細々とやるつもりですがよろしくお願いします
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夏の日、満月の下で、鬼龍相撃つ【挿絵追加】
夏の日であった。
某日某所──米軍基地。
夜であった。
運動場。平時は、トレーニングから演習。
ちょっとした遊びまで、幅広い目的で
言うまでもなく、一般人では決して立ち入れない領地である。
見上げれば、
月が、綺麗な真円を描いていた。
静かであった。
雲の動きが緩やかである。
昼時には居並ぶ兵器類、訓練に勤しむ兵士たちによって物々しささえある場所なのだが。
今、それらは全て、寝静まっている。
監視用のライトがちらちらと横切る以外は、月明かりの他に、何物もこの場を探し出すことはない。
運動場の中心に、男が立っていた。
背の高い男であった。相応以上に、肉の厚みがある。
身長、二〇〇センチメートルにやや届かないぐらいか。
体重、一二〇キロはあるだろう。
道着を着ていた。
柔道着──擦り切れ、色が褪せている。
十分以上に使い込まれた跡があった。
黒帯を締めている、これもボロボロであった。
年齢は四〇代の半ばであろうか。
いや、五〇代の前半か?
傍目からは判断がつきにくい。
短く刈り込まれた、白髪混じりの頭髪。
よく灼けた肌。顔に刻まれた皺が深い。
左の頬には刀疵があった。
唇が厚い。
潰れた鼻、沸いた耳、腫れ上がった額。
掌が、赤子の手のように丸い。
指が、不自然なほど太く、硬い。
爪が、センチメートル単位の分厚さを持っていた。
普通人ではない。
男の風貌は、一目でそれを
だが、なにより、人並外れているのは眼に漲る力であった。
闇の中を射抜く
その眼を起点に、全身に纏う雰囲気が刃物のそれである。
分厚く、柔らかく、しかし──重い。
絹糸をかき集めて、相応の大きさに形作った鉈とでも言えばいいのか。
佇んでいるだけで、独特の闘気を放っていた。
決して美丈夫とは言えない顔であるが、纏う空気と相まって、不細工と言い切るには不思議な魅力がある。
尋常ならざる経験を得てきた男の立ち姿であった。
それが、年齢の判別を一層難しくしているのだ。
彼の間合いの外から。
彼を観ている男がいる。
キャプテン・ストライダム。
この米軍基地を預かる大物であり、彼もまた、佇むだけで並々ならぬ経歴を、物静かに語る男であった。
不意に、男が視線を持ち上げた。
地獄の底から這い上がるような、恐ろしい目の動きであった。
その視線が指すものを、ストライダムも追う。
陽炎が揺らいでいる──
そこに、『鬼』がいた。
身長、およそ一九〇センチメートル。
体重は一〇〇キロを優に超えるだろう。
しかし、見た目から予測される数値より、
その歩みは悠然としている。
自身の
ゆったりとした黒の上下にカンフーシューズ。
シンプル極まりない格好であるが、それも納得の風貌をしている。
飾りが必要ない男であった。
左右に伸ばした腕は、自然体であるにも関わらず、計算され尽くした対称性を描いている。
鬼の纏うものは、静かなる闘気──
その闘気に揺られて、髪が赤く逆立っている。
匂い立つようなそれは、空間を、まるで己の存在で歪曲させているかのようである。
大袈裟な言い方をすれば、彼の歩みを世界が恐れ、モーゼを前にした海原のように、我先にと道を開いて譲っているかのようだ。
「範馬……勇次郎だな」
問う必要のない言葉である。
しかし、男は言った。
岩のような声であった。
範馬勇次郎が、その歩みを止める。
クス……とその大きな口から細い息が溢れた。
「範馬勇一郎の蒔いた種──無事、発芽したと見える」
「おれは、範馬じゃないよ」
「知っているさ」
いいじゃねェか、なんでもよ。
と範馬勇次郎は笑っていた。
身長──
体重──
筋量──
貌──
そして、経歴──
「好みのタイプだ」
ギンッ、と範馬勇次郎の眼が光った。
男を見ている。
その視線だけで、人を殺せそうだ。
暴力的にもほどがある。
傍目で観ているだけのストライダムの心が、恐怖と不安に震えていた。
その視線の持つ力に対する恐怖であり。
これから起こり得る未来に対する不安である。
みりっ……
闇の中で、音がした。
みりっ、みちっ……
また、する。
繊維が引き延ばされる、小さな音であった。
範馬勇次郎の身体が、熱を放っている。
むくり、むくりと肉の大きさが増している。
自然な動きで、すう……と両腕を持ち上げた。
鬼を宿す背なの筋肉が、合わせるように脈動していた。
その貌に、夜のもたらす闇の、何倍も怖い笑みが張り付いていた。
男が、両腕を構えた。
心持ち重心を大地に預け、腰を落とし、足を肩幅に広げる。
左足をやや後ろに、右足はつま先からまっすぐに範馬勇次郎を指し貫く。
手を縦にし、軽く開いている。
手の、微かに立てる親指を、視線と直線で結ばれる位置に置いていた。
無論、その先に範馬勇次郎を見据えている。
肘は軽く曲げ、呼吸に合わせて肩からゆさり、ゆさりと揺らす。
顎を引き、範馬勇次郎を下から睨め上げるような視線を投げた。
男に戸惑いはなかった。
男に恐怖はなかった。
男もまた──
範馬勇次郎──鬼が嗤っている。
獅子尾龍刃──龍が嗤っていた。
ある夏の日。
ある時。
誰も知らない宿命のもとで、
鬼と龍が、戦っていた。
プロローグおわり 第一章、プロレス地獄編へ続く
※背なの筋肉、は誤字っぽいですが原作の勇次郎vs郭海皇戦で郭海皇が勇次郎の鬼のことを「背なの筋肉が…」と言ってたのでそこから取ってます。なので変えるつもりはありません。
でも報告ありがとうございます……!!