【本編完結】慟哭の龍【挿絵有り】   作:ロウシ

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第五話:双龍激突す!【挿絵有り】

 

0.

 

 

 鹿久間源、龍金剛と獅子尾龍刃の戦いについて語る。

 

 

 

 あれは、すごかったよ。

 龍金剛と、獅子尾龍刃の戦いだよ。

 あの日だね、ほら、力剛山がヤクザに刺された日。

 実はあの日、久我のおっさんも西宮富士とヤりあってたんだって。

 あ、久我のおっさんてのは、久我重明って言って、妖怪みたいなおっさんだよ。

 知ってる?

 ああそうなんだ。

 あのおっさんも、大概顔、広いよなあ。

 人付き合いなんて、いかにも苦手って顔してんのにね。

 

 んでさ。

 おれ、あの日、力剛山が刺されたラテンウォーターで、ちょうどバイトしてたんだけどね。

 ぶっちゃけ、ああ言う結末──つまり、力剛山が刺されて死んじまうんなら、おれがヤりたかったよね。

 いや、殺したい、って意味じゃないよ。

 力剛山がまず、龍金剛とやり合って、そこでボロクソにされて──その後にヤクザに刺された。

 だからさ、その『ボロクソにする』ってのをさ、おれがやっちゃいたかったなあって。

 だって、あの力剛山だよ?

 あの力剛山が、龍金剛とやり合って、ぼろぼろになってた。

 龍金剛もね、店に入ってきた時点でボロボロだったんだよ。

 龍金剛、顔は仁王みたいな表情でさ、眼も力が漲ってたけど、足を少し引きずってた。

 身体もあちこちあざだらけでさ。

 もう、体力もなかったんだ。

 だから、龍金剛。

 力剛山のきんたまを即潰しに行ったり、組みに行ってすぐ、力剛の膝を壊しに行ったんだと思うよ。

 エゲツないけどさ、まともに相手したらヤバかったんだよ。

 体力残ってなかったんだなあ。

 だから、躊躇も遠慮もなかった。

 力剛山も、それ見て最初、油断したんじゃないかな?

 まあ、油断する時点でアレだけどね。

 んで、最後、力剛の胸に四股を落としてさ。

 立ち上がった時、龍金剛もうフラフラだったよ。

 おれ、思わずさ、飛び出したかったね。

 その顔を、背後からぶん殴ってやりたかった。

 おれって卑怯だからさ。

 ずるいこと大好きなんだよね。

 ケンカとかで勝てる、って思うと、割とエゲツないことやっちゃうんだ。

 もちろん、おれがそれをやるからには、誰だって、おれにそれをやっていいんだよ。

 あんたが今、この場でさ。

 そこの灰皿でなぐりかかってきても、おれ、文句言わないよ。

 もしかしたら、おれがそれをやっちゃうかもしれないしね。

 ──冗談だよ。

 いや、あんたが殴りかかる分には、冗談じゃないよ。

 ただ、おれからはやらないけどね。

 

 でさ、龍金剛がなんで入ってきた時ボロボロだったかっていうとさ、店に入る前に獅子尾龍刃とやり合ってたからなんだ。

 

 あの日、夜だよ。

 店の外が少しうるさくってさ。

 オーナーが、おれに様子見てこいって言ってきてさあ。

 たぶん、ケンカだと思ったんだろうね。

 で、おれも暴力沙汰大好きだからさ。

 ラテンウォーターみたいなトコでバイトしてたのも、あの時期のあの辺って、刃傷沙汰が多かったからなんだ。

 暴対法なんてないし、道を歩けばヤクザにぶつかる……そういう場所だし、そういう時期だったもんね。

 だから、すげえ思いっきりケンカできたし、相手もすぐナイフとか出してくるから、警察にも駆け込めない。

 色々都合よくてさあ。

 そんで、あん時は、店の暴力沙汰なら大体おれに預けられてたんだ。

 

 で、おれ、外に出るじゃん。

 少し歩いた先の、路地裏だったよ。

 一歩踏み込んだ瞬間に、ぶわってさ、熱が顔を叩いたんだ。

 すげえ濃い臭いがしてさ。

 なんていうの? 獣臭? 

 おれさ、思わず勃起しててさ。

 よだれも垂らしててさ、下品でしょ?

 視線の先によ、龍金剛がいたんだよ。

 獅子尾龍刃と組み合っててさ。

 てか、睨み合ってた。

 お互い、足止めて交互に殴り合ってんだ。

 殴るごとに、すげえ音がしたよ。

 人間がゲンコツふるって、人間に当ててる音じゃなかった。

 おれ、思わず見入っちゃってさ。 

 龍金剛が勝っちゃったあとも、おれ、思わずその後の動きが気になって、飛びかかっていけなかったんだよね。

 

 惜しかったなあ。

 今考えると、あれ、相撲取りと──あの龍金剛とケンカして、しかも勝てるチャンスだったよね。

 でも、龍金剛こっちにきてさ。

 おれ、急いで店に戻ってさ。

 「なんもなかったです」って。

 オーナーにさ、思わず言っちゃった。

 そしたら龍金剛、案の定店に入ってきて──

 

 そっからは、あんたも知ってる通りだよ。

 龍金剛は力剛山ボロクソにして、帰って行った。

 そのあと、力剛山はヤクザに刺されちゃった。

 

 勘違いしちゃいけないのは、ボロボロの龍金剛が勝ったからって、力剛山がよえー男とか、そういう話じゃないってことだよね。

 龍金剛が、とんでもなく強かったって話なんだよね、これ。

 ああ、クソ。

 言ってたら、鮮明に思い出してきちゃったし──なんかすげえ悔しくなってきちゃったじゃん。

 

 やっぱ、おれ、あの時龍金剛とヤればよかったなあ。

 

 

1.

 

 

 獅子尾龍刃の前に、仁王のような漢がいる。

 龍金剛。

 相撲取りだ。

 場所は、裏通りと表通りの境目。

 ここから数歩先から、道に広がる光量が目に見えて違っている。

 そのすぐ先には、力剛山が商談している店があった。

 

 がらん、と龍金剛が下駄を脱いだ。

 何も言わない。

 龍刃も、何も言えなかった。

 

 なんていう漢だ──龍金剛。

 

 龍金剛、今、自分の何メートル先にいるのだろうか。

 五メートルか、六メートルか?

 おかしい。明らかに距離が近い。

 龍金剛までの距離と、眼に入る龍金剛の身体の大きさが、釣り合っていない。

 巨大(デカ)い──

 

 その視線が、強い。

 その存在感が、デカい。

 なんと雄弁に語りかけてくることだ。

 "やろう"。

 ただそれだけの言葉を、こうも力強く、言葉にせず伝えられるのか。

 

 だが、獅子尾龍刃にとって、これは力剛山を守護(まも)るための闘いだ。

 だから、最初は有無を言わずに不意打ちするつもりであった。

 龍金剛が自分を認識したら、その瞬間に思い切りパンチを顎にぶちかまして、それで終わらせるつもりだった。

 できなかったのは、龍金剛に隙がなかったからだ。

 龍金剛は、目の前に突然現れたはずの龍刃を見ても、微動だにしなかった。

 心に、一ミリのズレもない。

 それが当然であるかのように構えて、今、こうしてヤりあう寸前まできている。

 

 だから、打ち込めなかった。

 だから、踏み込めなかった。

 

 距離は、まだ四メートルある。

 ゆうに、プロレスリングで考えても、半径分より広い。

 まだ、パンチもキックも届かない距離だ。

 だと言うのに、龍刃には不安があった。

 正確には、戸惑っていた。

 

 届く──?

 

 この距離で、すでに間合いなのか?

 届く。

 龍金剛の攻撃──それが、何かはわからない。

 わからない何かが、しかし、届く確信があった。

 

 届く。まだ届くのか?

 どういう距離だ!?

 パンチじゃない、キックでもない。 

 となれば、タックルか?

 いや、この距離なら、タックルを仕掛けられても、おれなら切ることは造作もない。

 なんせ、相手の全身が丸見えの距離だ。

 これだけ俯瞰できると、相手がどういう風に動いて来て、どこを崩しにくるのか、ひと目でわかる。

 どんなに速く動かれても、動きを見てから悠々と上から潰せるし、横にだって躱せる。

 そう思っていた。

 戸惑いが、龍刃の構えを中途半端にしている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 龍金剛の眼が、ぎらりと、鈍く光った。

 

 来た────ッッ!!

 

 ぶちかましだ。

 速い。

 見えない。 

 龍刃の眼に。

 顔からだ。

 顔から、真っ直ぐに突っ込んできた。

 だから、どう動けばいいかわからないんだ。  

 横にも縦にも一ミリもズレない。

 真っ直ぐだ、だから避けられない。

 額をぶち当てる気か?

 まさかッ!?

 

 龍刃は混乱しながら、龍金剛の頭突きを腕で受けた。

 胸の前で十字に組んで、腕で、受けてしまった。

 

 めきょっ

 

 と、音がした。

 肉が潰された。

 繊維が潰された。

 血管が潰された。

 神経も──

 骨も──

 

「が……あッッ!?」

 

 そのまま、龍刃の身体はどんどんと後方に下がっていった。

 龍金剛のぶちかまし。

 それを止められない。 

 腕が、自身の胸と龍金剛の頭に挟まれて、動かない。

 

 しまった──ッ!!

 

 姿勢が悪い。

 すでに、仰向けに上体が沿っている。 

 脚が、踏ん張ろうと伸び切っている。

 上から切ることができない。

 ここで、膝蹴りなどを龍金剛の腹や頭に打てば、あっという間に体勢が崩れて倒されてしまう。

 後ろに退がれない。

 前にも出れない。

 肘打ちも、両腕が塞がれているために、打てるはずもない。

 

「くッ……!!」

 

 ようやく、龍刃が全身の力で龍金剛の勢いを止めた時、左腕が妙な角度に曲がっていることに気づいた。

 釣り合った力、激痛が走る。

 龍刃は、龍金剛を組み倒そうとした。

 とにかく、密着した状態から脱出しなければ。

 

 しかし、その判断も間違っていた。

 

「────!?」

 

 動かない。

 龍金剛の重心、足腰が全く動かない。

 左腕は使えないとは言え、龍刃は右腕で龍金剛の左脇の下から腕を入れて、薙ぎ倒すように力を入れている。

 首、腕、肩、腹筋、背筋、腰、脚、足。

 全ての部位の筋力を総動員して持ち上げようとしていた。

 だが、動かない。

 全く、微動だにしない。

 

 うそだろ──!?

 おれのパワーで、微動だにしないのかッ!?

 

 それが力士であった。

 それが、相撲であった。

 足の裏以外の、どの部分を土俵につけても、その瞬間に負けが決着(キマ)る。

 投げて、投げられて、ダウンをとって、ダウンを取り返せる、スポーツ格闘技とは一線を画す。

 力士はその競技特性上、自身の肉体を『持ち上げさせない』技術が、凡百の格闘家、武道家と比べても、桁違いなのである。

 

 龍刃の右腕が、龍金剛の左脇に絞められた。

 ぐ、と龍金剛が立ち上がる。

 肉が、太い肉で無理やり締め付けられている。

 凄まじい痛みで、反射的に、獅子尾龍刃の肉体も跳ね上がった。

 龍刃の筋肉が硬直した。

 その瞬間に、龍金剛は自らの脇に身体を押し込めるように回転させ──獅子尾龍刃の右腕から、びき、と音がした。

 乾いた音であった。

 続いて、ぶちぶちっ、と水を含ませた布が裂けるような音がした。

 

「────〜〜〜〜ッッ!!!」

 

 激痛。

 右腕が折れた。

 靭帯も切られた。

 関節部が外された。

 おまけに、身体が前に泳ぐ。

 下に向かう龍刃の顔に、なにか巨大(おおき)いものが、超速で跳ね上がって来た。

 龍金剛の張り手であった。

 ばあん! と風船が破裂するような音がした。

 獅子尾龍刃の身体が根っこからぶち上げられて、宙に、垂直に飛んだ。

 あまりにも綺麗に上に飛んだものだから、龍刃は綺麗に二本足で着地する。

 すでに、龍金剛はぶちかましの構えであった。

 

 棒立ちとなった龍刃の胸に、龍金剛の頭が突き刺さった。

 龍刃の身体は、まさにダンプカーにでも轢かれたように、五メートル、六メートルと吹っ飛んでいった。

 

 

2.

 

 

 甘かった。

 というのが、獅子尾龍刃の感想であった。

 申し訳なかった、とも思った。

 

 龍金剛。

 範馬勇一郎の家で、飯を食いながら、何度かテレビ越しに立ち合いを見たことがある。 

 強い漢だった。 

 見て、すぐにわかった。

 強い、あまりにも。

 圧倒的すぎる。

 だが、もし、自分と戦うとなれば、テレビのように行くだろうか?

 そういう自負──慢心があった。

 この一件を知るより前から、少なからず。

 

 自分は、力剛山に鍛えられた。

 範馬勇一郎に鍛えられた。

 血と汗を流して、睡眠時間まで削って、強くなる鍛錬をこなしてきた。

 打、投、極、全てが圧倒的に強くなり、実際に、サクラのような怪物にも勝利を収めている。

 相撲取りと戦ったとしても、いい勝負ができるんじゃないか?

 漫然と、なんの根拠もなく、そういう気持ちがあったのだ。

 

 ましてや、今回の戦いは、力剛山を守護(まも)るための闘いだ。

 相手が龍金剛であれ、西宮富士であれ、やることは変わらない。

 先に久我重明に選択してもらっている。

 結果として、龍刃は自らの戦いを選択していなかった。

 

 つまり、獅子尾龍刃は龍金剛という超級の怪物を前にしながら、龍金剛という存在を見ていなかった。

 

 なんとかなるだろう。

 そんな浮ついた気持ちで戦いに臨んでしまっていた。

 

 その結果が、このザマである。

 

 両腕を失い。 

 胸骨は折れ。

 呼吸すらままならない。

 身体のバランスが崩れている。

 かろうじて立ち上がれたのは、生まれ持ったフィジカルと日々の鍛錬の賜物にすぎない。

 

 おれは──なんてことをしてしまったんだ。

 

 猪狩と顔を合わせた時、ホッとしてしまっていた。

 久我重明が片方を引き受けると言った時、ホッとしてしまっていた。

 この場に現れたのが、横綱の西宮富士ではなく、龍金剛であることにホッとしてしまっていた。

 

 なんと失礼なことをしてしまっていたのか。

 相手は、タケミカヅチの一族という。

 それが、どういう存在かは知らない。

 だが、龍金剛はゼニを稼げる『力士』なのだ。

 力士──力を司る漢なのだ。

 それを前に、これならなんとかなるかもなどと、なんと甘ったれたコトを考えていたのか────ッッ!!

 

 見ろ、あの龍金剛の眼を。

 ボロボロのおれを見ても、全く油断していない。

 まだ生きていたのか、とか、まだ動けるのかとか、そういうことさえ思っていない。

 おれを、どう倒すか、あの眼が考えているのはそれだけだ。

 

 なんて申し訳ないコトをしちまったんだ、おれは。

 

「準備は、できたかい?」

 

 龍金剛がようやく、やっと、口を開いた。

 獅子尾龍刃は、笑った。

 震える唇を懸命に動かして、言った。

 

「ああ、すまねえ。ようやく、できたよ」

 

 龍金剛が、四股を踏む。

 ぐわりと、その脚が天に持ち上がる。

 すげえ。

 なんてすげえんだ。

 地についた脚が、龍金剛の体内で練り上がった力を、こっちにまで伝えてくる。

 

 化け物だ、この漢。

 こんな化け物を前に、おれはなんて余計なコトを考えていたんだ。

 らしくない。

 いや、これを考えている時点で、もう、らしくない。

 両腕は動かない──それがどうした?

 この化け物を、龍金剛が、やっとおれを敵と認めてくれている。

 肺が潰れている──だからどうした?

 おれがやるべきことは、呼吸が苦しいから、変える必要があるのか?

 変えなきゃいけないのか?

 そんなに器用な人間か? 

 獅子尾龍刃という男は?

 

 違う。

 変えるものなんてない。 

 おれが、おれなんかがやれることは、いつだって、どこでだって、ひとつしかない。

 

 この身体の全てを使用(つか)って、思い切りぶつかることだけだ。

 

 獅子尾龍刃の眼に、ようやく力が漲り出した。

 それが、ようやく、光を放ち始めた。

 放つ光は、力である。

 龍金剛が、上体を沈めた。

 獅子尾龍刃が、腰を沈めた。

 二人とも、地面を強く噛んでいる。

 

 同時だった。

 今度は、全く同時。

 二人は、ちょうど、二人の間の中間地点でぶつかり合った。

 

 

3.

 

 

 殴っている。

 潰れた左腕で。

 叩いている。

 折れた右腕で。

 思い切り、龍金剛の顔を、腹を。

 びくともしない。

 逆に、龍金剛が繰り出す張り手の強力さときたら、龍刃は首から上が吹き飛ぶ錯覚を覚えていた。

 

 足を止めていた。

 二人とも。  

 オープンスタンスになり、地面を踏みしめて、全身の力を使って殴り合っている。

 自然と、交互にパンチや張り手を打ち合う形となっていた。

 龍刃からすれば、この展開はありがたい。

 腕がろくに使えず、肺も潰された。

 呼吸が苦しく、身体を大きく動かせない。

 龍金剛が逃げる動きに入れば、今の龍刃では追いつけない。

 龍金剛が──もし、使えるとして──関節技や寝技を仕掛けて来たら、造作もなく身体中をへし折られてしまうだろう。

 

 龍金剛、合わせてくれているのか?

 いや、こちらのできる舞台で、真っ向から叩き潰してやろうという算段か?

 どちらでもいい。

 こっちも、これが、今。

 唯一できる、思い切りできる戦い方だ。

 合わせてくれていることに感謝している。

 それが龍金剛の慢心であれ矜持であれ、感謝している。

 いや──いま、おれが感じるのは、感謝じゃないだろう!

 ばか!

 また、無駄なコトを考えてるのか!!

 いたくないんだ。

 龍金剛の張り手、拳が、もう、痛くない。

 だから、余計なコトを考えてるのか?

 くそ、やめろ!!

 考えを捨てたい!  

 捨てるんだ、今すぐ!!

 

 ああ、ちくしょう。

 龍金剛の顔が、歪んでやがる。

 どろっどろだ。

 でも、眼だけが、はっきりわかるなあ。

 こいつ、本当に、仁王かなんかの生まれ変わりじゃないのか?

 強すぎるだろ。

 巨大(デカ)すぎるだろ。

 力士。

 相撲取り。

 大相撲、角界。

 こんな化け物が、鎬を削りあっている世界なのか!

 こんな世界で、プロレスをやる前の力剛山は、戦っていたのか!

 そりゃあ、プロレスを単なる金儲けと考えるハズだ。

 そりゃあ、範馬勇一郎にだって、強気で出れるハズだ。

 

 あれ?

 なんで、月が見えるんだ?

 暗い。

 デカいものが、おれの顔に落ちて来てる。

 よけれない。

 月が、隠れちまったよ。

 あんなに綺麗だったのに、ああ。

 

 あ、これ、龍金剛の足か。

 すげえ、分厚いんだな、力士の足って。

 鉄板を、何重にも積んでるみたいだ。     

 ていうか、おれ、倒されてたのか。

 離れた。

 また、月が見える。

 ちょっと、赤いな。

 また、隠れた。

 

 ああ、龍金剛。

 おまえは、すごいやつだ。

 おれは、おまえに、今、この景色を教えられてるんだな。

 これが、そうか。

 おれ、負けかけてるんだな。

 いま。

 身体、動かねえ。

 いや、身体が、どっかにいっちまったのかな?

 首の下に、なんもねえ。

 また、落ちて来た。

 それだけはわかるんだ。

 月が、隠れるから。

 

 ああ、ちくしょう。

 先生、力剛山先生。

 守護(まも)るのは、無理だなあ、これは。

 先生、すみません。おれ、役立たずで。

 にしても、つよすぎるな、龍金剛。

 いや、おれが、さいしょっから、ちゃんと戦うつもりだったら、勝てたのかなあ?

 でも、それ、意味のないかていだよな。

 うん、おれ、まけた。

 ああ、くそ。

 りきごうざんせんせいも、おれに、すもうとりのつよさ、おしえてくれりゃよかったのに。

 

 ばか、また、そんな、いみの、ない。

 

 はな……し…………

 

 あ、あ。

 

 く、そ……………………

 

 

 ……………………

 ………………………………

 

 

 

4.

 

 

 龍金剛は、龍刃の顔に向かって、都合七度目の踏みつけを行った。

 龍刃の眼から、光が消えていた。

 後頭部が地面にめり込んでいる。

 鼻から、眼から、耳から、口から、赤黒い血がどろどろと流れ出ていた。

 

 龍金剛は、背筋を伸ばして立とうとして、つまずくようによろけて見せた。

 ダメージは、しっかりあったのだ。

 なんと恐ろしいことか。

 潰れた腕、折れた腕。

 にもかかわらず、獅子尾龍刃のパンチは、一発一発がとてつもない重さと破壊力を秘めていた。

 確実に、龍金剛の身体に、その芯に。

 消えないダメージを累積させていたのだ。

 

 だから、龍金剛は殴り合いをやめ、龍刃を投げて転がした。

 殴り合うことに全てをかけていた龍刃は、あっさり転がって、仰向けになった顔に思い切り四股を踏んだのだ。

 

 それで、勝てた。

 獅子尾龍刃。

 思えば、最初はどこか集中力のない顔つきだった。

 だから、龍金剛も、尋ねなかった。 

 見るからに準備ができていない。

 だから、適当に──というわけではないが、一撃で終わらせるつもりであった。

 

 まさか、そこからここまで粘られるとは。

 

「おしいな……」

 

 龍金剛は、ぽつりとつぶやいた。

 もし、獅子尾龍刃が最初から『準備ができていれ』ば、きっと、ここで全てを清算しても良いほどの戦いができただろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 獅子尾龍刃は倒れ、自分が立っている。

 

 龍金剛は獅子尾龍刃から視線を離した。

 足を引き摺りながら、歩き出した。

 

 

5.

 

 

 その日──力剛山は龍金剛に敗れ、ヤクザに腹を刺された。

 その傷が原因で、運ばれた先の病院にて死亡することになる。

 

 享年三十九歳。

 

 一九六X年のことであった。

 

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