1.
睨み合っていた。
睨み合っている。
三人の漢が。
三人の狭間に沈黙が足を広げている。
ひとりは、獅子尾龍刃。
ひとりは、薬師丸法山。
ひとりは、ビスケット・オリバである。
並々ならぬ男たちであった。
「ミスター・オリバ」
最初に口を開いたのは、薬師丸法山。
語りかけるような口調は柔らかいが、法山にしてはいつもの飄々とした色が薄く、ビジネスライクなものだった。
「あんたは対『オーガ』を想定してベトナムに派遣されたんだろう? だとしたら、ここでわたしたちとドンパチやる意味はないんじゃないかね?」
法山の提案は、まず戦闘を回避せんとするものだった。
切り出し方としては、まずまずといった内容である。
ここにいる三者三様、それぞれに持ち味は違えど、超人的な戦闘能力を有していることに変わりはない。
ぶつかり合えばタダでは済まないことぐらい、誰だってわかっている。
ましてや、獅子尾龍刃と薬師丸法山は傭兵としてコンビを組んでいるのだ。
必然、戦いとなればオリバは二体一を迫られる。
獅子尾龍刃がビスケット・オリバを足止めし──薬師丸法山が背後から斬る。
通常なら無双の怪力を誇るビスケット・オリバにはなんら意味を持たない、この単純な図式が想定できるほどに、三人の実力は伯仲しているのだ。
いかにオリバの筋肉が超絶逸人のそれであろうと、防刃ベストさえ一刀を持って両断しうる薬師丸法山の抜剣術に、耐えられるはずはない。
仮に肉を両断できなかったとして、その骨を斬り抜くことが不可能だとして。
薬師丸法山ならば、刃を刺し込めるほどに斬れるなら、命を奪うこと自体は容易であるのだ。
薬師丸法山はこの時、オリバの返答をいくつか予測していた。
獅子尾龍刃は、どこか様子がおかしかったが、それはとりあえず隅に置いた。
オリバは人差し指を立て、左右に揺らした。
チッチッチッ、と笑って言った。
「Mr.ホウザン。三日ほど前に作戦司令部に届けられた暗号通信が、何者かに傍受されている可能性がある……と連絡があったのだよ」
法山はあちゃあ、とちゃめっ気たっぷりに息を吐いた。
「ハノイに在住していた君たちが、空爆の当日に仮設本部を強襲していること──誰が無線を傍受したのか、疑念を挟む余地はあるかい?」
「まいったなあ、これは逃げられそうもないぞ」
「そうとも、Mr.ホウザン。アメリカ軍の機密作戦を盗聴し、挙句、作戦司令部及び遊撃二部隊をも壊滅に追い込んで、『見逃してくれ』は通らないさ」
「あんたはそういうのに執着しないと思っていたが……」
「これでも愛国心は持ち合わせているのさ。わたしなりに、ではあるがね」
ずちゃり、とオリバが一歩前に出る。
肉の壁が、その圧力を増す。
まだ間合いの外である。
あと二歩。
オリバが後二歩進めば、即ち法山の必殺の間合いであった。
しかし、最後の間合いをつめたのは、オリバではなかった。
二歩、オリバに向かって間合いを詰めたのは、獅子尾龍刃であった。
「ホウ……」
オリバが意外そうな声を出す。
肉の塊と肉の塊が、お互いのパンチが振り切れる距離で向かい合う。
お互いに、
ふたりの間の空気が、静かに、闘気に当てられて、歪んでいく。
法山は、獅子尾龍刃の背を見つめながら、斬馬刀の柄を緩く握っていた。
戸惑ってはいる。
だが、薬師丸法山という男。
いざという時は、龍刃ごとオリバを斬る気概であった。
そこに躊躇いの念はない。
仕方がないのだ。この場ではそれが最も合理的なのだから。
「リュウさん、どういうつもりか聞いてもいいかい?」
それは最後通告のようであった。
事実、そうなのだろう。
納得のいく答えがなければ、法山はそのまま、龍刃ごとオリバを叩っ斬るつもりだ。
法山にとって、これはまたとないチャンスである。
オリバから見ると、今、自身の身体のほとんどは、獅子尾龍刃の肉体に隠れてしまっている。今、自分の手元、腰の動き、足の運びをオリバが視認することは不可能だ。
今この瞬間なら、如何にビスケット・オリバといえど、容易く葬ることができよう。
龍刃はその背を通して、法山の闘気が山のような量感となって膨れ上がるのを感じていた。
膨れ上がった法山の緻密な闘気が、剣のような剛直さと鋭さに磨かれ、美しさを帯びていくのも感じていた。
「法山。おれにやらせてくれ」
「……ひとりでやるのかい?」
龍刃は、法山に背を向けたまま、頷いた。
「やらせてくれ」
頑とした言葉であった。
余計な飾りはなく、意味深な作りでもない。
法山の耳に、心に、まっすぐに届けられる。
獅子尾龍刃の声であり、獅子尾龍刃の言葉であった。
法山はひと間を空けて、ふ、と笑い、後ずさった。
間合いからさらに二歩下がる。
抜剣の致命の間合いを外れると、斬馬刀の柄から手を放した。
闘気が沈んだ。
「ありがとう」
龍刃は、やはり背中を向けたまま、言った。
「でも、もし、おれがオリバに負けそうになったら……そいつで、おれの首を刎ねてくれよ」
龍刃はちら、と一瞬法山に視線を送った。
「この男と戦って負けるようなら、おれは勇次郎には勝てん」
「あいわかった」
法山はにべもなく承知した。
ビスケット・オリバ。
龍刃は知る由もないが、囚人でありながらアリゾナ州立刑務所、通称『ブラック・ペンタゴン』を実質的支配下に置くこの男は、アメリカ最強の『ハンター』でもある。
オリバは武道家ではない。
それゆえか、そのハンティングの仕方は残虐極まる。
ターゲットを捕獲する際に、ターゲットが生存
捕獲した相手がその後、どういう人生を歩むことになるかなど、まるで知ったことではない超暴力による破壊。
もし、ここで、獅子尾龍刃がビスケット・オリバに負けるようなら、どのみち
獅子尾龍刃の目的は、範馬勇次郎と戦うことなのだ。
それが叶わぬ夢となる残りの人生など、獅子尾龍刃は望まない。
ならば、望まれるままに介錯を務めることもまた、法山なりの人情ではあった。
いいってことさ。と法山は返した。
しょうがないなあ、とでも言いたげな、苦笑いの気配を混ぜこんでいた。
「リュージン・シシオ」
オリバが言った。
「リキゴウザンから始まり、あの『
「そうだ……よく知ってるな」
「怪力とタフネスが自慢のようだが」
「そうさ」
「まさか、このわたしより上……と、思っているのかな?」
「わからん。わからんから、やるんだ」
「フフ……ナルホド、確かにそうだ。どっちがよりパワフルかなんて、やってみなければわからねェ……」
余裕綽々と、オリバは続けた。
だから、やろう。
わたしは体験主義者なんだ。
と。
「アメリカ人だからね」
ふたりが目を見開いた。
両者共に、踏み込んだ。
ぶつかり合った。
身体と、身体で。
肉と、肉で。
お互いに、真正面から。
がちぃん!! と音がした。
金属音かと聞き間違うほどに、重厚に轟いた。
潰れる音ではなかった。
拮抗する音であった。
通信室から、ふたりの姿が消えていた。
薬師丸法山が『それ』を覗き込んだ。
この仮設基地、通信室は二階にあった。
その通信室の床に、大穴が空いていた。
無論、空いたのはたった今である。
無論、空けたのはオリバと龍刃である。
オリバと龍刃のぶつかり合ったパワーは、お互いの身体に留まることなく一瞬で部屋に広がり、建物全体に伝播した。
ふたりの激突の衝撃、それを支えんとする踏み込みと踏ん張り。
即ち衝撃の支点たる床はそのエネルギーに耐えきれずあっさりと崩壊。
ふたりの身体は組み合ったまま垂直に一階へと落下したのである。
2.
一階へと落ちてなお、オリバと龍刃の視線はお互いを捉えて離さない。
そして、ふたりがとった行動は同じであった。
手を、手で握った。
手四つ──示し合わせたようにお互いに向き合い、握り合い、一歩も動かない。
ふたりとも、身体が小刻みに震えている。
龍刃は歯茎が軋むほど、歯を食いしばっていた。
オリバは目を見開き、縫い合わせたようにピッタリと口を閉じ、力を込めるという行為に集中している。
お互いの頭の高さは同じであった。
全く等しい。
ふたりの頭を跨ぐ長さの定規を寝かせたら、そのまま水平になるだろう。
ふたりの肉が、むり、むり……とゆっくり膨れ上がっていく。
血管が浮き上がっている。
筋肉の隅々に力が行き渡り、筋張った皮膚が筋肉の隆起に追いつかず、ともすれば破れそうであった。
互角。
全くの互角。
それは、大穴から華麗に降り立った薬師丸法山の眼にも、そう映った。
均衡が崩れる。
龍刃の足元の床に亀裂が入って陥没した。
必然、龍刃は姿勢が崩れ──ない!
なんと、獅子尾龍刃、足元が崩れてなお重心が微塵もズレていない。
恐るべき体幹であった。
しかし、物理的に沈んでしまい、身体の位置がオリバの下になったことは、
オリバは上から被さるように力を込めた。
山のような量感が、倍の圧力となってかぶさってくる。
龍刃の背筋が圧力を跳ね返さんとさらに盛り上がる。
肩周りのシャツが、膨れ上がる筋肉に引き裂かれていった。
太もものズボンも同様に裂けている。
しかし、流石に足場が悪い。
オリバの身体がゆっくりと、龍刃の身体を飲み込むように覆っていく。
「チイッ!」
龍刃は仕方なく、戦法を変えた。
オリバを、自分の上に持ち上げるように引き込んだ。
そして、自分の身体をオリバの下に滑り込ませる。
両者の位置関係が綺麗に上下に並んだ時、龍刃は左足をオリバの腹に向かって蹴り上げた。
衝撃に、オリバの身体が宙に浮く。
すかさず、掴んでいる両腕を、背後に放るように投げた。
柔道の巴投げであった。
ビスケット・オリバが地面と垂直に飛んでいく。
そのまま背面から壁にぶつかり、それに止まらず砕き、飛んでいった。
「ふ、ふぅー……!」
龍刃は身体を転がして立ち上がる。
その際に、細く、小さく、息を入れておく。
筋力を十全に発揮するために、息を止めていた。
噛み締めすぎて、顎が歪んでいる。
体力は相応に消耗し、何よりその身体が酸素を求めている。
この時、慌てて酸素を大量に取り込むのは愚策である。
だから、龍刃は小さく細く、微かな酸素を肺に取り込んだ。
細胞に力が入り、血流が整うのを全身で実感する。
オリバは──
「フフフ、どうやら力ではチョッピリ、わたしの方が上のようだ」
「床ッ! 床が悪いッ!!」
「そこは同意するとも」
なんともなく立ち上がって向かってきた。
まるでダメージなどない。
それどころか、力比べで勝った勝ったと、子供のような無邪気さで笑っているではないか。
龍刃は悔しくなった。
事実、悔しかった。
おれは、負けてないぞ!?
シンプルな負けず嫌いの情であったが、それだけに腹の底から素直に力が湧いてくる。
間合いに入ると、オリバの右拳が飛ぶ。
身体を大きく開いて、脇を開いて、身体を前傾に投げやっている。
どうみても素人のパンチの打ち方だ。
素人が、力任せにぶん殴っているだけだ。
が──恐るべき拳であった。
「ッしゃあッッ!!!」
だが、獅子尾龍刃は迫り来る拳を避けなかった。
堂々と、そのパンチを胸で受け止めた。
全身に力を入れ、床を強く噛み、歯を食いしばり──耐えた!
オリバの前進も相まってか、一メートル近く身体が下がっていた。
オリバがほう、と感嘆に息を漏らす。
龍刃は伸び切ったオリバの腕を両手で掴んだ。
左手は手首に、右腕は肩へ。
そのまま左側に降って、全身の力を使って振り抜くように背負い投げる。
オリバの腕も、肩も、あまりにも太すぎて却って掴みやすい。
さしものオリバの身体も宙に浮いた。
それは、柔道の山嵐であった。
ただ、既存の山嵐とは違う。
龍刃は地面に叩きつけるのではなく、オリバを壁に向かって放り投げたのだ。
が、オリバを投げ切った瞬間、龍刃もまた宙に浮いていた。
オリバが、龍刃の左手首を器用に握り返していた。
結果として、龍刃の身体が自らの投げる力によって、飛んだのだ。
そこから、空中のコンマ一秒。
恐ろしいことが起こった。
ビスケット・オリバが空中で、龍刃をぶん投げたのだ。
空中で、である。
足場がなく、踏み込めず、腰も十分に回せない。
つまり、オリバは左腕の腕力だけで、一二五キロの龍刃を振り回したのである。
化け物がッッ!!
言いながら、
あるいは思いながら、
龍刃は笑っていた。
ふたりが揃って壁を突き抜ける。
また、屋敷そのものが大きく揺れた。
3.
壁を砕いて相手をしていた。
壁越しに。
ビスケット・オリバが己の肉体で壁を突き破って、獅子尾龍刃の行く先に立ち塞がる。
振り抜かれるフックが避けられると、それがまた壁を砕く。
壁にめり込んだオリバの腕を、龍刃が「よりめりこめ!」とでも言うように思い切り殴りつける。
オリバが多少なりによろつき、龍刃に背を向ける形になる。
その大きな背中に、龍刃がタックルをかます。
倒すためのタックルではなく、跳ね飛ばすためのタックルをだ。
結果として、ふたりは壁を一緒に砕いて隣の部屋に飛び込む。
こんなことが、ずっと続いていた。
別の部屋に入るたびに、ほんの一瞬、龍刃はオリバを見失う。
だが、次の動作──次の攻撃を迷うことはなかった。
オリバは部屋に飛び込んだ瞬間は体勢を崩すものの、すぐさま立ち上がって、必ず龍刃の正面に立つからだ。
身長にさほど差がないのだ。
オリバのリーチは、龍刃のリーチとほとんど差はなかった。
つまり、オリバが充分な攻撃を届けるための距離は、龍刃が充分な攻撃を届けられる位置であった。
拳を振るう。
真っ直ぐに。
すると、見ていなくとも当たるのだ。
オリバは、龍刃の攻撃を避けるような真似はしなかった。
それは、己の肉体に対する、絶対の自信があるからだ。
龍刃は、オリバの攻撃を避けたりしない。
だから、オリバもまた、龍刃の攻撃を避けない。
オリバの表情はけろりとしている。
だが、徐々にだが流血し、ダメージは目に見えて累積し始めていた。
それは、龍刃もそうである。
この、巨大な肉の塊相手に、技は必要ない。
正確にいうと、対人用に練られた技は必要がない。
この筋量を前に、間接を瞬時に折ることなど不可能だ。
だから、使えるとしたら絞め技ぐらいか。
だが、絞める力を、このビスケット・オリバという筋肉は、正面から外してくるだろう。
『巧遅は拙速にしかず』。
薬師丸法山の言葉が、戦場で生きるために教えられたコツが、ここでもそっくりそのまま生きている。
丁寧な技巧より、ありったけの力を、最も速いスピードで打ち込む。
むろん、狙いは急所だ。
だが、急所に当たらなくてもいい。
獅子尾龍刃の渾身の一撃は、ビスケット・オリバをして無傷で抑えることはできなかった。
オリバの固めた筋肉を撃ち抜く一撃──それを見舞えるほどの超筋力。
それを叶えられるほど鍛え上げられた超人的肉体を、獅子尾龍刃は持っていた。
アメリカでイチバン喧嘩が強い男。
法山が言った時、オリバは否定しなかった。
龍刃もそれに納得していた。
対峙した瞬間、嫌と言うほどわかった。
強い──。
何もかもがめちゃくちゃだ。
それは筋肉の量はもちろん。
存在感が、
存在の厚みが、
おれは強いんだ、という自負が。
だから、最初は、龍刃はオリバに対範馬勇次郎を想定した。
悪い言い方をすれば、オリバを通して勇次郎を見ていた。
勇次郎のための踏み台にしようと思ったのだ。
この男に勝てなければ、なぜ範馬勇次郎に勝てるだろうか?
そう思って、不退転の覚悟のつもりで法山に介錯まで願い出た。
だが、いつのまにか、獅子尾龍刃はビスケット・オリバに夢中になっていた。
筋力的には全くの五分だ。
さっきのは床が悪い、本当のほんとうだ。
だが、叩けど叩けど、この肉体は揺らがない。
ワカるぞ。
おれにはワカる。
ビスケット・オリバ、決して、肉体の才能だけで、ここまできたわけではない。
ビスケット・オリバは、自らの筋肉を愛しているのだろう。
だが、その愛を貫くために、さらなる愛を注ぐ何かがあるのだ。
それが、
愛する過去なのか──
愛する人なのか──
哀しい過去なのか──
それとも、単なるワガママなのか──
単なる負けず嫌いの延長なのか──?
それは、龍刃には知る由もない。
だが、ビスケット・オリバは間違いなく、自分の中に芯を持っている。
自分が、範馬勇一郎と、力剛山への想いを秘めているように。
強い相手と戦いたい。
だが、負けたくない。
そういう気持ちを高めるために、いつの間にか、自分の中に棲みついた想い。
負けそうになるたびに、『負けるな!』と励ましてくれる何か。
ビスケット・オリバの筋肉は、そういうものに支えられて、できたんだと思った。
そういう人間は、強い。
表面的な強さではなく、本当に強い。
「──Mr.リュージン」
オリバが言った。
驚きと、少しの戸惑い。
「なぜ、笑って、泣いているのかね?」
あんたを、尊敬しているからだよ。
龍刃が、息も絶え絶えにやっと言う。
オリバは、く、と笑った。
くく、と笑いを堪えていた。
「キミは奇術師なのか? Mr.リュージン」
──?
「楽しいゼ」
ああ、そうだな。
おれも、楽しい。
あんたが好きだ。
ミスター・オリバ。
だから、思いっきりヤろう。
「オッシャあああああぁあッッ!!!!」
ベトナムに来て、嫌気がさした。
戦争というものに。
あるいは、暴力というものに。
それまで自分が身につけたものが、ひどく歪で、奇妙で、乱暴なものだと思った。
だが、ベトナムに来たから、こうして、ビスケット・オリバなる傑物に出会えた。
範馬勇次郎には未だ逢えていないものの、こんな怪物と、おれは語り合えている。
おれの中の『おれ』が、歓喜を挙げていた。
久しぶりの発露だった。
4.
「まるで怪獣映画だな、こりゃア」
暴れ狂うふたりを遠巻きに見ながら、薬師丸法山はつぶやいた。
己の肉体で、障害物を次々と破壊しながら、ふたりはふたりっきりの世界を満喫している。
いい
今を生きているという実感を得ている。
それは幸福に違いない。
薬師丸法山は羨ましそうに息を吐いた。
だが、ほどほどにしてもらわなければ、先に建物が倒壊しそうである。
「あんたもそう思わないか?」
法山は斬馬刀を手に持ちながら、己の背後に語りかけた。
そこに──『鬼』が立っていた。