【本編完結】慟哭の龍【挿絵有り】   作:ロウシ

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第二話:団欒

 

0.

 

 キャプテン・“ゲリー“・ストライダム、範馬勇次郎について語る。

 (翻訳済み)

 

 

 男子の憧れだろう。

 範馬勇次郎を、ひと言で表すのなら。

 ン……『(オーガ)』ではないのか? だと?

 ハハ……オーガというのは、所詮、勇次郎を形容する言葉のひとつでしかない。

 わたしが、あえて、彼を言葉に()()()なら、それはもっと象徴的で、もっと抽象的になってしまうのだよ。

 言葉とは、なんと不自由なものか。

 勇次郎の存在は、言葉では(あらわ)せない。 

 あの漢の存在は、言葉を超えているのだ。

 国境も、人種も、歳も関係がない。

 ある意味、究極の平等をヒトに思い起こさせる。

 だからこそ言葉を無用とする『憧れ』であり。

 あるいは、『男子の尊厳』なのだ。

 

 範馬勇次郎というのは、この地上に存在するあらゆる男子の『憧れ』だと、容易に断じれる。

 

 あらゆる我を、腕力で押し通せてしまう。

 範馬勇次郎が力を解放(はな)ち続けるだけで、軍隊を壊滅させ、暴力以外のあらゆる力の『嘘』を暴き、我がアメリカに勝ってしまった漢なのだよ。

 だからか、不思議と──それ(憧れ)と口にしても、悔しくはないのだ。

 アメリカ人の、わたしがだ。

 遠巻きにでもいい──範馬勇次郎をその眼で見たならば、きっと、キミも納得してしまうだろう。

 純粋な強さの結晶。

 一切の不純物のない純粋極まる強さの集合体。

 その強さを振るうことを、一切躊躇しない暴力性。

 その双眸、貌の造り、纏う意識。

 全てが違うのだ。

 範馬勇次郎はヒトではない。

 なぜなら、範馬勇次郎という漢は、ヒトが文明社会で生きていく為に捨ててきた不合理の全てを、その身に兼ね備えているからなのだッ!!

 

 ヒトの歴史は効率化の歴史だ。

 それは、我々が戦争に用いる兵器を見るに明らかだろう。

 キミが、取材を重ねてきた武道家たち──

 彼らの扱う武術ですら、時代と共に効率化を図り、磨き上げることを史上の命題としているハズだ。

 肉体を、より楽に、効果的に行使する為には何が必要で、何が不要か研鑽を重ね、肉付けし、捨て続ける歴史。

 ふむ、それはそのままヒトの歴史を言い換える。

 ヒトの()()は、取捨選択の歴史とも言えるだろう。

 

 そこに、範馬勇次郎だ。

 そこで、範馬勇次郎だ。

 考えても見たまえ。

 範馬勇次郎のあの筋量。

 範馬勇次郎のあの腕力。

 宇宙が広がるように、際限なく強くなり続ける肉体を。

 ヒトが、効率化のために、肉体の休息を儲け──それ故に肉体の老朽化が避けられぬ現代社会において──老いることを最善とすることに逆らう肉体だ。 

 老いを捨て去るほどの超野生を、範馬勇次郎の肉体は備えているのだ。

 脳が、命の危機に瀕する困難に至って、初めて発揮される一〇〇パーセントの人間の力があるという。

 しかし、範馬勇次郎にとってはそれは日常なのだ。

 それを、いつ、何時も従える、超不自然的肉体の持ち主なのだよ。

 言ってしまえば、範馬勇次郎は人間が人間であるために捨てていったもの(歴史)が、寄り集まってできた漢なのだ。

 

 我々が、

 より便利で──

 より簡単で──

 より効率的なものを求め続ける限り!

 不可解で──

 不可能で──

 不可逆で──

 不文理なものを捨て続ける限り!

 範馬勇次郎は深みを増し、色濃くなり、強くなり続けるのだよ。

 

 ならば、誰が敵うというのかね?

 現代に生まれ──その恩恵を授かる人間の、雄の、誰が?

 父に、

 母に、

 兄に、

 姉に、

 従兄弟に、

 祖母に、

 祖父に、

 友に、

 師に愛され、育ったものたちの、誰が勇次郎に敵うと言うのだ?

 人間社会から不要とされるもの、全てを備える肉体。

 それを持って世界を脅かす『鬼神(オーガ)』こそ、範馬勇次郎なのだ。

 だから、わたしは範馬勇次郎に力を授けたものを、『神』ではなく『悪魔』と呼ぶのだよ。

 人間社会が繁栄を迎える為に捨てたもので、人間社会を脅かす範馬勇次郎の存在は地上に君臨する『神』であり、この世界の『秩序』そのものでさえある。

 範馬勇次郎の存在は、そこにあるだけで人間社会の脆弱性を笑い飛ばしているのだ。

 『お前たちが捨てたものを、お前たちが神と崇めるなんて……笑いが止まらねェ』

 きっと、勇次郎ならそう言うだろう。

 もっとも、そんなことを、勇次郎は考えたこともないだろうがね。

 それはきっと、力なき故に、力以外のもので世界に在らざるを得ない全ての男子にとって、一度はやって見たいことに違いない。

 だから『羨望』なのだ、範馬勇次郎は。

 

 わたしは神は信じない。

 いてもいいとは思うが、神の存在は信じない。

 神の存在に祈ることはあっても。

 神の奇跡に頼ることはない。

 戦場を知っているからね。

 戦場に、神は奇跡を与えてはくれないのを、知っているからね。

 

 しかし、わたしは範馬勇次郎は信じられる。

 

 範馬勇次郎こそが、この世界を笑い飛ばす、神にして悪魔だと確信しているよ。

 

 

1.

 

 

 対峙する。

 対峙している。

 範馬勇次郎と、獅子尾龍刃が。

 距離、およそ四メートル。

 まだだ。 

 まだ、お互いの間合いではない。

 いくら範馬勇次郎とて、拳を届けられない場所に、致命打は与えられない。

 それは、獅子尾龍刃もそうだ。

 

 獅子尾龍刃が詰めている。

 ゆさり、ゆさりと肩を上下に、ゆるやかに揺らしながら。

 範馬勇次郎は動かない。

 掲げた両腕は不気味な均衡を保ち、静止している。

 だが、髪が、内包しきれぬ闘気に揺らいでいる。

 

 二メートル。

 まだ、動かない。

 

 一メートル。

 まだ……?

 

「ちいっ!」

 

 先に動いたのは、獅子尾龍刃。

 左ジャブ。

 しかし、先に当てられたのは、獅子尾龍刃であった。

 範馬勇次郎の放った右回し蹴り。

 ジャブより後に放ったそれが、空気を焦がし、龍刃の左頬を叩いた。

 空気が遅れて破裂する。

 獅子尾龍刃の身体は揺らがない。

 並みであれば、貌の皮が剥がれ落ち、頭骨が砕ける勇次郎の蹴りを受けて、獅子尾龍刃は頬の古傷が開いただけであった。

 皮が裂け、血が滴る。

 薄く、細く。

 しかし、獅子尾龍刃はそれを気にしない。

 放った左拳を開いている。

 勇次郎の左側を顔を通り抜けたそれが、勇次郎の揺らぐ髪を掴んでいた。

 

「ぬうッ!」

 

 振り解かんと、勇次郎が龍刃の左腕を掴んだ瞬間、勇次郎の身体が大きく跳ぶ。

 足が大きく空に持ち上がり、天地が反転する。

 合気──

 勇次郎の天地上下がぴったり逆になる。

 宙空では姿勢もクソもない、重心もなにもない。

 隙だらけになる。

 しかし、龍刃の動きは追撃ではなく、右腕を頭上に寝かせる防御姿勢であった。

 そこに、示し合わせたように、範馬勇次郎の足が落ちてくる。

 なんと、範馬勇次郎。

 反転した勢いをそのままに、龍刃の頭上にカウンターの蹴りを打ち込んだのだ。

 それを、龍刃は予測していた。

 だから、勇次郎が蹴りを放った瞬間には、防御の姿勢であったのだ。

 がぎいっ! と音がする。

 鉄を、鉄で叩き合い、擦ったような音だった。

 龍刃は勇次郎の髪を離し、蹴りの反動で宙を飛ぶ勇次郎は、両足で軽やかに着地した。

 音が、全くなかった。

 

 ず、と勇次郎が顔を上げる、胸を張っている。

 獅子尾龍刃は、真っ直ぐに、勇次郎を見据えていた。

 

 沈黙。

 お互いに、何も喋らない。

 見つめあって、時だけが経つ。

 傍目で見ているストライダムは、いつしか拳を握りしめていた。

 じわりと、指先に汗が滴っている。

 

 ふ、と息を吐き、龍刃が構えを解いた。

 首を仰ぎ、空に視線をやり、軽く跳ね、肩を上下させている。

 

「やっぱダメだなあ、こういうのは、おれには合わねェや」

 

 範馬勇次郎を見る。

 その身体、その視線から、鋭い緊張感が消えていた。

 岩のようだったごりごりとする圧力は消え、その代わりに、愛嬌のある柔らかい笑みを浮かべていた。

 

「勇次郎」  

 

 言った。

 勇次郎は、口を結び、口角をわずかに上げて、笑っている。

 

「付き合ってくれねえかい?」

 

 左頬を擦り、流れる血が止まったことを確かめながら、飲みの誘いでもするかのような、爽やかな口調であった。

 少し、気恥ずかしさも混ざっているか。

 ストライダムは呆気に取られていた。

 勇次郎は……

 

「クスッ……!」

 

 身体を震わせて、笑い出した。

 

「クス、クスッ……獅子尾龍刃よ」

「なんだい?」

「キサマがあのままだったら──叩き殺してやるところだった」

「ワルいね。緊張してたンだよ、おれも」

「いいだろう」

 

 鼻を鳴らし、勇次郎が言う。

 どことなく上機嫌……?

 勇次郎は前に向かって歩き出した。

 ゆるり、ゆるりと、陽炎のような歩みである。

 何かの技か!?

 ストライダムが凝視する。

 そして、気づく。

 

 獅子尾龍刃もまた、勇次郎に向かって歩き出していた、と。

 

 ふたりは、緩やかに近づいた。

 ふたりとも、笑顔だった。

 挑発的で、大胆で、色気があり、楽しそうで──

 しかし、お互いが発する闘気が、密接に絡み合い、狭間にある空間も時間も歪めているのがわかった。

 ストライダムは、もし、自分が軍人でなければ、すぐにでも歯を打ち鳴らして膝を屈し、頭を庇って泣き叫びたい気持ちであった。

 

 勇次郎が、前進を止めた。

 獅子尾龍刃は、歩幅を小さくして、まだ距離を詰めている。

 勇次郎が、大きく振りかぶった。

 腰を捻っている。右拳を溜めている。

 龍刃に、ほとんど背中を見せるほどに反り返り、顔だけを、その異常発達した肩越し背中越しに覗かせていた。

 

 次の瞬間、信じられないことが起こった。

 少なくとも、ストライダムにとっては。

 

 勇次郎は、そのまま右拳を振り抜いた。

 すると、獅子尾龍刃は大きく勇次郎に向かって踏み込み、左ストレートをぶちかましたのだ。

 後出しにも関わらず、速かった。

 これは、勇次郎の拳が、大きく振りかぶることによって曲線を描き、対する龍刃のパンチは踏み込んだ上に真っ直ぐ伸びたことによる。

 

 恐ろしいのは、両者共に、その動きを一瞬でやってのけたこと。

 恐ろしいのは、ほとんど密着に近い距離まで身体も、足の位置も、貌の位置さえ近づけているのに、お互いに攻撃を躱したことである。

 お互いに、伸ばした手を引く──

 それが、そのまま返しの手による攻撃につながっている。

 また、当たらない。

 突く。

 当たらない。

 打つ。

 当たらない。

 蹴る、当たらない。

 拳、

 拳、

 肘、

 脚、

 拳、

 脚、

 膝、 

 頭、

 拳……

 

 当たらない。

 当たらない、何ひとつ。

 お互い、向き合っている。 

 顔は、キスできるほどの距離にある。

 恋人に甘い言葉を囁く時の距離である。

 ふたりは、拳を振り切っている。 

 この距離で、蹴りさえ出している。

 だが、お互い一発も当たらない。

 恐ろしい拳打が、空を切る音が響く。

 その拳が、足が持つ速度と破壊力は、ストライダムにさえ届いている。 

 だが──当たらない。

 当たらないのだ、お互いに。

 インファイトにおける常識──動きにくい腹や脚、四肢の末端ではなく付け根を狙うことさえ、ふたりはやっているように見える。

 だが、当たらない。

 寸止めなどしない、全てを振り抜いている。

 それを、躱しているのだ、あのふたりは……ッ!!

 

 まるで、ひとり稽古であった。

 空に向かって、虚に向かって。

 相手を、敵を想像し、そこに向かって打ち込み、躱す練習をする。

 独闘、いやこれは違う。

 勇次郎と龍刃は、息を合わせて踊っているようであった。

 

 ──何が起こっているんだ!?

 

 ストライダムが目を見開く。

 勇次郎が手を抜いている?

 それはあり得るだろう。

 だが、それでは獅子尾龍刃は!?

 オーガに対し、ここまでたったの一発もクリーンヒットを許していない、あのタフガイは!?

 

 その表情は、相変わらず笑っていた。

 真剣な顔で、笑っていたのだ。

 

 拳と、拳がかち合う。

 ドン!! と音がする。

 とても人間の拳がぶつかった音ではない。

 爆発物そのものだ。

 その衝撃波に当てられて、ストライダムの帽子がふわりと浮き上がり、地面に落ちた。

 

 ふたりが拳を引き、

 

「ちえ」

 

 と言ったのは、獅子尾龍刃であった。

 

「いっぱつぐらいは、当たると思ったんだけどなあ……」

「フフ……親切なことだ。キサマの拳はどこを狙い、どの程度深く当てるつもりか、全て教えてくれる……そんな軟弱な拳になぞに、むざむざ当たりにいく阿呆はおらん」

「でも、下手にフェイント入れたら、おれが混乱するんだよね」

「阿呆かキサマッ」

「アホはねぇだろアホは! 慣れねぇこたあしたかないだけだよ!」

 

 ん……?

 と、ストライダムが違和感を覚えたのは、この時からであった。

 

 なんか……違うくないか?

 このふたり……?

 戦い……の、最中なのだよな、これは。

 この軽口の叩き合い、これではまるで……

 

「うわ、まだおまえの髪の毛が手についてた! なんだこれうねってて気持ち悪ィ……!!」

「…………」

「なんか言えよ、なんか」

「フン、減らず口を」

 

 まるで、これでは……

 

「よし、やっぱカッコつけて躱しながらぶん殴るのは、おれっぽくない」

「アホウが、己のことぐらいわきまえておけ」

「じゃあ、まっすぐいくぜ」

最初(ハナ)っからそれでこい、獅子尾龍刃ッ」

 

 龍刃は、ぐ、と腹に息を入れて、眼に力を漲らせた。

 そして、また、真っ直ぐ勇次郎に向かって歩きだす。

 勇次郎もまた、両腕を持ち上げて、軽く腰を落とし、待ち構える。

 

 ふ、と龍刃の姿が消える。

 下──ッ!!

 

 龍刃の神速のタックルに合わせて、勇次郎は脚を持ち上げていた。

 右の踵落とし。

 勇次郎の十八番である。

 が、龍刃は、なんと、踵落としの軌道に向かって速度を増して、身体を持ち上げた。

 必然、勇次郎の踵は打点がズレる。

 龍刃の額に、加速が乗り切る前に当たった。

 

「ぐおおっ」

 

 それでも、不完全な踵落としで龍刃の分厚い額が割れる。

 血がだらりと流れた。

 だが、龍刃は止まらない。

 

「チイッ!」

 

 勇次郎は身体を持ち上げられていた。

 両脚が地面から剥がされ、そのままだと仰向けに倒れてマウントポジションに移行される。

 左膝を、龍刃の顎に向かって打つ。

 が、それを、龍刃は胸筋で受け止めた。

 身体が密着しすぎていて膝を捩じ込む隙間がない。勇次郎の左膝の軌道上に、龍刃の分厚い腹筋と胸筋があったのだ。

 

「フン」

 

 勇次郎は自ら背を海老反りにし、勢いを持たせて翻った。

 地面に、両腕を先に着地させる。

 そのまま腕で地面を掴み、さらに下半身を加速させ、振り回す。

 龍刃の身体が遠心力に従って勇次郎から離れ、宙に飛んだ。

 宙空でぐるりと半回転し、両足から着地する。

 顔を上げる。

 勇次郎がいない。

 ガシッと、龍刃の足が払われた。

 

 慌てて下を見ると、勇次郎がいる。

 膝を曲げ、腰を落とし、打ち終わった姿勢と伸ばされた左足から、龍刃は何をされたかを悟る。

 

 勇次郎がやったのは足払いであった。

 伸ばした踵で相手の足を祓うように回す蹴り。

 中国拳法でいうところの後掃腿であり。

 プロレスでいうところの、久隅公平が得意とする、水面蹴りであった。

 

 やろォ、おれにプロレス技をッッ!!

 

 仰向けに倒れる龍刃の視線の先に、勇次郎の上体がぬうっと顔を出す。

 その右手が拳に固められ、十分に引かれていた。

 

「ヤッベェ〜……」

 

 勇次郎は躊躇なく下段突きを放った。

 獅子尾龍刃の顔に向かって、である。

 それに対し、龍刃がやったことは、拳に向かっていくことであった。

 躱せないからだ。

 これは、中途半端に首を捻って掠めさせれば、そのまま肉と皮膚を削ぎ落としていく。

 ベストな打点でもらえば、一発で脳が揺れる。

 脳が揺れればその時点で勝負ありだ。

 避ける動きは愚行。 

 ただもらうのも愚行だ。

 ならば、迎え打つ!

 だから、龍刃は首と背筋に筋力を総動員させ、額に意識を総動員させ、自ら向かっていったのである。

 当然、拮抗するはずもなく、龍刃の頭は勇次郎のパンチに押されるように地面に落ちた。

 が、落ちた瞬間の技後硬直。

 龍刃の足が勇次郎の腕を遡っていた。

 三角絞め。

 勇次郎の腕が、手首が、龍刃の腕に締め上げられ、その太い足が勇次郎の首に向かって伸びている。

 勇次郎が素早く腕を捻る。

 すると、三角絞めが不可と悟った龍刃は、勇次郎の手首をねじるように回した。 

 回転の、関節の法則に従って、勇次郎の身体が前におよぐ。

 が、踏みとどまる。

 

「ヌウッ!」

 

 勇次郎が全身に力を込めた。

 まるで鋼であった。

 だから、龍刃にはこれ以上、瞬間的に関節を伸ばすことができなかったのだ。

 だから手を離した。

 ここで関節に執着すれば、それはそのまま隙となる。

 立て直された姿勢から、回避不可能のパンチか、きんたまを握り潰さんとする手が飛んでくるのはわかりきっていた。

 

 転がる。

 距離が離れる。

 龍刃が立ち上がる。

 勇次郎が立ち上がる。

 

 ストライダムは、やっと、息を吐くことを思い出した。

 

 なんという攻防か。

 ストライダムが驚いたのは、龍刃のパワーやスピード、テクニックやタフさではない。

 勇次郎と、ちゃんとした攻防が成立していることに驚いているのである。

 勇次郎の戦いといえば、大抵、ジャブにもみたないパンチや蹴りで終わってしまう。

 しかし、獅子尾龍刃。

 勇次郎と殴り合いができるのだ。

 勇次郎と、何手も攻防のやりとりを重ねることができるのだ。

 これは、純粋に地力が近くなければ不可能なこと。

 

 獅子尾龍刃──

 

 もとは、ストライダムもその名を知っている。

 ベトナム戦争で、オーガと同じく素手で戦火を駆け回る日本人がいる、と聞いていた。

 あの薬師丸法山とコンビを組み。

 あのビスケット・オリバと互角に渡り合ったと言われていた。

 

 実在していたとは。

 

 しかも、勇次郎の父──先代の『(ONI)』に師事していたとは。

 

 ストライダムは無意識に唾を飲み込んだ。

 

 それを合図としたか。

 無意識下で、鬼と龍の呼吸は阿吽であったのか。

 鬼と龍は向かい合い、お互いを見つめて、再び拳を振るいあった。

 

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