジャック・ハンマーのタックルの姿勢だ。
ごくり、と若槻が息を飲み込んだ。
その一瞬、しん……と闘技場は静まり返っていた。