【本編完結】慟哭の龍【挿絵有り】   作:ロウシ

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第三話:強者よ、ああ兵よ

 

1.

 

 

 クロスカウンターになった。

 堤の右のフックが、防御のために薙ぐロロンの左腕を巻き込みながら、その上を這うような形でロロンの左のこめかみに突き刺さっていた。

 

 ぐら、とロロンが揺らぐ。

 頭部が傾き、上体が斜めに立っていた。

 足腰は健在ではあるが、確かにダメージが入っている。

 刹那に満たない沈黙の後、わあっ、と会場がうねった。

 どよめきと驚愕が波を打っていた。

 それはそのまま、一部の観客たちにとっても、待ち侘びていた瞬間の訪れであることを教えていた。

 

 ロロンは素早く、コンマ一秒で体勢を立て直した。

 体は揺らぎながらも、視線は常に、堤城平を睨んでいる。

 が、すでに──正面に構えたその顔に、構えた両腕の狭間を潜って、堤の拳が飛び込んできていた。

 ロロンは奥にある右手で、拳を受けた。

 その拍子を利用し、反撃をするべく肩が動いていたが、やはり、半歩疾く、堤の拳が飛び込んでくる。

 堤はここぞとばかりに追撃した。

 ロロンは、瞬時に攻守を切り替えた。

 守勢に回る。

 攻撃を捌くことに注力して、堤の隙を待つ。

 クロスカウンター気味に頭部にもらったとはいえ、足腰が笑うほどのダメージではない。

 地に足は着く。

 平衡感覚も無事だ。

 ロロンの柔軟な筋肉は、堤の打突の瞬間、咄嗟に脱力を行って、パンチの威力をある程度散らしていたのだ。

 すでに、気構えも体勢も整っていた。

 堤の矢継ぎ早の拳を、蹴りを、ロロンは容易く捌いていく。

 

 ごっ、

 

 と──しかし、その中の一打が、ロロンの捌きを力づくで打ち払い、その胸に飛び込んだ。

 ぐ、とロロンがうめく。

 一瞬の隙、堤にとっては、待ち侘びた瞬間。

 堤の返しの左上段回し蹴りが、ロロンの頭部に走った。

 ぶつかる寸前に、ロロンは手を挟んでブロックしたものの、これもまたダメージが届く一打であった。

 堤の次手のパンチを捌き、ロロンは堤を押し飛ばすようにパンチを打った。

 両者の間が、空く。

 堤が攻め込めなかったのは、身体のバランスが崩されていたからだった。

 それほどの力で突き飛ばされていた。

 堤が仰け反る間に、空いた距離からロロンがほんの半歩分、体勢を整えるために後退(さが)った。

 

 わあっ、と再び会場が湧いた。

 

 この試合で、初めて、ロロンが自ら後退したのだった。

 

 

2.

 

 

 その時の様子を、丹波文七の自称一番弟子、久保涼二はこう語る──

 

 

 おっさんだったんだよ。

 あの時の、堤城平。

 あのパンチや、蹴りは、おっさんの──つまり、丹波文七のそれだったんだ。

 間違いねえよ。

 見間違えるもんか。

 おれは、たぶん、世界でいちばんおっさんと組み手をやってる男だ。

 まあ……ほとんど相手にもなってねえが、おっさんが命をかけて、誰かと戦うところも、一番間近でみてると思ってるぜ。

 だから、わかるンだよ。

 

 あの時の堤城平のパンチやキック。

 あれ、おっさんのなんだ。

 荒っぽくて──

 ギザギザしてて──

 やけに迫力があって──

 それでいて、一打一打が、すっげェパワフルで。

 丹波文七のパンチやキックって、そんな感じなんだよ。

 

 堤城平のパンチやキックって、しなる青竹みてーなンだ。 

 ムチっていうか……こう、おっさんに比べると、もっとスピーディで、回転が早くって、破壊力はあるんだけど、浸透の仕方が違うっていうか……。

 そうだな、おっさんがバズーカ砲だとすりゃあ、堤城平はガトリングガンなイメージなんだよな。

 その堤のパンチが、途中で荒っぽくなった。

 丹波文七的な──っていうか、丹波文七のパンチに変容(かわ)ったンだ。

 

 ありゃあ、相手からしたら、ビビるぜ。

 いきなり、人が変わったように……っていうか、別人の打撃が振られたんだからよ。

 しかも、そいつが超重くて、パワフルなんだ。

 

 それに気づいたのは、たぶん、会場でもおれの他には、せいぜい数人だと思うぜ。

 つまり、ロロン・ドネアってヤロウが、急に堤のパンチを貰い始めた理由だよ。

 

 おれ、思ったんだよ。

 堤のヤロウ、ずっと、おっさんのことを考えてたな──って。

 おっさんに負けて、グレート巽に負けて、たぶん、堤も考えてたんじゃねェか?

 どうすりゃ強くなれるンだ? 

 って。

 そこでよ、堤のやつは、おっさんになることにしたんだと思う。

 おれは、堤城平の人生なんて、まるで知らねえけどさ。

 たぶん、堤城平の人生の中で、戦いの中で、丹波文七──おっさんとの戦いって、トンデモねえことだったと思うんだよ。

 

 

3.

 

 

 堤城平は考えていた。

 どうしたら強くなれるのか──

 ただそれだけを想っていた。

 病室のベッドの上で、退院し、家に帰ってからも。

 飯を食っている時も、クソをしている時も、風呂に入っている時も、布団に入り、意識を手放す瞬間までも。

 堤城平は、自らの裡に秘める熱量に、問いかけ続けた。

 

 グレート巽に負けた。

 それは、まあ、仕方がない。

 戦う以上、勝つこともあれば、負けることもある。

 だから、それはいい。

 今回は負けた、それもいい。

 だが、次にグレート巽とヤりあうことになるとして──今のままでは勝てないことが、堤には理解(わか)っていた。

 グレート巽。

 何度殴っても、どこを蹴っても、まるで堪えない男だった。

 ずば抜けた耐久力と回復力を誇り、その拳や蹴りときたら、爆薬もかくやという破壊力を秘めている。

 松尾象山を『太い男』と評するならば、グレート巽は『深い男』であると思った。

 底なしの、闇。

 あるいは、人をまるまる飲み喰らう、大蛇(アナコンダ)のような男。

 パンチや蹴りをいくら出しても効かなかったのは、あの時の自分は、グレート巽という底なしの闇に、飲み込まれてしまっていたからではないだろうか?

 グレート巽という大蛇(アナコンダ)は、大口を開けて堤城平という男を飲み込んでしまい、自分は、そのブラックホールのような胃袋の中で暴れていたにすぎないのではないか?

 グレート巽に対して、あの時の自分はなにもできなかった。

 まんまと飲み込まれ、消化されてしまったのだ。

 

 誰なら──

 堤は考える。

 誰なら──グレート巽に勝てるだろうか?

 あの、底なしの闇に、大蛇の胃袋に飲み込まれても、果たして誰なら、胃の中から逆に、食い破ってしまえるだろうか?

 

 すぐに思いついた。

 ふたりの男をだ。

 ひとりは、丹波文七。

 不思議な魅力を持っている男であった。

 雄々しく、野獣のような雰囲気を纏っていて、事実その肚の中に野獣を住まわせている男だ。

 丹波文七なら──グレート巽が相手でも、ただではやられまい。

 大蛇(アナコンダ)対野獣だ。

 相手を喰い合うような戦いが行われるだろう。

 

 そしてもうひとりは、松尾象山だ。

 言うまでもない。

 グレート巽を相手にしても、松尾象山なら負ける気がしない。

 松尾象山なら、たとえ底なしの闇に堕ちても、あの嬉々とした太い笑みを浮かべているに違いない。

 闇の中で拳を握り、太い正拳突きを放って、身を包む闇を散らしてしまいかねないだろう。

 

 丹波文七と松尾象山に成る──

 もちろん、ただ真似るだけではない。

 その骨子には、ちゃんと、堤城平を据えておく。

 堤城平を肉付けるものとして、丹波文七と松尾象山をブレンドしたものを使うのだ。

 北辰館随一のパワーファイター、工藤健介は自らを(ヒグマ)にすると言い、それを果たしてみせた。

 おれも、それをやる。

 

 堤は、肉を食った。

 高タンパク、高カロリーの食事を摂った。

 肉を太くしなければならない。

 筋力鍛錬の量を倍に増やした。

 松尾象山の馬力を得るためには、まず、筋肉を太くしなければならない。

 丹波文七の速さと荒っぽさには、まず、今以上の馬力が必要だった。

 今の堤の肉体は、すでに、骨格と筋量のバランスはギリギリである。

 これ以上筋肉をつけると、身体が重くなりすぎて体力がなくなり、却ってパワーがなくなってしまう。

 科学的見地では、堤の目指した道も、やろうとしていることも、()()()かつ()()()なものである。

 

 だが、これでいい。

 

 松尾象山は、そうではないからだ。

 松尾象山は、骨格こそ大きく太いものの、さほど身長があるわけではない。

 むしろ、身長と比べるなら、松尾象山の体重は重すぎる。その筋肉の過剰搭載っぷりは、服を着ていてもひと目でわかるほど、外見に現れているじゃないか。

 それでもなお、松尾象山のパワーは甚大だ。

 それでもなお、松尾象山のスピードは恐ろしく速い。

 松尾象山は、過剰搭載した筋肉を、全く無駄なく使いこなせている。

 なぜ、松尾象山にはそれができるのか?

 

 その答えこそ、松尾象山の秘めし──実は、特に秘めてもいない──狂気である。

 

 かつて、松尾象山が率いるトレーニングの途中のことであった。

 山道を走っていた。

 北辰館の門下生を、松尾象山が牽引し、山道を走り続けていた。

 堤もそこにいた。

 途中、滝があった。

 道が途切れて、崖になっていた。

 眼下には滝の水でできた池のようなものがあったが、その水深がどれほどなのかは崖の上からは推測できない。

 水深が浅ければ、万が一水に落ちても骨折どころでは済まないことだけはわかる高さであった。

 そこに、松尾象山は全く、なんの躊躇もなく跳び込んだ。

 先に進むには、そこから飛び込んで、向こう岸に渡るしかなかった。

 堤は、次いで跳び込んだ。

 何人かの門下生も次々と跳び込んだ。

 何人かの門下生は、跳び込めなかった。

 水から上がり、水も滴る松尾象山は、言った。

 

 これが大事なことだ、と。

 つまり、狂気に堕ちることだと。

 空手をやっていく中で、本当に強く成るためには、時にはくるってしまわねばならないのだと。

 強く、太い言葉で言い切った。

 

 常識では測れない言葉であった。

 合理では止められない男だった。

 

 そう成れと、そう在れと、いつもいつも、北辰館の門下生は松尾象山に教わっているのだ。

 

 それができるから、実際にやってきたから、松尾象山は常識では測れないのだ。

 『スポーツ生理学』などという生やさしい論理では、松尾象山という男は分析できない。

 松尾象山はその存在も、経験も、常理の外にあるからこそ、不合理な肉体を狂気に染め上げて、十全に扱いこなしているのだ。

 

 だから、自分もそう成ればいい。

 

 丹波文七になる──

 松尾象山になる──

 堤城平のまま!!

 

 だから、堤城平の肉体は、グレート巽と戦った時と比べても、はるかに重く──松尾象山的な太さを纏わせていた。

 しかして、今日この時まで、堤城平の肉体を松尾象山風に仕上げられる相手が存在しなかったのだ。

 なぜなら、北辰館において、そのままの堤城平より強い男ですら、姫川勉と松尾象山をおいて他にはいないのだから。

 

 不合理に培い、不条理に増やした筋量を狂気に染めて動かす能力。

 肉体を操作する能力が、堤の肉体と、気持ちに、ようやく追いついたのだ。

 目の前の強者──ロロン・ドネアのおかげで。

 

 それが、ロロンの先読みを狂わせていた。

 堤城平は、この瞬間、進化を遂げていた。

 

 

4.

 

 

 ロロンの肩甲骨が動いていた。

 腕が、肩の付け根からうねっている。

 構えこそ同じだが、これは、さっきまでとは違う。

 ロロンの口元に、うっすらと笑みが浮かんでいた。

 

「嬉しいぞ、堤城平」

 

 愛おしそうに、その名を呼んだ。

 

「俺も死力を尽くそう。ここからが、戦いだ」

 

 ロロンの指先が開いている。

 適度に曲げた指が、するすると動き、そのどれもの指先が、ロロンの視線と直線で結ばれて、堤を射抜いている。

 堤は、強い視線で返した。

 無言だが、通じていた。

 

 堤が踏み込んだ。

 しかし、先にパンチを出したのは、ロロン・ドネアであった。

 

 

5.

 

 

 撃ち合いとなった。

 互いに、前に出した拳ひとつ分の距離で。

 変わらず、多くを当てているのはロロンであった。

 変わらず、手数自体は、堤に分があった。

 さっきまでの光景と違うのは、今度は数発に一度、堤の拳がロロンを穿っていたことだった。

 ロロンが、その一発をもらっても、構わずパンチを打ち返していることであった。

 

 堤は休まない。

 カウンター気味にもらっても、怯まず突っ込んだ。

 堤の前進に合わせて、ロロンはやはり、的確に拳を当て、二度三度と当て、ダメージを刻み、力づくで堤の前進を押し戻した。

 ロロンの上下に打ち分けたコンビネーション。

 腹に当たり、顔に当たり、また、顔に跳ぶ──

 

 その隙間に、堤の拳がロロンの顔に走る。

 相打ちになった。

 ロロンがのけぞっていた。

 堤がこれ好機と、さらに前に踏み込む。

 崩れた姿勢のまま、ロロンは肩甲骨から伸ばす拳で堤の拳を撃ち落とす。

 

 打たれているのは堤である。

 しかし、押しているのは堤であった。

 

「堤ィッッ!!!」

 

 激が飛んだ。

 その声は、観客たちの歓喜の声を貫いて、闘技場に轟いた。

 

 選手通路に、丹波文七が立っていた。

 柵を掴み、身体を前にのめり出し、叫んだ。

 

「堤ィッッ!!! 堤ィィッッ!!!」

 

 応援であった。

 応援していた。

 がんばれ堤ッッ!!

 がんばれ……ッッ!!

 

「ツ・ツ・ミ・!」

 

 誰かの声がする。

 その声に、他のものが声を合わせる。

 

「ツ・ツ・ミ・!」

「ツ・ツ・ミ・!!」

「ツ・ツ・ミ・!!!」

 

 リズムに合わせて足踏みが打たれていく。

 地鳴りとなって、闘技場が震えていた。

 その緊張と歓喜が、闘技場の熱量を青天井に上げていく。

 

「ツ・ツ・ミ・!!」

「ツ・ツ・ミ・!!」

「ツ・ツ・ミ・!!」

 

 判官贔屓の声援であることは、丹波文七には理解(わか)っていた。

 どうみても、ロロン・ドネアの方が格上だ。

 堤の攻勢は、これほどのレベルに至ってなお、ロロン・ドネアという巨岩を相手に、ほんのちいさな針を刺したようなもの。

 それでも、

 

「堤ィッッ!!!」

 

 それでも、丹波文七は叫んだ。

 それでも、丹波文七は声を枯らして、堤城平に心を届けていた。

 

 

6.

 

 

 良い選手だ──

 

 ロロン・ドネアは、心からそう思ってた。

 なんと気持ちのいい男なのか。

 これは、堤城平のこれは、無謀無策の突進ではない。

 勝つために──というより、勝ちを()()()()()()の行いだ。

 勝ちたいという気概は、堤城平のはるか後方にある。 

 今、自分ができることを、最大限にやる。

 やれるから、やっている。

 そういうパンチの出し方だ。

 だから速い。

 だから素直だ。

 だから、パンチを急に当てれるようになっても、それが付け焼き刃に落ちない。

 堤城平にとって、自身のパンチが()()()()ことは、必然だからだ。

 

 我ながら、らしくもなく必死になっている。

 なぜなら、堤城平の拳は、考えに裏打ちされたパンチではないからだ。

 効果的な角度や速度など、まるで考えていない。

 ここで終わっても構わないという手の出し方をしている。

 だから、速い。

 ひたすらに速い。

 メデルとは違う種類の速さ。

 トアとは違う種類の重さ。

 思考で捌いていては間に合わない。

 見てから対応しては、力が足りない。

 反射で捌く。

 つまり、それは、己に備蓄された経験を信じるということ。

 これまでの戦いの中で培われた、最速最強に対応する最速最強の『先の先』を、そのまま信ずる。

 いくつかを貰っているのは、その予測を、打ちながら──堤城平が超えてくるのだ。

 

 素晴らしい。

 感嘆する。

 久しくなかった、対戦者への敬意。

 強敵者への賛意。 

 震えるほどだ、堤城平。

 

 感謝するぞ、堤城平。

 久方ぶりに、心に火が灯るようだ。

 

 

 だが、俺も、ここで止まるわけにはいかんのだよ。

 この俺にも、目指す先がある。

 

 範馬勇次郎──

 黒木玄斎──

 

 この俺にも、超えなければならない壁がある。

 そのための試練がお前だというのなら、俺は正面から粉砕して見せよう。

 

 全身全霊を以て、おまえを打ち砕く!!

 

 

7.

 

 

 ロロンが半歩、間合いを詰めた。

 堤は構わずパンチを振り切っている。

 だから、その半歩分、パンチを戻すのに時間がかかった。

 

 ロロンが肩を前に出し、堤の右腕を滑るように動いた。

 ロロンの身体が、堤の腹の中に倒れ込むように接地した。

 堤が迎撃のために、左腕を振ろうとした。 

 しかし、それを、ロロンの左腕が押さえ込んでいた。

 ロロンはそのままの姿勢で、肩を回して堤の顎を跳ね上げた。

 微かなスペースが生まれる。

 そこに、ロロンの小さく折りたたんだ左肘が打ち込まれた。

 

 カスッ、という小さな音がした。

 撃ち抜くのではなく、顎先の数ミリを掠めさせた。

 堤の足が、自重の制御を失って、膝から落ちた。

 

 そこに、ロロンの右拳が伸びていた。

 

 しかし、それは空振りに終わる。

 堤が前に踏み出して、不安定な格好のまま、左腕をスイングさせていた。

 頭部に迫るそれを、ロロンが慌てて受けた。

 堤はすぐに、右腕で次打を放った。

 ロロンはそれを肩で受けた。

 左拳を返す。

 堤の顔の正面に、それは刺さった。

 十分な感触だった。

 しかし──

 

 堤はパンチを出していた。

 ロロンの目が、この試合で初めて、驚愕に開かれた。

 それを外に払う。  

 堤は踏み込んできた。

 つまり──ことここに至って、前進してきた。

 

 バカな──ッッ!?

 

 ロロンの右拳が堤の頬を斜め下からカチ上げた。

 すると、堤は左のローキックを放ってきた。

 ブロッキングが遅れて、モロに入った。

 

「堤ィッッ!!!!!!」

 

 丹波文七が拳を握りしめた。

 しかし、すぐにハッとなった。

 

 それに少し遅れて、ロロンも神妙な顔になっていた。

 

 ロロンと堤が打ち合っている。

 そこから、ロロンがす、と身を引いた。

 

 腰を立てて、下がった。

 そこに、堤が倒れ込んだ。

 手を出しながら。

 両の手を、もがくように前に出しながら、堤城平がばたりと倒れ込んだ。

 

 

8.

 

 

 顎への肘で、試合は終わっていた。

 堤の意識は、あそこから飛んでいる。

 にも関わらず、堤は地面に突っ伏しながら、手を出し続けている。

 

 同じだ──

 

 丹波文七は思い出す。

 

 あの時と、同じだ──

 

 堤城平が、グレート巽に負けた、あの時と。

 

 あの時、グレート巽は、マットの上で寝ながらもがく堤に向かって、踵を落とした。

 意識どころか、命をも絶ちかねない一撃を、何度も振り落として、堤の動きを止めた。

 

 そして、ここは地下闘技場だ。

 倒れても、意識がなくても、それは勝ち負けを決める条件にはならない──

 

「堤ィッッ!!!」

 

 文七が叫んだ。

 だが、堤は突っ伏したまま止まらない。

 聞こえていない。

 観客がどよめいていた。

 ロロン・ドネアは、ただ黙って、堤を見下ろしていた。

 

 しばらく経ち、ふ、と諦めのように息を吐いて、堤の頭の先に立った。

 しゃがんだ。

 

「許せ」

 

 そう言った。

 そうして、堤の首の裏に、肘を落とした。

 

 びくん、と堤が一度大きく跳ねて、それから伸びた手足がぱたりと地面に伏せた。

 

 そうして、堤城平は動かなくなった。

 

『勝負ありッッ!!!!』

 

 コールが轟いた。

 しかし、観客はまだ、ざわめきの中にいた。

 ロロンは目を閉じて、堤から踵を返した。

 そのまま、静かな空気を纏い直し、闘技場を去っていった。

 

 堤が担架で運ばれていく。

 文七が柵を掴んで、顔を俯けていた。

 

 

 一回戦第九試合:勝者、ロロン・ドネア

 




次回、一回戦第一〇試合:丹波文七vs柴千春 開始ィィッッ!!
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