【本編完結】慟哭の龍【挿絵有り】   作:ロウシ

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一回戦第三試合:猪狩完至vsマホメド・アライJr.
第一話:因果


 

0.

 

 

 一九七六年。

 『世紀の凡戦』と呼ばれた格闘(たたかい)があった。

 ボクシング世界ヘヴィ級チャンピオン、マホメド・アライvsプロレスラーアントニオ猪狩の異種格闘技戦である。

 

 現役のボクシング世界ヘビィ級王者。

 つまり、当時の世界でいちばん殴り合いの強い男に、プロレスリングが立ち向かう──

 それは、宣伝のために来日していたアライが、帰りの便に乗ろうとする直前に端を発する。

 空港で、日本にお別れを告げるアライを囲む取材陣を割って、大男が現れた。

 身長一九〇センチメートル。

 体重は一〇〇キログラム。

 特徴的な長い顎と、切れ目の鋭い視線。

 その大男こそが、アントニオ猪狩──猪狩完至である。

 戸惑うアライと彼のボディガード、マネージャーたちを前に、猪狩はその場でアライに挑戦状を叩きつけたのだ。

 アライ陣営は困惑した。

 この当時、アントニオ猪狩は日本では著名なプロレスラーだったが、世界的名声は皆無だったからだ。

 この時期の世界的日本人プロレスラーといえば、アメリカに本拠地を置くマウント斗羽であり、アメリカにおける猪狩との知名度の差は雲泥であった。

 当然、アライ陣営は当初、この提案を突っぱねた。

 スケジュールの都合を理由に早足に立ち去り、ホテルに帰ってソファにもたれ、悠々と猪狩の挑戦状を読み上げたアライ陣営は、その『プロレス』っぷりを一笑に付した。

 笑いながら、感心していた。

 アントニオ猪狩は、とんでもない『プロレス』ラーだと、誰もが──アライ本人でさえ確信して、笑っていた。

 アライはプロレスが好きであった。

 本場アメリカの、華やかで騒がしく、仰々しく楽しいプロレスが大好きであった。

 個人的に親交があるレスラーも多かった。

 世界的に無名の日本人レスラーが、マホメド・アライに真剣勝負(プロレスショー)を挑むという構図。

 実に、プロレス的ではないか。

 

 おもしろい──

 

 と、アライは思っていた。

 すぐさま日本に、アントニオ猪狩の団体へ返信した。

 OKと。

 二つ返事である。

 この戦いが真剣勝負であれば、勝っても負けてもマホメド・アライには何のメリットもない。

 それどころか、無名のプロレスラーにボクシング世界ヘビィ級王者が負けるとなれば、アライの名声どころかボクシングの威信が地に堕ちるのは確実である。

 アライは選手生命どころか、本当に意味で命の危険を招きかねない。

 しかし──所詮はプロレス・ショーだ。

 タカを括っていた。

 もちろん、アライは負ける気はなかったし、プロレスとなれば勝ち役(ヒーロー)は譲れない。

 しかし、億万が一に負けたとしても、後日にマスコミを集めて『あれはプロレス(ショー)だった』とひとこと発すればいいだけである。

 アライと、アライのマネージャーたちは楽観していた。

 

 しかし、時期を過ぎるにつれ、その能天気さは鳴りを顰めることとなる。

 

 東京で開かれた記者会見。

 そこで、アライは改めてアントニオ猪狩と対面した。

 そして、すぐに理解(わか)った。

 戸惑いを一瞬で沈め、アライは認識を改めた。

 本気だ。

 これは、真剣勝負(ガチ)だと。

 アントニオ猪狩は、本当の本気で、マホメド・アライとの真剣勝負を望んでいるのだと。

 

 会見を終えて、アライのマネージャーたちは今更慌て出した。

 話が違う。

 プロレスではなく真剣勝負となれば、まず、勝負の土俵に上がった時点で、アライ陣営が犠牲にしなければならないものが多すぎる。

 異種格闘技戦など、もちろんアライには経験がない。

 アライどころか、近代プロボクシングにすら、その経験が無いのだ。

 前代未聞の場に立たされていることに、アライ陣営はようやく気付かされた。

 そこが、アントニオ猪狩の恐ろしいところであった。

 すでに、アライ陣営は猪狩の挑戦に『OK』を返していたし、その音声テープは猪狩陣営がマスコミにリークしていた。

 今、この対決を、アライ陣営から“無かったこと“にすれば、アライが──プロボクシング世界ヘビィ級王者が──売られたケンカから、土壇場で逃げたことになる。

 全世界から顰蹙を買うことが避けられない。

 状況は、もはや個人対個人ではなく、無名のレスラーとプロボクシングのメンツに関わる話にすげ変わっていた。

 自分たちが、もはや猪狩の『プロレス』にハメられていることに、どこにも逃げ場がないことに、アライと、アライ陣営はようやく気づいたのだった。

 

 しかして、アライの本格的なトレーニングは開始(はじ)まった。

 試合当日の時差ボケを防ぐために、急遽、東京のホテルに長期滞在の契約を交わした。  

 東京のボクシングジムに出て、防衛戦の時と、なんら変わらぬハード・トレーニングをこなしていく。

 スケジュールの合間を縫って行われる、アライのマネージャーたちによる猪狩陣営への示談交渉などよそに、アライもまた、真剣に勝ちに行っていた。

 その入れ込み用は、プロボクサーたるマホメド・アライの真摯さそのものであった。

 

 そうして、あくる日。

 近代格闘技で初めての『異種格闘技戦』が行われたのである。

 

 そして、その内容こそ『世紀の凡戦』と世界で非難され、アライは名声を失い、猪狩はそれに増して多額の借金を抱え、両者痛み分けと呼ぶには、あまりにも悲惨な結末を辿る。

 

 同時に、その戦いこそ、近代の格闘技界の意識を根底から大きく変える、特異点になったのであった。

 

 

1.

 

 

 鋭い風切り音であった。

 その男がパンチを繰り出すたびに、和紙にカミソリを走らせたような音がしている。

 男が繰り出すものは、全て、拳である。

 蹴りはない。

 かといって、下半身が動いていないわけではない。

 その男の足は、床を、まるで滑るように動いている。

 舞のようであった。

 尋常ならざる体捌きである。

 男の身体を巡る力の流れに、一点の澱みもない。

 拳──つまり手である。

 足の裏──つまり、足である。

 人体で最も離れたこの二点間に、力を伝えることになんら引っ掛かりがないのである。

 パンチ一発一発に、しっかり腰が入っている。

 男の舞いは、美しかった。

 だから、地下闘技場の、選手控室にいる多くの格闘士たちの注目を集めていた。

 自然と、目が惹かれるのである。

 美しい。

 あまりにも。

 

 軽やかに舞うその男は、マホメド・アライJr.であった。

 

 加藤清澄も、そこにいた。

 アライJr.の繰り出す拳の、舞の美しさに見惚れている。

 マホメド・アライ──

 この世界で、格闘士を志す男ならば、知らぬものはいない。

 元ボクシングヘビィ級統一王者。

 『ザ・グレイテスト(史上最高)』と謳われ、二〇世紀最高のスポーツ・マンとも呼ばれ、名実共に史上最強のボクサー候補である。

 その名声は格闘業界に留まらず、格闘士たちはおろか、スポーツと縁遠い一般人の間にもよく知られ、格闘士たちからは現人神とまで讃えられている存在だ。

 しかし、晩年の今は難病に冒され、自宅に篭って闘病生活を送っているとされている。

 

 瓜二つだ。

 と、加藤は思う。

 加藤は、マホメド・アライの現役を知るわけではない。 

 彼が社会に齎した、真実の尊さを実感しているわけではない。

 姿や動きに対する知識は、試合のビデオを何度か観た程度しかない。

 だが、そのたった何度かの視聴で、強烈に脳裏に焼きついたのが、マホメド・アライの試合であった。

 その、加藤の脳裏に浮かぶ、リングの上のマホメド・アライと、目の前のアライJr.の姿がピッタリ重なっているのだ。

 

 す、と、加藤の隣に立つ男がいた。

 加藤がちら、と視線をやる。

 範馬刃牙だった。

 

「スゴいっスね」

 

 淡々とした声で、刃牙は言った。

 視線をアライJr.に戻して、加藤はああ、と頷いた。

 

「これが、ウォーム・アップだってんだからよ……」

「……ところで加藤さん。あのおっきな人は?」 

「ン? オッサンかァ?」

 

 獅子尾龍刃のことである。

 加藤はけ、と顔を顰めた。

 

「オッサン、猪狩ンとこに行ってるよ。なんでも猪狩と斗羽とは古いダチらしくて、つまんねえ話しかしねえからって、おれはほっぽり出されちまった」

 

 次の試合が、このマホメド・アライJr.対アントニオ猪狩である。

 獅子尾龍刃は、試合前に斗羽と猪狩と話をすると言い、その間は、どうせなら相手を見てきたら良いよと半ば強引に加藤に席を外させたのだった。

 蚊帳の外に置かれて居心地が悪くなり、加藤は言われるがままにアライJr.のいる方に立ち寄り、そして、そのウォーム・アップに見惚れていたところなのだ。

 

「そうなんですね……」

 

 刃牙の言葉は硬かった。

 強張りがあった。

 何かを気にしているような風である。

 加藤は怪訝に目を細めた。

 

「どうしたよ刃牙。まさか、オッサンにビビってんじゃねーだろうな?」

「……うーん、ビビってるとは違うンですよね、これ。たぶん」

 

 刃牙は、目線を斜め下に投げやった。

 納得のいかないモヤを胸に溜めている。

 それが、ひと目でわかる仕草である。

 

「そもそもあのヒト、獅子尾龍刃さん? 加藤さんの師匠なんですよね?」

「ばっ! ……ち、ちげーよバカ! 弟子入りしたんじゃなくて、おれは、トーナメントで勝つために、あのオッサンの秘伝の技を盗んでやろうかってだな……」

「はいはい」

 

 クスクスと、刃牙は小さく笑った。

 加藤はなんだか恥ずかしくなって、むぐ、と口を縛った。

 

「そういや、オッサンも昔は闘技場(ここ)で何度かヤってたそうだぜ。刃牙ィ、おめェチャンピオンなんだから、なんか知らねーのか?」

「加藤さん。ハズカシイ話だけど、おれは愚地館長が地下闘技場の正選手だったコトも知らなかったんですよ」

「あー……まあ、そうだよな」

 

 範馬刃牙が地下闘技場のチャンピオンになったのは、二年前だ。

 愚地独歩や獅子尾龍刃たちが現役だった頃とは、比べものにならないほど最近である。

 

「で、オッサンに何の用なんだ?」

「……わかんないです」

「ハァ?」

「わかんないんですけど、おれ、なんか、あのヒトのこと、知ってるような気がして……」

「なんじゃそら」

 

 刃牙は、言葉と共に顔を沈める。

 これ以上この話をしてもしょうがないと受け取った加藤は、む、と顔を上げて話題を変えた。

 

「しっかしよぉ。これが戦うための動きっつーんだから、おれはよくわかンねェぜ」

 

 アライは、黙々と、しなやかに手足を動かしていた。

 口から細かい息が漏れている。

 全身で汗をかいていた。

 ウォーム・アップにしてはやりすぎに見える。

 

「加藤さん」

 

 刃牙が言った。

 その眼が、マホメド・アライを捉えている。

 

「極まったボクサーは、みんな()()ですよ」

 

 刃牙の経験則からくる話であった。

 地下闘技場で、二年、刃牙は無敗を貫くチャンピオンなのである。

 ここに集う格闘士たちを見るに、その道が全戦快勝とはいかなかったことは、加藤にも容易に想像がつく。

 

「アライJr.選手、お時間です」

 

 闘技場のスタッフに呼び止められ、ようやくアライは手を止めた。

 身体が茹で上がっている。

 

「オーライ……」

 

 タオルで顔を拭き、汗とともに何かを拭い去り、清々しい眼を露わにして、アライJr.は言った。

 

 

2.

 

 

「合縁奇縁てヤツだね」

 

 そう言ったのは、獅子尾龍刃である。

 猪狩完至に対しての言葉であった。

 猪狩と、斗羽と、龍刃が向かい合っていた。

 猪狩はレスリングパンツにガウンを羽織り、タオルを首にかけている。

 ほどよく汗をかいており、身体がほんのりと熱持っていた。

 リザーバーである斗羽は、無地のT-シャツと長ズボン、肩にタオルを巻いて、葉巻を噛んでいる。

 比較的ラフな格好であった。

 獅子尾龍刃も、無地のT-シャツに、紺色のジャージのズボンである。

 彼らから三歩下がった場所に、石像のように固まって、猪狩の付き人である久隅公平が立っていた。

 

()()()()()、リュウさん」

 

 したり顔で、猪狩が言う。

 あれ、と龍刃は目を丸くした。

 いち早く事情を察した斗羽が、葉巻を咥えたまま、ニヤリと笑っている。

 斗羽に遅れること二拍。

 あ、と龍刃は声を上げる。

 

「そういうことかあ……」

「ええ、モチロンですよ。なんせ、おれはプロレスラーですから、お客さんたちを盛り上げるのが仕事ですからね」

 

 猪狩が笑う。

 口角が持ち上がり、眼が上づり、まるで光を発するような、快活な顔である。

 実に、アントニオ猪狩な顔だ。

 アライJr.vsアントニオ猪狩。

 一回戦にしては豪華すぎ、因縁を感じずにはいられないこのマッチメイクは偶然では無い。

 全て、事前に、猪狩が徳川光成に申し出て、決まっていたことなのだ。

 

「猪狩よう、さすがだぜ」

 

 獅子尾龍刃が笑っている。

 彼の肩が震えるに従い、顔に刻まれた深い皺と、悍ましい刀疵が、ぴくぴくと震えていた。

 だと言うのに、まるで幼子のような無邪気さで溢れている。

 裏表のない表情だ。

 その顔を見る、猪狩と斗羽には、

 ──変わらないな、この人は。

 という想いが共通している。

 

「あれから二〇年……二〇年だっけ?」

「だいたい、そんなところですね」

 

 獅子尾龍刃が指を折りたたんで年数を数え、浮かんだ疑問符を斗羽がフォローした。

 

「『世紀の凡戦』から二〇年! 神の子(アライを継ぐ男)に、アントニオ猪狩がどう進化していて──どう勝つのか」

 

 ニィ、と龍刃は笑う。

 先ほどまでの無邪気さと打って変わって、企みを孕んだカタチであった。

 

「しかと、この眼で見させてもらうゼ」

 

 斗羽と龍刃が、猪狩の背中を叩いた。

 あの時はいなかった同輩に見送られ、アントニオ猪狩は歩み出した。

 

 

3.

 

 

 観客たちの興奮は青天井であった。

 闘技場がざわめいていた。

 アライJr.vsアントニオ猪狩──

 この一戦こそ、観客たちの認識として、一回戦の中で最も興味を惹かれるものだったからだ。

 また、この一戦に至る因果の道筋を、人それぞれに妄想するのに忙しかったからである。

 

 刃牙と加藤が、猪狩の側の通路に出ていた。

 すでに、猪狩とアライJr.は闘技場の中だ。

 ふたりの目の前で、久隅公平が、猪狩からガウンとタオルを受け取っている。

 

「刃牙、どう思うよ」

「……やっぱり、()()ですよ」

「……やっぱり、()()だよな」

 

 ふたりにとって──いや、この戦いに因果を見出すものにとって、固有名詞はいらない。

 アレとはつまり、『猪狩アライ状態』のことである。

 立技格闘技に対して、組技格闘技が生み出した、恐るべき技のことだ。

 その技とは、組技格闘家が、立技格闘家の前で、仰向けに寝転がることである。

 その名の通り、マホメド・アライvsアントニオ猪狩の異種格闘技戦で、苦肉の策で猪狩が生み出した状態のことであり、あの死闘を『世紀の凡戦』と決定づけた状態だ。

 

 その状態、一見、組技格闘家の不利極まる体勢に思えるが、その実情は大きく異なる。

 立技格闘技──特に、拳で相手の前面のみを叩き合うボクシングでは──寝転ぶ相手に対して、どういう攻撃をすればいいのかわからないのである。

 寝転ぶと、当然、相手の身体、特に胴体の位置が極端に低くなる。

 足は最初から狙えない。

 ボディブローは到底不可能だ。

 となれば、狙いは顔しかない。

 しかし、正面から顔に向けて打つにせよ、距離が遠い。

 ボクシングに限らず、立技格闘技はその競技の必然性故に、相手の正面以外の有効打がなくなるために、フットワークは意味をなさなくなり、また、相手が仰向けに寝ているのだから、自身に向けて伸ばされた足が射程距離を、さらに一段と遠くしている。

 そして、極め付けが、相手は寝ながらでもローキックは打てるのだ。

 そうやって牽制されれば、なおのこと立技格闘技では踏み込めなくなる。

 アライvs猪狩では、猪狩が苦し紛れに放ち続けたローキックによって、試合終了後にアライの脛は、倍の太さに腫れ上がっていたとも言われている。

 

 この革新的技術を覆すべく、一九七六年のあの夜から、異種格闘技を目指す各々の格闘技、武術家たちは解法の発見への腐心を余儀なくされる。 

 しかし、アレから二〇年経過した現在においても、マニュアル的な打開策は生まれていない。

 

 もちろん、これは組技格闘家の相手が、立技格闘技のみをやっている場合である。

 例えば、範馬刃牙や宮沢熹一クラスの寝技の使い手であるならば、相手が寝転んだところで大したアドバンテージにはならない。

 

 つまるところ、総合格闘技をヤろうとする場合、格闘士たちには柔術ないし柔道のワザが必須事項だったのである。

 

「ってコトはよォ、やっぱり、猪狩のヤロウは……」

「まあ、間違いなくヤるだろうね」

 

 加藤の言葉を紡いだのは、獅子尾龍刃であった。

 背後から、斗羽正平と並んで現れた。

 

「オッサン」

「……あなたが、獅子尾さん……」

 

 ん、と獅子尾龍刃は刃牙を見下ろした。

 刃牙は、その瞬間、妙に眼をとろけさせていた。

 不思議な情感が、心底から湧き上がっているようだった。

 

「やあ、初めましてグランド・チャンピオン」

 

 獅子尾龍刃は刃牙の戸惑いをあっさり受け止めて、優雅にお辞儀をして見せた。

 刃牙が言葉をつまらせて、あ……と頭を掻いた。

 

「ここで見学してもいいかな?」

「はい、モチロンです」

 

 龍刃が聞くと、刃牙は二つ返事で返す。

 にこりと龍刃が笑って前に出て、刃牙の隣に並んだ。

 

「…………」

「ふふ、猪狩のヤツ、楽しくてしょうがないってツラしてるぜ」

「そりゃあそうでしょう。お客さんの盛り上がり、半端じゃないですからね。猪狩のことですから、ここまで全て、絵図の通りでしょう」

「おっそろしい男になったなァ」

「ええ、実に、力剛山先生っぽいですよね」

 

 アントニオ猪狩の、プロレスラーとしての才能。

 人嫌いの激しい力剛山が見込んだカリスマは、この客の盛り上がりを聞くに、見込み以上であったと思い知らされる。

 

「あれ? オッサン。オッサンて、元々プロレスやってたのかよッ!?」

「話してなかったっけ? そうだよ。おれ、元々は力剛山先生の下でプロレスラーやってたンだ」

「聞いてねーよッ!? ……それが、な、なンで柔道に?」

「あ──、それはね……」

 

 龍刃の言葉は途切れた。

 正確には、観客の絶叫の渦に飲み込まれて、音が届かなくなったのだ。

 

 闘技場に、四人の視線が集まる。

 

 視線の先、戦闘開始からわずか五秒。

 アライJr.が圧倒的な速射砲(フラッシュ・パンチ)の嵐を叩き込み、アントニオ猪狩をダウンさせていた。

 

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