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1.
薬師丸法山とは、不思議な男であった。
獅子尾龍刃がベトナムに着いた時、出迎えをした男が薬師丸法山当人であった。
当時のベトナムは戦争末期である。
ややこしい入国審査をすっ飛ばすためにも、秋田太郎が手配した入国ルートは密入のそれである。
にも関わらず、ベトナムの地に降り立った龍刃を、薬師丸法山という男は待ち構えていた。
「やあ、アンタが獅子尾龍刃さんかい?」
熱を持つ声であった。
龍刃は振り返った。
片手をひらひらと開けて揺らす男。
身長は一八五センチメートル。
しかし、体重は一〇〇キロはあるだろう。
がっしりと肉付きのいい身体である。
短く立てた髪。
とっしりと海苔のように太いハリのある眉毛。
量感たっぷりの口髭に、もみあげとつながるほどもさりと生やした顎髭。
黒眼鏡をかけていて、目元の感情は伺えない。
黒のロングコートを羽織り、迷彩服に、ゴツい軍用ブーツ。
太い首を巡って胸にかけているのは、ネックレスではなく数珠であった。
長さ一八〇センチはある斬馬刀を背負っている。
刃渡は一三〇センチはあるだろうか。
法山の顔で特に目を引くのが、額のど真ん中に、ほくろとも吹き出物ともとれない点状の突起があることだった。
仏像などに見られる
改めて見る。
なんという存在感か。
なんと雄々しく、男らしい風体の男か。
だが、どういうことか、全く気配を感じなかった。
龍刃は、この、今まさに、にこやかに微笑みかける存在感の塊を、声をかけられる瞬間まで認知できていなかったのだ。
「教えてやろうか?」
法山は笑っている。
「きみが今、考えてる疑問の答えを」
龍刃は、薬師丸法山を真正面に捉えた。
その振る舞いに目を凝らし、いくつかを考える。
ここは、薬師丸法山の間合いだろうか?
法山の武器は斬馬刀。
刃の長さは一三〇センチメートルはある。
背負っているそれを、ひと息に抜きはなてるか?
単純な間合い──殺傷可能圏の長さ、おそらくは三メートルはあるか。
そこに踏み込みを足して、四メートルは硬い。
今、自分と薬師丸法山の距離は約五.五メートル。
とりあえず、法山が抜いても届かない距離か。
いや、斬馬刀が、注意を引くための囮で、コートの内側に暗器を持っていてもおかしくはない。
薬師丸法山は武道家ではなく傭兵だ。
ならば、ナイフぐらいは身につけていると考えても間違いはないだろう。
龍刃の視線は鋭いはずである。
薬師丸法山は上から下までを睨まれているが、気にも止めていなかった。
軽い口調で、つらつらと語りだす。
「感覚が鋭敏な人間ほど、強者であればあるほど、一度『安全だ』と思い込んだ場所を信用してしまうものなのだよ。優れた自分の感覚で『安全だ』と認識したのだから、間違いなく危険はない、とね」
「あんたは、最初からここに、いたってのか……」
「そりゃあね、モチロン気配は消してたよ」
薬師丸法山は笑っていた。
しかし、それが本心からかはわからない。
何せ、目元が見えないからだ。
眼は、多くを語る。
その人間の感情を。
その人間の体調を。
目の色や、例えば瞳孔の開き具合で、その人間の生命力は判断できる。
事実、倒れた人の生死を確認する時、レンジャーはまず脈拍を測り、瞳孔の開閉を確認するのだ。
生も死も、人は眼に現れる。
だが、薬師丸法山の眼は、黒眼鏡に隠されている。
この薄暗い場所でさえ、黒眼鏡を持参する薬師丸法山の備えは、そのまま武道家にも通ずる法山の気構えを表していた。
心を許していない。
相対する者に、自身の内面を悟らせない。
「わたしはこう見えて、プロレスが好きでね。徳川さんに、獅子尾龍刃と組めると聞いてから、夜しか眠れない心地だったとも」
「ちゃんと寝れてるじゃないか」
「ふふ、獅子尾さん。その言葉はダメだよ」
「……?」
「その言葉は、戦場では自分が『ど素人です』とバラしてるようなものだ。迂闊な言葉は喋らないのが吉だよ、
「……そうかな」
「そうだとも」
薬師丸法山は踵を返した。
あっさりと背を向けた。
しかし、隙がない。
「ホテルは用意してある。何、このご時世でこの国だ。いかんせんまともとは程遠い造りだが、意外と寝心地はいいよ」
鼻歌を歌いながら歩きゆく法山の後を、龍刃は冷や汗をかきながら着いていった。
2.
戦場で、龍刃に何があったのか、詳しくはここには書けない。
ただ、獅子尾龍刃は数多くの人の
獅子尾龍刃は、狂気の具現を見た。
本来は、人の善意と社会の秩序によって封じられて、地獄の底に押し込められている混沌の大地が、この世に吹き上がって荒れ狂うのを体験した。
対峙したならば殺さねばならない。
対武器、対多人数は、獅子尾龍刃も経験はある。
アメリカで行ったストリートファイトでは対拳銃すら珍しくはなかった。
だが、ここではそこで得たセオリーが通じない。
正確には、より速く的確な動きが必要とされた。
なぜなら、ここでは誰もが銃を持っているからだった。
誰もが銃を、ナイフを、爆薬を持っていたからだった。
アメリカのストリートで対銃を想定する場合、銃を取り出す前にそいつを叩きのめすことが肝心だった。
銃を抜かれても、そいつが引き金を引くまでに様々な感情があり、即座に発砲できるヤツなんて数えるほどもいない。
だが、戦場では兵士は最初から銃を手に持っている。
ここでは、おおよそ兵士と呼ばれるものたちに、敵へ発砲することを躊躇するような軟弱者はいないのだ。
彼らは普段トリガーに指をかけてはいないが、彼らがその気になれば、銃身を持ち上げてトリガーを引くだけで、毎分九〇〇発もの弾丸が敵に向かって射出されるのだ。
薬師丸法山は、最初の夜、龍刃にひとつだけアドバイスを送った。
それは、『巧遅は拙速にしかず』であった。
戦場では、同じ効果を発揮する技としても、巧みで時間が掛かる技より、雑でも速い技が好まれるという意味である。
そう、速さである。
戦場で、最も肝要なものは、速さだった。
敵に気づく速さ。
敵を把握する速さ。
状況を把握する速さ。
行動に移す速さ。
敵を倒す速さ。
次の行動に移る速さ……
目まぐるしく動き、いっときも心を止めることはない。
どこにも心を留めず、誰にも関心を持たない。
敵を瞬殺すれば、すぐさま次の敵に飛び掛かる。
そいつも瞬殺する。
銃口の向きから、銃弾の広がる範囲を予測し、その斜線上から大きく外れるように、素早く身を翻し、コンマ一秒に把握した障害物を利用しながら避ける。
戦場では孤独であることを自覚することが大事であった。
助けを求めてはいけない。
その心地では、心に隙が生まれる。
そしてなにより、死なないためには、孤独さえ置き去りにする速さが求められた。
最速で敵を殺すために最適なものは、打撃であった。
投げや極めは、ひとりを倒すには最適だ。
だが、多人数の兵士相手では、投げたり極めている間に他の兵士が銃を向けて、撃ってくる。
何十人もの兵に囲まれれば、投げ技や極め技は隙が大きすぎるのである。
ましてや、寝技は論外であった。
足場の悪いジャングルの中などでは、寝技にそもそも入れない。
打撃一撃で、人を殺せる鋭さが必要であり、必殺の一撃を、何度も何人にも打ち続ける集中力とスタミナが必要であった。
人を殺すというのは、殺す側も、想像を超えるエネルギーを消費するのである。
一度戦火に飛び込めば、いつ、どこから銃口が向けられているのかわからない。
戦争末期たる現在、味方であるはずのベトナム兵からすら、銃を向けられるのは日常茶飯事である。
常に気を張り巡らせる必要があった。
微かな物音にも敏感になりつつ、落ち着いた心を持って、冷静にコトに当たらなければならない。
矛盾した環境が支配する。
如何にも非日常的であり、それは奇しくも武道家の目指す心的境地のひとつ、行住坐臥の趣きなのだった。
しかし、休まることのない精神は、容易く人を狂気へと堕とす。
獅子尾龍刃は強靭な意志の力で狂気に立ち向かっていた。
負けそうになるたびに、ここにいない範馬勇一郎を、力剛山を想った。
猪狩を、斗羽を、サクラを想った。
それでも、現実の打ち出すパンチは、戦場のもたらすダメージは、龍刃がこれまで出会ってきたどんなパンチよりも強く、彼をぶちのめした。
それでも負けそうになる時が多々あった。
それを繋ぎ止めていたのが、薬師丸法山であった。
3.
北ベトナム──ハノイ。
ここはまだ、アメリカによる空爆にさらされていなかった。
街の表通りを歩けば露天が広がり、人々が普通に営みを成し、活気があった。
一九七三年某月、獅子尾龍刃と薬師丸法山はここにいた。
範馬勇次郎が、このハノイに滞在していると情報を得ていたのだ。
ブラッディ・メアリー。
XXX高地で行われた戦線は、ベトナム戦争最大の激戦のひとつと呼ばれている。
獅子尾龍刃と薬師丸法山は、つい先日までそこにいた。
ふたりが見たそこは、アメリカ軍の誇るB52によって投下されたナパーム弾に焼き尽くされ、元々あったものが跡形もなくなった更地であった。
人も、
動物も、
建物も、
植物も、
何もかもが灰燼と化したそこに、まだ真新しいアメリカ軍兵士の新鮮なミンチが転がっていた。
「範馬勇次郎か?」
龍刃が、眉を顰めながら言った。
薬師丸法山はしゃがんで、ミンチのカケラを摘み上げて、答えた。
「そうだね。ミンチになった直接理由は至近距離からの銃撃──だが、どいつもこいつもその前に殺されている」
「そうだろうな。マシンガンでミンチにした後、わざわざ頭部をチョップで潰す意味はない」
「今のこのベトナムを、素手で駆け回る化け物はふたりしかおらんよ。リュウさんか──範馬勇次郎だ」
「おれじゃないさ」
「わかってるよ」
龍刃は片膝をつき、合掌する。
「そいつは、誰のためにだい?」
「死者に貴賎なしだ」
「ふふ、言えてるか……」
法山は首に巻いていた数珠を手に回し、立ったままではあるが、合掌を重ねた。
死者への弔いを終わらせて、ふたりはハノイへと移ったのだった。
4.
「本当か? 法山」
「間違いないさ、リュウさん」
ハノイの仮宿の中である。
獅子尾龍刃は長ズボンにTシャツ。
軍用ブーツを履いていた。
薬師丸法山はいつもの格好である。
つまり迷彩の上下に軍用ブーツ、その上にロングコートを羽織り、背中には斬馬刀を挿している。
ふたりとも、すぐに動ける格好であった。
いつ、何時。
今この瞬間に敵に襲われても、シームレスに反撃に移れる格好である。
薬師丸法山は目の前に機械類をごちゃごちゃと並べていた。
ラジオのようなものに、アンテナらしきものに、さまざまな機械部品の取り付けられた謎のボート。
龍刃にはまるでちんぷんかんぷんな機械の山だったが、法山がスパゲティ・コードの中からヘッドホンを抜き出して、耳に当てているのを見るに、無線機か何からしい。
そこから、法山は恐ろしいことを口にした。
「フフ、アメリカもエゲツないことをするもんだ」
「……もしかして、それ、盗聴器か?」
「こういうコトにはニブいなあ、リュウさん。でも御名答。こいつはおれのお手製の盗聴器でね、アメリカ軍の連絡網をちょーっと傍受させて貰ってるのさ」
「アメリカの……ッ?」
「すごいだろう?」
「それで、何がわかったんだ?」
「ああ、リュウさん。結論から言うと、ハノイは滅亡するよ」
「──なに!?」
5.
法山は語った。
アメリカは、本国では既にベトナム戦争から撤退する方向で意見が固まりつつある。
しかし、アメリカ合衆国がただ撤退したのでは、大国の沽券に関わる。
アメリカは最後の空爆として、まだ手を出せていない北ベトナムハノイを標的にした。
空爆予定は三日後。
許可された爆薬兵器の使用量は一万トン。
前線指揮は第一〇一歩兵旅団。
「────ッッ!!」
「最後っ屁にしては、大盤振る舞いがすぎるなあ」
「撤退……するならッ! 勝手に帰ればいいものをッッ!!」
「そうはいかないのが、戦争ってモンさ」
「…………」
龍刃は勢いよく振り返った。
外に出ようとしたのだ。
しかし、できなかった。
首筋に、冷たい感触があった。
振り向けない。
鋭く、静かな殺気が、肌に触れる刃から伝わってきていた。
「リュウさん──なにをするつもりだい?」
薬師丸法山は、氷のような声であった。
斬馬刀を手に、その刃が龍刃の肌をひたひたと舐めている。
法山は龍刃が振り返る一瞬に、斬馬刀を抜き放っていた。
龍刃は振り向けなかった。
だから、背を向けたまま、答えるしかない。
「伝えなければ、この街の人たちに──」
「そんなことをすれば、街はパニックになる」
「だが、法山! このままじゃあ街の人たちは……ッ!」
「うん、死ぬね。でもリュウさん、アンタがここで住民にこれを知らせてパニックになり、もし、街から逃れた住民がアメリカ兵に捕まったら?」
「そ、それは……ッ」
「そいつは拷問を受ける前に、『ハノイが爆撃されると聞いたので逃げてきました』と白状するだろうね。そうしたら、機密作戦が漏洩していることに、アメリカは気づいてしまうだろう? リュウさん、アンタはそれが何を意味するのか、わからない人じゃあないよね?」
「…………ッ!!」
わかっている。
そうなれば、薬師丸法山の身にいらぬ危険が生じてしまう。
この戦争、大局を見据えるなら、アメリカに撤退を選択させた時点で形式的にはベトナムの勝ちと呼んでいいかもしれない。
だが、度重なる空襲。
度重なる枯葉剤による森林の消失。
それに伴った未来まで蝕む重篤な副作用。
アメリカ本土は無傷なのに対し、もはや国体を維持できぬほどに疲弊したベトナム本土の国力。
戦争が終わった後に、どちらが素早い立て直しができるのか……差は歴然であった。
ならばアメリカに敵対する傭兵として仕事をしている法山にとって、ハノイ空爆を最後にアメリカが撤退すると言うのなら、ここでアメリカと余計なしがらみを作る必要がない。
ここで、龍刃が空爆を伝えるために外に出る。
そうしたら──おれはこの場でアンタの首を斬り落とす。
薬師丸法山はそう言っているのだ。
そして、薬師丸法山はそれができる漢である。
薬師丸法山。
この男、単に戦闘能力が高いだけではない。
諜報能力、場面を俯瞰して見る能力が高い。
人の心理を支配する能力、交渉能力も高い。
人を従えるキャプテンシーに、人を導くカリスマ性も持ち合わせている。
人を、強烈に惹きつける力を持っているのだ。
あの力剛山のように。
知力、暴力、精神力、カリスマ力。
薬師丸法山と言う男は、どれをとっても超一流なのである。
現に、薬師丸法山とは、龍刃は何度か組み手を行っている。
しかし、龍刃は一度として法山に勝てたことがなかった。
薬師丸法山の強さは、今まで龍刃が戦ってきた
法山はあらゆる間を外すのが異常に上手く、間を詰めるのが、変態じみて上手かった。
法山の拳や蹴りは、物理的な隙間ではなく、龍刃のその時々の心の隙間を通り抜けてくるのだ。
だから、練り込まれた拳の一切が防げない。
こちらの意識できない場所──覚悟を固める暇もなく、いいようにめった打ちにされてしまう。
そして、意を決してこちらが攻撃に移ると、するすると宙を舞う羽根のように攻撃を外されてしまう。
目の前にいるのに、あんなにゴツい身体を決して掴ませない。
技や力ではない何か。
薬師丸法山が戦いに用いるものは、そう言った類のものとは違うように、龍刃には思えた。
それは、法山の飄々とした性格が、そのまま戦い方に昇華されているようであった。
特に、斬馬刀を持たせたならば話はまた、変わる。
そこにシンプルな超弩級の殺傷能力が加わったとなれば──単純な戦闘能力で言えば、薬師丸法山の戦闘能力は、獅子尾龍刃のそれを遥かに上回るだろう。
それでも、本当に殺し合う覚悟で相対したのならば、例えば斬馬刀を用いたとしても、獅子尾龍刃を相手に無傷で生き残れるとも思っていないのは、何を隠そう薬師丸法山でもあった。
つまりこの状態──
圧倒的に法山が有利である。
いくらなんでも、完全に背を向けた状態。
薬師丸法山は刃を抜いて当てている状態から、獅子尾龍刃が逆転する方法は皆無に近い。
「だが、法山!!」
「リュウちゃん、これが戦争なんだ」
「──ッ!」
獅子尾龍刃は、壁にもたれかかると、そのままズルズルと崩れ落ちた。
嗚咽に震える背中を見て、薬師丸法山は斬馬刀を納めた。
6.
ハノイの空爆は、法山の発言通りに三日後に行われた。
使用された爆薬量は、予定量であった一万トンを一〇〇〇トン以上上回り、街は、文字通り跡形もなく吹き飛ばされたのだった。
7.
薬師丸法山と獅子尾龍刃はその頃、ハノイ近辺に設置された米国仮設基地にいた。
そこを陣取っていた兵士たちを皆殺しにして。
獅子尾龍刃は、範馬勇次郎がハノイ空爆で死亡するとは思えないと言い、薬師丸法山もそれに同意した。
ベトナムで調査した限り、範馬勇次郎の活躍手段は『空爆の後に現地に降りてきたアメリカ軍歩兵部隊を、ある程度空爆地点で散開させたあとで、生身で強襲し壊滅させる』というパターンが多かった。
勝ちを確信し、一度『安全』だと思った場所ではどんな強者でも警戒心が緩むというのは、ベトナムに来た当初薬師丸法山が龍刃に語ったことにも当てはまるだろう。
その慢心に付け込み、勇次郎は奇襲を仕掛けているのだ。
実に合理的である。
ならば、今回のハノイ空爆においても勇次郎は同じ手段をとることが予想された。
そして、そのままアメリカ軍仮設基地に乗り込み、勝負を決めてしまうことも予想できた。
それは、アメリカ側としても予想していたことのようで、今回ふたりが襲撃した◯◯仮設基地の警備の重厚さは並々ならぬものがあった。
近くに、迫撃砲や戦車をも準備させた小隊を二部隊控えさせ、仮設本部には完全武装の兵士を常にふたり一組で警備に回している徹底ぶりである。
もし仮設基地が勇次郎に襲われたら、ボタンひとつで小隊が出動し、それでも敵わぬ場合は戦車、迫撃砲で建物ごと吹き飛ばそうという判断だろうと法山は語った。
味方ごと吹き飛ばすのか、という龍刃の疑問に、法山は「枯葉剤は、現地のアメリカ兵士を気遣ってたかい?」と返し、見事に言葉を詰まらせた。
法山と龍刃は二手に別れた。
基地を制圧するためには、基地と小隊を同時に制圧──もとい、皆殺しにしなければならない。
逃して、よそに連絡を取られるわけにはいかないからだ。
範馬勇次郎を先んじて待ち構える龍刃と法山の作戦上、邪魔が入るのもよろしくない。
外の小隊は法山が、基地内部は龍刃が相手をすることに決まった。
平野では、素手にこだわる龍刃ではいくらなんでも銃火器相手では不利がすぎる。
作戦開始から二〇分で、必ず一度連絡を入れること。
連絡が(あるいは応答が)ない場合には、お互いに死んだことにして、そのまま撤退することを決めた。
そして、作戦開始から三十二分。
ふたりの男は基地と小隊を壊滅させ、アメリカ軍仮設基地の乗っ取りに成功した。
8.
「そういえば、面白い話があったよ」
「なんだい、こんな時に」
作戦司令室であった場所。
そこは通信室でもあった。
まだ新しい血痕や脳髄が至る所にこびりつく部屋の中で、法山が無線機を弄りながら、楽しそうな声で言った。
龍刃は返り血を拭き取っていた。
自らが手にかけたアメリカ兵の遺体を一室に集めて並べ、手を合わせた後であった。
アメリカ兵とひとえに言っても、人種はさまざまであった。
軍服はアメリカのものだが、日系人らしきものもそれなりにいた。
なぜ──こんなことをしているのだろう?
誰の遺体を前にしても、龍刃の想いは変わらない。
これは、格闘ではない。
暴力と暴力の果てにあるものといえば同じかもしれないが、ここには、武道家の行う真剣勝負に生まれる、爽やかさのようなものが一切ない。
ただただ無益で、無意味で、虚無的。
「リュウさん、あんまりホトケさんに感情移入しなさんな」
「わかってるよ、法山。だが、どうしようもなく悲しいのは、しょうがないだろう」
「優しかねえ、リュウさんは」
「法山がさっぱりしすぎなンだよ」
「だって、おれは死んだやつに興味はないしね」
「これだもんなァ……それで、何が面白いって?」
「CIAが対オーガ用に、とんでもない男をベトナムに派遣したそうだ」
「とんでもない男?」
「ああ。リュウさんは"アンチェイン"って、聞いたコトないかい────ッ!」
法山が斬馬刀を手に取った。
龍刃もまた、その異常を感じ取った。
何者かが、ここに侵入した。
なにか、とてつもない、『何か』がッッ!?
「勇次郎ッッ!!」
「まて! リュウさん、様子がおかしい。範馬勇次郎にしちゃ
ふたりは既に臨戦態勢であった。
その、圧倒的な『何か』が、こちらに近づいているのだ。
法山は柄に手をかけた。
龍刃は、法山の抜刀にタイミングを合わせんと呼吸を整えている。
しかし、戸口に立った男を見て、ふたりは動かなかった。
そこに──太い肉の壁が現れた。
「おやおや、この惨劇……オーガだと思ったんだがね……」
太い肉の塊は、柔和な声であった。
語りかけるような声であった。
法山が抜刀できなかった理由がふたつある。
ひとつは、肉の塊があまりにも堂々としていたからだ。
ひとつは、法山が描く剣閃が、その肉の塊を斬れたとして、一刀で両断することは……あるいは突き殺すことは敵わないと悟っていたからだった。
なんという
太い、太すぎる。
この肉の量に比べれば、獅子尾龍刃ですら、普通人のように見えてしまう。
が──決して
太い男が身に纏うものは、すべからく筋肉である。
「な、なにモンだよ……?」
「“アンチェイン"」
龍刃の疑問に答えたのは、薬師丸法山であった。
法山は白い歯を剥き出しにして、苦笑いのような、しかし、予定外の好奇心に突き動かされたような笑みを浮かべていた。
「ほう、わたしを知っているかね?」
「知っているとも、『世界最自由の男』。ブラック・ペンタゴンの真のボス、アメリカでイチバン喧嘩が強い男──ビスケット・オリバ」
「ふふ、そこまで……光栄だよMr.ホウザン」
「ま、おれのことも、当然知ってるよね」
「モチロンだとも。CIAでも、東洋人で傭兵と言えば、真っ先にキミの名が上がるだろう。そっちはMr.リュージン。アメリカの地下格闘ではちょっとした有名人じゃないか」
「お、おれのことまで……」
太い男──オリバは太い笑みを浮かべた。
愛嬌があるが、龍刃にはどこか、久我重明を思い出す黒い笑みに思えた。