【本編完結】慟哭の龍【挿絵有り】   作:ロウシ

33 / 102
6/29 誤字修正


第三話:筋肉vs筋肉

 

1.

 

 

 

 睨み合っていた。

 睨み合っている。

 三人の漢が。

 三人の狭間に沈黙が足を広げている。

 ひとりは、獅子尾龍刃。

 ひとりは、薬師丸法山。

 ひとりは、ビスケット・オリバである。

 

 並々ならぬ男たちであった。

 

「ミスター・オリバ」

 

 最初に口を開いたのは、薬師丸法山。

 語りかけるような口調は柔らかいが、法山にしてはいつもの飄々とした色が薄く、ビジネスライクなものだった。

 

「あんたは対『オーガ』を想定してベトナムに派遣されたんだろう? だとしたら、ここでわたしたちとドンパチやる意味はないんじゃないかね?」

 

 法山の提案は、まず戦闘を回避せんとするものだった。

 切り出し方としては、まずまずといった内容である。

 ここにいる三者三様、それぞれに持ち味は違えど、超人的な戦闘能力を有していることに変わりはない。

 ぶつかり合えばタダでは済まないことぐらい、誰だってわかっている。

 ましてや、獅子尾龍刃と薬師丸法山は傭兵としてコンビを組んでいるのだ。

 必然、戦いとなればオリバは二体一を迫られる。

 獅子尾龍刃がビスケット・オリバを足止めし──薬師丸法山が背後から斬る。

 通常なら無双の怪力を誇るビスケット・オリバにはなんら意味を持たない、この単純な図式が想定できるほどに、三人の実力は伯仲しているのだ。

 いかにオリバの筋肉が超絶逸人のそれであろうと、防刃ベストさえ一刀を持って両断しうる薬師丸法山の抜剣術に、耐えられるはずはない。

 仮に肉を両断できなかったとして、その骨を斬り抜くことが不可能だとして。

 薬師丸法山ならば、刃を刺し込めるほどに斬れるなら、命を奪うこと自体は容易であるのだ。

 

 薬師丸法山はこの時、オリバの返答をいくつか予測していた。

 獅子尾龍刃は、どこか様子がおかしかったが、それはとりあえず隅に置いた。

 

 オリバは人差し指を立て、左右に揺らした。

 チッチッチッ、と笑って言った。

 

「Mr.ホウザン。三日ほど前に作戦司令部に届けられた暗号通信が、何者かに傍受されている可能性がある……と連絡があったのだよ」

 

 法山はあちゃあ、とちゃめっ気たっぷりに息を吐いた。

 

「ハノイに在住していた君たちが、空爆の当日に仮設本部を強襲していること──誰が無線を傍受したのか、疑念を挟む余地はあるかい?」

「まいったなあ、これは逃げられそうもないぞ」

「そうとも、Mr.ホウザン。アメリカ軍の機密作戦を盗聴し、挙句、作戦司令部及び遊撃二部隊をも壊滅に追い込んで、『見逃してくれ』は通らないさ」

「あんたはそういうのに執着しないと思っていたが……」

「これでも愛国心は持ち合わせているのさ。わたしなりに、ではあるがね」

 

 ずちゃり、とオリバが一歩前に出る。

 肉の壁が、その圧力を増す。

 まだ間合いの外である。

 あと二歩。

 オリバが後二歩進めば、即ち法山の必殺の間合いであった。

 

 しかし、最後の間合いをつめたのは、オリバではなかった。

 二歩、オリバに向かって間合いを詰めたのは、獅子尾龍刃であった。

 

「ホウ……」

 

 オリバが意外そうな声を出す。

 肉の塊と肉の塊が、お互いのパンチが振り切れる距離で向かい合う。

 お互いに、巨大(おお)きい。

 ふたりの間の空気が、静かに、闘気に当てられて、歪んでいく。

 法山は、獅子尾龍刃の背を見つめながら、斬馬刀の柄を緩く握っていた。

 戸惑ってはいる。

 だが、薬師丸法山という男。

 いざという時は、龍刃ごとオリバを斬る気概であった。

 そこに躊躇いの念はない。

 仕方がないのだ。この場ではそれが最も合理的なのだから。

 

「リュウさん、どういうつもりか聞いてもいいかい?」

 

 それは最後通告のようであった。

 事実、そうなのだろう。

 納得のいく答えがなければ、法山はそのまま、龍刃ごとオリバを叩っ斬るつもりだ。

 法山にとって、これはまたとないチャンスである。

 オリバから見ると、今、自身の身体のほとんどは、獅子尾龍刃の肉体に隠れてしまっている。今、自分の手元、腰の動き、足の運びをオリバが視認することは不可能だ。

 今この瞬間なら、如何にビスケット・オリバといえど、容易く葬ることができよう。

 

 龍刃はその背を通して、法山の闘気が山のような量感となって膨れ上がるのを感じていた。

 膨れ上がった法山の緻密な闘気が、剣のような剛直さと鋭さに磨かれ、美しさを帯びていくのも感じていた。

 

「法山。おれにやらせてくれ」

「……ひとりでやるのかい?」

 

 龍刃は、法山に背を向けたまま、頷いた。

 

「やらせてくれ」

 

 頑とした言葉であった。

 余計な飾りはなく、意味深な作りでもない。

 法山の耳に、心に、まっすぐに届けられる。

 獅子尾龍刃の声であり、獅子尾龍刃の言葉であった。

 法山はひと間を空けて、ふ、と笑い、後ずさった。

 間合いからさらに二歩下がる。

 抜剣の致命の間合いを外れると、斬馬刀の柄から手を放した。

 闘気が沈んだ。

 

「ありがとう」

 

 龍刃は、やはり背中を向けたまま、言った。

 

「でも、もし、おれがオリバに負けそうになったら……そいつで、おれの首を刎ねてくれよ」

 

 龍刃はちら、と一瞬法山に視線を送った。

 

「この男と戦って負けるようなら、おれは勇次郎には勝てん」

「あいわかった」

 

 法山はにべもなく承知した。

 ビスケット・オリバ。

 龍刃は知る由もないが、囚人でありながらアリゾナ州立刑務所、通称『ブラック・ペンタゴン』を実質的支配下に置くこの男は、アメリカ最強の『ハンター』でもある。

 オリバは武道家ではない。

 それゆえか、そのハンティングの仕方は残虐極まる。

 ターゲットを捕獲する際に、ターゲットが生存()()()()()の、ギリギリの破壊を行うことも日常茶飯事なのだ。

 捕獲した相手がその後、どういう人生を歩むことになるかなど、まるで知ったことではない超暴力による破壊。

 もし、ここで、獅子尾龍刃がビスケット・オリバに負けるようなら、どのみち格闘士(グラップラー)として再起可能な傷では済まないだろう。

 獅子尾龍刃の目的は、範馬勇次郎と戦うことなのだ。

 それが叶わぬ夢となる残りの人生など、獅子尾龍刃は望まない。

 ならば、望まれるままに介錯を務めることもまた、法山なりの人情ではあった。

 

 いいってことさ。と法山は返した。

 しょうがないなあ、とでも言いたげな、苦笑いの気配を混ぜこんでいた。

 

「リュージン・シシオ」

 

 オリバが言った。

 

「リキゴウザンから始まり、あの『(ONI)』……ユーイチロー・ハンマに弟子入り──アメリカ地下格闘では『泣き虫(クライ・ベイビー)』サクラを破ったそうじゃないか」

「そうだ……よく知ってるな」

「怪力とタフネスが自慢のようだが」

「そうさ」

「まさか、このわたしより上……と、思っているのかな?」

「わからん。わからんから、やるんだ」

「フフ……ナルホド、確かにそうだ。どっちがよりパワフルかなんて、やってみなければわからねェ……」

 

 余裕綽々と、オリバは続けた。

 

 だから、やろう。

 わたしは体験主義者なんだ。

 と。

 

「アメリカ人だからね」

 

 ふたりが目を見開いた。

 両者共に、踏み込んだ。

 ぶつかり合った。

 身体と、身体で。 

 肉と、肉で。

 お互いに、真正面から。

 がちぃん!! と音がした。

 金属音かと聞き間違うほどに、重厚に轟いた。 

 潰れる音ではなかった。

 拮抗する音であった。

 通信室から、ふたりの姿が消えていた。

 

 薬師丸法山が『それ』を覗き込んだ。

 この仮設基地、通信室は二階にあった。

 その通信室の床に、大穴が空いていた。

 無論、空いたのはたった今である。

 無論、空けたのはオリバと龍刃である。

 

 オリバと龍刃のぶつかり合ったパワーは、お互いの身体に留まることなく一瞬で部屋に広がり、建物全体に伝播した。

 ふたりの激突の衝撃、それを支えんとする踏み込みと踏ん張り。

 即ち衝撃の支点たる床はそのエネルギーに耐えきれずあっさりと崩壊。

 ふたりの身体は組み合ったまま垂直に一階へと落下したのである。

 

 

2.

 

 

 一階へと落ちてなお、オリバと龍刃の視線はお互いを捉えて離さない。

 そして、ふたりがとった行動は同じであった。

 手を、手で握った。

 手四つ──示し合わせたようにお互いに向き合い、握り合い、一歩も動かない。

 ふたりとも、身体が小刻みに震えている。

 龍刃は歯茎が軋むほど、歯を食いしばっていた。

 オリバは目を見開き、縫い合わせたようにピッタリと口を閉じ、力を込めるという行為に集中している。

 お互いの頭の高さは同じであった。

 全く等しい。 

 ふたりの頭を跨ぐ長さの定規を寝かせたら、そのまま水平になるだろう。

 ふたりの肉が、むり、むり……とゆっくり膨れ上がっていく。  

 血管が浮き上がっている。

 筋肉の隅々に力が行き渡り、筋張った皮膚が筋肉の隆起に追いつかず、ともすれば破れそうであった。

 

 互角。

 全くの互角。

 それは、大穴から華麗に降り立った薬師丸法山の眼にも、そう映った。

 

 均衡が崩れる。

 龍刃の足元の床に亀裂が入って陥没した。

 必然、龍刃は姿勢が崩れ──ない!

 なんと、獅子尾龍刃、足元が崩れてなお重心が微塵もズレていない。

 恐るべき体幹であった。

 しかし、物理的に沈んでしまい、身体の位置がオリバの下になったことは、怪力比較(ちからくらべ)においては意味が大きい。

 オリバは上から被さるように力を込めた。

 山のような量感が、倍の圧力となってかぶさってくる。

 龍刃の背筋が圧力を跳ね返さんとさらに盛り上がる。

 肩周りのシャツが、膨れ上がる筋肉に引き裂かれていった。

 太もものズボンも同様に裂けている。

 しかし、流石に足場が悪い。

 オリバの身体がゆっくりと、龍刃の身体を飲み込むように覆っていく。

 

「チイッ!」

 

 龍刃は仕方なく、戦法を変えた。

 オリバを、自分の上に持ち上げるように引き込んだ。

 そして、自分の身体をオリバの下に滑り込ませる。

 両者の位置関係が綺麗に上下に並んだ時、龍刃は左足をオリバの腹に向かって蹴り上げた。

 衝撃に、オリバの身体が宙に浮く。

 すかさず、掴んでいる両腕を、背後に放るように投げた。

 柔道の巴投げであった。

 ビスケット・オリバが地面と垂直に飛んでいく。

 そのまま背面から壁にぶつかり、それに止まらず砕き、飛んでいった。

 

「ふ、ふぅー……!」

 

 龍刃は身体を転がして立ち上がる。

 その際に、細く、小さく、息を入れておく。

 筋力を十全に発揮するために、息を止めていた。

 噛み締めすぎて、顎が歪んでいる。

 体力は相応に消耗し、何よりその身体が酸素を求めている。 

 この時、慌てて酸素を大量に取り込むのは愚策である。

 だから、龍刃は小さく細く、微かな酸素を肺に取り込んだ。

 細胞に力が入り、血流が整うのを全身で実感する。

 

 オリバは──

 

「フフフ、どうやら力ではチョッピリ、わたしの方が上のようだ」

「床ッ! 床が悪いッ!!」

「そこは同意するとも」

 

 なんともなく立ち上がって向かってきた。

 まるでダメージなどない。

 それどころか、力比べで勝った勝ったと、子供のような無邪気さで笑っているではないか。

 龍刃は悔しくなった。

 事実、悔しかった。

 おれは、負けてないぞ!?

 シンプルな負けず嫌いの情であったが、それだけに腹の底から素直に力が湧いてくる。

 

 間合いに入ると、オリバの右拳が飛ぶ。

 身体を大きく開いて、脇を開いて、身体を前傾に投げやっている。

 どうみても素人のパンチの打ち方だ。

 素人が、力任せにぶん殴っているだけだ。

 が──恐るべき拳であった。

 

「ッしゃあッッ!!!」

 

 だが、獅子尾龍刃は迫り来る拳を避けなかった。

 堂々と、そのパンチを胸で受け止めた。

 全身に力を入れ、床を強く噛み、歯を食いしばり──耐えた!

 オリバの前進も相まってか、一メートル近く身体が下がっていた。

 オリバがほう、と感嘆に息を漏らす。

 

 龍刃は伸び切ったオリバの腕を両手で掴んだ。

 左手は手首に、右腕は肩へ。

 そのまま左側に降って、全身の力を使って振り抜くように背負い投げる。

 オリバの腕も、肩も、あまりにも太すぎて却って掴みやすい。

 さしものオリバの身体も宙に浮いた。

 それは、柔道の山嵐であった。

 ただ、既存の山嵐とは違う。

 龍刃は地面に叩きつけるのではなく、オリバを壁に向かって放り投げたのだ。

 

 が、オリバを投げ切った瞬間、龍刃もまた宙に浮いていた。

 オリバが、龍刃の左手首を器用に握り返していた。

 結果として、龍刃の身体が自らの投げる力によって、飛んだのだ。

 そこから、空中のコンマ一秒。

 恐ろしいことが起こった。

 ビスケット・オリバが空中で、龍刃をぶん投げたのだ。

 空中で、である。

 足場がなく、踏み込めず、腰も十分に回せない。

 つまり、オリバは左腕の腕力だけで、一二五キロの龍刃を振り回したのである。

 

 化け物がッッ!!

 

 言いながら、

 あるいは思いながら、

 龍刃は笑っていた。

 

 ふたりが揃って壁を突き抜ける。

 また、屋敷そのものが大きく揺れた。

 

 

3.

 

 

 壁を砕いて相手をしていた。

 壁越しに。

 ビスケット・オリバが己の肉体で壁を突き破って、獅子尾龍刃の行く先に立ち塞がる。

 振り抜かれるフックが避けられると、それがまた壁を砕く。

 壁にめり込んだオリバの腕を、龍刃が「よりめりこめ!」とでも言うように思い切り殴りつける。

 オリバが多少なりによろつき、龍刃に背を向ける形になる。

 その大きな背中に、龍刃がタックルをかます。

 倒すためのタックルではなく、跳ね飛ばすためのタックルをだ。

 結果として、ふたりは壁を一緒に砕いて隣の部屋に飛び込む。

 

 こんなことが、ずっと続いていた。

 

 別の部屋に入るたびに、ほんの一瞬、龍刃はオリバを見失う。

 だが、次の動作──次の攻撃を迷うことはなかった。

 オリバは部屋に飛び込んだ瞬間は体勢を崩すものの、すぐさま立ち上がって、必ず龍刃の正面に立つからだ。

 身長にさほど差がないのだ。

 オリバのリーチは、龍刃のリーチとほとんど差はなかった。

 つまり、オリバが充分な攻撃を届けるための距離は、龍刃が充分な攻撃を届けられる位置であった。

 拳を振るう。

 真っ直ぐに。

 すると、見ていなくとも当たるのだ。

 オリバは、龍刃の攻撃を避けるような真似はしなかった。

 それは、己の肉体に対する、絶対の自信があるからだ。

 龍刃は、オリバの攻撃を避けたりしない。

 だから、オリバもまた、龍刃の攻撃を避けない。

 

 オリバの表情はけろりとしている。

 だが、徐々にだが流血し、ダメージは目に見えて累積し始めていた。

 それは、龍刃もそうである。

 

 この、巨大な肉の塊相手に、技は必要ない。

 正確にいうと、対人用に練られた技は必要がない。

 この筋量を前に、間接を瞬時に折ることなど不可能だ。

 だから、使えるとしたら絞め技ぐらいか。

 だが、絞める力を、このビスケット・オリバという筋肉は、正面から外してくるだろう。

 『巧遅は拙速にしかず』。

 薬師丸法山の言葉が、戦場で生きるために教えられたコツが、ここでもそっくりそのまま生きている。

 丁寧な技巧より、ありったけの力を、最も速いスピードで打ち込む。

 むろん、狙いは急所だ。

 だが、急所に当たらなくてもいい。

 獅子尾龍刃の渾身の一撃は、ビスケット・オリバをして無傷で抑えることはできなかった。

 オリバの固めた筋肉を撃ち抜く一撃──それを見舞えるほどの超筋力。

 それを叶えられるほど鍛え上げられた超人的肉体を、獅子尾龍刃は持っていた。

 

 アメリカでイチバン喧嘩が強い男。

 

 法山が言った時、オリバは否定しなかった。

 龍刃もそれに納得していた。

 対峙した瞬間、嫌と言うほどわかった。

 強い──。

 何もかもがめちゃくちゃだ。

 それは筋肉の量はもちろん。

 存在感が、

 存在の厚みが、

 おれは強いんだ、という自負が。

 だから、最初は、龍刃はオリバに対範馬勇次郎を想定した。

 悪い言い方をすれば、オリバを通して勇次郎を見ていた。

 勇次郎のための踏み台にしようと思ったのだ。

 この男に勝てなければ、なぜ範馬勇次郎に勝てるだろうか?

 そう思って、不退転の覚悟のつもりで法山に介錯まで願い出た。

 だが、いつのまにか、獅子尾龍刃はビスケット・オリバに夢中になっていた。

 筋力的には全くの五分だ。

 さっきのは床が悪い、本当のほんとうだ。

 だが、叩けど叩けど、この肉体は揺らがない。

 ワカるぞ。

 おれにはワカる。

 ビスケット・オリバ、決して、肉体の才能だけで、ここまできたわけではない。

 ビスケット・オリバは、自らの筋肉を愛しているのだろう。 

 だが、その愛を貫くために、さらなる愛を注ぐ何かがあるのだ。

 それが、

 愛する過去なのか──

 愛する人なのか──

 哀しい過去なのか──

 それとも、単なるワガママなのか──

 単なる負けず嫌いの延長なのか──?

 それは、龍刃には知る由もない。

 だが、ビスケット・オリバは間違いなく、自分の中に芯を持っている。

 自分が、範馬勇一郎と、力剛山への想いを秘めているように。

 強い相手と戦いたい。 

 だが、負けたくない。

 そういう気持ちを高めるために、いつの間にか、自分の中に棲みついた想い。

 負けそうになるたびに、『負けるな!』と励ましてくれる何か。

 ビスケット・オリバの筋肉は、そういうものに支えられて、できたんだと思った。

 そういう人間は、強い。

 表面的な強さではなく、本当に強い。

 

「──Mr.リュージン」

 

 オリバが言った。

 驚きと、少しの戸惑い。

 

「なぜ、笑って、泣いているのかね?」

 

 あんたを、尊敬しているからだよ。

 龍刃が、息も絶え絶えにやっと言う。

 オリバは、く、と笑った。

 くく、と笑いを堪えていた。

 

「キミは奇術師なのか? Mr.リュージン」

 

 ──?

 

「楽しいゼ」

 

 ああ、そうだな。

 おれも、楽しい。 

 あんたが好きだ。

 ミスター・オリバ。

 だから、思いっきりヤろう。

 

「オッシャあああああぁあッッ!!!!」

 

 ベトナムに来て、嫌気がさした。

 戦争というものに。

 あるいは、暴力というものに。

 それまで自分が身につけたものが、ひどく歪で、奇妙で、乱暴なものだと思った。

 

 だが、ベトナムに来たから、こうして、ビスケット・オリバなる傑物に出会えた。

 範馬勇次郎には未だ逢えていないものの、こんな怪物と、おれは語り合えている。

 

 おれの中の『おれ』が、歓喜を挙げていた。

 久しぶりの発露だった。

 

 

4.

 

 

「まるで怪獣映画だな、こりゃア」

 

 暴れ狂うふたりを遠巻きに見ながら、薬師丸法山はつぶやいた。

 己の肉体で、障害物を次々と破壊しながら、ふたりはふたりっきりの世界を満喫している。

 いい(かお)をしている、ふたりとも。

 今を生きているという実感を得ている。

 それは幸福に違いない。

 薬師丸法山は羨ましそうに息を吐いた。

 

 だが、ほどほどにしてもらわなければ、先に建物が倒壊しそうである。

 

「あんたもそう思わないか?」

 

 法山は斬馬刀を手に持ちながら、己の背後に語りかけた。

 

 そこに──『鬼』が立っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。