第一話:空手道、松尾象山現る!
1.
獅子尾龍刃はアメリカの地に降り立った。
範馬勇一郎と、彼のお付きのレスラーたちと共に。
世界が開けると、龍刃の目に異様な光景が広がった。
建物が高かった。
街に、密度があった。
空が狭い。
人の行き交いが多かった。
何より、空気が違う。
目に見えるようだ。
漂ってくる臭いが違った。
鼻を、ツンとつつくような刺激臭。
街に……というより、アメリカという国に充満している空気は、初めて日本から出てきた龍刃には不可解で、ある種の嫌悪感さえ感じるものであった。
ポン、と肩を叩かれた。
範馬勇一郎であった。
「リュウちゃん。そんなに縮こまらなくてもいいぜ」
変わらない。
範馬勇一郎は悪戯な微笑を浮かべていた。
その顔を見ると、不思議と心が落ち着いてくる。
「すんませんっス。正直……」
「怖いかい? この国が」
「…………」
龍刃はこくりと頷いた。
正直な話、アメリカという国が本当に実在していると思わなかった。
日本が怨敵のように思う相手であった。
戦争の敵であった。
もっとも、龍刃は戦争末期の生まれであり、実際には戦火戦中の教育はあまり受けていない。
だが、アメリカ人というものが、日本人とは全く違う存在であることを龍刃は知っていた。
それは知っていたが……実際、彼らが大半を占める土地が存在することなど、この瞬間まで想像もしていなかった。
アメリカ人というものは、ある日突然、地面から生えてくるものだと割と思っていたのだ。
「さて」
と勇一郎が言った。
「さっさとホテルに行っちまおう。いらん因縁をつけられても面倒だしなぁ」
なんとなく実感のこもった声であった。
勇一郎の大きな身体に引っ張られて、龍刃たちはホテルへと向かった。
2.
ホテルに着き、部屋に荷物を下ろす。
ベッドと机、窓枠がひとつのこざっぱりした部屋であった。
それでも、普段龍刃が寝泊まりしているジムの、隙間風が吹き荒れる部屋や、鉄棒を組み立てて金具で留めただけのベッドより、はるかにマシな造りである。
これ早速と、勇一郎たちは酒盛りを始めた。
別室に入った仲間たちを集めて、龍刃に酒を買わせに行った。
あっという間に場が温まり、身体の大きい男たちの談笑が満ちた。
どいつもこいつもすごい飲みっぷりである。
龍刃は当初壁際に立ち、それを眺めるだけにとどめた。
しかし、その龍刃を範馬勇一郎は呼び止めた。
「おい、リュウちゃんや。そんなとこにいないで、こっちにきなさいよ」
「いえ、自分……付き人っスから」
プロレスラーに対する付き人は、この時勢、力剛山の門下であるならば、極論を言うとほとんど奴隷である。
特に力剛山ときたら、気に入った付き人をたらい回しにする際には、必ず難癖をつけて『愛の鉄拳』を振るっている。
人前だろうがお構いなしに。
どんなに完璧に付き人の振る舞いをこなしても、あれはダメだこれはダメだと言って、拳を振るうのだ。
立場をわからせるためである。
俺は、おまえの飼い主だ。
おまえは、俺の飼い犬だ。
人権無視も甚だしい上下関係を、心身に刻みつける。
それを知っているからこそ、現在、範馬勇一郎の付き人である龍刃は、彼らの輪の中に入ることを遠慮していたのだ。
勇一郎がんん〜と唸った。
困ったように眉を落としていた。
勇一郎とて、その事情はなんとなく把握している。
だが、
「いいから、こっちにきなさい。リキにはナイショにしといてやるからさ」
その太い指が、くいくいと誘った。
龍刃は戸惑った。
嬉しさと戸惑いが心に入り乱れている。
どうすればいいのか……
付き人として、ここで範馬勇一郎の言うことを聞くべきだと思ったし。
付き人として、やはり主従関係を重んじて一線を引いておくべきだ……とも思った。
見かねた範馬勇一郎は立ち上がった。
そして、龍刃の肩にその大きな手を回して、強引に引っ張って行った。
ものすごい力であった。
龍刃が踏ん張っても、足元から容易く引っこ抜かれてしまう。
なすすべなく席につかされてしまった。
「あの……自分、酒は……」
「わかってるよ。まだ十四のガキに飲ませようってワケじゃない。俺だって、そのぐらいは弁えてるさ」
と勇一郎が言うと、
お付きのレスラーから、
「えー! 嘘ばっかり言わんといてくださいよ勇一郎さん!」
「そうっスよ! ブラジルじゃあ毎夜毎夜、こっちがぶっ潰れるまで突き合わせたじゃないっスか!!」
顔を真っ赤にしてそう言われた。
勇一郎はとぼけた表情で「あれェ? そうだったっけ?」と肩をすくめる。
すると、もう! とか、
調子がいいんスから……とか、レスラー二人はぶつぶつと愚痴を垂れていた。
しかし、悪意があるわけではなかった。
勇一郎は愚痴を飲み込んで、大口を開けてけらけらと笑った。
「安物だが、酒に合うキャンディならあるし……一応、一本だけならジュースもあるからねぇ。それでいいだろうよ」
3.
酒の席であった。
アルコールの匂いが充満していた。
龍刃はたまにキャンディをつまみながら、大男たちの話を黙って聞いている。
「リュウちゃん。おまえさん、リキに試合には出さない……って言われたんだって?」
「ウス……向こうから『出ろ』って言われても、絶対に出るなって言われました」
あの力剛山がわざわざ念押しするからには、それは間違いなく破ってはいけないことだった。
破らなくても、帰ってきた際には何かと理由をつけて殴られるのは目に見えているが、破るよりは守ったほうが、力剛もいくらかは手加減してくれるだろう。
龍刃がそう思っていると、
「ふふふ……」
と勇一郎は深い息を吐いた。
しみじみと、納得するような吐息。
見ると、お付きのレスラー二人もニヤニヤと笑っていた。
「そいつは、タイヘンなことを言われちまったなぁ……」
範馬勇一郎が意味深に言う。
どう言うことか、龍刃にはさっぱりわからなかった。
龍刃の困ったような表情が面白いのか、勇一郎も、誰も教えてくれない。
今にワカるよ。
期待に弾む彼らの表情が、暗にそう伝えてきていた。
4.
渡米初試合は、なんとその日の夜に行われた。
酒盛りをし終えて、わずか七時間後のことであった。
勇一郎たちは頭から水を被り、顔を張ると、よし、と力を漲らせてホテルから出て行った。
龍刃は彼らの荷物をひとりで持ち、迎えの車の扉を辿々しく開けて、彼らが乗り込んだのを確認して、最後に自身も乗った。
会場は、小さなリングであった。
とはいえ、それはあくまでアメリカ比較。
日本の、空き地に造ったリングや、地方の公民館や体育館で行うものと比べると、はるかに大きい。
観客の入りもすごい。
大盛況であった。
会場の外からすら、中の熱気が炸裂して、轟いている様子がわかるほどである。
縦に四つ、横に四つの正方形の形に集まった照明が、はるか天井から内部を照らし出す。
光が強い。熱量すら感じる。
普段の、豆電球で補っているジムのリングとは比べ物にならない。
範馬勇一郎は、選手控え室に堂々と歩いて行った。
その後ろにお付きのレスラー二人が付き、そのさらに斜め後ろを龍刃がついていく。
控室は流石に静かで寂しいものであった。
物々しい会場の奏鳴が響いてはくるものの、すでに懐かしさすら覚える染み込んだ汗と油の匂いが嗅ぎ取れたために、幾分龍刃は落ち着いていた。
テキパキと、レスラー三人は準備を進めている。
範馬勇一郎はパンツいち枚の上からガウンを羽織っている。
その太く、広い肉体がすっぽり隠れるほど羽ぶりの大きいものだった。
その顔は、落ち着きすぎていた。
傍目から見ると緊張感のかけらも無い、リラックスしすぎているものだった。
「だ、大丈夫なんスか……?」
「いいんスよ、これで。勇一郎さんは試合前、いっつもこんな感じっスから」
再び見ると、勇一郎は目を閉じていた。
まるで眠っているかのような顔である。
「ユーイチロー」
扉が開き、スタッフが中に入ってきた。
すると、勇一郎の目が、ゆらりと開いた。
大きな肉にカミソリで切れ込みを入れたように、ゆっくりと、恐ろしい開き方をした。
「いこうか」
その言葉が、独特の熱と重さを伴っていた。
5.
会場に入った瞬間、あらゆる敵意と殺意が勇一郎に──龍刃たちに放たれた。
何を言っているのか聞こえない。
そもそも英語がわからない龍刃には聞き取れたとして意味はわからないのだが、自分たちが姿を現した途端に会場のボルテージが二段、三段と登ったのがワカる。
ブーイングの嵐。
ジュースの入った紙コップが飛んできた。
突き刺すどころではない。
その言葉と憎しみで、こちらを殺してしまわんとするほどの暴力的な感情をぶつけられている。
──いけるのか!?
龍刃は、少し先にあるリングを見て、思った。
ここからあそこまで──果たして無事に辿り着けるのか!?
リンクがはるか遠くに見える。
観客の熱狂は、文字通りの狂気を孕んでいる。
なだれ込まれたら、こんな貧相な柵で抑えられるわけがない。
そこに辿り着くまでに乱闘が起こってもおかしくなかった。
そうなったら、命をかけてでも勇一郎を守らなければならない。
命を、かけて……
瞬間──ゾワリと、龍刃の背中を冷たいものが昇っていた。
暗い、闇色の何かが、心の中に染み出していた。
これだけの数の暴漢に襲われてたなら──
武器も持っているだろう、殺意の群れに揉まれるなら──
思い切り殴れるのではないか?
手加減しなくても、いいのではないか?
暗く、冷たい欲望が、龍刃の中に芽生えていた。
ぶるぶると身体が震えている。
『その時』を夢想する。
拳に残る、人を殴った感触を夢想する。
自身の『力』で地に伏せる他人を夢想する。
射精しそうであった。
勃起していた。
脳が爆発しそうであった。
胸が高鳴る。
目に、野獣じみた興奮が集っていた。
瞳の黒い部分が小さくなって、白目が大きくなって──
「リュウちゃん」
興奮に、鼻血まで流し始めた龍刃に、勇一郎が言った。
「素敵な貌だけどよ、ちょっと怖いぜ」
おちゃらけた笑顔であった。
すると、すっ……と、龍刃の中から暗い欲望が抜けて行った。
範馬勇一郎は笑った。
「ま、その時は頼むぜ」
楽しくて楽しくてしょうがない顔であった。
6.
範馬勇一郎がリングに上がると、会場のボルテージがさらに一段上がる。
そのイエローをぶっ殺せ!!
生意気な猿を殺せ!!
そのような罵倒が飛んでいるのだった。
四方八方から自らを突き刺す視線を、しかし、範馬勇一郎は容易く受け止めていた。
それが心地よいとでもいいたげに、目を蕩かせている。
相手は、サム・ザ・デストロイヤーというプロレスラーであった。
身体が大きい。
身長が二メートルを軽く超えている。
恰幅の良さも相当だ。
範馬勇一郎と相対しても、全く迫力負けしていない。
肩から尻までが卵のように丸いシルエットであり、分厚い筋肉を分厚い脂肪で覆い尽くした、肉感溢れる肉体であった。
デストロイヤーが叫ぶと、呼応して観客が叫ぶ。
ガウンを脱いで、パンツ一丁になった勇一郎がリング中央に向かった。
龍刃は、初めて見る生のプロレスに、知らずのうちに興奮していた。
そして、ゴングが鳴った。
デストロイヤーが、まず勇一郎の肩に手を回した。
勇一郎も、返すようにデストロイヤーに手を回して組む。
先制はデストロイヤーだった。
彼は、組んだ瞬間に腕を折り曲げて、勇一郎のガラ空きの鼻っ柱に向けて、頭突きをかました。
ぶちっ、と音がして、勇一郎の鼻から血が飛んだ。
それから二度、三度と頭突きを当てる。
勇一郎がたまらず手を離した。
身体が泳ぐ。
それを追うように、デストロイヤーの打ち下ろしの蹴りが、勇一郎の脇腹を打った。
がくりと膝が落ちる。
まだダウンはしないが、勇一郎はたたらを踏んだ。
観客が騒ぎ立てる。
拍手さえ混じっている。
鉄筋を鉄棒で叩く乱暴な音がする。
デストロイヤーは観客の期待に乗せられて、低くなった勇一郎の顔面を踏み込んだ。
側頭部にぶちあてられて、口から細い血を垂らした。
しかし、勇一郎は倒れない。
靴底の下から、とろんとした半目がデストロイヤーを見ていた。
勇一郎は蹴り足の首を取った。
そのまま腕力任せにデストロイヤーの身体を引っ張り倒した。
硬いリングに背中が叩きつけられて、バン! と音が響いた。
すかさず、勇一郎が上から被さる。
デストロイヤーの胸にのしかかり、左腕を両腕で掴んだ。
そのまま、自身の胸の中に仕舞い込むように折りたたんだ。
間接技である。
グアッ、とデストロイヤーがうめいた。
範馬勇一郎の腕力で極められる間接である。
解けるはずも無い。
デストロイヤーが暴れ、右腕で勇一郎の後頭部を叩こうともがくが、勇一郎はびくともしない。
勝った──!
龍刃はそう思った。
だが、そうはならなかった。
勇一郎が、自分からデストロイヤーの右拳に側頭部を当てに行った。
そして、痛がるフリをして手を解き、その隙に、デストロイヤーは身体を回して寝技から脱出したのだ。
なんで……?
効いたフリをして目を回すフリをする勇一郎。
龍刃は疑問に目を回した。
デストロイヤーは正面蹴りを打った。
それは勇一郎の胸にあたり、立ち上がった二人の距離が開く。
デストロイヤーは殴った。
手刀を打ちつけた。
勇一郎が揺らぐ。
重心の崩れた勇一郎を、そのまま押し倒すように投げた。
仰向けになった勇一郎に、デストロイヤーは容赦なく踏み付けを行う。
なんで……!?
傍目には派手な攻撃。
傍目には勇一郎に効果抜群の危険な攻撃だ。
だが、龍刃にはわかっていた。
あんなもの、勇一郎には全く効いていない、と。
全部、フリだ。
効いているフリ、やられているフリ。
勇一郎は、絶妙な演技でやられている風に見せているだけだ。
しかし、会場の盛り上がりは果てしない。
青天井に喧騒が跳ね上がっている。
わからない。
龍刃には、今、目の前で起きていることがわからない。
散々蹴り尽くして、立ち上がらせては投げてを繰り返して、うずくまった勇一郎を見下ろしてデストロイヤーは腕を掲げた。
とどめの一撃。
その準備に入る。
勇一郎の胸に手を差し込んで、身体を持ち上げた。
──と、
がしりと、勇一郎の太い腕が、デストロイヤーの腕を掴んだ。
その時のデストロイヤーの表情を、果たして会場にいる何人か理解できただろうか。
勇一郎は、デストロイヤーの腕を持って、軽々とその巨大をぶん投げた。
いや、それは投げるというより、叩きつけると言った方が正しいだろう。
いや、叩きつけるというより、突き刺すと言った方が正しい軌跡を描いていた。
ドン!
と音がした。
至近距離で大砲を撃ったような轟音である。
デストロイヤーの身体はリングに突き刺さらず、跳ねた。
力の抜けた手足が放り出され、そのままごろんと転がった。
股の間から小便が漏れていた。
会場が静まり返った。
時間が止まったようだった。
むくりと、勇一郎が姿勢を整えた。
片方の穴を指で塞ぎ、もう片方の穴からぶっ、と鼻血を吹き出した。
その印象。
やはり、無傷である。
対して、デストロイヤーは死んでいるかのようだった。
勝ち名乗りを受け、勇一郎の手が上がると、彼以外の時間が動き出した。
怒号。
怒号。
そして、地鳴り。
リングに観客が飛び込んできた。
範馬勇一郎に向かって。
龍刃はハッとした。
力剛山と勇一郎の言葉を思い出した。
『言っておくが、絶対に試合には出さんぞ』
『そいつは、タイヘンなことを言われちまったなぁ……』
ようやく、その意味を理解した。
つまりあれは、逆なのだ。
試合には出さない。
その代わりに、試合以外の喧嘩はドンドンやれ! ということなのだ。
範馬勇一郎の付き人となれば、こういう事態に巻き込まれるのは不可避であることを、力剛山は理解していた。
雪崩れ込む観客たちを、レスラーの二人が立ち塞がって容赦なく殴りつけて、ぶん投げている。
全く手加減なしだ。
それでも、熱が入ったばかりの観客たちは恐れない。
龍刃も後頭部を掴まれた。
その腕を思い切り握る。
めきぃ、と手の中で骨の潰れる音がした。
次いで、か細い悲鳴が耳をつんざく。
次々と飛び掛かられた。
前が見えない。
殴るが、倒れた先から飛び込まれる。
なにか、硬いもので頭を殴られた。
痛いが、平気だ。
力剛から普段、もっと酷いことをされている。
アレに比べれば屁のようなものだ。
もはやおさまりのつかない乱闘に、しかし範馬勇一郎は、リングの中央で泰然としていた。
その視線の先に、ひとりの男が被さった。
バットを振り上げている。
しかし、勇一郎は動じていない。
「──ちょっと、ごめんよ」
太い声がした。
その声が、バットを振りかぶった男をリングの外に弾き出した。
ロープの弾力を突破して、男の身体が宙を舞う。
血が吹き出していた。
どう、と重力に従って、男が落ちた。
顔面が陥没していた。
歯が砕け、鼻は潰れる、首が、少しばかり変な角度に曲がっている。
会場が静まり返った。
男がやったことは、ただのパンチであった。
顔面に、いっぱつ。
それだけである。
だというのに、それを食らった男は、まるでダンプカーにでも撥ねられたように吹き飛んだ。
悲鳴を上げる暇もない。
おそらく、男の記憶は肩に手を置かれて、振り返ったところで途切れているに違いない。
のそりと、その男が前に出た。
太い──男だった。
両側面を綺麗に刈り上げた黒髪。
ころころと丸い大きな眼。
身長は勇一郎や龍刃と比べると、頭ひとつ……いや、ふたつは低いか。
日本人であることはひと目で分かった。
だが、その体格は日本人離れしている。
太い顔である。
そして首が、その顔より太い。
肩周りの筋肉の発達具合が尋常ではない。
それを支える広背筋が、エッジが立つほど凹凸している。
腰は良く引き締まっているものの、やはり適度な脂肪がついて、そこから伸びる脚は象のようだ。
筋肉のつき方がプロレスラーのそれではない。
もっというと、シルエットが人間のそれではない。
人のカタチをした筋肉の塊──そういう形容が似合う男だった。
その男は、道着を着ていた。
白い道着に、黒帯。
柔道着によく似ているか、よく見ると結構違う。
左胸に、『松尾』と漢字で墨が入っている。
「いやァ……運命ってやつは、わからねェもんだなぁ。まさか、武者修行で来たアメリカで、アンタにあっちまうなんて……」
口を開いた。
やはり、言葉も太かった。
「空手かい?
範馬勇一郎が問うた。
カラテ──龍刃には知らない武術だった。
男は、目を輝かせた。
欲しいものを見つけた、子供のように。
「空手道──松尾象山です」
男──松尾象山は軽やかに名乗った。
太い肉が、太い言葉が、熱を持っていた。
「範馬勇一郎。アンタと喧嘩させてくれ」