【本編完結】慟哭の龍【挿絵有り】   作:ロウシ

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第二話:妙手

 

0.

 

 

 “大物喰い(ジャイアント・キラー)''金田末吉、本部以蔵との出稽古での体験について語る。

 

 

 本部以蔵対葛城無門ですかね。

 最大トーナメントで、わたしが好きな試合を選ぶなら。

 ベスト・バウトを選べ……って言われたら、そりゃあ迷っちゃいますけど、好きな試合をひとつ挙げてみろって言われたら……うん。やっぱり、本部以蔵対葛城無門ですかね。

 無礼を承知で言いますけど、本部先生って、凡夫の側じゃないですか。

 いや、そりゃあもちろん、わたしみたいな本当に『並の並』な人と比べたら、才能はある方ですよ。

 ここで言う天才っていうのは、例えば、範馬刃牙や十鬼蛇王馬……加納アギトやロロン・ドネアとか。とにかくまあ、この世界で天井にいる人たちのことです。

 その人たちに比べたら、わたしはもちろん、本部先生や愚地先生なんかは、努力の人なんですよね、実は。

 

 で、わたし、少し前に、本部先生のところに出稽古に行ってましてね。

 不思議なことじゃないですよ。

 わたしの扱う武術──紅人(くじん)流って、元は甲冑を着けた武者を倒すための、武器術なんですよ。

 もちろん徒手格闘にも対応していて、その場合は組手甲冑術ってやつでして、この辺の組み打ちの術理って、遡っていくと、大体柔術に行き当たるんです。

 ざっくり言うと、柔術って戦国時代に合戦に出た武者たちが使ってたものが源流なんです。

 矢尽きて刀折れたなら手で。

 手を失ったら、脚で。

 脚が折れたら歯を使ってでも相手を殺すっていう、正真正銘の全局面闘争術が、柔術なんですよ。

 だから、本当は()()()()()()()って、徒手格闘と並行して、刀や槍や弓に手裏剣術、馬術に鎖鎌、その他忍術に至るまで、武器術全般を修得することをいうんです。

 毒物を扱う流派なんかもあったりしますね。

 びっくりするでしょう?

 武士って、ドラマとかマンガのおかげで、刀ばっかり使って斬り合うイメージが、どうしても強いでしょう?

 でも、本当は、戦場でやるべきことは、なんでもできたんですよ。

 ほら、超メジャーな剣術の柳生新陰流だって、刀以外にも弓術や手裏剣術や馬術も組み込まれてるじゃないですか。

 そして、柳生だって、徒手格闘では柔術を使うんですよ。

 だから、紅人流の僕が、超実戦柔術家の、本部先生のところに出稽古に出てもおかしくないでしょう?

 

 その時は、花田さんもいましたね。

 プロレスラーの花田純一さんですよ。

 本部先生の弟子だったんですね。

 なんでも、マウント斗羽にやられたから鍛え直してる──とか、本気なのか冗談なのかわからない話をしてくれました。

 で、わたしが本部先生と組み手をするワケですけど、いやあ、これがスゴい。

 本部先生、『先の先』の読みが桁違いなんです。

 あ、『先の先』っていうのは、簡単に言うと経験予測みたいなもので、相手の動きを予測して、先んじて有利な形で動いて機先を制する技術のことですね。

 ()()()()()()()()()()()()、って技術です。

 別に、わたしの独自の技術ってワケじゃないんですけど、本部先生はこの読みがとにかくスゴい。

 武術での読み合い、機先の奪い合いってなると、相手を制するためにやれることはふたつなんですけど、ひとつは自分の有利を相手に押し付けることで、これは例えばパワーで上回るなら、相手の読みをパワーで正面から潰すとか、そういうこと。

 自分の長所を相手に押し付けて、仕合を優位に運ぶやり方ですね。

 もうひとつが、相手に不利を押し付けるやり方です。

 これは相手の長所や選択肢を潰すやり方ですね。

 パワー自慢なら、パワーを発揮できないようにする。

 スピード自慢なら、そのスピードが活かせない場面を作る。

 他の選択肢を潰していって、“それしか“できないように、相手を追い詰めていくやり方です。

 前者は肉体の才能が必要です。

 それこそ、若槻武士さんなんかは分かりやすくこっち側ですね。

 元々、生まれ持って人より優れた部分がないと機能しませんからね。

 だから、わたしたちみたいな凡人は、必然的に後者を選択しなきゃいけない。

 本部さんもそうです。

 ええ、そうです。おっしゃる通り。

 つまり、本部さんは、()()()()()んですよ。

 人が嫌がることをするのが抜群にうまい。

 対峙すると、ひとつひとつ、こっちができることがなくなっていく。

 それは、例えば当てどころを見失ったり。

 それは、例えば攻撃のタイミングがわからなくなっていったり。

 わたしもそこそこ『先の先』は使えるんです。でも、本部先生はひと味違いました。

 本部先生、『先の先』に『先の先』を被せてくるんですよ。

 え、何言ってるのかわからないって?

 んー……例えば、わたしが『本部先生はわたしの顔にパンチを打ってくる』と読むじゃないですか。

 だから、それを片腕で捌こうと考える。

 本部先生が、それで本当にパンチを打ってきて、わたしが()()()()それを掴んで捌く。

 掴んで、逆関節に捻りながら、膝を蹴って崩す。

 すると、倒れた状態で、関節を極められているのはわたしなんです。

 いつのまにか攻防が入れ替わっている。

 これ、なんでかっていうと、『本部先生はわたしがパンチを掴んで膝を蹴って崩す』ところまで読み切っていたからなんですよ。

 読み切った上で、()()()()関節を取る動きをしている。

 金田末吉はそうしてくるだろうと読んでいた。

 だから、ワザと掴みやすいパンチを打って、掴ませて、膝を蹴らせて崩させた。

 全て予定通りだから、そこから返しワザを挟むことも容易なんですね。

 わたしは本部先生が蒔いた餌に、まんまと食いついちゃってたワケです。

 感動しましたよ。

 『先の先』の先をいくだけじゃない。  

 ただ『先の先』を知っているだけじゃない。

 本部先生は、『先の先』を技術として完璧に使いこなしている。

 『先の先』に頼らず、縋らず、ただ使うのでもなく、それ自体を餌にして相手の動きを支配してしまおうという繊細かつ豪胆さ。

 これだ! 

 と思いました。

 わたしの目指す先は、これだと。

 またこれが運が良いことに、わたしは()()を適応させた、本部先生の実戦を目にすることができたんですよ。

 

 わたしが出稽古に来て三日目のことです。

 道場に、怖いお兄さんたちが上がり込んできたんですね。

 全部で、ふたり。

 先に入ってきた男は、白いスーツを着た中肉中背で、やや弛んだ顎に坊主頭。目元に刃物傷があって、蛇柄の革靴でそのまま上がってきました。

 これ見よがしの金ピカのネックレスに、指にはダイヤの詰まった指輪をしていました。

 後から来た男が、身長一九七センチメートル。体重は一三〇キロはあろうという巨漢でした。

 パンチパーマでぎょろりとした目付き。

 こっちはこっちで、分厚い唇を縦に横断する刃物傷がありました。

 紺色のスーツを着て、腕とふとももがパツパツになっていました。内外から人を威圧するオーラを出していましたね。

 ひと目でカタギじゃないとわかりましたよ。

 

 で、先に入ってきた白スーツの男が、本部先生と、花田さんを確認して、じろっと睨みあげるんですよね。

 本部先生は堂々としてましたよ。

 一方で、花田さんが、白い歯を見せて、苦々しく笑っていました。

 白スーツの男の話によると、少し前、花田さんが夜の繁華街で男の舎弟たちをボコボコにのしちゃったそうで、不甲斐ない舎弟の尻を拭きにきた兄貴分……ということでした。

 わたしはね、しめた! と思いました。

 本部先生の実戦が観れると。

 花田さんが頭をかきながら苦笑いしていて、本部先生もふぅと呆れ気味に息を吐いてるワケです。

 相手のヤクザは、もう、最初っから暴力でカタをつける気でした。

 だって花田さん、プロレスラーとしては結構人気ですけど、所詮前座だから、お金なんて持ってないんですよ。

 かと言って、本部さんも、道場経営してますけど懐事情は明るいワケじゃない。

 ヤクザって、持ってない人からはとらないんですよ。

 だって、そこにないものをとることはできないじゃないですか。

 だから、そういう相手にはケジメとして暴力を行使する。

 それは精神的な暴力であったり、肉体的な暴力もあったりしますけど、今回の場合は手っ取り早い肉体への暴力を選んでいた。

 で──相手のヤクザの人。

 白スーツの方です。

 相手に本部先生を指名したんですよ。

 「弟子の不始末は師が償え」とかなんとか言ってましたけど、あれ、道場で本部先生と花田さんを確認した時点で決めてたんだと思います。

 だって、花田さんは現役のプロレスラーですからね。

 ヤクザがプロレスラーの強さを知らないワケもない。

 かと言って、わたしは本部道場の部外者のカタギ──だと思われてたので、ヤクザは一見して弱そうな本部先生を指名したんだと思います。

 

「いいよ」

 

 って、本部先生即断ですもん。

 白スーツの方も、ちょっと戸惑ってましたね。

 いやいやいや、即断するのかよ、って。

 顔に出てた。

 でも、受けられたら、やっぱりヤるしかない人たちですから。

 デカい方が、ジャケットを脱ぐ。

 すぐ下に黒いタンクトップを着てて、左脇にぶっといナイフを挿してました。

 軍用(アーミー)ナイフです。

 ほら、映画『ランボー』で使われて、一躍有名になったランボー・ナイフですよ。

 刃渡三〇センチ近い、分厚いやつです。

 あのタイプのナイフって、刃の部分に溝が掘ってあって、返しの部分がノコギリ状になってて、刺されると出血が止まらなくなるし、傷口をボロボロにするんで縫合ができなくなるんですよ。

 それを、デカい方がアニキ分に渡してる時です。

 

使用(つか)ってもいいよ」

 

 って、本部先生が言うんです。

 わたしも、ヤクザたちも、一瞬身体を震わせて、本部先生を見る。

 何を言っているんだ、この人──!?

 でも、本部先生は全然普通の態度で、

 

「それを使用(つか)って、ようやく、きみとわたしは対等だろう?」

 

 挑発気味ですらなかったですね。

 当然の疑問を、当然口にした。

 そんなふうに言いだして。

 相手のヤクザたちも、流石に苛立ってましたね。

 アニキ分からナイフを返してもらって、デカい方が抜き放ちました。

 

 そのまま対峙です。

 身長差は二〇センチ以上。

 体重差はもっとあるでしょう。

 まるで大人と子供です。

 わたしは震えてましたよ、心が。

 何が起こるんだろう?

 何が見れるんだろう!?

 って。

 

 何が起きても責任は問わない──

 本部先生はそう言うけど、刃傷沙汰となれば、当然そうはできないでしょう。

 でも、相手のヤクザはもうメンツの問題だから、ヤるしかなかったんですよ。

 今思うと、この時点でヤクザたちの思惑は本部先生の手のひらの上だったんでしょうね。

 

 本部先生、片膝をついたんです。

 そして、

 

「おかまいなく」

 

 って言っちゃった。

 眉間を人差し指でとんとんと叩いて、“ここを狙え"と挑発まで挟んでしまった。

 もう、こうなると、ヤクザは止まれないですよね。

 本部先生の顔に向かって、ランボー・ナイフがまっすぐに飛びました。

 

 次の瞬間には、ヤクザの顔が道場の床を舐めていました。

 

 全て、一瞬の出来事でした。 

 わたしはもちろん、全て見てましたよ。

 

 まず本部先生は、飛んでくるナイフを立ち膝の姿勢のまま数ミリ、男の身体の内側に滑らせて躱し、ナイフを握る指に一本拳を打ったんです。

 ナイフを握る手が右手。

 本部先生の一本拳も右手。

 向かい合ってますからね、それで対角線状に飛んだ本部先生の拳が、男の小指を付け根から折っちゃった。

 小指が折れて、痛みで意識が集中しちゃって、ヤクザの認識のコンマ数秒を縫って、本部先生の左手が男の睾丸を掴みに行った。

 潰してはいないです。

 いや、やろうと思えばできたんでしょうけど、本部先生は男の睾丸をズボン越しに掴んで、正面の斜め下に引っ張った。

 男は屈曲反射で背中が立ち上がって丸まっているから、あっさりと引き倒された。

 本部先生はもう立ち上がっていて、男の背後に回って左腕を真逆に捻って天に向けて、伸ばしましたね。    

 こうなると、男の身体は関節の構造に従って、道場に腹ばいに押さえつけられるしかない。

 これを、瞬きの速度でやってのけたんですよ。

 本部先生、組み倒したヤクザが軽く痙攣しているのを見てから、手を叩いて悠々と、男の耳の裏っかわに、踵を落として、あっさり手を離しちゃいましたね。

 

 ヤクザの男がゆらゆらと立ち上がるんですけど、左手は捻れていたし、立ち上がる速度がゾンビのように遅い。

 だから、男の顔が正面を向いてから、本部先生が人中を鋭く叩いて、それでその試合は終わりました。

 

 スゴいものを観ちゃいましたよ。

 わかります? 本部先生がやったこと。

 本部先生、その試合で、相手の動きの一切を手玉に取っていたんです。

 まず、ナイフ相手に膝立ちになったじゃないですか。

 これ、一見本部先生が不利に見えますけど、攻撃の方向も角度も、攻撃の種類も限定させてるんですね。

 膝立ちになると、立っている状態の相手はナイフの有無に関わらず、胴体や下半身は狙えない。

 スペースがありませんからね。

 必然、一番大きな的になる頭を狙うしかない。

 ましてや、本部先生は「額を狙って来い」と誘っているワケだから、ヤクザの攻撃はまず間違いなく正面からの刺突か上段からの振り下ろしになるワケです。

 でも、刃物をちょっとでも扱えるなら、振り下ろしはするわけがない。

 だから、ヤクザの男はこの時点で真っ直ぐ刺すしかない。

 くる方向、角度、高さがわかっているなら、ナイフを握る指を狙うぐらい、本部先生にはワケはなかった。

 その後もスゴいですよね。

 睾丸を握りにいくっていうのも、男ならわかることで、睾丸に強い力がかかると反射的に背を立てて、丸めちゃうじゃないですか。

 これ、生理反応だから、絶対そうしちゃうんですよ、男ならね。

 そこまでなったら、あとは真っ直ぐ引き倒すだけで、簡単に倒れてしまう。 

 耳の裏にかかとを落としたのは、三半規管を狂わせるのが目的です。

 男が異常にタフで、万が一立ち上がられても三半規管がグラグラになっていたら、やっぱり簡単に倒せるからですね。

 

 一から十まで、戦いの全てが本部先生の手のひらの上でした。

 

 その上で本部先生、頬をなぞって、数ミリ掠めたナイフで出血した血を拭って、血のついた指先を白スーツの男に、これ見よがしに見せる訳です。

 

「これで、痛み分けだねぇ……」

 

 そう言って、笑っていましたよ。

 

 相手の選択肢を悉く潰して、相手の呼吸を乱して、自分の思うままに相手を支配してしまう。

 わたしが目指す方向はこれだと思いました。

 本部先生をパクろう!

 そう思ったんですね。

 それで、今、ちょっと色々試してることがあるんですよ。

 もちろん、そこは内緒です。

 ああでも、今度わたし、初見さん──初見泉と、仕合をすることになってるんですよ。

 

 そこで、今磨いてるワザを、試そうかなって思ってます。

 よろしかったらどうです?

 観にきませんか?

 

 

1.

 

 

 葛城無門は苛立っていた。

 正確には、葛城無門の四肢の先端──拳や、つま先に、解消されぬ不満(ストレス)が、かすかにあった。

 本部以蔵に攻撃を仕掛けている。 

 立ちの状態だ。

 容易く捌かれている。

 それはいい。

 腕を拳を横から掴まれ、本部以蔵が両腕で伸びた腕を捻って、その捻りに従って無門の身体が前に泳いでいく。

 無門は流れに逆らわず、自ら体の落下速度を加速させ、半周早く身体を回す。

 勢いをつけた振り子のように、無門の脚がぐるりと回って、本部以蔵の横っ面を叩く。

 倒れない。

 それも別にいい。

 自然な流れだ。

 こちらの腕は無事だ。

 なんということはない攻防。

 観客は見目の派手さに喜んでいるが、無門の心に違和感があった。

 

 自分の身体が、自分の思うように動いていない──?

 

 例えば、パンチの伸びが悪い。

 例えば、蹴りの当てどころが悪い。

 例えば、なぜ、こちらのパンチは悉く、本部以蔵に掴まれてしまうのか。

 

 本部以蔵が向き合う。

 そこそこ打っている。

 そこそこ当てている。

 なのに、表面化しているダメージが、無門の想定を遥かに下回っていた。

 

「無門くん」

 

 本部が言う。

 薄く開かれた口元で、怪しげに空気が歪んでいく。

 

「きみの動きは、もう、見切った」

 

 ────!

 本部以蔵は口角を広げて、持ち上げた。

 含みのある、いやらしい笑みであった。

 どこかで見たようなカタチをしている。

 

「あと、十四手だね」

 

 本部が半歩、前に出ながら言った。

 

「あと十四手……あるいは、十五手かな? それで、わたしは勝つだろう。少なくとも、十四手で、無門くんの左腕は使えなくなる」

「…………」

 

 どういうことであろうか。

 本部以蔵の眼には、妙な濁りがあって、その色と輝きからは真意が読み取れない。

 

「信じるもどうするも、逃げるのだって、きみの自由だ。だが、ここは地下闘技場。勝とうと思うなら、攻める他はあるまいて──」

 

 言い切る前に、本部が打撃を振ってくる。

 左の刻み打ち。

 これは、あっさり避けられる。

 本部の打撃は大したことはない。

 少なくとも、無門の記憶にある、フラッシュ早田や柳龍光などとは比べ物にならないほど遅くて弱い。

 躱した。

 本部以蔵の半身がガラ空きであった。

 だから、無門は顎を狙った。

 顎に向けて、左のハイキック。

 それを、本部が右肘で受ける。

 ヒリつく痛みの中、無門は見た。

 本部の右手が、蹴り足の下で、妙に動いていた。

 

「──っと!!」

 

 慌てて蹴り足を戻す。

 何をされるのかわからなかった。

 しかし、それこそが本部の誘いであった。

 

 本部は、無門が蹴り足を戻すのに合わせて、強く踏み込んでいた。

 だが、方向が想定を超えていた。

 インファイトをやろうと言うなら、普通、無門の腹の中に潜るように踏み込むだろう。

 逆関節を取って、背後を取ろうと言うなら、無門の脇をすり抜けるように踏み込むだろう。

 本部以蔵の踏み込みは、真正面であった。

 葛城無門の、真正面。

 右にも、左にも、おそらくは一ミリとてズレていないのではないか。

 無門は、あまりにも堂々とした真っ直ぐさに、一瞬、戸惑った。

 もし、本部の軸が自分から少しでもズレていれば、無門の反射神経ならその背に攻撃を仕掛けることも、バックステップなどでとっさに距離を取ることもできただろう。

 しかし、あまりにも真っ直ぐに踏み込んでくる。

 だから、右に避けるべきか、左に避けるべきか。

 攻撃するべきなのか、どう打ち込めばいいのか、無門は一瞬迷ったのだ。

 

 かちゃ、と音がした。

 金属音であった。

 何かを外す音?

 何の音だろうか?

 しかし、それが無門に攻撃を選択させた。

 拳を打った。

 すると、不思議なことが起こった。

 本部以蔵の顔に放たれたそれは、本部以蔵の顔をすり抜けたのである。

 見切り──

 ギリギリまで拳を引き寄せて、拳が接触する数ミリ顔を振って避け、避けながらさらに半歩踏み込む。

 こうすると、打っている側には打たれる側が、拳をすり抜けているように見えるのだ。

 すかさず、無門は右に飛び退いた。

 が──ぼすんと、本部の脇にぶつかった。

 無門が首を振り向く。

 すると、その動きに合わせるように、本部の身体は無門の背後に移動した。

 

 無門がその動きを追おうと身を捻る。

 途端に、身体のバランスが崩れた。

 

「────!?」

 

 腕が動かなかった。

 だから、体の振り戻しにバランスが取れない。

 しかし、そこは葛城無門である。

 下半身の重心移動で、なんとか立ち姿勢を保った。

 

 そして、自分が何をされたのか。

 どうしてバランスが崩れたのか、全てを悟る。

 

 無門の手に、ベルトが巻かれていた。

 背面で揃えられた手に、まるで手錠のように。

 

「さて、きみは、いちばんの武器を失ったワケだが──降参するかね?」

 

 無門の額から、つう、と汗が滴った。

 両腕の自由を奪われた。

 とはいえ、葛城無門はこれでも戦えないことはない。

 卓越したバランス感覚と柔軟性を持っている。

 足技だって得意ではある。

 手が使えなくても、葛城無門だからこそ取れる受け身も、ないことはない。

 

 だが、両腕が封じられた。

 つまり──決めワザが出せなくなった。

 

 無寸雷神が封じられたのである。

 

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