0.
鹿久間源、龍金剛と獅子尾龍刃の戦いについて語る。
あれは、すごかったよ。
龍金剛と、獅子尾龍刃の戦いだよ。
あの日だね、ほら、力剛山がヤクザに刺された日。
実はあの日、久我のおっさんも西宮富士とヤりあってたんだって。
あ、久我のおっさんてのは、久我重明って言って、妖怪みたいなおっさんだよ。
知ってる?
ああそうなんだ。
あのおっさんも、大概顔、広いよなあ。
人付き合いなんて、いかにも苦手って顔してんのにね。
んでさ。
おれ、あの日、力剛山が刺されたラテンウォーターで、ちょうどバイトしてたんだけどね。
ぶっちゃけ、ああ言う結末──つまり、力剛山が刺されて死んじまうんなら、おれがヤりたかったよね。
いや、殺したい、って意味じゃないよ。
力剛山がまず、龍金剛とやり合って、そこでボロクソにされて──その後にヤクザに刺された。
だからさ、その『ボロクソにする』ってのをさ、おれがやっちゃいたかったなあって。
だって、あの力剛山だよ?
あの力剛山が、龍金剛とやり合って、ぼろぼろになってた。
龍金剛もね、店に入ってきた時点でボロボロだったんだよ。
龍金剛、顔は仁王みたいな表情でさ、眼も力が漲ってたけど、足を少し引きずってた。
身体もあちこちあざだらけでさ。
もう、体力もなかったんだ。
だから、龍金剛。
力剛山のきんたまを即潰しに行ったり、組みに行ってすぐ、力剛の膝を壊しに行ったんだと思うよ。
エゲツないけどさ、まともに相手したらヤバかったんだよ。
体力残ってなかったんだなあ。
だから、躊躇も遠慮もなかった。
力剛山も、それ見て最初、油断したんじゃないかな?
まあ、油断する時点でアレだけどね。
んで、最後、力剛の胸に四股を落としてさ。
立ち上がった時、龍金剛もうフラフラだったよ。
おれ、思わずさ、飛び出したかったね。
その顔を、背後からぶん殴ってやりたかった。
おれって卑怯だからさ。
ずるいこと大好きなんだよね。
ケンカとかで勝てる、って思うと、割とエゲツないことやっちゃうんだ。
もちろん、おれがそれをやるからには、誰だって、おれにそれをやっていいんだよ。
あんたが今、この場でさ。
そこの灰皿でなぐりかかってきても、おれ、文句言わないよ。
もしかしたら、おれがそれをやっちゃうかもしれないしね。
──冗談だよ。
いや、あんたが殴りかかる分には、冗談じゃないよ。
ただ、おれからはやらないけどね。
でさ、龍金剛がなんで入ってきた時ボロボロだったかっていうとさ、店に入る前に獅子尾龍刃とやり合ってたからなんだ。
あの日、夜だよ。
店の外が少しうるさくってさ。
オーナーが、おれに様子見てこいって言ってきてさあ。
たぶん、ケンカだと思ったんだろうね。
で、おれも暴力沙汰大好きだからさ。
ラテンウォーターみたいなトコでバイトしてたのも、あの時期のあの辺って、刃傷沙汰が多かったからなんだ。
暴対法なんてないし、道を歩けばヤクザにぶつかる……そういう場所だし、そういう時期だったもんね。
だから、すげえ思いっきりケンカできたし、相手もすぐナイフとか出してくるから、警察にも駆け込めない。
色々都合よくてさあ。
そんで、あん時は、店の暴力沙汰なら大体おれに預けられてたんだ。
で、おれ、外に出るじゃん。
少し歩いた先の、路地裏だったよ。
一歩踏み込んだ瞬間に、ぶわってさ、熱が顔を叩いたんだ。
すげえ濃い臭いがしてさ。
なんていうの? 獣臭?
おれさ、思わず勃起しててさ。
よだれも垂らしててさ、下品でしょ?
視線の先によ、龍金剛がいたんだよ。
獅子尾龍刃と組み合っててさ。
てか、睨み合ってた。
お互い、足止めて交互に殴り合ってんだ。
殴るごとに、すげえ音がしたよ。
人間がゲンコツふるって、人間に当ててる音じゃなかった。
おれ、思わず見入っちゃってさ。
龍金剛が勝っちゃったあとも、おれ、思わずその後の動きが気になって、飛びかかっていけなかったんだよね。
惜しかったなあ。
今考えると、あれ、相撲取りと──あの龍金剛とケンカして、しかも勝てるチャンスだったよね。
でも、龍金剛こっちにきてさ。
おれ、急いで店に戻ってさ。
「なんもなかったです」って。
オーナーにさ、思わず言っちゃった。
そしたら龍金剛、案の定店に入ってきて──
そっからは、あんたも知ってる通りだよ。
龍金剛は力剛山ボロクソにして、帰って行った。
そのあと、力剛山はヤクザに刺されちゃった。
勘違いしちゃいけないのは、ボロボロの龍金剛が勝ったからって、力剛山がよえー男とか、そういう話じゃないってことだよね。
龍金剛が、とんでもなく強かったって話なんだよね、これ。
ああ、クソ。
言ってたら、鮮明に思い出してきちゃったし──なんかすげえ悔しくなってきちゃったじゃん。
やっぱ、おれ、あの時龍金剛とヤればよかったなあ。
1.
獅子尾龍刃の前に、仁王のような漢がいる。
龍金剛。
相撲取りだ。
場所は、裏通りと表通りの境目。
ここから数歩先から、道に広がる光量が目に見えて違っている。
そのすぐ先には、力剛山が商談している店があった。
がらん、と龍金剛が下駄を脱いだ。
何も言わない。
龍刃も、何も言えなかった。
なんていう漢だ──龍金剛。
龍金剛、今、自分の何メートル先にいるのだろうか。
五メートルか、六メートルか?
おかしい。明らかに距離が近い。
龍金剛までの距離と、眼に入る龍金剛の身体の大きさが、釣り合っていない。
その視線が、強い。
その存在感が、デカい。
なんと雄弁に語りかけてくることだ。
"やろう"。
ただそれだけの言葉を、こうも力強く、言葉にせず伝えられるのか。
だが、獅子尾龍刃にとって、これは力剛山を
だから、最初は有無を言わずに不意打ちするつもりであった。
龍金剛が自分を認識したら、その瞬間に思い切りパンチを顎にぶちかまして、それで終わらせるつもりだった。
できなかったのは、龍金剛に隙がなかったからだ。
龍金剛は、目の前に突然現れたはずの龍刃を見ても、微動だにしなかった。
心に、一ミリのズレもない。
それが当然であるかのように構えて、今、こうしてヤりあう寸前まできている。
だから、打ち込めなかった。
だから、踏み込めなかった。
距離は、まだ四メートルある。
ゆうに、プロレスリングで考えても、半径分より広い。
まだ、パンチもキックも届かない距離だ。
だと言うのに、龍刃には不安があった。
正確には、戸惑っていた。
届く──?
この距離で、すでに間合いなのか?
届く。
龍金剛の攻撃──それが、何かはわからない。
わからない何かが、しかし、届く確信があった。
届く。まだ届くのか?
どういう距離だ!?
パンチじゃない、キックでもない。
となれば、タックルか?
いや、この距離なら、タックルを仕掛けられても、おれなら切ることは造作もない。
なんせ、相手の全身が丸見えの距離だ。
これだけ俯瞰できると、相手がどういう風に動いて来て、どこを崩しにくるのか、ひと目でわかる。
どんなに速く動かれても、動きを見てから悠々と上から潰せるし、横にだって躱せる。
そう思っていた。
戸惑いが、龍刃の構えを中途半端にしている。
龍金剛の眼が、ぎらりと、鈍く光った。
来た────ッッ!!
ぶちかましだ。
速い。
見えない。
龍刃の眼に。
顔からだ。
顔から、真っ直ぐに突っ込んできた。
だから、どう動けばいいかわからないんだ。
横にも縦にも一ミリもズレない。
真っ直ぐだ、だから避けられない。
額をぶち当てる気か?
まさかッ!?
龍刃は混乱しながら、龍金剛の頭突きを腕で受けた。
胸の前で十字に組んで、腕で、受けてしまった。
めきょっ
と、音がした。
肉が潰された。
繊維が潰された。
血管が潰された。
神経も──
骨も──
「が……あッッ!?」
そのまま、龍刃の身体はどんどんと後方に下がっていった。
龍金剛のぶちかまし。
それを止められない。
腕が、自身の胸と龍金剛の頭に挟まれて、動かない。
しまった──ッ!!
姿勢が悪い。
すでに、仰向けに上体が沿っている。
脚が、踏ん張ろうと伸び切っている。
上から切ることができない。
ここで、膝蹴りなどを龍金剛の腹や頭に打てば、あっという間に体勢が崩れて倒されてしまう。
後ろに退がれない。
前にも出れない。
肘打ちも、両腕が塞がれているために、打てるはずもない。
「くッ……!!」
ようやく、龍刃が全身の力で龍金剛の勢いを止めた時、左腕が妙な角度に曲がっていることに気づいた。
釣り合った力、激痛が走る。
龍刃は、龍金剛を組み倒そうとした。
とにかく、密着した状態から脱出しなければ。
しかし、その判断も間違っていた。
「────!?」
動かない。
龍金剛の重心、足腰が全く動かない。
左腕は使えないとは言え、龍刃は右腕で龍金剛の左脇の下から腕を入れて、薙ぎ倒すように力を入れている。
首、腕、肩、腹筋、背筋、腰、脚、足。
全ての部位の筋力を総動員して持ち上げようとしていた。
だが、動かない。
全く、微動だにしない。
うそだろ──!?
おれのパワーで、微動だにしないのかッ!?
それが力士であった。
それが、相撲であった。
足の裏以外の、どの部分を土俵につけても、その瞬間に負けが
投げて、投げられて、ダウンをとって、ダウンを取り返せる、スポーツ格闘技とは一線を画す。
力士はその競技特性上、自身の肉体を『持ち上げさせない』技術が、凡百の格闘家、武道家と比べても、桁違いなのである。
龍刃の右腕が、龍金剛の左脇に絞められた。
ぐ、と龍金剛が立ち上がる。
肉が、太い肉で無理やり締め付けられている。
凄まじい痛みで、反射的に、獅子尾龍刃の肉体も跳ね上がった。
龍刃の筋肉が硬直した。
その瞬間に、龍金剛は自らの脇に身体を押し込めるように回転させ──獅子尾龍刃の右腕から、びき、と音がした。
乾いた音であった。
続いて、ぶちぶちっ、と水を含ませた布が裂けるような音がした。
「────〜〜〜〜ッッ!!!」
激痛。
右腕が折れた。
靭帯も切られた。
関節部が外された。
おまけに、身体が前に泳ぐ。
下に向かう龍刃の顔に、なにか
龍金剛の張り手であった。
ばあん! と風船が破裂するような音がした。
獅子尾龍刃の身体が根っこからぶち上げられて、宙に、垂直に飛んだ。
あまりにも綺麗に上に飛んだものだから、龍刃は綺麗に二本足で着地する。
すでに、龍金剛はぶちかましの構えであった。
棒立ちとなった龍刃の胸に、龍金剛の頭が突き刺さった。
龍刃の身体は、まさにダンプカーにでも轢かれたように、五メートル、六メートルと吹っ飛んでいった。
2.
甘かった。
というのが、獅子尾龍刃の感想であった。
申し訳なかった、とも思った。
龍金剛。
範馬勇一郎の家で、飯を食いながら、何度かテレビ越しに立ち合いを見たことがある。
強い漢だった。
見て、すぐにわかった。
強い、あまりにも。
圧倒的すぎる。
だが、もし、自分と戦うとなれば、テレビのように行くだろうか?
そういう自負──慢心があった。
この一件を知るより前から、少なからず。
自分は、力剛山に鍛えられた。
範馬勇一郎に鍛えられた。
血と汗を流して、睡眠時間まで削って、強くなる鍛錬をこなしてきた。
打、投、極、全てが圧倒的に強くなり、実際に、サクラのような怪物にも勝利を収めている。
相撲取りと戦ったとしても、いい勝負ができるんじゃないか?
漫然と、なんの根拠もなく、そういう気持ちがあったのだ。
ましてや、今回の戦いは、力剛山を
相手が龍金剛であれ、西宮富士であれ、やることは変わらない。
先に久我重明に選択してもらっている。
結果として、龍刃は自らの戦いを選択していなかった。
つまり、獅子尾龍刃は龍金剛という超級の怪物を前にしながら、龍金剛という存在を見ていなかった。
なんとかなるだろう。
そんな浮ついた気持ちで戦いに臨んでしまっていた。
その結果が、このザマである。
両腕を失い。
胸骨は折れ。
呼吸すらままならない。
身体のバランスが崩れている。
かろうじて立ち上がれたのは、生まれ持ったフィジカルと日々の鍛錬の賜物にすぎない。
おれは──なんてことをしてしまったんだ。
猪狩と顔を合わせた時、ホッとしてしまっていた。
久我重明が片方を引き受けると言った時、ホッとしてしまっていた。
この場に現れたのが、横綱の西宮富士ではなく、龍金剛であることにホッとしてしまっていた。
なんと失礼なことをしてしまっていたのか。
相手は、タケミカヅチの一族という。
それが、どういう存在かは知らない。
だが、龍金剛はゼニを稼げる『力士』なのだ。
力士──力を司る漢なのだ。
それを前に、これならなんとかなるかもなどと、なんと甘ったれたコトを考えていたのか────ッッ!!
見ろ、あの龍金剛の眼を。
ボロボロのおれを見ても、全く油断していない。
まだ生きていたのか、とか、まだ動けるのかとか、そういうことさえ思っていない。
おれを、どう倒すか、あの眼が考えているのはそれだけだ。
なんて申し訳ないコトをしちまったんだ、おれは。
「準備は、できたかい?」
龍金剛がようやく、やっと、口を開いた。
獅子尾龍刃は、笑った。
震える唇を懸命に動かして、言った。
「ああ、すまねえ。ようやく、できたよ」
龍金剛が、四股を踏む。
ぐわりと、その脚が天に持ち上がる。
すげえ。
なんてすげえんだ。
地についた脚が、龍金剛の体内で練り上がった力を、こっちにまで伝えてくる。
化け物だ、この漢。
こんな化け物を前に、おれはなんて余計なコトを考えていたんだ。
らしくない。
いや、これを考えている時点で、もう、らしくない。
両腕は動かない──それがどうした?
この化け物を、龍金剛が、やっとおれを敵と認めてくれている。
肺が潰れている──だからどうした?
おれがやるべきことは、呼吸が苦しいから、変える必要があるのか?
変えなきゃいけないのか?
そんなに器用な人間か?
獅子尾龍刃という男は?
違う。
変えるものなんてない。
おれが、おれなんかがやれることは、いつだって、どこでだって、ひとつしかない。
この身体の全てを
獅子尾龍刃の眼に、ようやく力が漲り出した。
それが、ようやく、光を放ち始めた。
放つ光は、力である。
龍金剛が、上体を沈めた。
獅子尾龍刃が、腰を沈めた。
二人とも、地面を強く噛んでいる。
同時だった。
今度は、全く同時。
二人は、ちょうど、二人の間の中間地点でぶつかり合った。
3.
殴っている。
潰れた左腕で。
叩いている。
折れた右腕で。
思い切り、龍金剛の顔を、腹を。
びくともしない。
逆に、龍金剛が繰り出す張り手の強力さときたら、龍刃は首から上が吹き飛ぶ錯覚を覚えていた。
足を止めていた。
二人とも。
オープンスタンスになり、地面を踏みしめて、全身の力を使って殴り合っている。
自然と、交互にパンチや張り手を打ち合う形となっていた。
龍刃からすれば、この展開はありがたい。
腕がろくに使えず、肺も潰された。
呼吸が苦しく、身体を大きく動かせない。
龍金剛が逃げる動きに入れば、今の龍刃では追いつけない。
龍金剛が──もし、使えるとして──関節技や寝技を仕掛けて来たら、造作もなく身体中をへし折られてしまうだろう。
龍金剛、合わせてくれているのか?
いや、こちらのできる舞台で、真っ向から叩き潰してやろうという算段か?
どちらでもいい。
こっちも、これが、今。
唯一できる、思い切りできる戦い方だ。
合わせてくれていることに感謝している。
それが龍金剛の慢心であれ矜持であれ、感謝している。
いや──いま、おれが感じるのは、感謝じゃないだろう!
ばか!
また、無駄なコトを考えてるのか!!
いたくないんだ。
龍金剛の張り手、拳が、もう、痛くない。
だから、余計なコトを考えてるのか?
くそ、やめろ!!
考えを捨てたい!
捨てるんだ、今すぐ!!
ああ、ちくしょう。
龍金剛の顔が、歪んでやがる。
どろっどろだ。
でも、眼だけが、はっきりわかるなあ。
こいつ、本当に、仁王かなんかの生まれ変わりじゃないのか?
強すぎるだろ。
力士。
相撲取り。
大相撲、角界。
こんな化け物が、鎬を削りあっている世界なのか!
こんな世界で、プロレスをやる前の力剛山は、戦っていたのか!
そりゃあ、プロレスを単なる金儲けと考えるハズだ。
そりゃあ、範馬勇一郎にだって、強気で出れるハズだ。
あれ?
なんで、月が見えるんだ?
暗い。
デカいものが、おれの顔に落ちて来てる。
よけれない。
月が、隠れちまったよ。
あんなに綺麗だったのに、ああ。
あ、これ、龍金剛の足か。
すげえ、分厚いんだな、力士の足って。
鉄板を、何重にも積んでるみたいだ。
ていうか、おれ、倒されてたのか。
離れた。
また、月が見える。
ちょっと、赤いな。
また、隠れた。
ああ、龍金剛。
おまえは、すごいやつだ。
おれは、おまえに、今、この景色を教えられてるんだな。
これが、そうか。
おれ、負けかけてるんだな。
いま。
身体、動かねえ。
いや、身体が、どっかにいっちまったのかな?
首の下に、なんもねえ。
また、落ちて来た。
それだけはわかるんだ。
月が、隠れるから。
ああ、ちくしょう。
先生、力剛山先生。
先生、すみません。おれ、役立たずで。
にしても、つよすぎるな、龍金剛。
いや、おれが、さいしょっから、ちゃんと戦うつもりだったら、勝てたのかなあ?
でも、それ、意味のないかていだよな。
うん、おれ、まけた。
ああ、くそ。
りきごうざんせんせいも、おれに、すもうとりのつよさ、おしえてくれりゃよかったのに。
ばか、また、そんな、いみの、ない。
はな……し…………
あ、あ。
く、そ……………………
……………………
………………………………
4.
龍金剛は、龍刃の顔に向かって、都合七度目の踏みつけを行った。
龍刃の眼から、光が消えていた。
後頭部が地面にめり込んでいる。
鼻から、眼から、耳から、口から、赤黒い血がどろどろと流れ出ていた。
龍金剛は、背筋を伸ばして立とうとして、つまずくようによろけて見せた。
ダメージは、しっかりあったのだ。
なんと恐ろしいことか。
潰れた腕、折れた腕。
にもかかわらず、獅子尾龍刃のパンチは、一発一発がとてつもない重さと破壊力を秘めていた。
確実に、龍金剛の身体に、その芯に。
消えないダメージを累積させていたのだ。
だから、龍金剛は殴り合いをやめ、龍刃を投げて転がした。
殴り合うことに全てをかけていた龍刃は、あっさり転がって、仰向けになった顔に思い切り四股を踏んだのだ。
それで、勝てた。
獅子尾龍刃。
思えば、最初はどこか集中力のない顔つきだった。
だから、龍金剛も、尋ねなかった。
見るからに準備ができていない。
だから、適当に──というわけではないが、一撃で終わらせるつもりであった。
まさか、そこからここまで粘られるとは。
「おしいな……」
龍金剛は、ぽつりとつぶやいた。
もし、獅子尾龍刃が最初から『準備ができていれ』ば、きっと、ここで全てを清算しても良いほどの戦いができただろう。
だが、そうはならなかった。
獅子尾龍刃は倒れ、自分が立っている。
龍金剛は獅子尾龍刃から視線を離した。
足を引き摺りながら、歩き出した。
5.
その日──力剛山は龍金剛に敗れ、ヤクザに腹を刺された。
その傷が原因で、運ばれた先の病院にて死亡することになる。
享年三十九歳。
一九六X年のことであった。